数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第三節 愛されている少年と裏切られた少女 4

 

 エイネが笛を破壊したと同時に、町の人々の洗脳は完全に解けていた。

 

「あれ、俺たちは一体なにを?」

 

 誰もが自分のしていたことに覚えがなく、また何故外を徘徊していたのかもわからない。

 

「パパ! ママ!」

 

 戸惑う彼らの中に親を見つけると、子供たちは一目散に駆け寄った。

 安堵から、子供たちの目から涙が溢れている。

 

「怖かった! 怖かったよぉ!」

「お前、急にどうした。ああもう、泣くな。一体なにがあったていうんだ」

 

 それぞれの親子が再会し、事態は収束へと向かっていく。

 地下でも、同様に再会が果たされていた。

 

「ソラ! ソラ!」

 

 エイネは傷ついたソラを抱き起こす。

 

「よかった。無事みたい」

 

 息はある。ただ意識を失っているだけのようだ。

 胸をなで下ろし、エイネはソラを抱えて地上へと向かおうとする。

 その際、男の方に目をやった。まだ意識を失ったままだ。

 地上では洗脳が解けているはず。その中には町を警護する兵士もいるだろう。彼らに引き渡せば、すべて解決となり、また平穏な日々が戻ってくる。

 エイネは念のため、男を拘束しようと考えた。

 

「ごめん、ちょっとここにいて」

 

 ソラを壁に寄りかけるように寝かせる。

 拘束する道具がないため、エイネはナイフを使って服の裾を太い紐のように破いた。

 これを二つ作ると、男の手足に縛り付ける。

 

「よし、っと」

 

 事を終え、再びソラの元に歩み寄った。

 

「エイネ……?」

 

 すると意識を取り戻したソラの目が開いた。

 エイネはすぐさまソラを起こし、その体を抱きしめた。

 

「まったく無茶して。でも……ふふ、かっこいいわよソラ」

「く、苦しいよエイネ」

 

 まだ力が入らないのか、声が弱々しい。疲れも溜まっているのだろう。そう思い、エイネは再びソラを抱えて地上へと歩を進めた。

 道中、エイネは光が漏れている部屋が気になり、扉を開けてみた。

 

「――っ!? ソラ、見ないで」

 

 咄嗟に、自分の体でソラの視界を隠す。

 エイネの眼前に広がったのは、惨たらしい光景だった。

 部屋中に血が飛び散っていた。

 四肢をもがれた少女の頭がある。椅子に縛られた血だらけの少年の膝に置かれている。

 他にも地面には色々な人間の部位が散らばっていた。まるで与えられたおもちゃを散らかしたように、無造作に置かれている。

 こんな光景、まだ幼いソラに見せられるはずもなかった。

 

「エイネ……どうしたの? なにがあるの?」

 

 ソラは気になり、体の隙間からエイネの視線の先を見ようとする。が、エイネがすぐに扉を閉めたために見ることは出来なかった。

 

「ううん、なんでもないわ。気にしないで」

 

 一歩遅ければソラもああなっていたのかもしれない。一抹の恐怖心が、エイネの中で渦巻く。

 

 この時、エイネは気がついていなかった。椅子に縛られた少年にはまだ息があり、目をギラつかせていたことを。

 

 地下から出ると、一人の少女が立っていた。トゥネリだ。

 

「ソラ! 大丈夫!?」

 

 トゥネリは抱えられているソラを見て、すぐに駆け寄った。

 

「大丈夫よ。ちょっと疲れてぐったりしてるだけ」

「よかったぁ。よかったよぅ」

 

 堪らず涙を溢すトゥネリ。

 それを見てエイネは微笑んだ。

 

「あなたは、ソラのお友だち?」

「えっ?」

 

 唐突な問いに戸惑うトゥネリ。どう答えていいものかと悩み、答えた。

 

「あの、えっと……その……友だちになれたらいいなって」

「そっか、うん。じゃあ、これからソラのことよろしくね」

 

 トゥネリは小首を傾げる。どこか含みがあるような、そんな気がしたから。

 ふと、トゥネリは地下の方に顔を向けた。

 

「あの、パパは……?」

「ん? パパ?」

 

 初めはトゥネリの問いがわからなかった。

 その視線の先と、意味に気がつくと、エイネは笑った。

 

「大丈夫。下でちょっと寝てもらってるわ」

 

 トゥネリはその答えに安心した様子を見せた。

 

(そう、この子はあの男の……)

 

 エイネはトゥネリの顔を見た。頰伝いに、涙の跡がくっきりと残っている。

 内心、怒りがこみ上げていた。自分の子供がいながら、あんな所業に走った男に対して。

 だがそれを表には出さなかった。目の前の少女に良くないと考え、隠した。

 

「さ、行きましょ?」

 

 エイネはソラを片手で抱くと、空いた手を少女に伸ばした。その顔は笑っている。

 

「あ、えっと……はい」

 

 差し出された手に、トゥネリは少し躊躇う。顔と手を何度か見る。そして同じように笑って手を握った。

 外に出たと同時に、警護の兵と思われる男二人が駆け寄ってきた。

 手には槍が握られていた。切っ先には微かな血の跡が見える。

 

「君たち! 大丈夫かね!」

「子供たちから話しは聞いたよ。ここの主人が人攫いを行ったと」

 

 どうやら彼らの洗脳も、完全に解けているようであった。

 

「その男なら、向こうの地下室に――」

 

 エイネは安心すると、男の居場所を教えるため地下室の方に目をやった。

 目を見開いた。何かがいる、そんな気配を感じる。

 エイネは咄嗟に抱えていたソラを放り投げる。次に手を握っていたトゥネリと、警護兵の二人を突き飛ばした。

 振り向いた直後、強い衝撃がエイネを襲った。

 

「がっ、はっ……!?」

 

 何に襲われたのか認識する間もなく、エイネの体が宙を舞う。

 口から大量の血を巻き散らして、そのまま地面に叩きつけられた。

 

「ひ、ひぃ! な、なんだこいつ!」

 

 兵士が悲鳴を上げたのを聞き、エイネは地面に伏したまま顔を動かした。

 視界の中に、得体の知れない何かがいた。

 顔は人の女性のものだ。髪が幾つも触手のように蠢いている点を除けば。その先には巨大な蛇の頭や、獅子の頭や、狼の頭など、肉食動物の頭がついている。

 上半身も人間のものだが、皮膚が血のように赤く染まり、紫色の血管が浮き出ている。

 下半身にはイカやタコのような触手が、背には六本のか細い人間の手が生えていた。

 

「なによ、あれ」

 

 口に残った血を吐き捨て、立ち上がる。

 痛みから骨の何本かが折れているのを把握すると、エイネは正体不明の何かを睨む。

 

「ひ、ひいぃ……」

 

 座り込んだ兵士の片方は完全に怯えていた。見たこともない化け物に遭遇し、気が動転している。

 槍から手を離し、戦意は消失している。

 

「くそ! 君たちはすぐに逃げるんだ!」

 

 もう一方の兵士は、槍を手に果敢に立ち向かった。

 しかし、槍が突き刺さる一歩手前で、数ある触手により阻まれてしまう。

 そして逃がさぬよう、背の腕を伸ばし、兵士の体を力強く掴んだ。

 

「ぐぎっ……や、やめろ……!」

 

 掴む力があまりに強く、バキバキと骨の折れる音が鳴った。

 化け物は「クケケケケケ」と嘲笑うかのような声を出す。そして髪の先についた頭で捕食を始めた。

 

「ぎゃあああああああっ!!」

 

 兵士の悲鳴が町中に響き渡る。

 それに聞いた住人たちも、化け物の存在に気がついた。

 見るも無惨な光景が、彼らの目に触れた。

 四肢を、髪先のそれぞれの頭が食い千切る。男の頭部を、女性の頭部が鋭い歯で噛み砕く。

 大量の鮮血が滝のように落ちた。

 

「ば、化け物だ! なんだあれは!?」

「に、逃げろ! 逃げろ-!!」

 

 町が阿鼻驚嘆に包まれた。

 各々悲鳴を上げて、化け物から遠ざかっていく。

 それを気にすることなく、化け物は捕食を文字通り楽しんでいた。

 首から流れる血を、女性の顔が口を開けて飲んでいく。そして大きな口を開け、鋭い歯で残った体を骨ごと咀嚼した。

 

「あ、ああ……」

 

 仲間を目の前で殺された意気消沈している兵士も、軽々と持ち上げられ同様に捕食されていく。彼はもう抵抗する意思も、悲鳴をあげる気力も失っていた。

 

「なに? なんで?」

 

 目の前で起こった出来事に、ソラは驚きと恐怖を隠せずにいた。瞳孔が大きく開いている。呼吸もままならない。

 思い出す。あの地下室の最奥で、何かを見た気がしたのを。その正体がこれだったのだ。一体あの男は、トゥネリの父親は何をしていたのだ。そんな疑問が纏わり付く。

 

「うえっ……げぇ……っ!?」

 

 遂に耐えられず、ソラはその場で吐き出した。

 一方トゥネリは青ざめた表情で、声を発せずにただ座り込んでいた。原因は恐怖ではなかった。女性の顔に見覚えがあったのだ。いや、見覚えがないはずがなかった。

 

「ママ?」

 

 震える唇でようやく出せた言葉が、その正体を物語っていた。

 

「ママ? ママ! なんで、どうして、そんな……!?」

 

 そう、女性の顔はまさしくトゥネリの母親のものだった。病に倒れ、死んだはずの。

 

「くそ……そういうことか」

 

 エイネは思わず毒づく。あの男の目的がようやくわかったと。

 あの男は餌を収穫しようとしていたのだ。目の前の化け物、魔法生物――〝魔物〟の餌を。

 魔物もまた、使い魔同様ある術式を組むことによって生み出すことができる。

 使い魔とは違い、魔物は魔力のパスを繋ぐようなことはしない。

 肉体を魔力で生成するのではなく、実体を持った何かでその肉体を補う。そのためには、餌となる何かが必要だ。

 また使い魔と違い、彼らには理性がない。知性はあれど、本能のままにただ暴れ回るだけだと言われている。それが故に、魔物を生み出すことは世界共通で禁止されているのだ。

 だがあの男は事もあろうか、死んだ妻を魔物にすることで蘇らせようとした。勿論、それが成功したのは目の前の存在から証明されている。

 当然魔物が制御できないことを男は知っていたのだ。だから人体を用いて作る魔装具を生みだし、それを制御基盤とすることでこの魔物のコントロールを得ていた。

 そして魔物の餌として選んだのが、子供の肉体――特に魔力を生成するための機関だった。子供の魔力は少量であれど、大人よりも濃度が高いと言われている。それを餌として与え続けることで、永遠にも近い命を与えようとしたのだ。

 エイネは苦虫を噛むような表情で、思い出す。

 魔物を制御していた笛は今しがた、彼女の手によって破壊された。もうあれを制御する術は残されていない。

 

(こうなったらもう、手段を選んでられないわ)

 

 エイネは太腿に付けたナイフに手を掛ける。

 

「近づいちゃ駄目!」

 

 エイネは叫ぶ。トゥネリがすがるように、魔物に近づいていたのだ。

 

「ママ? ママなの? ねえママ、わたしだよ? トゥネリだよ?」

 

 トゥネリは必死に呼びかける。

 食事を終えた魔物がトゥネリの方を向いた。

 

(まずい、このままじゃあの子が!)

 

 ナイフを抜き、魔物に突っ込もうとする。

 が次の瞬間エイネは思わず面食らい、その場に立ち尽くしてしまった。

 魔物(ははおや)が、少女の頭に優しく手を置いていたのだ。

 

「ママ?」

 

 トゥネリの顔に、笑顔が生まれる。

 まさか理性があるのか。そんなエイネの考えは、次の言葉で打ち砕かれた。

 

「オマエ……ウマソウダナ」

 

 言葉を発して、魔物はトゥネリの頭を掴んで掲げた。

 そして女性の口が、裂けるように大きく開く。その大きさは子供一人を丸呑みに出来るほどだ。

 

「やだ、やめて……わたしだよママ! やめてよ!」

 

 何をしようとしているのか理解して、トゥネリはせがむように泣き叫んだ。

 鋭い歯が、トゥネリに近づいていく。

 

「やだ、やだぁ!」

 

 恐怖と悲しみから涙が溢れる。

 しかし魔物は躊躇することなく、口に入れようとしていた。丸呑みにしようとしていた。

 

「くっ! やめなさ――」

 

 魔物の行動に気を取られたエイネは、遅れた初動を取り戻そうと地を強く蹴ろうとした。

 が、何かが足に纏わり付いた。あの魔物を触手だ。

 魔物の視線がエイネに向けられる。その瞳は、笑っていた。

 

「しまっ――!?」

 

 触手によりエイネの体は軽々と持ち上げられる。そしてそのまま、背後にあった家屋へと投げ飛ばされた。

 

「ぐっ……くそ……っ!」

 

 パラパラと木片が落ちる。

 すぐに身を起こし、エイネは見た。トゥネリの足がもう、魔物の口の中に入っているのを。

 

(ダメ! ここからじゃ間に合わない!)

 

 今あの少女を助けられる者はもういない。そうエイネが思ったとき、唯一動いた者がいた。

 

「トゥネリを……離せ……」

 

 ソラだ。ソラが立ち上がり、腕を前に突き出していたのだ。先程まで吐いていたためか、呼吸は整っていない。

 

「ダメよ、ソラ! 逃げて!」

 

 エイネは叫んだ。しかしその声が今のソラに届くことはない。

 ソラは怒りに震えていた。

 あの男は、娘であるトゥネリをも餌にしようとした。姿が変わってしまった母親も、理性を失い、自分の娘を躊躇いもなく捕食しようとしている。

 本当の父親とも母親とも過ごしたことのないソラにとって、それは許しがたい現実だった。

 

 

「トゥネリを……離せえええええ!!」

 

 ソラの手から、炎の球が放たれた。魔法だ。

 炎の魔法は魔物に直撃すると、爆発を生む。

 

「グギャアアアアアアァーッ!?」

 

 爆発の衝撃で魔物は手を離し、トゥネリの体は宙高く舞う。

 トゥネリの体が、地面に叩きつけられることはなかった。落ちる前に、ソラが彼女を受け止めていた。

 一連の場面を見て、エイネは場違いだと分かっていても思わずにはいられなかった。かっこいい――と。

 

「ソラ……わたし……わたしはどうしたら……!」

 

 泣きじゃくるトゥネリに対し、ソラは何も言えない。彼女の苦しみと悲しみを慰めるだけの言葉が、思い浮かばない。

 

「なんで、なんでトゥネリを泣かせるの?」

 

 ただこれだけは、はっきりと言えた。

 

「なんでそうやって平気で、自分の子供を悲しませることができるんだ!」

 

 この叫びが相手に届くはずがないとわかっていても、相手が反省を示せる存在ではないとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。

 本当の親ではない誰かに育てられたからこそ、本当の親ではない誰かに愛されているからこそ、その叫びはソラにとって大事なことだった。

 

「グギャアアアアアアアア!!」

 

 魔物は気にも留めない。食事の邪魔をされ、怒りのままにすべての触手を伸ばしてソラに襲いかかる。

 

「悪いけど、その意見には同感しかないのよね」

 

 しかし届くことは無かった。

 一閃。一本のナイフの、たった一閃で、エイネはすべての触手を薙ぎ払った。

 

「ソラ、その子を連れて逃げなさい」

「エイネ! でも!」

「こういう時くらい言うこと聞きなさいよバカ。その子のこと、守りたいと思ったんでしょ?」

 

 言われ、ソラはトゥネリの方を見る。

 泣いている。顔を手で覆い、限界を超えた悲しみと恐怖で声も出せず静かに泣いている。

 どれだけ彼女の心は傷ついているのであろう。どれだけの悲痛な思いが、彼女の心の中を巡り回っているのであろう。

 ソラにはわからない。それでも彼女を、放っておけるはずがなかった。

 

「ごめん。すぐ、戻るから!」

 

 ソラはトゥネリを抱えて離れる。安全な場所に避難させるために。

 その背中を見送り、エイネは呟いた。

 

「だから戻ってくるなっての」

 

 エイネは少し笑っていた。

 

「さてと」

 

 魔物の方に向き直る。見たところ再生能力があるのか、エイネが切り落とした傷口は新たな触手に生え替わり、元に戻っていた。

 

「トゥネリちゃん、ていうのね……あの子」

 

 エイネはナイフを構える。

 呼吸を整えながら、目の前の魔物を見据える。

 

「悪いけどこれはもう、あなたの知るお母さんじゃないわ」

 

 元は娘を愛する母親だったものを見据える。母親の代わりに一人の少年を育ててきた少女が、鋭い眼光を向けて。

 

「だから私が、こいつを止めてみせる」

 

 かつて母親だった魔物と、図らずも母親となった使い魔の戦いが――始まった。

 

 

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