模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research 作:井ノ下功
五組目の参加者が、賎畿市の山間にある旅館の一室で確定した。
「――サーヴァント、ライダー。召集に応じて来ました」
魔法陣の中に現れた、その子供を見て――エリーヌ・ジオネは絶望した。
簡素な軍服は明らかに近代のもので、しかも階級は下の下の下、偵察兵であるとすぐに分かる。背後に自転車を持っているが、その型からしても、十九世紀の初め――すなわち、第一次世界大戦において活用された、自転車による斥候だろう。
(英霊って魂じゃないわよね……この国では、戦死した人間を全員“英霊”って呼んでたらしいけど――って、そういう問題じゃないわよ。まさか土地柄に引きずられたってわけじゃないでしょうし。……下位互換の聖杯戦争だから、ってわけ?)
子どもは黙ったまま突っ立っている。エリーヌを見上げるブラウンの目は、どこか空虚で、覇気がない。
(くそっ、やっぱり、触媒なしでの召喚は無謀だったってわけね)
爪がボロボロになるので、爪を噛む癖は改めた。しかし、その代わりにと親指の腹を噛むようになったのは、治せそうにない。
仕方なしにエリーヌは口を開く。
「……あなた、真名は?」
「ジョン・パー」
「ジョン・パー……?」
聞いたことのない名前だ。元々エリーヌは、自分と関係のない歴史には疎い。名前の雰囲気からしてフランス人ではなさそうだし、近代の少年兵で知名度が高い人物などろくにいないだろう。
「……」
「……」
かと言って、彼が自分の口で語ってくれることはなさそうだ。
エリーヌはスマホを取り出し、検索をかけた。ジョン・パー。百科事典には二件の記事。歌手ではなく、少年兵の方を見る。
(――第一次世界大戦における最初の戦死者……なるほど、そういう理由で)
ある程度の知名度とエピソード。それがサーヴァントには必要不可欠だ。信仰を集めない神が存在できないのと同様に、英霊ならば出来るだけ多くに知られていなければならない。どんな形であれ――たとえ、戦争が起きたならば最初の戦死者がいるだろう、という雑な認識であれ。
ジョンの方に目線を戻す。
(ステータスは……低いわね。当然だけれど)
全体のステータスとしては非常に低い。かろうじて敏捷は高いが、Aランクには届いていない。反面、スキルはやけに多く所持しているようだった。騎乗スキルは当然として、ライダーのくせに気配遮断と単独行動、諜報スキルを持っているのは、偵察兵ゆえか。無論、アサシンやアーチャーに比べたら、その性能は段違いに劣るであろうが。
近代の軍人らしく、腰にはコンバットナイフ。拳銃も所持している。
それで、ピンときた。
(この聖杯戦争は“模擬”……資料の通りなら、マスターに付与されるはずの“目”も弱まっていて、自分のサーヴァント以外のステータスは見通せない……――上手くやれば、いける……?)
勝ち抜く気はなかった。
けれど、むざむざ負けるつもりなど一切無い。
師の命令で強制的に参加させられてしまったが、参加するからには絶対に勝つ。それが彼女の信条であった。
(ま、よく考えてみたら、ちょうどいいハンデね。サーヴァントはあくまで使い魔、真に求められるのはマスターの技量よ……!)
逆境に燃える自分の気性をエリーヌはよく理解している。
(そして勝ち残って、凱旋して――あの人に――)
ジョンはじっと自分のマスターを見ていたが、不意に、初めて、自分から口を開いた。
「司令官。僕の任務は何ですか」
「――街に出るわ。霊体化して付いてきなさい」
「Yes, Sir」
敬礼をしたのが先か、少年の姿が掻き消える。
☆
翌日と翌々日の狭間だ。
エリーヌはそう遠くないところで魔力が衝突するのを感じ、飛び起きた。
「ジョン、行きなさい!」
「Yes, Sir」
一瞬だけ顔を見せて頷いたジョンが、すぐさま姿を消し、あっと言う間に離れていく。それを見届けもせず、エリーヌもまた準備を始めた。
「[影よ、飛べ!]」
ただ二言。暗い部屋のさらに暗い自分の影から、蝙蝠が飛び出し、壁をすり抜けて飛んでいった。エリーヌの意識はその蝙蝠に重なっている。蝙蝠は普通を凌駕する速度で、真っ直ぐと南へ飛び――
(――見つけた)
閉店したスーパーの駐車場。そこで組み合う、二騎のサーヴァント。ジョンもどこかからこの場を見ているはずだが、単独行動の上に気配遮断を全開にしているため、エリーヌであってもどこにいるかは分からない。
エリーヌはスーパーの軒先にぶら下がり、戦場を見詰めた。
(ランサーと……虎? バーサーカーかしら……)
エリーヌの眼はしばらくの間その激戦に釘づけにされた。
(……とんでもないスピード)
強化した目でかろうじて追いつけるかどうか。エリーヌはしばらく、眩暈を我慢して、二騎のサーヴァントを注視した。――やはり、他人のサーヴァントのステータスは見えなかった。どうやら、資料は確からしい。
(近代の軍服のようなものを着ているけれど……隠蔽工作の可能性があるわね。もっと古い時代のランサーであると仮定しておいた方がいいでしょう。虎の方は……虎になる逸話を持った英霊……そんなの、いたかしら? ――……まったく、心当たりがないわね)
生まれて初めて、歴史に疎いことを後悔した。ただし一瞬だけ。
(ま、いいわ。サーヴァントが何であれ――マスターを殺せば、それでおしまいなんだから)
蝙蝠を飛ばす。空ではなく地に向けて、だ。影から生まれた蝙蝠は、地面に吸い込まれるようにして消えた。蝙蝠の形に凝縮させた影――
意識が拡大する。視覚を閉じ、ただその場の影と一体化する。
(――……この二つの大きな魔力は、ランサーと虎……少し離れたところに、それなりの魔力が一つ……これがおそらく、どちらかのマスター――)
いくつか覗き見をしている使い魔の気配を感じ取ったが、それらのことは無視だ。エリーヌは影を縮小させ、再び蝙蝠となり、飛び立った。
(一人しか見当たらないのが少し気になるけど、ま、いいわ。やってしまいましょう。「――ライダー! こちらへ!」)
(「Yes, Sir」)
あらかじめ繋いでおいた
相変わらず、ジョンの動きは認識できない。見えないだけでなく、感じ取ることすら出来ないのだ。ライダーの副スキルでこれほどの隠密性能――本来の持ち主であるアサシンがそのスキルを発揮したら、一体だれが見破れるというのだろう。そんなことを考えて、エリーヌは少しだけ肌寒くなった。
(「ここよ。この建物の中。戦場を見通せる窓際にいるわ」)
(「わかりました。――司令官、突撃の号令を」)
軍人らしいというべきか。上官の命令なくして動くことは出来ない――いや、そんなこと、考えもつかないらしい。
エリーヌは溜め息を堪えて、精一杯、なったこともない軍人らしさを演出しようとした。
(「では、ライダー……
彼が動いた一瞬だけ、その姿が見えた。
エレーヌが買い揃えた服に身を包み、古めかしい拳銃を自然に構えた彼の姿は――
――まるで、西部劇の少年ガンマン。