「いやー驚いた驚いた! 突然闘技場の方から大勢の子供たちが出てくるんだからなー!」
盛大な笑い声とともに、ヴェラドーネはソラの肩を強く叩いた。
ソラとトゥネリが直面した事件は収束へと向かっていた。子供たちは保護され、捕らえた商会関係者は憲兵に身柄を渡した。これで彼らによる不当な金銭の請求は無くなることだろう。
「しかし肉体と魂を分けて転移ねぇ……危ないことを書く連中だ」
ヴェラドーネの言葉にソラは小さく頷く。
「多分、あの人たちは知らないと思います。あの魔法陣は何者かによって書き換えられた痕跡がありましたから」
「つまり転移魔法に関してはまだ別の犯人がいると……ふむ……」
ソラの言葉に、ヴェラドーネは口元に手を当てる。
それを聞いたトゥネリもあることを思い出していた。商会に雇われた傭兵や商会の頭領の様子が急変した時のことだ。
(あれは明らかに、誰かが操っていた。まさか魔法陣を書き換えたやつが……?)
彼らは途中から、明らかに異質な動きをしていた。
(それに聞こえてきたあの音……あれは音色は違ったけど、聴き間違えじゃなければ笛の音だった)
笛の音で人を操る。トゥネリの脳裏に一人の男が思い浮かぶ。
「まさか……ね……」
「どうかした? トゥネリ」
「いえなんでもないわ。とりあえずこれで子供たちは無事親の元に帰れそうね」
「うん。トゥネリは怪我の方大丈夫?」
「おかげさまで。あなたの魔法ほんと便利ね」
トゥネリが笑うのを見て、ソラも微笑む。まだ不可解な点はあれど、二人は子供たちを助けられたことに安堵していた。
二人の様子を見て、ヴェラドーネも笑みを溢す。
「お前たち、なかなかいい相棒になりそうじゃないか」
「そうでもないわよ」
なにか引っかかる物言いだと思いながらも、トゥネリは笑う。
「それよりユースは? あいつ単身本部に乗り込んだんでしょう?」
「心配の必要はないぞ」
問いかけに答えるように、背後から声がした。思わず振り返った先にユースの姿があった。
「騒がしいと思って来てみれば……お前が原因か」
ユースはソラの顔を見据えて呟く。射抜くような鋭い視線に、ソラは堪らず息を呑む。
「別にこいつだけじゃないわ。わたしもよ」
庇うようにしてソラの前に出ると、トゥネリはユースを睨みつける。不穏な空気が両者の間に流れ始めた。
見かねたヴェラドーネは軽く咳払いをすると、ソラの両肩に手を置く。
「なんだユース? 手柄を取られて怒っているのか」
ヴェラドーネの一言により、ユースは標的を彼女に変える。
「おいおい、そんなに怒るなよユース」
殺気に似たものを感じ、ヴェラドーネは苦笑した。普段平然としている彼女でも、これには冷や汗が滲み出る。
一触即発の雰囲気が漂う中、駆け寄ってくる者がいた。
「ソラさん! トゥネリさん! 良かった、無事だったんですね!」
ギルドの受付嬢ルージュヴェリアだ。
「怪我は? 怪我は無いですか?」
「大丈夫よルー。わたしもこいつも大した怪我はないわ」
「そうですか。良かったぁー」
ルージュヴェリアは胸を撫で下ろし、安堵の息を吐く。その様子を見てソラとトゥネリは同時に笑った。
二人が何故笑っているのか分からず、ルージュヴェリアは首を傾げる。
「あの、なんで笑ってるんですか?」
「別になんでもないのよ。うん、なんでもないの」
「ただちょっと可笑しかっただけですよ」
こちらが心配していたというのに、なにがそんなに可笑しいのか。そんな反感を抱いたルージュヴェリアは唇を尖らせる。が、ふと何かを思いだすと彼女は悪戯な笑みを浮かべた。
「そういえば、トゥネリさんが言ってた〝守りたい人〟ってソラさんのことだったんですね」
「は、はぁ!? だ、誰がそんなこと言ったのよ!」
ルージュヴェリアの発言に、トゥネリの顔が爆発したように突然赤く染まった。
「あれー? だって言ってたじゃないですかー。私が誰のところに行くんですか? って聞いたら『わたしは守りたい人のところによ』ってキリッとした表情で――」
「だぁー! 聞こえない! 聞こえないし、わたしはなにも言ってない!」
二人のやり取りを見て、今度はソラが小首を傾げる。
「トゥネリ、言ったの?」
「だっ!?」
トゥネリは必死に否定しようとソラの方に顔を向けるが、動揺を隠せず真っ正面から見ることが出来なくなっていた。
顔を逸らし、口をまごつかせて俯くトゥネリ。その仕草にルージュヴェリアはニヤけた表情を浮かべている。
「だからわたしは別に! あ、あの時は! その……なんていうか……感極まっていたっていうか……あんたはわたしの恩人だし……だからその……」
次第に蚊の泣くような声を発し始めるトゥネリ。そんな彼女のことをしばし見つめて、ソラは微笑んで言った。
「そっか。うん、ありがとうトゥネリ」
告げられる感謝の言葉に、トゥネリの胸が大きく脈打つ。その音は彼女の耳にまで響きそうな程に高鳴っている。
「どっ……どういたしまして……」
心臓の高鳴りを抑えるかのように胸に手を当てて、トゥネリは小さく呟いた。
この二人を眺めていたルージュヴェリアはと言うと。
(え、やだ、なにこの二人可愛すぎません? なんでしょうこの胸の感覚……!)
などと目を輝かせ、思考が暴走気味に陥っていた。
「ところでルージュヴェリア、お前今日受付当番だよな? なんでこんなところに来てるんだ?」
「あ、いえその、騒ぎが気になったのでつい……!」
「うんうん。仕事しような?」
「は、はいすいません支部長!」
ヴェラドーネに指摘され、ルージュヴェリアはそそくさと退散する。
そんなルージュヴェリアの背中を見つめてトゥネリは、「まるで嵐のようだった」と顔を真っ赤にしながら思うのであった。
一方、静かに成り行きを見守っていたユースは深いため息を吐いて項垂れていた。興が削がれたというべきか。気の抜ける状況に額に手を当てながら、視線はヴェラドーネに向けている。
視線に気がついたヴェラドーネは笑みを浮かべると、ソラの背中を強く叩いた。
「ま、なにはともあれ今回の事件は君の手柄だ! これはなにか褒美をあげないとな!」
そうヴェラドーネは言うのだが、ふとソラは咳き込んでいることに気がつく。余程強い力で不意を突かれたからだ。
「おおう、すまない。ちょっと加減できなかった」
「い、いえ大丈夫です」
呼吸を整えると、ソラはヴェラドーネの方に向き直る。そして微笑んで言った。
「大丈夫です。きっと素敵なものを見ることが出来ますから」
「んん?」
ソラの意図が理解できず、ヴェラドーネは疑問を口にする。
するとソラは顔を別の方向に向ける。すると遠くから「お兄ちゃーん!」と呼ぶ声が響いてきた。
「お兄ちゃん!」
駆け寄って来たセシルは、勢いをそのままに飛びつく。それをソラは優しく受け止めると、彼女の視線に合わせて姿勢を低くした。
「良かったセシル。怪我はない? 怖くなかった?」
「大丈夫! お兄ちゃん、みんなを助けてくれてありがとう!」
「いいんだよ。それより、お母さんとは仲直りできた?」
「うん! ほら!」
セシルは振り返って指を刺す。その先に、歩み寄ってくるレフィナの姿があった。
「こら、セシル。危ないじゃないの」
「えへへ、ごめんなさーい」
レフィナは「まったくもう」と笑うと、ソラの前に立った。ソラも姿勢を戻して、レフィナの顔を見る。
「ソラさん。セシルを助けてくださって……なんとお礼をしたらいいか」
「お礼なんていいですよ。二人がまた笑顔で過ごしてくれればそれで」
「ソラさん……」
しばしソラの顔を見つめるレフィナ。不意に深々と頭を下げて言った。
「本当にありがとうございます! これからより一層、この子のことを大切にします!」
レフィナの言葉に、ソラは静かに頷いた。
ソラ達の様子を離れて見ていたトゥネリも微かに笑うと、小さく「良かった」と呟く。
ふと、セシルがトゥネリの前に立って顔を見上げていた。
見上げるセシルの顔が一瞬誰かと重なり、目を逸らすトゥネリ。するとセシルは口を開いて、満面の笑顔を咲かせた。
「お姉ちゃんも助けてくれてありがとう!」
思わず面食らい、トゥネリは真っ直ぐセシルの顔を見つめる。
セシルの言葉に、ソラとレフィナも彼女に顔を向けた。
動揺してトゥネリはソラの顔を見る。彼は優しく微笑んで、頷いている。
「お姉ちゃん、すごくカッコ良かった!」
セシルの無邪気な笑顔が、トゥネリの脳裏に重なった光景をゆっくりとかき消していく。
少女の視線に合わせると、トゥネリは少しはにかんで頭を撫でる。
「うん……こちらこそありがとう」
えへへと笑うセシルに対して、トゥネリも彼女に笑顔を向けたのだった。
二人の笑顔を見てソラは微笑む。だが約束はまだ終わらない。そう言うかのように彼は両方の頬を軽く叩く。
「さてと、じゃあそろそろ出発しようかな」
ソラの言葉に、全員が彼の方を向いた。
「出発って、どこに?」
トゥネリが問う。それに続いてセシルは少し寂しげな表情を浮かべた。
「もしかしてお兄ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「帰る? 帰るってニギロの村に?」
「いや、ボクはこれから――」
「その必要はないぞソラ」
ソラの言葉をヴェラドーネが遮った。
彼女はにんまりとした表情を浮かべている。そう、まるで「その言葉を待ってました」とでも言うかのように。
「今回これだけの功績を残したんだ。お前には私の特別推薦でギルドに加入してもらう」
「特別推薦? でもそれって、師匠の推薦状と同じなんじゃ」
「あれはただの紹介状さ。特別推薦は各支部長が持っている権限でな。ギルドに加入していない者が大きな功績をもたらした場合、そいつに試験を受けさせることなく加入させることができるんだよ」
そんなものがあるのかと、ソラは呆然とした表情を浮かべる。
確かにギルドに加入できるというのなら加入することに越したことはない。この世界はあまりに広すぎる。しかしギルドに入れば、困っている人を〝依頼〟という形で認識することが出来る。
誰かの笑顔を守りたいと願うソラにとって、得以外のなにものでもない。
しかし一方で、ヴェラドーネの話を目を見開いて聞いている者がいた。トゥネリだ。
(まさかこの女、最初からそのつもりで……!?)
彼女の脳裏にまたユースの言葉が過ぎる。
〝――まるで何かを待っていたみたいだな〟
その何かとはソラのことだったのだ。
ヴェラドーネは初めからソラをギルドに加入させるつもりでいた。そう考えれば、ユースを試験官に選んだのも得心がつく。
ユースはギルド内では最強の男。彼が試験官をするとなれば、当然ギルド内の注目が集まる。
そして今回の事件はリヴェルトス商会加入者による不祥事。リヴェルトス商会とギルドは絶対不可侵の契約を結んでいる。つまり今回の事件は、ギルド未加入者が解決する方が都合がいいということになる。ましてや加入している者が進んで解決するということもないだろう。
そのためにはソラがギルドに入ってはならなかった。意味深に例外があると口にしたのも、これを示唆していたのだ。ユースが不合格を出すということも、ヴェラドーネは見越していたということになる。
(けど……じゃあこの親子は? この親子はなんなのよ?)
よもやこの親子も仕組まれた存在とでも言うのだろうか。
考えれば考えるほど泥沼化していく思考に、トゥネリは一人囚われていた。
「それでどうだソラ。悪くない話だろう?」
嫌な予感がした。故にトゥネリは話に割って入ろうと口を開く――ことはできなかった。
「おい、ヴェラドーネ……」
彼女よりも先に、ユースが動いたからだ。
ユースの鋭い眼光がヴェラドーネを突き刺す。が、対するヴェラドーネは我知らずと言った様子でソラを見ている。
「君ほどの力があれば十分やっていける。それに君にとってギルドは好都合のはずだ」
ソラはユースを一瞥すると、俯いて彼に言われた事を思い出す。
(誰かに与えられた思い……か……)
ソラは自分の胸に手を当てる。
(確かにそうかもしれない。ボクはあの時言われたことに従っているだけかもしれない。でも……)
セシルとレフィナを一瞥する。
(でもボクのこの胸にある
「わかりました。その話、受けます」
「そうかそうか。君ならきっと世界にも名を馳せることにもなるよ」
ソラの答えを聞き、ヴェラドーネは笑って彼の肩を何度も叩く。まさに大歓迎といった様子だ。
一方ユースは軽く舌打ちすると、その場から離れようとした。だが。
「でも一つお願いがあります」
「ん? お願い? なんだいお金のことかい?」
ヴェラドーネの問いに、ソラは首を横に振った。
そしてユースの方に顔を向けて言った。
「ユースと……彼ともう一度戦わせてください。彼が認めてくれたら、ボクは入ります」
「え、いや、なんでだい?」
ユースは足を止めると振り返り、ソラの目を見た。
ソラもまた真っ直ぐユースの目を見ている。瞳の奥に宿る硬い意志を、ユースは感じ取っていた。
「別に試験なんかしなくても入れるんだぞ?」
思いもよらぬ発言にヴェラドーネは困惑する。
「それでもボクは彼に認めて欲しいと思ってるんです。ボクの持つ想いを」
「いやでも……」
何かを躊躇しているかのように、ヴェラドーネの表情から余裕が消えていた。彼女にとってこのソラの発言は想定していなかったのだろう。
それを見てトゥネリはくすりと笑った。内心でソラに対する尊敬の想いを秘めながら。
「別にいいじゃない。選択の自由はあるんでしょ?」
「いやそうだが……」
「それともなにか不都合なことでもあるわけ?」
トゥネリの問いに、ヴェラドーネは苦虫を噛み潰したように項垂れる。苦渋の選択を迫られている様子だ。
ヴェラドーネはしばし沈黙すると、不意に深いため息を吐いた。
「あー、ユース。それでもいいか?」
ヴェラドーネの問い。了承の意味も含んだ問いだ。
ユースは微かに笑みを浮かべると、ソラの目の前まで歩み寄る。
「わかった。その覚悟見させてもらうぞ」
吐き捨てるように言うと、ユースは踵を返す。
その背中をソラは、真っ直ぐと見つめるのであった。