あの2人が何処のクラスにいったか、その答えがまさか一番予想だにしなかった物だとはまだ想像つかなかったこの時の僕は、教室に入って来た担任の先生らしき姿を見て一先ず考えるのを止めた…いずれ分かるだろう。
「皆さん、おはようございます。今年度の2年Aクラスを担当する事となりました、
自己紹介と共に入って来た高橋先生、メガネにスーツと、正に絵に描いたキャリアウーマンの様な外見で、実際にその学力は高く、テスト(学園長曰く「教える側にもそれに相応しい学力が必要」との事で、教師陣にも定期的な試験が義務付けられている)では常に全教科800点台を叩き出す程。
学園長の方針に則るならば、このAクラスの教鞭を取る資格があるのは高橋先生しかいない、という事だろうか。
「このAクラスには個人用の設備としてシステムデスク、リクライニングシート、エアコン、ノートパソコン等が支給されていますが、不備はありませんか?他にも教室後方の冷蔵庫内の菓子類にドリンクバーの飲物、各自の学習用の参考書等、必要と思ったら何時でも申請して下さいね」
…何処に不備があると突っ込めば良いんですか?
もし突っ込む様な輩がいたら真っ先に「愚か者!」と言いたいものです、この豪華さは。
「では、自己紹介に入りましょう。まずは代表の吉井佐介君、前にどうぞ」
「はい」
先生の呼び出しに応じ、僕が前に出ると共にざわつき出す教室内…Aクラスに入る程の学力を持っているのだから当然だが、皆は『知って』いる様だ…丁度良いな。
「初めまして…と言うべきかな。今回、このAクラスの代表を務める事となった、生徒会副会長の吉井佐介だ。宜しく頼む」
「はい!」
「何だ、質問か?高橋先生、時間の方は?」
「問題ありませんよ。ではどうぞ」
「吉井って確か…
『観察処分者』では?」
早速聞いて来るか…予想していたが。
「ああ」
観察処分者…文月学園にある制度の1つで、或る重大な問題を起こした生徒が指名され、その生徒には学園内の奉仕活動が義務付けられている。
といっても僕が指名されるまで前例が無かった様で半ば有名無実化していたのだが、僕が最初の指名者となったのは訳がある。
それは、
「皆の記憶にも新しいだろうから詳しい説明は後にするが、『鉄人病院送り事件』と誰かが命名したあの事件を起こした罰として、僕は観察処分者となった」
鉄人病院送り事件…去年の10月頃、僕が生活指導室に無断で押し入って、持ち物検査で生徒から没収した私物を窃盗、駆けつけた西村先生を、顔面を何度も殴り飛ばして全治1ヶ月の重傷を負わせてそのまま逃走した、という一連の事件の事だ。
朝、僕にクラス振り分け試験の結果を渡してくれた西村先生の右顎が僅かに歪んでいたのも、その時の『消えない傷』である。
「な、何でそんな奴が代表なんだ!」
「不正でも働いたんじゃないか!」
僕のカミングアウトに対し、非難が渦巻くクラス…そうだな、普通はそう反応するだろうな。
けれど、
バァン!
「静粛に!」
反省はする…が、後悔は無い。
「確かに僕は重大な、それこそ社会に出れば実刑と言われても仕方ない程の犯罪を起こした。その事で君達を始めとした生徒、先生方といった沢山の人達に迷惑を掛けた事は反省している。だが僕はこの事件に対する後悔は一切ない!何故か…後悔とは『何もかも無かった事にしたい』と思う事。今流行りの言葉で言えば『黒歴史』と認める事だ。自分勝手ではあるが、あの時『こうするしかない!』と思った僕に対する裏切りだからだ!」
非難が増すだろうと一呼吸置いてみるが…どうした事か、静まり返ったままだ。
「多分、僕の聴取を担当した先生から聞いている人もいるだろうが…その時の僕は、訳は言えないが纏まった金が直ぐに必要だった。知り合いから借りようにも、次の仕送りまで日数があり、返済が遅れそうで頼めなかった…これは僕の金銭感覚の拙さも問題だが。そこで思いついたのが没収された僕の私物の売却だった。ゲームに小説、漫画…学校を舐めているのかと言わんばかりの私物の数々だったが。ともかく、それらを売ろうとして生徒指導室に乗り込み、そこで立ちはだかった西村先生を病院送りにし、私物を売却して得た金をある目的の為に使った…これが事件の真相だ。何とも身勝手な動機と思うだろう。理由がどうあれ犯罪は許されないとも思うだろう。そもそも生活態度がなっていないとも思うだろう。けれど僕には、迷惑を掛けた事に対する『反省』はあっても、打ち消したいという『後悔』は無い!」
これが…僕の想いだ。
パチ パチ パチ
…む?
パチパチパチパチパチパチ!
「格好いいぞ吉井!」
「これぞ、潔いという奴か!」
「自分の進むべき道を見定め、それが間違っていても軌道修正はするが後戻りはしない、これぞ侍でござる!感動したでござる!」
「悪かった!俺、吉井の事を誤解していたよ!」
予想外だった。
非難と罵声を覚悟していた僕の耳に入って来たのは拍手と歓声だった。
…そういえば、あの時もそうだったな。
『吉井君、君がちゃんとした訳も無くあの様な事をする筈がありません。何があったのか話してください』
『僕は嘘を言っていません。本当にお金が直ぐに必要だった。それだけです』
『成る程…例えば、誰かを助けたい、とかですか?』
『!』
あの時、先生達からの追及に全て答えない僕を見かねて、当時の生徒会副会長だった現会長が、親身になって話を聞こうとしていた。
それでも話さない、話したくなかった僕の核心を突く様な論破には驚いた物だ。
そしてそれに得心をえた会長は、退学濃厚だった僕の弁護に、生徒会の全力を注いでくれた。
結果として僕への処分は観察処分者の指名に留まり、今こうして生徒会副会長にして2年Aクラスの代表、つまり学年首席となれた訳だ。
…僕は何時も、人から助けられてばかりだな。
困っている人を助けたい、そう思って実行していても、実は僕がその『困っている人』になっていて、そして助けられている。
そろそろ、助ける立場にならないとな。
こんな僕を認めてくれたAクラスの皆、僕を恋い慕ってくれている瑞希と美波…そして、僕の親友の為にも。
…さて、
「ありがとう、皆。さて…このAクラス全体を見て欲しい。全体を万遍なく、だ」
僕の指示と目線に従い、全体をゆっくりと見回していくクラスメート達…やはり、いないな。
「皆に問う。このクラスで何か違和感は無いか?少しでも感じた事があったら挙手を(バッ!)…早いな」
僕の指示を言いかけている時にクラス全員が手を挙げる…幾ら何でも早すぎないか、それ程の違和感だという事でもあるが。
「それじゃあ…瑞希」
「はい。坂本君と霧島さんの姿が見えません。佐介君と毎回トップ争いしていた2人がいないというのは…」
「あのビッグ3が2枚も抜けるなんてあり得るのかよ…」
「確かあの2人って付き合ってなかったっけ」
「まさか逢引でもしたのか!?」
…後半の戯言は放って置くとして、そう、僕が感じていた違和感…それは、『坂本佑助と霧島翔子の不在』だ。
さっき誰かがぽつりと言った『ビッグ3』…これは僕達2学年で、常にトップ争いをしていた僕と佑助、翔子の3人の総称を現す。
何故ビッグ3という名前なのか…それは総合Bと呼ばれる科目で言われ続けている『万点の壁』が関係している。
文月学園の試験は、現代国語・古典・図形数学・論理数学・日本史・世界史・地理・政治経済・化学・物理学・生物医学・地学天文学・英語R・英語Lの14の主科目に音楽・倫理・情報・技術・保健体育・家庭科の6の副科目、そして主科目の合計点で競う総合Aに、副科目も含めた合計点で競う総合Bに分類される。
そのうちの総合B科目において、生徒はおろか先生ですら飛び越えるのは容易では無いと言われているのが『10000点』…そう、これが『万点の壁』だ。
各科目平均500点、つまり答案5セット分と言えば、生徒はともかく先生には難しく見え無さそうだが(そして実際、高橋先生や西村先生等、容易にクリアする先生もいるが)、その実大半の先生は各科目の得意不得意の兼ね合いから総合Bで10000点が毎回取れるとは限らないらしい。
そこまで大きな『万点の壁』…僕達『ビッグ3』は、それを毎回飛び越えるその成績…つまり先生と同等の成績を毎回叩き出す事からついた。
それが2人ともこのAクラスにいないという事は…
Prrrrrrr…
「はい、高橋です…はい、分かりました。皆さん、FクラスがDクラスに試験召喚戦争の宣戦布告をした様です。吉井君の代表挨拶及び自己紹介が終わり次第、各自自習を行って下さい」
…この1年は、波乱が巻き起こりそうだな。