数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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序章 最初の出会いは永遠の光
プロローグ


 

 

 雷鳴が轟く。

 

 強い雨が闇夜の大地に降り注ぐ。

 

 街の中は所々瓦礫と化していた。雨に打たれて消えた炎が、黒煙を燻らせている。

 

 人影が雨に打たれていた。その手には血と泥に塗れた、白の薄い衣服が強く握り締められている。

 

 人影は天を見上げて叫ぶ。頬には滴が伝い、雨によるものか涙によるものかは判別しない。それでも、彼が悲痛な叫び声を上げていることは分かる。

 

 ただひたすらに天に向かって叫ぶ人影に近づくものは誰もいない。

 

 彼の背中には孤独と絶望が重くのし掛かっていた。

 

 

 

 

 

 数百年前に、この世界は生まれました。広がっているのは無限に真っ暗な空間で、生まれたばかりの世界には星すら存在していませんでした。

 唯一あったのは、世界が持つ感情、そして知恵です。

 孤独を感じた世界は、知恵を使い「どうすればこの孤独を無くせるか」と考えました。

 

 最初に考えたのは、自分以外の世界を生み出すことでした。しかし、世界には新たな世界を生み出す力を持ってはいませんでした。

 

 次に考えたのは、自分の中に新たな物を作り出すことでした。そこで最初に生み出したのは、生き物でした。しかし、彼が生み出した生き物は、生まれてすぐに死んでしまったそうです。

 故に彼は、どうすれば生き物が生きていけるかを考えました。

 

 生きていくための環境が出来ていないのだろうと考えた世界は、手始めに真っ暗な自分に光を生み出しました。初めはただ暗い空間全体に光を照らしたため、無限に真っ白な空間が出来ただけでした。これでは真っ黒であった頃と変わらないと判断し、光を凝縮した球体を生み出しました。後に太陽と呼ばれるそれは、暗い空間の中を明るく照らしました。

 ですが、太陽を生み出しただけでは生き物は生きていけませんでした。というのも、彼が生み出した光は、明るく照らすと同時に異常なほどの熱を発していたからです。生まれた生き物は、その光に触れるなり炎を上げて燃え、灰になってしまいます。

 

 どうすればいいのだろうか。世界は悩みました。

 そして得た答えは、その熱を持った光からある程度引き離した場所に住ませるというものでした。後に地球と名づけられるその星にいること生き物が灰になることを防ぐことができました。

 

 ですが、知恵のある世界はすぐに地球と太陽の問題点に気が付きました。生活するために球体として作った星地球は、太陽の光を遮断してしまう面も存在していました。

 そこで地球をある一定の間隔と一定の向きに回転させることにしました。世界はこのとき気まぐれも起こし、太陽の周りを地球が回るようにしました。これにより地球に太陽の光が等しく降り注ぐようになったのです。

 

 さあ、これで生き物たちが生きていけるだろう。そう思った世界は再び生物を地球に放ちました。が、確かにすぐに死ぬことは無くなったものの、彼らはまるで苦しむようにして息絶えるのです。

 

 世界はまた考えました。ふと、世界は自分が生み出した命が、なにかを吸っていることに気がつきました。そこで世界は、彼らが生きるのに適した空気を生み出したのです。

 

 世界は他にも様々な試行錯誤しました。太陽の光が無い間真っ暗闇になってしまう地上を照らすために、太陽の光を受けて僅かな光を灯す月を生み出したり、自分が生み出した生物を模した星の集まりを作ったり。

 結果遂に完成したのが、空には多くの星々が散りばめられ、地上には多くの生き物が生きている――今私たちが住む世界”ヴェルトロス”なのです。

 

――「世界のおはなし」 序章 世界″ヴェルトロス″の誕生より

 

 

 蝋燭が灯る部屋の中。一人の少女が、本を手にベッドの上に座っていた。白銀の長い髪は火の光で月明かりの如く輝き。白く透き通った肌と華奢で整った体つき。全て少女を神秘的に彩っている。

 少女は一息吐くと、開いていたページを閉じた。

 

「今日はここまで」

 

 そう言って、少女は自分の隣で眠る少年の顔を眺めた。

 体は小さく、可愛らしい寝顔と長めの空色の髪は、一目置いただけでは少女と見間違えてもおかしくはない。

 

「もう、いつも途中で寝ちゃうんだから」

 

 微笑むと、そっと少年の髪を撫でる。サラサラとした髪は、少女の髪に負けず劣らず神秘的で美しい。

 次に少女は頬に触れた。柔らかく触り心地の良い頬は、少女の手に温もりを伝えている。

 

「んんぅ……もう食べられないよぅ……」

「一体どんな夢を見てるのかしらね。涎まで垂らしちゃって」

 

 クスクスと笑うと、少女は立ち上がった。それを感じたのか、少年は少女の背中に抱き付く。見たところ起きている様子はない。

 

「はいはい、すぐ戻ってくるからね」

 

 あやす様に言うと、少年の手を優しく解く。

 

「ん~、エイネぇ~」

「はいはい、もう少し待ってね」

 

 少年が甘えた声で少女の名前を呼んだ。

 本当は起きているんじゃないかしら? と思いながらも、エイネと呼ばれた少女は本棚に向かっていく。棚には彼女の手にある物以外にも幾つもの子供用の本が置かれていた。

 その合間に持っていた本を収めると、彼女は少年の下へと戻っていく。

 再び少女エイネは少年の頬に触れた。その姿はまるで母親のようだ。

 

「おやすみ、ソラ」

 

 寝る前に必ず置かれる一言。それに答えるように少年――ソラ=レベリア=ヴィルレは微笑んだ。

 

 

 

 

 ソラの朝は早い。日が出始めた頃に必ず目を覚まし、出かけるための身支度をする。

 身支度を終えたソラは、そっと隣の寝室をのぞき込む。

 隣はエイネの部屋だ。見たところ、まだ健やかに眠っている様子。

 それを確認したソラは静かに扉を閉じた。

 出て真っ先に向かったのは、クリンベルという貴婦人の大きな屋敷だ。

 この貴婦人とソラの家はどういうわけか地下で繋がっていた。この道はエイネも知らない道だ。だから必ずエイネが眠っている時にこの道を使う。秘密の道は見つかってはいけないものなのだ。

 薄暗く不気味な通路を通って屋敷の中に入ったソラを出迎えたのは沢山の猫だった。数は十匹。どれもが雌らしく、そのすべてがソラにとても懐いていた。

 

「おはようみんな。みんなも朝早いねぇ」

 

 ソラはしゃがんで、それぞれ一匹ずつ彼女らの頭を撫でる。

 猫も気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らした。

 時には我先にと喧嘩をする猫もいたりするが、その愛らしい姿にソラは笑っていた。

 

「ベルさんはまだ寝てる?」

 

 ソラの問いに猫が鳴いて答える。

 

「そっか、じゃあ起こさないようにしないとね」

 

 笑うと、ソラは階段を昇り二階へと向かう。その後ろに猫たちは行進するかのようについていく。朝のいつもの光景である。

 ソラが向かったのは書斎。ここには数多くの本が並んでおり、種類も様々。ソラは毎朝ここで本を読み魔法を学ぶのが日課になっている。

 立ち並ぶ本棚の中を歩き、その内から一つの本を取った。背表紙に書かれたタイトルは〝魔法生物〟という簡素なもの。世界に存在する数多くの魔法生物について書かれているものだ。

 

「あと少しで読み終わるんだよね」

 

 地面に置いて本を開き、ついてきた猫たちに呟く。

 分厚いページの本も、残り数ページというところまで来ていた。

 

「あれ? 破れてる」

 

 最後のページを読み終えた時、それ以降のページがごっそり破られていることに気がついた。

 

「そういえば、禁忌に触れる内容が書かれてるのは破って処分してあるって言ってたっけ。なにが書かれてたんだろうなぁ」

 

 破られたページの内容に興味を惹かれながらも、無くては仕方ないとソラは読み終えた本を戻した。

 戻したと同時に、ゴトッとという音が反対側で聞こえた。

 

「あ、どうしよ。またやっちゃった」

 

 どうやら押し込み過ぎて、反対側に収められた本を落としてしまったようである。これをするのは初めてではなかった。

 ソラは落とした本を戻すために今居る側の反対に回ると、地面に落ちた一冊の赤い表紙の本を拾い上げる。

 

「えーと〝母と子と恋人〟? なにこれ」

 

 魔法にはおよそ関係ない題名にソラは小首を傾げる。

 開いてみると、どうやらこれは恋愛の物語を書いたもののようであった。

 

「そういえばこういった本を読んだことは無かったなぁ」

 

 そういう類の本もあるというのは知っていても、魔法関連の方にばかり目を向けていたソラ。

 なんとなく興味を惹かれ読み進めていく内に、ソラの顔色が変わっていった。

 具体的には赤く、まるで何かを恥ずかしがるように。

 

「えっ? えっ? なにこれ? えっ?」

 

 そう、本の中身はおよそ子供が見るには少々刺激的すぎる内容だったのである。

 慌てて本を閉じるソラ。息が興奮からか荒くなっている。顔も真っ赤に染まっている。

 

「ボクはなにも見てない。ボクは何も見てない。ボクは何も見てない」

 

 一体全体何が書かれていたのか、ソラは暗示を口にし始めた。

 猫たちが不思議そうにその姿を見つめている。

 

「よし、ボクは何も見てないよ、何も見てない。と、そろそろエイネを起こしに行かなきゃ」

 

 ソラは元の位置に本を戻すと、赤い表紙の本から逃げるようにしてそそくさと書斎を後にした。

 書斎を出て階段に向かっていると、丁度起床してきた婦人に出くわした。

 

「あらソラちゃん、おはよう。今日も来てたのね」

「あ、おはようございますベルさん。いつもすいません」

「いいのよいいのよ。あそこの本は私全部読んで内容も覚えているから」

 

 しれっとすごいことを言うこの貴婦人の名はクリンベル=トン=リューゲ。ソラが住む村で唯一の金持ちであり、とびっきりの美人。村の人からベルさんの愛称で親しまれ、中には妻そっちのけで求婚をするお爺ちゃんもいるのだとか。

 そんなベル婦人は、村の人々に数々の支援をしていた。お金に困っている家族がいれば彼らに食事を与え。怪我をした人がいればこれを癒やし。時には親しい商人を呼んで、村の人々に物資を分け与えるということもしていた。

 

「なにか学べることはあったかしら?」

 

 ベル婦人は決まって、本を読んだソラにこの質問をしていた。

 

「あ、えーっと。はい、いろいろと」

 

 対しソラはいつもよりも曖昧に答えた。

 

「今日はなにを読んだの?」

「えっと、昨日と同じで魔法生物に関する本と、えっと――」

 

 内容を思い出そうとして、ソラの顔が拒否反応を示すように、或いは爆発したかのように火を吹いた。

 

「そ、それよりエイネを起こしに行かないと! 今日はピクニックに行くって約束してたから!」

 

 慌ててソラは階段を駆け下り、一目散に逃げていく。

 今まで見たことのない反応に、ベル婦人は首を傾げたまま猫たちの方に目をやった。

 

「どうしたのあの子?」

 

 婦人の問いに、猫が各々ひと鳴きする。

 

「ほほう? それはそれは……なんだか面白そうねぇ?」

 

 猫の声を聞いた婦人は、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

 屋敷を後にしたソラは、村の中を走り回っていた。というのも、朝起きてきた村の住人たち全員に朝の挨拶をして回るのも彼の日課だからだ。

 

「おはようございます!」

「あらおはようソラちゃん。今日も元気ねぇ」

「おお、ソラちゃん。今日はエイネちゃんとデートだろう? 楽しんできてな」

「で、デート!? ただピクニックに行くだけですよ!」

「あらあら照れちゃって」

「おう、おはようソラ! 今日はうちのじゃがいも持っていってやるぞ!」

「おはようございます! いつもありがとうございます!」

 

 などという会話を交わしながら、ソラは家へと向かう。

 ソラの挨拶で、村が活気づく。みんな笑顔で、ソラに挨拶を返している。

 辺境の村――ニギロの朝が始まった。

 

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