数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第三節 あの日の約束と確かな想い 5

 

 

 商会内の廊下では慌ただしく武装した傭兵たちが行き交っていた。まるで何かに備えているかのような様子だ。

 

「くそ、なんだってあの男が」

 

 リヴェルトス商会ヘルディロ支部を統括する頭領は、不満げに呟く。

 一際大柄な身体。身から流れる貫禄のある雰囲気から、彼もまた長い間この役職に携わった人間だと見て取れる。

 彼らはある情報を聞き入れ、慌てていた。商会本部にギルドのユースが乗り込んだという情報が入ったのだ。

 故に彼らはこの場所に来ると考えて、襲撃に備えているわけである。

 そして要因はもう一つ。

 

「お前ら、なんですぐに話しにこなかった!」

「だってボス! 俺ら街の兵士に見つかって、ずっと事情を聞かれてて――」

「言い訳はいい! あのガキどもが連れてかれたら、俺たちの商売が水の泡だ!」

 

 ソラが気絶させた男二人が商会建物にやってきて、侵入を許したことを頭領に話したのだ。結果彼らは襲撃に備えると同時に、侵入者の迎撃を行おうとしているのだ。

 複数の傭兵を引き連れて、セシルを連れ去った男でもあるヘルディロ支部の頭領は子供の監禁部屋へと急ぐ。

 

「とにかくガキどもだけはなんとしても移送しねぇと、俺たちの命さえ危ういんだ。わかってるなお前ら!」

 

 頭領の叫びに、傭兵たちは強く頷く。彼らの顔に明らかな焦りが見える。

 

「よし、急げ!」

 

 頭領が促すと、傭兵の何人かが我先にと駆け出す。そして彼らが扉の前で立ち止まり、鍵を開けようとした時だった。

 

「ん?」

 

 ゆっくりと一人でに扉が開いた。

 先頭に立っている男が呆気に取られて扉を見ていると、扉の向こうの闇から人影が現れる。

 

「はぁーい? こんにち……わっ!」

 

 そんな緊張感のない挨拶とともにトゥネリは飛び出し、先頭に立つ男の顎に膝蹴りを当てた。

 

「ぐぇ……!?」

 

 男は短い悲鳴を上げ、頭部に与えられた衝撃に白目を剥く。

 そのままトゥネリは男の体を足場にして跳び上がると、背後にいた男目掛けて顔面に回し蹴りを喰らわせた。身体強化の魔法によって編み出された蹴りの威力は凄まじく、彼女の倍の身長はある男の体を軽々と宙に浮かせ、地面に伏せさせる。

 

「てめぇ、この女どこから入りやがった!?」

 

 着地したトゥネリの姿を見て、傭兵たちが驚く。

 

「へぇー? 女一人に対してこれだけの大人数で襲ってくるんだ。だらしない男もいたものね」

「ほざけ!」

 

 傭兵の一人が襲いかかる。

 トゥネリは男の剣撃を素早く躱すと、距離を取って人数を見計らう。

 

(今は十人ってところか)

 

 太腿に付けた矢筒に入っている矢は限りがある。おそらくまだ傭兵たちがいることを鑑みれば、下手に数を減らすわけにもいかない。

 かと言って時間が経てば増援が来てしまう可能性もある。

 それでもトゥネリは聞かなければならないことがあった。それは彼らの目的だ。

 

「見たところ、あなたがここの頭領よね?」

 

 傭兵の集団。その背後に立つ大柄の男に視線を向けて、トゥネリは指差した。

 

「一つ聞きたいんだけど、あなたあの子たちを一体どうするつもりだったのかしら?」

「問われていちいち答えると思うか?」

「そう……じゃあわたしが当ててあげる」

 

 トゥネリは人差し指を立てると、話し始める。ここまで来るまでにあった僅かな時間を使い集めた情報。それらから得た推測だ。

 

「あんたはある貴族と取引をした。内容は子供の人体の提供。それも一人じゃない、複数人。けど子供を集めるなんてことをしたら、商会に登録されているあなたたちに重い処罰が下る。そこで土地を売った――特に子供がいる家族に多額の借金があると言い始めた。そして支払えないような額を提示された彼らへの救済として、子供の身柄を要求して公平性を謳った。でも中には暴力で捻じ伏せたこともあったそうね?」

 

 トゥネリは言葉を区切ると、男たちを睨む。

 

「は、何が公平よ。あるはずのないものを偽っておいて。あなたたちみたいな奴を見るとほんと反吐が出るわ」

 

 拳を構えると、トゥネリはそう吐き捨てた。

 

「ガキが偉そうに……」

 

 怒りを露わにする彼女に対して、傭兵たちは剣を構えながらじりじりと距離を詰める。

 

「おいお前ら、その女をさっさと殺せ」

 

 頭領の合図とともに、傭兵たちは一斉に躍りかかった。

 向かってきた男のひと薙ぎを受け流し、腹部に拳を打ち込む。腹部に与えられた衝撃に男が後ずさった。その隙にトゥネリは身を翻しながら蹴りを当て、男を気絶させる。

 続け様に、立ち止まっている男との距離を一気に詰めた。男はそのまま投げ飛ばされて、背後にいた数人を巻き込んで地面に落ちる。

 

「こ、この女強いぞ!?」

 

 傭兵たちはトゥネリの動きに驚愕していた。ただ一人の女に、複数で掛かっても鎮圧できないその事実に。

 

「なに? 強いのは威勢だけかしら?」

 

 狼狽える傭兵たちを嘲笑うと、トゥネリは更なる迎撃体勢に移ろうとする――が。

 

「――ッ!? まずっ!」

 

 身の危険を察知して、咄嗟に扉の中に飛び込んだ。それと同時に、破裂したような音が響き渡る。

 

「外したか……」

 

 頭領が舌打ちをする。彼の右手には一丁の銃が握られていた。銃口から微かに立ち上る煙が、弾丸の発射を物語っている。

 

「お前ら! たかが女一人に手こずってるんじゃねぇ!」

 

 頭領は叫ぶと、トゥネリが逃げた方へと歩み寄っていく。

 その音を扉越しに聞きながら、トゥネリも軽く舌打ちした。

 

「ああ、もう。面倒なもの持ってるわねあいつ」

 

 銃弾を掻い潜りながら、複数人を相手取るのは困難。トゥネリは歯軋りを立てると、腰に付けた小鞄の中身を弄る。

 取り出したのは手に丁度収まるくらいの球だ。球からは一本の紐が伸びている。

 

「火よ……」

 

 簡単な詠唱とともに指先で紐を摘む。すると指先で触れたところから小粒ほどの火がゆっくりと燃え広がり始める。

 音と気配でタイミングを計るトゥネリ。男の足音が止まったと同時に、素早く球を廊下に転がした。

 

「なんだ?」

 

 頭領は思わずその球に視線を向ける。直後ボフっという音を立てて球は破裂し、中から大量の煙を吐き出した。

 煙は見る見るの内に広がり、傭兵たちの視界を奪っていく。

 

「くそ、なにも見えねぇ……!」

 

 頭領は毒づくと息を潜めた。彼は戦闘慣れしてるのもあり落ち着いている。

 

「なんだ!? 何も見えないぞ!」

 

 一方で頭領の思惑とは裏腹に、他の傭兵たちは不測の事態に慣れていないのか騒ぎ立てていた。音を頼りに動こうとしている頭領にとってそれは邪魔でしかない。

 

「お前ら黙れ! これくらいで狼狽えるんじゃねぇ!」

 

 頭領の叫んだのと同時に、走る音が響き渡った。

 

「――ッ!? そこかァ!!」

 

 頭領はすぐさま銃を音の方向に構え、引き金を引く。乾いた銃声とともに弾丸が発射。弾丸は直線上に飛び、狙い定めた対象に着弾した。 

 

「ギャァッ!?」

 

 しかし煙の中から聞こえてきたのは男の悲鳴だ。血飛沫が頭領の顔に掛かる。

 

「なんだ……?」

 

 頭領が眉を潜めた直後、目の前に人の影が現れた。

 

「ぐぉ……!?」

 

 咄嗟に躱すことも出来ず、頭領は煙の中から出てきた傭兵の体に巻き込まれてバランスを崩す。

 それに続いて煙の中からトゥネリが飛び出した。狙うはバランスを崩した頭領の顔面に飛び蹴り。頭領は地面に伏す。

 煙が晴れると、傭兵たちは思わず目を見開いた。たった一人の女に、屈強なはずの頭領がいとも容易く倒された。その事実が彼らをさらに狼狽させる。

 

「さて……あんた達のボスはこの通り倒させてもらったわ。どうする? まだ向かってくる?」

 

 笑みを浮かべるトゥネリに対し、傭兵達は後ずさる。もはや彼らに戦意は残っていない。

 

(よし、このまま逃げてくれれば……)

 

 このまま行けばこちらの勝利は必至。そうトゥネリが考えた時だった。

 

「ぎ、ひいいいいい!!?」

「が、ぐあああ、があああああッ!?」

 

 突然傭兵達が頭を抱えて叫び声を上げた。

 

「え、なによ急に?」

 

 トゥネリはまだ、彼らには直接何もしていない。だというのに、まるで頭が割れるような痛みを感じているかのように悲鳴を上げているのだ。

 傭兵達は悲鳴を上げながら充血した白目を剥く。頭や顔を、血が流れることもいとわず強く掻き毟る。

 そんな光景にトゥネリは息を飲んだ。明らかに異質だ。まるで何かに抗っているかのようにも見受けられる。

 

「なに? この音?」

 

 彼らの悲鳴にも似た雄叫びは、地下広間にも届いていた。

 不気味な声に子供達が怯える。

 

「大丈夫だよみんな。安心して?」

 

 怯える子供達を落ち着かせようと、ソラは微笑み掛けた。が、内心では彼も動揺していた。

 

(今の音……急いでトゥネリのところにいかないと!)

 

 しかしまだ転移の魔法陣は完成していない。いまだに転移先が決まらず、進行が停滞している。

 更なる焦りが、ソラの思考を鈍らせる。どこか無いか。どこか、子供たち全員を転移させられる安全な場所は。迅る気持ちを抑えながら、ソラは地図に目を走らせる。

 

(ダメだ、落ち着け……! どこかあるはずだ! どこか!)

 

 まず初めに浮かんだのは噴水広場。しかしここは人が多く往来する場所だ。転移させる場所には不向きだ。

 では王都の外の草原はとも考えたが、それは却って子供たちを不安にさせる。仮に転移できたとして、子供たちだけを放置するわけにもいかない。

 まだ王都に来たばかりのソラにとって、該当箇所を探すことは困難であった。

 

(そうだ……闘技場は……?)

 

 ふとソラは、ギルド入会試験を行った闘技場を思い出す。記憶が正しければ、あそこは普段は使用していない場所のはずだ。闘技場の舞台はそれなりの広さもある。人がいる可能性が非常に低く、かつ広い場所。これほど合う場所はもう他に思い浮かばない。

 

(大丈夫……あそこならきっと行ける!)

 

 ソラは自分の直感を信じて、紙に描かれた魔法陣の中に素早く字を書く。地図と紙を何度も目で追い、必要な詠唱を魔法陣の中に落とし込む。

 地図から算出した距離。現在地からの方角。さらには現在地と転移先に生じている高さの違いまで。それらを地図内の情報、己の記憶と感覚を頼りに魔法陣を描き始めた。

 

 一方、トゥネリは傭兵たちの豹変にただ立ち尽くしていた。

 雄叫びが止むと、傭兵たちは焦点の合わない目でトゥネリのことを見る。牙を剥き出しにし、まるで獣のようだ。

 

「な、なによこれ。一体なにがなんだってのよ」

 

 トゥネリは堪らず後ずさる。

 

「うぅあー」

 

 呻くような声を発して、頭領が体を起こす。その立ち上がり方も異常で、背中をくの字にしてゆっくりと立ち上がる。さながら屍人が人形に操られているかのような。

 

「まさかこれ、何かに操られてる……?」

 

 疑問を抱く暇もなく、傭兵たちが群がるようにトゥネリを襲う。

 

「ぐっ! ちょっと気持ち悪いんだけど!」

 

 嫌味を吐きながら、トゥネリは迎撃態勢を取る。が、その顔はすぐに青ざめた。

 

「なっ……!? ちょ、なによあれ!」

 

 傭兵たちの背後、自分の見る方向から大勢の傭兵が走ってくる。全員目の前に傭兵たちと同じ状態だ。

 

(マズい……! 流石にこれだけの数を一人じゃ捌けない!)

 

 撤退も考えるが、まだソラの転移が終わっていない可能性がある。ともなればここから退くわけにはいかない。

 トゥネリは襲い来る傭兵たちを素早く攻撃し、跳ね除けていく。が、地面に伏した傭兵たちは痛みを感じていないかのようにすぐに立ち上がる。

 

「ああ、もうしつこい!」

 

 トゥネリはクロスボウを取り出すと、慣れた手際で矢を装填、傭兵に向けて撃ち放った。

 矢に射抜かれても怯むことなく掴みかかってくる。トゥネリの行動はいたずらに彼らを刺激しているだけのようにも見える。

 それでもトゥネリは矢を撃ち、刺さった矢を引き抜いて別の傭兵に突き刺す。拳を穿ち、跳び蹴りを顔面に喰らわせる。必死の攻防をトゥネリは行った。

 

「しまっ……!」

 

 だがついに、傭兵たちの雪崩に呑まれて、トゥネリはバランスを崩した。

 

「痛っ……!」

 

 咄嗟に受け身を取るトゥネリ。頭領はそんな彼女の細い右足を掴み、華奢な体を軽々と持ち上げた。

 

「ちょっと離しなさいよ!」

 

 掴まれていない左足で頭領の顔面に蹴りを入れるが、彼は微動だにせずトゥネリの体を振りかぶった。

 

「うおおおおーッ!!」

 

 頭領は雄叫びとともに、トゥネリの体を床に叩きつける。

 

「ぐっ……がっ……!?」

 

 強い衝撃にトゥネリの意識が揺れた。

 掴んだ足を離さず、頭領は力のままに周囲の壁や床に何度もトゥネリを叩きつける。

 その度に、トゥネリの口からくぐもった悲鳴が漏れる。腰に巻いた小鞄から道具が転がり落ちる。太腿の矢筒から落ちた矢がパラパラと鳴る。

 

(これ……まっず……)

 

 朦朧とする意識の中、トゥネリは地下への扉に目を向けた。他の傭兵たちが一斉に中へとなだれ込んでいっている。

 

(このままじゃソラたちが……!)

 

 しかし考える余裕は与えられず、床に叩きつけられる強い衝撃がトゥネリを襲った。

 

「かっは……ッ!?」

 

 咳き込んだと同時に、血を吐き出す。節々に走る痛みにそれでも耐えたのは、彼女に強い思いがあったからだ。もうあの時のようなことになりたくないという強い思いが。

 頭領がまたトゥネリの体を振りかぶる。

 

「いい加減に……しろっての!」

 

 振りかぶる直前に拾った一本の矢。トゥネリは体を丸くして、これを頭領の肩深くに突き刺した。

 

「ぐ……おぉ……」

 

 握る力を失い、頭領の手が足から離れる。

 トゥネリはすぐに体勢を整え、地下へと乗り込もうとする。が、これを阻止せんと扉の向こうから三人の傭兵が飛び出した。

 

「邪魔!」

 

 蹴りを入れようとトゥネリは重心を傾けた。

 

「うっ……ぐっ……!?」

 

 しかし掴まれた足に負荷を掛けてしまい、痛みに反応が遅れてしまう。その隙に、傭兵たちは覆いかぶさるようにしてトゥネリを拘束した。

 

「くそ! 離れ……ろ……ッ!」

 

 身動ぎして脱出しようとするが、彼らの力は凄まじく、抜け出すことができない。

 このままではソラや子供達に被害が出てしまう。なんとしなければ。そう思った矢先――。

 

「悪いけど、その子から離れて貰えるかな?」

 

 三人の傭兵たちが、何かによって宙吊りにされた。

 

「えっ……?」

 

 なにが起きたのか理解が追いつかず、トゥネリは素っ頓狂な声を漏らす。

 

「大丈夫? トゥネリ?」

 

 そんな声がして、トゥネリは声の方へ顔を向けた。

 

「あんた……なんで……?」

 

 そこにはまだ地下にいるはずのソラが立っていた。

 

「あんた……子供たちは……?」

「大丈夫。トゥネリが時間を稼いでくれたおかげで、ちゃんとギルドの闘技場に転移させられたよ?」

 

 微笑むソラに対し、唖然とするトゥネリ。

 

「傭兵たちはどうしたのよ?」

「それも大丈夫。地下に入り込んできた人たちは全員魔力糸で拘束したから」

 

 ソラの答えにただただ唖然とするトゥネリ。地下に入り込んだ傭兵の数は二十を超えていたはずだ。それを短時間で全員拘束したという。見てみれば先ほどまで暴れていたはずの頭領も、拘束されて意識を失っている。

 あまりの出鱈目さに力が抜けた。そして顔を覆い、トゥネリは乾いた笑みが浮かべて言った。

 

「まったく……遅いのよ……バカ……」

 

 それは、悔しさを隠すために放つ精一杯の言葉であった。

 

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