数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第三節 あの日の約束と確かな想い 7

 

 

 

「おい、昨日の子がまたユースと戦うらしいぞ!」

 

 ソラとユースが再び対峙するという話題は瞬く間に広がり、ヘルディロ支部内は騒然としていた。

 

「あいつが同じやつを相手にするなんて珍しくないか?」

「確かに。あの子以来だよな」

「あの子?」

「ほら、トゥネリっていう女の子がいただろ?」

「あー。そういや弟子にしてたな。もしかしてユースってさ、女の子贔屓なのか?」

 

 などと根も葉もない話題も上がったりしているが、多くはあのユースが二日続けて同じ人間と戦う。というのが少ない事例であるため驚いている様子だ。

 ギルドに所属し、彼のことを知る者は雪崩れ込むように闘技場へと向かう。

 闘技場の観客席はあっという間に埋まっていった。彼らが期待しているのは、若くして〝最強〟と謳われている男の戦い。

 そして二度も相対するというソラへの期待も強かった。

 観客に混じって、トゥネリは二人が向かい合っている様子を眺めていた。彼女の右隣にはヴェラドーネ。左隣にはセシルとレフィナが座っている。

 三人が息を呑んで見守る中、ヴェラドーネは呆れ果てたような表情をしていた。というのも、彼女にとってこの戦いは無駄なものでしかないからだ。

 

「まったく、なんだって彼はユースと戦うことを選んだんだろうねぇ。ユースが手加減するって、昨日の時点で分かっているだろうに。そんなに負けたのが悔しかったのかねぇ?」

 

 ヴェラドーネの言い分は間違っているわけではない。

 だがトゥネリは、彼女の発言を訂正しなければならないと感じていた。

 

「重要なのは勝つことじゃないのよ、あいつにとって」

 

 トゥネリの言葉に、ヴェラドーネは興味を示したように笑みを浮かべる。

 

「へぇ、じゃあなんだっていうんだい?」

「あいつはただ、ユースの想像を超えて認めてもらおうとしているだけ。だからあいつは勝つことを考えていない。昨日と同じで、全力でぶつかっていく……ただそれだけなのよ」

「けど昨日全力を出して認めてもらえなかったじゃないか」

 

 ヴェラドーネが失笑するのに対し、今度はセシルが口を開いた。

 

「大丈夫。だってお兄ちゃん、すごく強いんだもん」

 

 まるで目の前でソラが戦う光景を見たかのように話すセシル。その眼差しにはソラへの期待と憧れが垣間見える。

 一体この少女が何を見たのかは知らないが、トゥネリも同じ事が言えた。

 

(きっとソラならユースに認められる。結局わたしには出来なかったことを)

 

 拳を握り、真っ直ぐソラの姿を目に焼き付ける。トゥネリにとって彼の姿は今、遠い存在のように映っていた。

 

 一方ソラはというと、目蓋を閉じて精神を集中させていた。確かな想いを目の前の男に認めてもらうためにも、全力を出すために。

 静かに深呼吸をすると、目蓋を開いてユースの目を見る。

 

(こいつ……昨日と目つきが違うな……)

 

 ユースはその真っ直ぐな目に宿る意志から、以前とは違う何かを感じていた。故に彼は思う。これならば、多少は手荒になっても問題ないだろうと。

 長く忘れかけていた高揚感に、ユースは歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。小脇に携えた剣に軽く手を触れて。

 その一瞬の仕草をヴェラドーネは見逃さなかった。「まずいな」と小さく呟く。

 

「おい、ヴェラドーネ! 合図しろ……」

 

 ユースの呼びかけに、ヴェラドーネは深いため息を吐く。

 

(どちらにせよ、ここで死ぬのなら所詮はただの人……か……)

 

 そして立ち上がり、高らかな宣言をする。戦いの火蓋を落とす合図を。

 

「これより! ユース=テア=ガルディアンによる、ソラ=レベリア=ヴィルレの試験を開始する! 終了条件はただ一つ!」

 

 ヴェラドーネの言葉が途切れる。闘技場内は静寂に包まれ、彼女の言葉の続きを待った。

 

「どちらかが、敗北を認めるまでだ。はじめ!」

 

 合図早々、ユースが全員の視界から消えた。彼の足元にあった地面は砕け、陥没している。それだけ強い力で踏み込んだということだろう。

 ソラは即座に反応し、防御の体勢を取る。直撃が来るであろう場所を予測し、そこに魔力を集中させる。

 魔力によって生み出された障壁は瞬時に生成され、直後強い衝撃を阻んだ。

 障壁に触れたのは、ユースの剣。鋭い刃がソラの尖った眼光を映す。

 

「久々だなぁ、この一撃を防がれたのは。つっても、お前の力に合わせて打ったんだが」

 

 ユースは笑みとともに、二撃目を放つ。

 

「くっ……!」

 

 まさに閃光の如き一振りを、ソラは咄嗟に腕に魔力を纏って防いだ。

 

「あぐっ……!?」

 

 強い衝撃が全身を駆け巡った。

 痛みに耐えながら、捉えた剣に魔力を集中させる。武装解除の魔法――武装を破壊するための魔法だ。しかし。

 

(この剣……砕けない……? どうして……?)

 

 どれだけ魔力を注ぎ、魔法を掛けても剣が砕けることはなかった。

 この魔法はどんな武装に対しても有効であるため、ソラはその原因を探ろうと思考を巡らせる。それが仇となり、隙を生んだ。

 ユースは隙を見逃さず、蹴りを入れてソラの体を弾き飛ばす。

 一撃を素早い反応で防いだものの、全ての衝撃を抑えることは適わず、ソラは地面を転がった。

 受け身を取り、なんとか膝を突いて体勢を整え直すソラ。

 

「悪いな、この剣は特別でな。特に魔法じゃ砕くことはできないんだ」

 

 しかし一度崩されたリズムを整えるには、相手があまりにも悪かった。顔を上げた瞬間、目の前には剣を振り下ろすユースの姿が。

 危険を察知し、ソラは前方に魔力の障壁を作る。が、その障壁ごと今度は背後の壁にまで弾き飛ばされてしまった。

 

「ぐぁ……がっ……!?」

 

 もろに叩きつけられ、意識が揺らぐ。そのままソラは地面に伏し、闘技場内は鎮まり返った。

 昨日とは明らかに違うユースの動きに、観客は息を呑む。

 

「どうした? お前の言う想いってのはこんなものか?」

 

 薄々ユースは感じていた。ソラは知らず知らずのうちに、自分に枷をつけていると。そして同時にその枷を解く鍵にも。

 ユースは地に伏すソラを見下ろす。侮蔑と落胆の込もった瞳でソラを映す。

 

「昨日と同じ戦い方でなんとかなるとでも思ったのか?」

 

 ユースの問いに、ソラは微動だにしない。しかし彼は敗北を口にしていない。であれば、戦いは続く。例え気絶していたとしても。

 

「こんなんじゃ、お前の守りたいものは何ひとつ守れないな」

 

 ユースの言葉に、ソラの指がぴくりと動いた。

 微かな動きが、ユースに確証を与える。掛けられた枷を解くための鍵がなんであるのかを。

 故に口にする。その鍵となり得る言葉を。

 

「なんなら今から、俺がお前の守りたいものを壊してやろうか」

 

 直後、ユースは頭上に気配を感じた。巨大な氷塊が落下してきている。

 ユースはこれを剣による一振りで粉々に砕いた。

 砕けた氷が光に触れて無数の星のように煌く。すると光が爆発し、ユースを包み込んだ。

 

(目を一時的に封じてきたか……)

 

 強い光に耐えられず、ユースの視界に暗闇が広がる。あくまで一時的なものだが、常人であれば行動が制限されることだろう。

 

「だが俺は見えなくてもお前の位置も挙動も分かるぞ」

 

 背後の気配を察知し、ユースは振り向きざまに身を退け反らせた。

 顔面スレスレに、ソラの飛び蹴りが通り抜ける。それだけではない。蹴りが通り抜けた後に続き、吹き荒れるような強風がユースの体を吹き飛ばした。

 空中で体勢を変えて着地するユース。何が起こったのかを瞬時に分析し、次に来る拳の一撃を手で受け止めた。

 また強い風が吹き抜ける。

 

「なるほどな……体を動かすことで発生する風を魔法で増強。その力で相手を触れることなく吹き飛ばす……と」

 

 ユースは呆れ返る。これでは昨日の戦い方に手を加えた程度だ。

 

(所詮はこの程度か……)

 

 最早無益だ。そう判断し、最後の一撃を入れようとした時だった。

 

「ボクは……絶対に諦めない……!」

 

 ソラが口を開く。

 視力が回復したのを感じ、ユースは目を開けて見る。決意の込められた双碧の瞳を。

 

「ボクは絶対に誰も傷つけないし、誰も傷つけさせない! ボクの手が届くものなら、なんだって守る! それが善人だろうと悪人だろうと!」

 

 ソラの言葉を聞き、ユースは堪らず大声で笑った。

 

「お前、頭イカれているのか? 善人ならともかく、悪人まで守るだと?」

「きっと悪いことをした人だって、最初から悪行をしようと生きてきたわけじゃないはずだ。何か理由があるはずなんだ。だったらボクはその人の心を救いたい」

「笑わせるなよ。お前は悪に大切なものを奪われて何も学ばなかったのか? 学んだから、あのガキどもを助けたんじゃないのか?」

 

 ソラはあの日見たものを思い浮かべる。

 涙を流しながら消えゆく大切な人の姿を。

 守れなかった者の姿を。

 命を奪った者の姿を。

 そして――愛する人たちに裏切られ、絶望の涙を流す少女の姿を。

 

「学んだよ。ボクはあの日沢山のことを学んだ。大切な人を失う悲しみも、守りたいものを守れなかった苦しみも、悪意に満ちた人の心も。大切な人を奪った人を恨んだし、憎しみと絶望で我を忘れそうになることだってあった」

 

 そう、ソラは知っている。知っていてなお、この答えを出したのだ。

 

「昨日言ったよね? 悪いことをしてる人のことも、きっと誰かが大切に思ってるんだって。だったらボクは、その人達と一緒に笑い合えるようにしてあげたい」

 

 ソラは真っ直ぐな瞳でユースを見る。真っ直ぐな想いを彼に告げる。

 

「世界中の人が一緒になって笑顔になれるようにしたいんだ」

 

 ソラの想いを聞き、ユースは舌打ちする。

 それはかつて、彼が捨てた理想――叶わないものだと諦めた夢。

 だからこそ切り捨てた。認めなかった。そんなものは絵空事の物でしかない。一生を賭けたとしても叶わない夢物語だと。

 

「ふざけるな。悪人は一生悪人だ。悪の道に進んだものは二度と戻らない。例え悪行を止められたとしても、いずれ同じことを繰り返す」

「それでもボクは……諦めないよ」

「だったら示してみろ! お前にそれだけの力があるのかを!」

 

 ユースは剣を強く握り締め、最強の一撃を振るわんと距離を取った。

 剣を鞘に納めて、気を集中させる。抜刀の構えを取ると、彼の周りを炎が覆った。

 

「ユース、やめろ! 街を吹き飛ばす気か!?」

 

 いつになく感情的になり、力の加減が出来なくなっている。そう感じたヴェラドーネは堪らず立ち上がり、静止の言葉を投げかけた。

 しかしユースは止まらない。彼の気が高まるに連れ、周囲の炎は大きな渦を巻き、天高く舞い上がる。

 ソラは静かに猛炎の竜巻を見上げる。

 

「まずいぞ! 急いでここから離れろ!」

「けど離れるたってどこに!?」

 

 闘技場内は騒然としていた。ユースの全力はこの王都を吹き飛ばしても有り余る。という噂を信じている者たちが殆どであるため。何より、ユースと最も付き合いの長いヴェラドーネが明らかな焦りを見せているためだ。

 

(くそ……! さすがに私でもこいつの全力は防げないぞ!)

 

「おいトゥネリ! お前もあいつを止め――」

 

 トゥネリにも静止を促そうとして、ヴェラドーネは止まる。

 観客たちが阿鼻驚嘆とともに闘技場から出ていこうとしている中、彼女は静かに座って見守っていたからだ。

 彼女だけではない。隣に座るセシルもレフィナも、固唾を飲んで見守っている。

 

「大丈夫。ソラならきっと……この一撃を止めるから」

「何を根拠にお前は」

「信じてるからよ」

 

 トゥネリの目に迷いも恐れもない。ただ一心にソラを信じていた。

 セシルも同じだ。何より彼女は一瞬だけだが見ていた。ソラが戦う姿を。

 

(だって――)

 

 転移する寸前。光に包まれながら目にしたのは――。

 

(誰かを守ろうとしてるお兄ちゃん、すごくカッコ良かったんだもん)

 

 常人ならざる速さで傭兵たちを無力化するソラの姿だった。

 ソラは目を閉じ、呼吸を整える。一撃を防ぐために。この戦いを終わらせるために。

 そしてついに、ユースは剣を引き抜いた。

 業火を纏いし一閃は、切っ先から炎の塊を吐き出す。

 炎塊は周囲の渦を飲み込み、地を穿つ。向かうは一直線、目蓋を閉じたまま立つソラ目掛けて。

 巨大な炎を目前に、ソラは目蓋を開いた。迫りくる炎を見据えるは、金色に輝く瞳。

 太陽の如き輝きがソラを包み込むと、轟音とともに巨大な爆発を起こした。

 観客たちは悲鳴とともに顔を覆った。中には衝撃から身を守ろうと、頭を抱えて丸くなる者もいた。

 しかし衝撃が――彼らを襲うことはなかった。

 恐る恐る観客たちが目を開けると、煙が観客席を境にして半球状になっている。

 

「これは……?」

 

 見てみると、ドーム状に展開された光の壁が煙を遮っていた。

 全員が唖然としていると、突如吹き荒れた暴風が煙をかき消す。

 

「あ、あれは!?」

 

 誰かが声を上げ、全員がそれに釣られて闘技場舞台に注目した。彼らの視界に映ったのは――。

 

「よくまあ、あれを防げると思ったな……お前」

 

 ソラに組み伏されながら、呆れたように笑みを浮かべているユースの姿だった。

 

「だってユース、あれでも抑えてたでしょ? 火、天井に触れてなかったし」

「お前、それでもし俺が全力を出してたらどうするつもりだったんだよ?」

「その時はその時で、ありったけの魔力を使って防ぐよ? でもユースなら加減はしてくれるって信じてたからさ」

 

 目を反らした僅かな時間に何が起こったのか。見ている者の大半は理解出来ていなかった。

 煙が晴れるとユースが地面を這う鎖に捕らえられており、その上にソラが跨っている。あの最強と謳われているユースが、二度も同じ人間に拘束されているという事実を。

 

「お前のこのやり方……絶対にいつか限界が来るぞ?」

「そうならないよう、もっと強くなる。君が全力を出しても負けないくらいに」

 

 ユースは天井を見上げる。

 ユースの放った一撃は、ソラの魔力障壁によって防がれていた。全力ではないとはいえ、常人であれば魔力障壁を展開したとしても即死級のものだ。被害もただでは済まなかったであろう。

 これをソラは無傷で防ぎ、さらには生じた衝撃まで抑え込んだ。偏に――彼の常人ならざる魔力が為せた技だろう。

 そして防いだ直後の蔓延した煙の中、ソラはユースを捕らえて組み伏した。この時のソラの速さは、煙の中とはいえユースの反応が遅れたほど。

 

(なるほど……こいつは守るという思いが強ければ強いほど力を発揮するのか……)

 

 こういうタイプは他にも見てきた。しかしソラの力の伸びは明らかにおかしい。

 

(やはりあいつの息子……てところか)

 

 ユースは満足そうに、微笑んでソラの顔を見た。母親によく似た顔。ヴェルティナという母親の下に産まれたが故に、大きな宿命を背負っている彼はどんな答えを出すのか――それはユースにも分からない。

 だが今回強力な一撃を放ったように、この少年のことを信じてみよう。そうユースは心に止めた。

 

「さて、退いてくれるか?」

「ん? まだ認めてもらってないと思うんだけど」

「バカ言え、この程度で俺を拘束できるわけがないだろ?」

 

 ため息とともに、ユースは力を込める。すると彼を拘束していた鎖は、いとも容易く砕けてしまった。

 これには堪らず引き攣った笑いを浮かべるソラ。「これでも結構魔力注いだのに」と小さく呟く。

 

「俺を捕らえたきゃ、全魔力を集中させることだな」

 

 ユースは笑って立ち上がると、周囲を見渡した。観客たちは唖然とした表情で二人を見ている。

 そしてトゥネリたちの方を一瞥すると、声を張り上げた。

 

「俺、ユース=テア=ガルディアンは! ソラ=レベリア=ヴィルレのギルド加入を認めることを、ここに宣言する!」

 

 高らかな宣言を口にした後、ユースはソラの前に手を差し伸べる。

 

「ま、全部認めたわけじゃないが、一応合格だ」

「なんか引っかかる言い方……」

 

 ソラは口を尖らせて抗議するも、くすりと笑ってユースの手を取った。

 観客たちが顔を見合わせた後、場内に大歓声が湧き起こる。この時彼らが目にしたのは、まさに期待の新星誕生の瞬間であった。

 

 

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