数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第四節 そして共に歩みだす 3

 

 

 

 五つの大陸に囲まれた島イヴェルティラ。このイヴェルティラ一帯に広がる街ヴィグドラフは、どの国にも属さずまた国という概念がない唯一の場所。

 この街で暮らす人々は自由を約束され、己の好きなように生活することができる。と言っても当然〝倫理の範囲内で〟となるのだが。

 それでも街の人々は豊かな暮らしを送り、平和に暮らしている。

 この平和を保つためにも活動しているのが、街中央にそびえ立つ巨大な塔――ギルドの総本部だ。

 この総本部では、加入者の個人情報の管理。世界各地の依頼の収集ならびに掲示。加入者の評価付け等、様々な役割を担っている。

 そのため利用者が非常に多く、中は多くの人間で混雑していた。

 そんな中、ソラは受付で書類に名前を記入していた。正式な加入手続きのために、ギルドにおける決まりごとの確認や個人情報の確認。これらを済ませた上で、加入に同意を示すサインを施すのだ。

 

「以上で手続きは終了となります。こちら、ギルド加入者の証です。今後のご活躍、期待しております」

「ありがとうございます」

 

 ギルドの紋様が入ったメダルを受け取り、ソラは受付嬢に軽く会釈した。

 手続きが無事に終わったため、ソラはトゥネリの姿を探す。

 

「なんですって!?」

 

 辺りを見回していると、トゥネリが叫ぶ声が聞こえてきた。ソラが何事かと顔を向けると、二人の少女と言い争っている様子のトゥネリの姿があった。

 

「トゥネリってば、ほんといい反応するから弄りがいがあるわねぇ? アルマ姉様」

「うん。トゥネリ……やっぱり面白い……」

「わたしはちっとも面白くないわよ!」

 

 今にも取っ組み合いそうな勢いのトゥネリを見て、ソラは慌てて駆け寄った。

 

「トゥネリ、どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、こいつらがねぇ!」

「あらあら、そんなに鼻息を荒くして可愛いわぁほんとに」

「誰が鼻息荒いですって!?」

「ちょっと落ち着いてトゥネリ! 何があったの?」

 

 掴み掛かろうとするトゥネリを見て、ソラは肩を掴んで制止する。余程癇に触るようなことがあったのか、怒りを露わにしている。

 対し二人の少女たちが浮かべているのはニヤけた表情。改めてよく見ると似た顔立ちであるため、彼女たちは双子のようだ。

 

「別に何も無いわよー? 私たちはただその子をからかっただけ」

 

 からかわれたくらいでトゥネリがここまで怒るだろうか。そう疑問に思っているソラを見て、くすくすと双子の少女は笑う。

 

「ところではじめましてね、ソラ=レベリア=ヴィルレ」

「え、どうしてボクの名前を?」

 

 快活そうな少女の、まるで面識があるような物言いにソラは首を傾げた。これまでに二人と会った覚えはない。

 すると物静かな少女が疑問に答えた。

 

「生意気にもユースの一撃を止めた……知ってて当然……」

 

 どうやらこの双子は闘技場での戦いを目にしていたようだ。合点の行く理由にソラは頷く。

 

「ほんと。あれだけの一撃を防げるなんて思っていなかったわ」

「けどユースは防げると思って放っていた……要は手加減……」

「ま、そうよねぇ。彼の本気の一撃なんて、この世界の誰にだって防げないもの」

「当然……その気になれば()()()()()()()ユースの一撃を止められる人はいない……」

「例えそれが彼の父親だとしてもね」

 

 意味深な言葉を重ねる双子に対し、トゥネリは舌打ちで反応を示す。

 

「あらなにトゥネリ。人前で舌打ちはダメってお姉ちゃんが教えたわよね?」

「誰がお姉ちゃんよ。あんた達まさかこいつに嫌味でも言うつもりで来たのかしら?」

「もしそうだと言ったら、どうするのかしらー?」

「こいつ……!」

「ちょっとトゥネリ!」

 

 剣呑な二人を見て冷や汗を滲ませながら、ソラは必死にトゥネリを止めに入る。

 

「二人の言っていることは間違ってないよ。実際あれ以上の力を出されていたら、限界が来て防げていなかったから」

「でもこいつら、あんたのことを……!」

「ボクは大丈夫だからさ……優しいトゥネリが誰かと喧嘩するの見ていたくない。だからお願い」

 

 ソラの言葉に、トゥネリは唸る。彼にここまで言われてしまっては、さすがに引き下がることしかできない。

 すると二人の様子を見て、ブロンドの髪をした少女が堪らず吹き出し、腹を抱えて大笑いし始めた。

 

「今の聞いた姉様? 優しいトゥネリが喧嘩するのを見たくないですって!」

「何か可笑しなこと言ったかな? ボク」

「ええ。だってあなたのその言葉、矛盾してるんだもの」

「矛盾……?」

 

 笑うのをやめると少女は接近し、目と鼻の先まで顔を近づけた。口元には含みのある不敵な笑みを浮かべている。

 

「だってあなたもそこにいるトゥネリも、暴力が当たり前の世界にいるんだもの。それなのに今の言葉……じゃあどうしてあなたはトゥネリをギルドから離れさせないのかしら?」

「それは――」

 

 言い返そうとするが、言葉が浮かばない。

 

「それに事件解決のためにあなたはトゥネリを利用したのでしょう?」

「そう……トゥネリには悪い人たちと戦わせて……」

「なのに今、あなたは喧嘩を止めようとした」

「ちょっと待ちなさいよ。それはわたしが提案したことであって――」

「あなたは黙ってなさいトゥネリ」

 

 怒気の込められた低い声に、トゥネリは言い淀む。

 少女はそのまま言葉を続け、吸い込まれるような銀の瞳で真っ直ぐソラの目を見つめる。

 

「私はね、あなたみたいな矛盾を孕んだ人間が大嫌いなの。やり方も何もかも中途半端。ユースは言わなかったけど、あなた本当に壊れたお人形さんみたいよねぇ? 傷つけたくないっていう考えも、傷つける恐怖から来る思いでしかないのに、まるで気づいていないその振る舞いが気持ち悪い。どうして彼が多少は認めたのか――」

「おい、そこまでにしておけラミナ」

 

 ソラが少女の指摘に絶句していると、ユースが歩み寄ってくる。

 ブロンドの髪の少女はすぐに離れると、ユースの体に飛びついた。

 

「ようやく見つけたわユース! もう退屈で死ぬかと思った!」

「退屈すぎて……二人を弄って遊んでた……」

「なにが退屈で死ぬかと思っただ。目を離せばいつもこれだ」

 

 唖然としているソラとトゥネリに目を向けると、ユースは深いため息を吐いて項垂れる。

 

「悪いなソラ。こいつに言われたことは気にするな」

 

 そんなことを言われても無理な話だった。あれだけの事を言われて気にしないなど、幾らソラでも出来なかった。

 頭の中で反復する少女の言葉に対し、次第にソラの胸の中で黒い物が渦巻いていく。ユースに向けられたものとは違う感情に、ソラは押し流されそうになっていた。

 

「ねえユース! それより早く行きましょうよ! 悪いやつらをとっちめて、報酬がっぽがっぽよ!」

「はいはい。まあ悪いが、俺たちは行かせてもらうぞ。ちょっとした依頼を受けたんでな」

「あ、うん……」

 

 唖然としたままの二人を置いて、ユースは踵を返して歩き出す。

 双子の少女達はユースの左右に並ぶと、それぞれ腕に抱きついて歩きだす。側からみれば両手に花といったところだろうか。

 その際、ブロンドの少女は振り向くと一言だけ置いていった。

 

「あ、そうそう。でもあなたの魔力は()()()()()()()()わよ、ソラ。今まで食べたことがない変わった味だったもの。良かったらまた食べさせてね」

 

 ソラはこの時少女が放った言葉の意味を全く理解できないまま、去って行く背中を見送ることしか出来なかった。

 

「ソラ、大丈夫?」

 

 言葉を失ったまま立ち尽くすソラを見て、トゥネリは顔を覗き込む。

 至近距離で、今にも唇と唇が触れてしまいそうなほどの近さであったために、ソラの体は驚きで微かに跳ねた。

 

「あ、うん。大丈夫」

「そ、なら良かったわ」

 

 どこか安心した様子で胸を撫で下ろすと、トゥネリは顔を離した。ほんのりと頬が赤く染まっている。

 

「金髪の方がラミナで、銀髪の方がアルマっていうの。双子で、理由はよく知らないけどユースといつも一緒にいるやつらよ」

 

 いつも一緒。その言葉にソラは小首を傾げる。これまで何度かユースと出会ったが、彼女たちの姿を見ることはなかったからだ。

 それに加えてもう一つ気になることがあった。それは二人とも、どこか生気を感じられる瞳をしていなかったことだ。まるで本当は感情が無いかのような雰囲気が彼女達にはあったのだ。

 

「あいつらの言葉、あまり真に受けない方がいいわよ。ただの嫌がらせだから」

 

 果たして本当にただの嫌がらせなのだろうか。指摘が的を得ていたるのを、ソラは自覚していた。

 

(矛盾している……か……)

 

 指摘の意味は理解している。確かに矛盾しているかもしれない。それでもソラが立ち止まるはずがなかった。それだけ硬い意志を持っているのだから。

 

「ところでトゥネリはなにを言われたの? あれだけ怒るなんて、多分珍しいと思うんだけど……」

「わたしは! わたしは……」

 

 答えようとして、トゥネリは顔を見つめる。

 その不自然な行為にソラが小首を傾げていると、トゥネリは「別に大したことじゃないわよ」と言って、突然歩き出した。

 影を落とす背中を見るに、あまり口にしたくはないのだろう。そう考え特に詮索することなく、ソラも追いかけて歩き出す。

 歩きながら、トゥネリは双子に言われたことを思い出していた。

 

〝――あの子が……あなたが力を得ようとした理由……会えるかも分からないのに求めていた理由……〟

〝――なるほどね。確かに危うい感じの子だったわねぇ。でも本当にあなたの力が、彼に必要なのかしらねぇ?〟

〝――所詮あなたがやろうとしていることは……()()()()()()。あなたがその誰かになることは……絶対にない……〟

〝――そもそも、あの子にとってあなたはどんな存在なのかしらねぇ。本当はお荷物なのかもよ?〟

 

 思い出し、トゥネリは奥歯を噛み締める。

 

(誰かの真似事? ソラにとってわたしはお荷物? そんなこと……そんなこと分かってるのよ! でもわたしは……わたしには……!)

 

 双子が放った言葉は、確実にトゥネリの心を抉っていた。

 唇を噛み締め、泣きそうな思いを必死に堪えて、トゥネリはソラの隣を歩く。他でもない、ソラのためなのだと――そう言い聞かせて。

 

 

 一方、ユースと双子のアルマとラミナは会話を交わしていた。

 

「お前ら、何しにわざわざあいつらにあんなことをしたんだよ?」

「そういうあなたこそ、どうして途中まで見守っていたのかしら?」

 

 ユースの問いに、ラミナはくすくすと笑う。

 

「つーかお前ら歩きづらい」

「あからさまな話題逸らし……ユースは都合が悪くなるといつも話を逸らす……」

「そういうんじゃねぇよ。ただあいつらの心がどれだけのものか見ていただけさ」

「それで結果は?」

 

 ユースは問いかけに対し、鼻で一度息を吐いてから答えた。

 

「ソラはともかく、トゥネリが危ういだろうな」

「それは分かっていたことでしょう? 分かっていて、あなたは訂正しなかったのだから」

「まあ……な……」

 

 ユースは思い出そうとする。トゥネリが訪ねてきた日のことを。元々弟子を取るつもりなどなかったユースが、彼女を弟子として迎え入れた日のことを。

 だが今となってはどうでもいいことだ。

 思い返すことをやめたユースの脳裏に、一瞬だけ浮かんだ声があった。幼いトゥネリが、まるで訴えかけるように放った声だ。

 

〝――わたしは、あの人になりたいの! あの人になって、代わりに側にいるの!〟

 

「お前が()()()になれるわけがないだろうが……」

 

 ユースは浮かんだ言葉に答えるように、一言吐露するのだった。

 

 

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