模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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第6章
クライマックス・イヴ


 流星のような光が夜闇を切り裂いて――その魔弾は、放った者のもとに返った。まばゆい光がモリアーティの体を射貫き、消える。

 わざと吹き飛ばされてみせたホームズが、平然とした顔で戻ってくる。

 

「最も大事に思っているもの――やはり、自分自身だったか、アーチャー」

 

 両膝を地について、モリアーティはホームズを見上げた。

 

「最後に聞かせたまえ、ホームズ」

「なんだい?」

()()()()()()()()()?」

 

 ホームズは目を細めて笑った。どこか寂し気にも見えるその表情は、モリアーティの指摘が正しいものであることを如実に語っている。

 それから彼は改めて、

 

「ああ、その通りだ」

 

 と頷くと、溜め息をついて表情を消した。

 

「――フッ、ハッハハハハハハハ! なるほど! そういうことか!」

 

 モリアーティは呵々大笑する。彼の体は金色の粒子に変わりつつあった。残された時間はあと僅か。

 

「いやはや……最初の反応を見た時からねぇ、おかしいと思っていたのだよ。君が私を忘れるなんてことはあり得ない――一度でも“会った記憶があるのなら”。いや――記憶があっても、実感が伴わなければ、君にとっては切り捨てるべき感傷の部類に入るのか」

「気付くのが遅いよ、アーチャー。座に座りすぎて脳味噌が溶けたのか?」

「私ももういい歳だからネェ。最近物忘れが激しくって」

 

 と、モリアーティは、ニヤリと笑った。

 

「これは普通の聖杯戦争ではない。あらゆる面で、劣った聖杯戦争だ――ということを、すっかり忘れていた」

「……」

「だから君は、本来のホームズと違って、不完全だ。不完全だから――私を、無傷で、完全に殺し切れた」

 

 ホームズは、実につまらなそうな顔をして、ちょっと肩をすくめてみせた。それはまるで、分かりきっている数学の答え合わせを、丁寧にやられて、うんざりする学生のようで。

 モリアーティは鼻から息を吐き出して、ゆるゆると頭を振った。

 

「マァ、君に負けるのであれば、物語上は“正しい”と言わざるを得ないのだろうネェ……本来の君でない君になら、負けたところで大して腹は立たないし。――次は、世界の最果て、泡沫の夢の中で会おうじゃないか。その時には、カクテルの一杯でも奢ってやろう」

 

 その言葉を最後に――

 

 ――彼は、完全に姿を消した。

 

 沈黙は祈祷でなく、静謐な場は安寧の墓所ではない。

 静寂は、次の戦争への八分休符。

 ホームズは振り返った。

 そこには、地面にへたり込んで呆然としているアーチャーのマスター――模倣者と、彼女に向けて拳銃を構えているキャスターのマスター――ジョン・ワトソンがいる。

 

「さて――」

 

 ホームズは唇の前で、その長い指の先端を軽く合わせ、ゆっくりと目を閉じる。

 そして、言葉を紡ぎ出す。

 

「ジョン・ワトソン。奇しくも、僕の親友となる男と同じ名を持つ、僕のマスターよ」

 

 彼にとってはそれが唯一にして最大の武器である。無論、バリツとかいう謎の体術を修めてはいるが、それにいかほどの致死性があろうか。

 言の“刃”の方が、よほど鋭く、毒を持つ。

 おもむろに、瞼が開かれる。

 

「ここがクライマックスであることは、もはや言うまでもないだろう。――覚悟は、できているな」

 

 すべての光を飲み干すような――すべての闇を見通すような――恐ろしいほどに透明の眼差しが、ホームズに相対する男に照準を合わせる。

 ワトソンが、半歩後退る。

 ホームズは唇の端を吊り上げて、

 

「機は熟した。それでは、謎解きを始めよう」

 

 刃を振り上げた。

 

「さしあたって、我々の出会いにまで遡ることにしようか。といっても、事件はその時には既に、終わっていたのだが、ね――」

 

 


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