模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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ホームズ 3

 

(アーチャーが今回、一番の脅威だ)

 

 そうマスターに伝えたのは、決して嘘ではない。自身の火力に自信がない以上、他の誰かにどうにかしてもらう他、この聖杯戦争を制する術はない。

 だから、ランサーとセイバーの一騎打ちだけは、どうしても避けなくてはならなかった――彼らがいなくては、アーチャーを制する駒が足りなくなってしまうと分かっていたからだ。マスターを急かして、どうにか介入したのだが、間に合って良かった。

 

(おかげで、セイバーとランサーの真名も分かったことだし)

 

 特定の条件下――一対一の決闘――において、極端に能力が制限される。その特性は、サーヴァントを強く規定する。すなわち、やはり最初の見立て通り、セイバーはゴットフリード・フォン・ベルリヒンゲン。隻腕の盗賊騎士。彼は老年に至って、決闘放棄の誓約(ウアフェーデ)を結ばされている。であるならば、あの不自然な弱りようも、自分が介入した後の素早い回復も、納得が出来る。

 ランサー。二十歳前後の青年。金髪碧眼、ドイツ系の顔立ち。明らかに女性慣れしていない対応。常にはにかんでいるような、ゆったりとした喋り方。槍。近代ドイツの軍服。騎士道を持ち合わせている。以上の条件を満たした上で、英霊になりうる存在は――マンフレート・フォン・リヒトホーフェン。彼しかいない。

 問題はやはり、“両者とも明らかに全盛期でない”ということである。

 実際、ランサーの方は特に、その点について思い悩んでいるような顔をしていた。

 

(もう一つ、確認できた。――やはり、令呪は二画しか持っていない)

 

 気絶していたセイバーのマスター。彼の右手に刻まれた令呪は、ライダーのマスター同様、やはり二画しか無かった。

 

(これで、通常の聖杯戦争でないことは確定した)

 

 ――令呪は二画のみ。

 ――サーヴァントは全盛期でない。

 現段階ではこの二点がハッキリしたわけだが……これら以外にもなにかありそうだ。

 何より、これらの情報を()()()()()()()()()()()()が分からない。

 

(これらのことを僕に伝えたら、何か不都合があるのだろうか……?)

 

 懸案事項の瓶がいくつか空き、一つだけ増えた。

 

(やはりこの戦争、マスターのことを探るのが、最も勝利に近付ける方法だな)

 

 ただ、その“勝利”はあくまで、“ホームズ自身にとって”のものである。

 

(さて――)

 

 拠点から、マスターが出てきた。時間が時間だ、周りを気にする様子はなく、淡々とした調子で歩いていく。魔術による索敵だけは行なっている――が、今のホームズは、そのマスターの魔力を貰って稼働している存在だ。すでにマスターの魔力の分析は終わっている。故に、その索敵の目をかいくぐることなど、赤子の手をひねるより容易い。

 マスターは竹林の中を音もなく抜け、確固とした足取りでどこかへと向かっていく。

 

(どこへ行くのだろうかな)

 

 方向は――ついさっき、戻ってきた道を再び辿っている。だが、ランサーと対峙した場所とは少し違う。

 しばらく経って、マスターは大きな日本家屋の前に立ち止まった。

 表札を見れば、「上之宮」と書かれている。

 マスターはその中へ入っていった。

 ホームズはそれを追わず、家の周りをぐるりと一周する。

 

(血痕……弾痕……)

 

 アサシンが仕留められたことは感知していた。

 同時にアサシンのマスターも殺されたらしい。生気を失った左腕が路面に落ちている。その手の甲には令呪の痕が残っていた。

 だが、殺害現場はこの場所ではなく――残留した魔力がずっと東に伸びている――向こうのビルだろう。この距離、この角度なら、狙撃も可能である。

 

(狙撃したのは人間。狙撃された後、アサシンのマスターは移動し、狙撃者の元へ。そこで殺された、か。……この魔力の波長、バーサーカーの拠点に張られていた結界と同じものだな)

 

 つまり、アサシンのマスターと、バーサーカーのマスターには、何らかの繋がりがある――それも、アサシン側が一方的に守るような、そんな繋がりが。

 

(事情が分かれば、たきつける材料にはなるだろう。が――その辺りのことは、おそらく戦況には関係ない。ここに僕のマスターが来たからには、彼に何かしらの考えがあるようだし……彼の動きの結果を見てからでも、遅くはなかろう)

 

 そう判断して、ホームズは上之宮家に背を向けた。

 

(マスターはしばらく、アサシン関連のことで手一杯になるだろう。――今が、最大のチャンスか)

 

 行く場所は決まっている。昨日調べきれなかった、マスターの家だ。

 

 

 

 人のいない家は、夏にもかかわらずひんやりとしていた。気温ではなく、雰囲気の話だ。

 台所の床下の収納庫。

 

(DIYは嫌いじゃない、か)

 

 あの言葉が嘘だったかどうかなどあまり関係ない。秘密基地を作った時に余ったモルタルを、ここに利用したのだろう。

 固定されているのを、出力を絞ったルーペの光線で溶かし、剥がす。

 一つ目のケースを取り外し、床下から出す。

 床下を覗き込むと、隣には二つ目のケースがあるものの、その中も外も完全にモルタルで埋められていた。

 再び、ルーペを利用してモルタルを剥がす。まずは外側を削りきって、底に取り付けられたローラーが機能するようにする。引きずり出す。

 

(ふむ、こういうところはサーヴァントのよいところだね。こんなに重たいもの、普通の人間だったら引きずることすら出来なかった)

 

 真上から、内側のモルタルを少しずつ溶かす。

 

(僕の予想が正しければ――)

 

 ――見えてきた。

 溶けたモルタルのにおいに、かすかなアンモニア臭が混ざる。

 

(……やはり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 頭部が完全に現れたところで、ホームズはそれ以上掘り返すのをやめた。蝋化し始めている部分と、腐敗している部分とがないまぜになっている。体育座りのような状態で置かれているらしい。そっと頭部を持ち上げると、名状しがたい奇怪な音を立てて、あっさりと首が抜けた。あるべきものを失った眼窩は、虚ろな空洞に満たされている。何本か抜け落ちた歯。ゴールドのピアスを着けた耳。ぼろぼろになった茶色い髪が、腐った肉に貼り付いている。

 

(女性。三十歳の手前。少しえらが張っている。――頭部に外傷なし。歯に異状なし。皮膚にも異常はなし。死因の断定は不可能。――仮に、彼女の死亡がマスターの言葉通り、一ヶ月前だとして。気温、環境から腐敗のスピードは……まぁ、妥当だな)

 

 一ヶ月前に恋人を殺害。それから一、二週間後に聖杯戦争の開幕が決定する――それも、この場所で――果たしてこれは偶然だろうか?

 ホームズは少しだけ考えを巡らせ、それから動き出した。

 死体の入ったケースを一旦取り出し、食料の入っている方を先に奥へ入れ、それから死体入りの方を戻す。床下収納の蓋を閉める。この気温だ、二日も経たない内に、腐臭は隣家へ届くだろう。

 

(……一応、あとで仕掛けをしておこう)

 

 ほんのわずかでも計画がずれる可能性が見えたなら、それを潰すのは当然のことである。だが、その作業は後回しにして構わない。

 今は家探しが先だ。

 マスターの寝室には、恋人と撮った写真が置かれていた。少しえらの張った、茶髪の女性。歯並び。ゴールドのピアス。――死体との特徴は一致する。

 書斎に行く。召喚に使われた魔法陣は、綺麗に掃除されていて跡形もない。カーテンはきっちりと閉められたまま。本棚や散乱する書類は数日前に見たままである。

 ホームズは改めて部屋の中を見回した。

 ゴミ箱――レシート。請求書。手紙。メモ書き。

 机――本。ファイル。引き出し。手紙。手帳。ノート。

 

(恋人……サラ・メイヴィルの情報がほとんどないな。聖杯戦争のことも、ジャック・ザ・リッパーに関する調査と、過去に行なわれた聖杯戦争の詳細のみだ)

 

 召喚されたその日に探索して得た情報と、ほとんど変わりがない。しいて新たに気付いたことと言えば、ゴミ箱に入っていたレシートくらいだろうか。

 

(僕が呼ばれる四日前に、通販で大量に購入している。『墨雲院 板締』――何のことを示しているのか、確かめる必要がありそうだな)

 

 もう一度家の中を隅々まで見て回って――ちょっとした細工を施してから――ホームズは外に出た。

 夜が明けている。

 マスターの使い魔の気配はない。

 

(どういう心変わりだろうね……)

 

 ともあれ、監視されないなら好都合だ。『空家の冒険(エンプティー・ハウス)』――たぐいまれな変装能力――も、もうばれてしまっている。

 

(日が昇ったら、レシートの品目を確認して――それで、戻ろうか)

 

 懸案事項はだいぶ減った。まだいくつか残ってはいるものの、あとは自分の脳の中で仮説を組み立てていくしかない。

 ホームズは――やはり心のどこかに何か思うところを抱えながら、それを紛らわすように――あるいは、それを考えないために――懸案事項を眺めてはいじくりまわし、また脳内の棚に戻す。そうしながら、行動を再開した。

 

 

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