模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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セイバー 2

 

 ヘルメスは飛び起きた。

 嵐の気配を嗅ぎ分ける犬のように、暗闇の中、頭を巡らす。

 

「魔力の衝突……聖杯戦争が始まったのか!」

 

 出遅れてはならない。今すぐ使い魔を送り、戦況を把握しなくては――と思ったヘルメスが、ゴットフリードを呼び出そうと口を開いた瞬間。

 それより早く現れたゴットフリードがヘルメスの襟首を掴んで思い切り引き倒した。

 鋭い風切り音が、その首の残像を一刀のもとに両断した。

 床をごろごろと後転したヘルメスが壁に頭を打ち付けて「ぶげっ」と実に奇怪な呻き声を上げた。それを尻目に、ゴットフリードは抜剣。戦闘をするにはいささか狭い室内だが、器用に肘を折り畳んで反転。

 刃がかち合い、暗い部屋に閃光が散った。

 一合。

 闇の中に溶けるように消えた敵の刃が、ぬるりと飛び出てきた。

 二合。

 危うげなく対処して、今度は反対に斬り込む。

 三合。

 上段からの振り下ろしを、相手は真正面から受け止めた。

 ここで初めて、敵の姿を捉えた。小柄で華奢な男。顔の下半分を布で覆っている。無機質な真っ黒の瞳が、ゴットフリードの方を向いている。

 

「ハッハァ、いいねぇ、暗殺者(アッテンティーター)か!」

 

 アサシンは鍔迫り合いをするつもりはないようで、刃を返した。ゴットフリードはその動きに逆らわず、剣を持った左手からするりと力を抜いて、一歩踏み込むと同時、右の拳を叩き込む。

 

「ふんっ!」

「っ!」

 

 鉄の拳が刃ごとアサシンを吹き飛ばした。

 

「っし、今の内だ、行くぞ!」

 

 ゴットフリードは素早く踵を返すと、ヘルメスを肩に担ぎあげ、あろうことか窓に向かって走り出した。

 

「ちょ、おい、何処に行く気だ!」

「んなもん決まってんだろ!」

 

 最上階の大窓に向け、一閃。砕け散ったガラスがばらばらと路上に向かって落ちていく。それらと一緒に落ちながら、ゴットフリードだけは途中で空を蹴って、バスの停留所の屋根に着地した。

 

「これは戦争だ。戦争なら、自分以外全員殺戮(バトルロイヤル)が基本だろ!」

「はぁっ? おい、待て――」

「口開けてっと舌噛むぞ!」

 

 音を置き去りにする急発進に、案の定ヘルメスは舌を噛んで、異論は物理的に封じられたのだった。

 

 

 

 サーヴァントの足をもってすれば、山間部までの十数キロなどカップラーメンより早くゴールする。ゴットフリードが目を細め、その先に刃――正確に言うと、槍と牙――を交わす二騎を認めると、にんまりと笑った。

 

「お、いいねぇ、なかなか派手にやってんじゃねぇか――と、ん?」

 

 ゴットフリードは眉をひそめた。目線の先で、組み合ってた二騎が唐突に離れ、それぞれ別々の方向に、猛然と駆け出したからだ。

 

「……弱ってるところを叩くのは、戦の必勝法だよな」

 

 そう呟くと、ゴットフリードは迷わず――虎の方に向かって、再び屋根を蹴った。

 

「おい、おい、セイバー!」

「ん? どうした主よ」

「今追ってる――虎だかなんだか、獣だが。まともにやるのは阿呆の所業だ。適当に時間を稼ぐだけにしろ」

「ふむ。それで、どうやって勝つ?」

「私がマスターを仕留める。それが最善だ」

「……いいねぇ、気に入った! だっはっはっは! なんだ、案外主も悪いんだな!」

 

 大口を開けて笑うゴットフリードに、ヘルメスは呆れた目を向けた。

 

「まぁ、お前ならそう言うと思ったが……」

「ん? 俺について、調べたのか?」

「一応は」

 

 ゴットフリード・フォン・ベルリヒンゲン――またの名を鉄腕のゲッツ。十六世紀前半、ドイツで活躍した、最後の騎士だ。ただし、“騎士”と言っても、そのイメージはいわゆる“騎士道”からは遠く離れており――神聖な決闘『フェーデ』を悪用し、強盗や恐喝などの悪行を繰り返して富を築き上げたために、“強盗騎士”と呼ばれたという。

 ゲーテの戯曲の題材にもなり、そこでは英雄的な人物として描写されている。しかし、その中での有名なシーンは、彼が「俺の尻を舐めろ!」と叫ぶ場面。“英雄的”の定義を疑いたくなる。

 最終的には軟禁され、解放の条件として『二度とフェーデを行なわない』という誓約書を書かされた。享年八十二歳。その当時にしてはかなりの高齢である。

 

「それで、お前はどの時代のお前なんだ? 誓約書は生きているのか?」

「ふむ、その辺の話はあとにしよう、主。獲物が止まった。あの家だ」

 

 ごく普通の一軒家だ。おそらく窓があったのであろう辺りが、ぶち抜かれてたいへん風通しが良さそうになっている。その穴の向こう側に、虎の姿と――虎に寄り添う、少年の姿があった。

 

「あれがマスターか。若いな……」

「獣なら殺気には敏感だろう。適当に誘い出すから、その隙にちゃっちゃと仕留めてきてくれ」

「お前に指図されるつもりはない。とっとと行け」

「へいへい。ったく、気位の高ぇ主様だ」

 

 などと小さく愚痴りながら、ゴットフリードは飛び降りた。家の前の道路に立ち、剣を構える。わざわざ、分かり易く敵意を露わにしてやってから、一気に飛び上がり家の中へ押し入ろうとして、

 

「グルゥゥルォォオオオオオオオオッッッ!」

「っ!」

 

 跳び出てきた虎に反対に押し出された。

 

(はい予定通り――だが、思いの外、強い!)

 

 爪を受け止めた剣を放棄して、身をよじり、虎の巨躯を蹴飛ばす。そうして、下敷きになるのは回避した。

 ずん、と音を立てて虎が着地し、即座に反転。

 

「ガァァアアッ!」

「よ、っと」

 

 飛びかかってきたのを寸でのところで躱し、落ちた剣を拾う。

 

(猛獣は基本、往なして、躱して、そして――)

 

 振り向きざまに一閃。

 

(――弱いところから突く!)

 

 狙いは、先程の戦いで負ったらしい傷。爪に入ったヒビ。

 パキ、と硬質な音が鳴り、爪が弾け飛んだ。

 

「グッ――ルォオオアアアアアッ!」

 

 一瞬怯んで、しかし、一瞬だけ。

 虎は自身の怪我など歯牙にもかけず、頭から突っ込んできた。

 

「がっ!」

 

 咄嗟に躱せず、突進をまともに受けた。その勢いのまま石壁に叩き付けられる。

 石壁が脆い造りをしていたのは、不幸中の幸いと呼ぶべきだった。衝撃は拡散し、土煙が舞う。衝撃が強かった所為、というよりは生前の体の“くせ”なのだろう、意識が遠退くような感覚があって、しかし瞬時に振り払われる。

 

(人間だったらまず間違いなく死んでたな……!)

 

 片手を付いて跳ね起き、振り下ろされた爪を避ける。口の中に溜まった血を路上に吐き出して、再び虎に向き直り、

 

 ――殺気。

 

「っとぉっ!」

 

 降ってきた刃を義手で受け止める。即座に反撃。しかしアサシンは義手を蹴って宙を舞い、あっさりとそれを躱した。

 隙間に、猛獣が牙を向く。

 

「くっ、そっ!」

 

 強引に重心をずらして、ゴットフリードはその一撃をどうにか躱し切った。

 が、無理やり躱した所為でバランスが崩れ。

 それは、敏捷性に秀でたアサシンに対する、致命的な隙。

 鋭利な刃が喉元に迫る。日本刀の煌めき。なんの逸話も持っていない甲冑など、容易に貫くであろう切先。鋭い刺突。

 ――それが、突然、何かに弾かれたように火花を散らし、軌道を変えた。

 

「っ!」

「なっ!」

 

 誰にとっても予想外の出来事であったらしい。両者ともに硬直して、一瞬の間隙が生まれる。

 そこに、

 

「セイバー!」

 

 ヘルメスが家から飛び降りてきた。

 ゴットフリードは即座に地面を蹴った。ヘルメスを受け止め、そのまま走り出す。

 

「ちっ……一筋縄ではいかないな……くそっ」

 

 ヘルメスが血を吐くように呟いた。

 アサシンの追撃がないことを確認してから、ゴットフリードは頷く。

 

「――これこそ、戦争ってやつだな」

  

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