「おい、昨日の子がまたユースと戦うらしいぞ!」
ソラとユースが再び対峙するという話題は瞬く間に広がり、ヘルディロ支部内は騒然としていた。
「あいつが同じやつを相手にするなんて珍しくないか?」
「確かに。あの子以来だよな」
「あの子?」
「ほら、トゥネリっていう女の子がいただろ?」
「あー。そういや弟子にしてたな。もしかしてユースってさ、女の子贔屓なのか?」
などと根も葉もない話題も上がったりしているが、多くはあのユースが二日続けて同じ人間と戦う。というのが少ない事例であるため驚いている様子だ。
ギルドに所属し、彼のことを知る者は雪崩れ込むように闘技場へと向かう。
闘技場の観客席はあっという間に埋まっていった。彼らが期待しているのは、若くして〝最強〟と謳われている男の戦い。
そして二度も相対するというソラへの期待も強かった。
観客に混じって、トゥネリは二人が向かい合っている様子を眺めていた。彼女の右隣にはヴェラドーネ。左隣にはセシルとレフィナが座っている。
三人が息を呑んで見守る中、ヴェラドーネは呆れ果てたような表情をしていた。というのも、彼女にとってこの戦いは無駄なものでしかないからだ。
「まったく、なんだって彼はユースと戦うことを選んだんだろうねぇ。ユースが手加減するって、昨日の時点で分かっているだろうに。そんなに負けたのが悔しかったのかねぇ?」
ヴェラドーネの言い分は間違っているわけではない。
だがトゥネリは、彼女の発言を訂正しなければならないと感じていた。
「重要なのは勝つことじゃないのよ、あいつにとって」
トゥネリの言葉に、ヴェラドーネは興味を示したように笑みを浮かべる。
「へぇ、じゃあなんだっていうんだい?」
「あいつはただ、ユースの想像を超えて認めてもらおうとしているだけ。だからあいつは勝つことを考えていない。昨日と同じで、全力でぶつかっていく……ただそれだけなのよ」
「けど昨日全力を出して認めてもらえなかったじゃないか」
ヴェラドーネが失笑するのに対し、今度はセシルが口を開いた。
「大丈夫。だってお兄ちゃん、すごく強いんだもん」
まるで目の前でソラが戦う光景を見たかのように話すセシル。その眼差しにはソラへの期待と憧れが垣間見える。
一体この少女が何を見たのかは知らないが、トゥネリも同じ事が言えた。
(きっとソラならユースに認められる。結局わたしには出来なかったことを)
拳を握り、真っ直ぐソラの姿を目に焼き付ける。トゥネリにとって彼の姿は今、遠い存在のように映っていた。
一方ソラはというと、目蓋を閉じて精神を集中させていた。確かな想いを目の前の男に認めてもらうためにも、全力を出すために。
静かに深呼吸をすると、目蓋を開いてユースの目を見る。
(こいつ……昨日と目つきが違うな……)
ユースはその真っ直ぐな目に宿る意志から、以前とは違う何かを感じていた。故に彼は思う。これならば、多少は手荒になっても問題ないだろうと。
長く忘れかけていた高揚感に、ユースは歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。小脇に携えた剣に軽く手を触れて。
その一瞬の仕草をヴェラドーネは見逃さなかった。「まずいな」と小さく呟く。
「おい、ヴェラドーネ! 合図しろ……」
ユースの呼びかけに、ヴェラドーネは深いため息を吐く。
(どちらにせよ、ここで死ぬのなら所詮はただの人……か……)
そして立ち上がり、高らかな宣言をする。戦いの火蓋を落とす合図を。
「これより! ユース=テア=ガルディアンによる、ソラ=レベリア=ヴィルレの試験を開始する! 終了条件はただ一つ!」
ヴェラドーネの言葉が途切れる。闘技場内は静寂に包まれ、彼女の言葉の続きを待った。
「どちらかが、敗北を認めるまでだ。はじめ!」
合図早々、ユースが全員の視界から消えた。彼の足元にあった地面は砕け、陥没している。それだけ強い力で踏み込んだということだろう。
ソラは即座に反応し、防御の体勢を取る。直撃が来るであろう場所を予測し、そこに魔力を集中させる。
魔力によって生み出された障壁は瞬時に生成され、直後強い衝撃を阻んだ。
障壁に触れたのは、ユースの剣。鋭い刃がソラの尖った眼光を映す。
「久々だなぁ、この一撃を防がれたのは。つっても、お前の力に合わせて打ったんだが」
ユースは笑みとともに、二撃目を放つ。
「くっ……!」
まさに閃光の如き一振りを、ソラは咄嗟に腕に魔力を纏って防いだ。
「あぐっ……!?」
強い衝撃が全身を駆け巡った。
痛みに耐えながら、捉えた剣に魔力を集中させる。武装解除の魔法――武装を破壊するための魔法だ。しかし。
(この剣……砕けない……? どうして……?)
どれだけ魔力を注ぎ、魔法を掛けても剣が砕けることはなかった。
この魔法はどんな武装に対しても有効であるため、ソラはその原因を探ろうと思考を巡らせる。それが仇となり、隙を生んだ。
ユースは隙を見逃さず、蹴りを入れてソラの体を弾き飛ばす。
一撃を素早い反応で防いだものの、全ての衝撃を抑えることは適わず、ソラは地面を転がった。
受け身を取り、なんとか膝を突いて体勢を整え直すソラ。
「悪いな、この剣は特別でな。特に魔法じゃ砕くことはできないんだ」
しかし一度崩されたリズムを整えるには、相手があまりにも悪かった。顔を上げた瞬間、目の前には剣を振り下ろすユースの姿が。
危険を察知し、ソラは前方に魔力の障壁を作る。が、その障壁ごと今度は背後の壁にまで弾き飛ばされてしまった。
「ぐぁ……がっ……!?」
もろに叩きつけられ、意識が揺らぐ。そのままソラは地面に伏し、闘技場内は鎮まり返った。
昨日とは明らかに違うユースの動きに、観客は息を呑む。
「どうした? お前の言う想いってのはこんなものか?」
薄々ユースは感じていた。ソラは知らず知らずのうちに、自分に枷をつけていると。そして同時にその枷を解く鍵にも。
ユースは地に伏すソラを見下ろす。侮蔑と落胆の込もった瞳でソラを映す。
「昨日と同じ戦い方でなんとかなるとでも思ったのか?」
ユースの問いに、ソラは微動だにしない。しかし彼は敗北を口にしていない。であれば、戦いは続く。例え気絶していたとしても。
「こんなんじゃ、お前の守りたいものは何ひとつ守れないな」
ユースの言葉に、ソラの指がぴくりと動いた。
微かな動きが、ユースに確証を与える。掛けられた枷を解くための鍵がなんであるのかを。
故に口にする。その鍵となり得る言葉を。
「なんなら今から、俺がお前の守りたいものを壊してやろうか」
直後、ユースは頭上に気配を感じた。巨大な氷塊が落下してきている。
ユースはこれを剣による一振りで粉々に砕いた。
砕けた氷が光に触れて無数の星のように煌く。すると光が爆発し、ユースを包み込んだ。
(目を一時的に封じてきたか……)
強い光に耐えられず、ユースの視界に暗闇が広がる。あくまで一時的なものだが、常人であれば行動が制限されることだろう。
「だが俺は見えなくてもお前の位置も挙動も分かるぞ」
背後の気配を察知し、ユースは振り向きざまに身を退け反らせた。
顔面スレスレに、ソラの飛び蹴りが通り抜ける。それだけではない。蹴りが通り抜けた後に続き、吹き荒れるような強風がユースの体を吹き飛ばした。
空中で体勢を変えて着地するユース。何が起こったのかを瞬時に分析し、次に来る拳の一撃を手で受け止めた。
また強い風が吹き抜ける。
「なるほどな……体を動かすことで発生する風を魔法で増強。その力で相手を触れることなく吹き飛ばす……と」
ユースは呆れ返る。これでは昨日の戦い方に手を加えた程度だ。
(所詮はこの程度か……)
最早無益だ。そう判断し、最後の一撃を入れようとした時だった。
「ボクは……絶対に諦めない……!」
ソラが口を開く。
視力が回復したのを感じ、ユースは目を開けて見る。決意の込められた双碧の瞳を。
「ボクは絶対に誰も傷つけないし、誰も傷つけさせない! ボクの手が届くものなら、なんだって守る! それが善人だろうと悪人だろうと!」
ソラの言葉を聞き、ユースは堪らず大声で笑った。
「お前、頭イカれているのか? 善人ならともかく、悪人まで守るだと?」
「きっと悪いことをした人だって、最初から悪行をしようと生きてきたわけじゃないはずだ。何か理由があるはずなんだ。だったらボクはその人の心を救いたい」
「笑わせるなよ。お前は悪に大切なものを奪われて何も学ばなかったのか? 学んだから、あのガキどもを助けたんじゃないのか?」
ソラはあの日見たものを思い浮かべる。
涙を流しながら消えゆく大切な人の姿を。
守れなかった者の姿を。
命を奪った者の姿を。
そして――愛する人たちに裏切られ、絶望の涙を流す少女の姿を。
「学んだよ。ボクはあの日沢山のことを学んだ。大切な人を失う悲しみも、守りたいものを守れなかった苦しみも、悪意に満ちた人の心も。大切な人を奪った人を恨んだし、憎しみと絶望で我を忘れそうになることだってあった」
そう、ソラは知っている。知っていてなお、この答えを出したのだ。
「昨日言ったよね? 悪いことをしてる人のことも、きっと誰かが大切に思ってるんだって。だったらボクは、その人達と一緒に笑い合えるようにしてあげたい」
ソラは真っ直ぐな瞳でユースを見る。真っ直ぐな想いを彼に告げる。
「世界中の人が一緒になって笑顔になれるようにしたいんだ」
ソラの想いを聞き、ユースは舌打ちする。
それはかつて、彼が捨てた理想――叶わないものだと諦めた夢。
だからこそ切り捨てた。認めなかった。そんなものは絵空事の物でしかない。一生を賭けたとしても叶わない夢物語だと。
「ふざけるな。悪人は一生悪人だ。悪の道に進んだものは二度と戻らない。例え悪行を止められたとしても、いずれ同じことを繰り返す」
「それでもボクは……諦めないよ」
「だったら示してみろ! お前にそれだけの力があるのかを!」
ユースは剣を強く握り締め、最強の一撃を振るわんと距離を取った。
剣を鞘に納めて、気を集中させる。抜刀の構えを取ると、彼の周りを炎が覆った。
「ユース、やめろ! 街を吹き飛ばす気か!?」
いつになく感情的になり、力の加減が出来なくなっている。そう感じたヴェラドーネは堪らず立ち上がり、静止の言葉を投げかけた。
しかしユースは止まらない。彼の気が高まるに連れ、周囲の炎は大きな渦を巻き、天高く舞い上がる。
ソラは静かに猛炎の竜巻を見上げる。
「まずいぞ! 急いでここから離れろ!」
「けど離れるたってどこに!?」
闘技場内は騒然としていた。ユースの全力はこの王都を吹き飛ばしても有り余る。という噂を信じている者たちが殆どであるため。何より、ユースと最も付き合いの長いヴェラドーネが明らかな焦りを見せているためだ。
(くそ……! さすがに私でもこいつの全力は防げないぞ!)
「おいトゥネリ! お前もあいつを止め――」
トゥネリにも静止を促そうとして、ヴェラドーネは止まる。
観客たちが阿鼻驚嘆とともに闘技場から出ていこうとしている中、彼女は静かに座って見守っていたからだ。
彼女だけではない。隣に座るセシルもレフィナも、固唾を飲んで見守っている。
「大丈夫。ソラならきっと……この一撃を止めるから」
「何を根拠にお前は」
「信じてるからよ」
トゥネリの目に迷いも恐れもない。ただ一心にソラを信じていた。
セシルも同じだ。何より彼女は一瞬だけだが見ていた。ソラが戦う姿を。
(だって――)
転移する寸前。光に包まれながら目にしたのは――。
(誰かを守ろうとしてるお兄ちゃん、すごくカッコ良かったんだもん)
常人ならざる速さで傭兵たちを無力化するソラの姿だった。
ソラは目を閉じ、呼吸を整える。一撃を防ぐために。この戦いを終わらせるために。
そしてついに、ユースは剣を引き抜いた。
業火を纏いし一閃は、切っ先から炎の塊を吐き出す。
炎塊は周囲の渦を飲み込み、地を穿つ。向かうは一直線、目蓋を閉じたまま立つソラ目掛けて。
巨大な炎を目前に、ソラは目蓋を開いた。迫りくる炎を見据えるは、金色に輝く瞳。
太陽の如き輝きがソラを包み込むと、轟音とともに巨大な爆発を起こした。
観客たちは悲鳴とともに顔を覆った。中には衝撃から身を守ろうと、頭を抱えて丸くなる者もいた。
しかし衝撃が――彼らを襲うことはなかった。
恐る恐る観客たちが目を開けると、煙が観客席を境にして半球状になっている。
「これは……?」
見てみると、ドーム状に展開された光の壁が煙を遮っていた。
全員が唖然としていると、突如吹き荒れた暴風が煙をかき消す。
「あ、あれは!?」
誰かが声を上げ、全員がそれに釣られて闘技場舞台に注目した。彼らの視界に映ったのは――。
「よくまあ、あれを防げると思ったな……お前」
ソラに組み伏されながら、呆れたように笑みを浮かべているユースの姿だった。
「だってユース、あれでも抑えてたでしょ? 火、天井に触れてなかったし」
「お前、それでもし俺が全力を出してたらどうするつもりだったんだよ?」
「その時はその時で、ありったけの魔力を使って防ぐよ? でもユースなら加減はしてくれるって信じてたからさ」
目を反らした僅かな時間に何が起こったのか。見ている者の大半は理解出来ていなかった。
煙が晴れるとユースが地面を這う鎖に捕らえられており、その上にソラが跨っている。あの最強と謳われているユースが、二度も同じ人間に拘束されているという事実を。
「お前のこのやり方……絶対にいつか限界が来るぞ?」
「そうならないよう、もっと強くなる。君が全力を出しても負けないくらいに」
ユースは天井を見上げる。
ユースの放った一撃は、ソラの魔力障壁によって防がれていた。全力ではないとはいえ、常人であれば魔力障壁を展開したとしても即死級のものだ。被害もただでは済まなかったであろう。
これをソラは無傷で防ぎ、さらには生じた衝撃まで抑え込んだ。偏に――彼の常人ならざる魔力が為せた技だろう。
そして防いだ直後の蔓延した煙の中、ソラはユースを捕らえて組み伏した。この時のソラの速さは、煙の中とはいえユースの反応が遅れたほど。
(なるほど……こいつは守るという思いが強ければ強いほど力を発揮するのか……)
こういうタイプは他にも見てきた。しかしソラの力の伸びは明らかにおかしい。
(やはりあいつの息子……てところか)
ユースは満足そうに、微笑んでソラの顔を見た。母親によく似た顔。ヴェルティナという母親の下に産まれたが故に、大きな宿命を背負っている彼はどんな答えを出すのか――それはユースにも分からない。
だが今回強力な一撃を放ったように、この少年のことを信じてみよう。そうユースは心に止めた。
「さて、退いてくれるか?」
「ん? まだ認めてもらってないと思うんだけど」
「バカ言え、この程度で俺を拘束できるわけがないだろ?」
ため息とともに、ユースは力を込める。すると彼を拘束していた鎖は、いとも容易く砕けてしまった。
これには堪らず引き攣った笑いを浮かべるソラ。「これでも結構魔力注いだのに」と小さく呟く。
「俺を捕らえたきゃ、全魔力を集中させることだな」
ユースは笑って立ち上がると、周囲を見渡した。観客たちは唖然とした表情で二人を見ている。
そしてトゥネリたちの方を一瞥すると、声を張り上げた。
「俺、ユース=テア=ガルディアンは! ソラ=レベリア=ヴィルレのギルド加入を認めることを、ここに宣言する!」
高らかな宣言を口にした後、ユースはソラの前に手を差し伸べる。
「ま、全部認めたわけじゃないが、一応合格だ」
「なんか引っかかる言い方……」
ソラは口を尖らせて抗議するも、くすりと笑ってユースの手を取った。
観客たちが顔を見合わせた後、場内に大歓声が湧き起こる。この時彼らが目にしたのは、まさに期待の新星誕生の瞬間であった。