ギルド本部を後にしたソラとトゥネリの二人は、ヴィグドラフの街を散策していた。
道中トゥネリが行きつけの店を紹介したりと、平穏な時間を共にするのであった。
そして今二人はヘルディロに帰還していた。
ヴィグドラフとヘルディロの間にも時差があるため、現在王都は夕暮れ時。街の人々が夕食を口にするために準備に取り掛かる時間帯だ。
「さてと、今日はここで解散かしらね」
「うん。色々教えてくれてありがとう」
「大したことしてないわよ。ま、これからお互い頑張りましょ」
「だね」
会話が途切れる。このままいけば二人はそれぞれの道を行き、帰路に着くことだろう。別になんのことはない、当たり前の光景だ。
しかしトゥネリの中で、ある思いが燻っていた。この思いを明かすべきかと悩んでいる。
「それじゃあ、ボク行くね?」
別れを告げて、これから世話になるセシルの家に行こうとするソラ。
「ごめん、待って」
そんなソラをトゥネリは呼び止めた。人差し指を突き合わせて、何か言いたげに口元をまごつかせる。
「どうかした?」
なにを緊張しているのか、トゥネリの目は泳いでいる。左を向いたり右を向いたりを繰り返す彼女は赤面している。
それがどう映ったのか、ソラはくすりと笑った。
「なによ?」
トゥネリが訝しげな眼差しを向けると、ソラは「ごめんごめん」と平謝りして言った。
「いや、なんか可愛いなって思って」
「か、かわいい!?」
より一層赤くして、トゥネリは驚く。
「うん。なんか村にいたワンちゃんみたいだなぁって」
「は?」
「村で飼ってた犬がいてね。その子よく悪さをしては申し訳なさそうにオドオドしてたからさ、なんかそれ思い出しちゃって」
「い、犬……」
深いため息とともに、トゥネリは項垂れる。てっきり自分の顔なり仕草なりを見てそう思ったなどと勘違いして、なんだかバカらしくなっていた。
「てのは冗談で、本当にトゥネリのことが可愛いなって思ったんだよ?」
「がっ……!?」
不意打ちの言葉に、トゥネリの顔から爆発したように蒸気が発する。
「ばっ……ばか言ってんじゃないわよ!」
「あ、照れてる」
悪戯な笑みを浮かべるソラに対し、トゥネリはもはや真っ正面から顔を見ることが出来なくなっていた。
「それで、なにか言いたそうにしてたけどどうしたの?」
「それは……その……」
赤くなった顔を逸らしながら、トゥネリは問いに答えるように言った。
「良かったらどこかで食べないかって思って……その……二人で……」
「うん、いいよ」
向けられた笑顔に、トゥネリはしばし見惚れていた。初めて見た時に惹かれたものと同じ笑顔に。
「でも一応セシルたちに伝えてからでいいかな? もしかしたら作って待っているかもだし」
「あ、うん。わかった……」
本人は気づいていなかったが、この時トゥネリは一瞬幼い頃の口調と雰囲気に戻っていたのだった。
◇
街中のレストランに足を運び、ソラとトゥネリは向かい合って食卓を囲んでいた。
まだ注文した料理が届いていないため、グラスの中の水を飲みながら二人は談笑に浸る。ということもなく、無言でお互いの顔色を伺っている。
「あのさ、トゥネリ」
最初に口を開いたのはソラだった。ずっと気になっていたことを問うために。
「どうしてトゥネリはギルドに入ったの?」
彼女がギルドに入った理由を一度も聞いていない。大方の予想はついているが、それでも彼女の口から理由を聞いてみたかったのだ。
トゥネリはしばらく黙し、コップの中を見つめる。ゆらゆらと揺れる水面が、彼女の戸惑う瞳を微かに映している。
「あの時……あの日……わたし無力だったから……」
「そんなことないよ。トゥネリがあの時協力してくれたから」
「そんなのただの慰めでしかないわよ」
トゥネリは唇を固く結んで、目を伏せる。
「わたしはあの時、あんたの力に何一つなれなかった。本当はわたしがどうにかするべきだったのに、あんたの力に頼りきって……そしてあんたから大切な人を奪ってしまった。だから強くなろうと思った。それだけよ」
「そっか……」
もしあの日全てを救えていたならば、彼女がこの道を歩むことはなかっただろうか。そんな罪悪感にも似た思いがソラの中で渦巻く。
テーブルの下で握り拳を作りながらも、ソラは微笑んだ。
「でもびっくりしたよ。トゥネリがいたからさ」
「それはわたしも同じよ。
「うん……ボクも嬉しかったよ。トゥネリとまた会えてさ」
ソラの言葉に面食らうトゥネリ。よく恥ずかしげもなくそんなことを言えると、微かに紅潮する。
丁度そこへ、注文した料理が運ばれてきた。
テーブルの上に豪華な食事を盛った皿が置かれる。皿の中央には肉の塊が乗っており、そこに特製のソースが掛けられている。
香ばしい匂いに空腹感が増し、ソラの腹の音がひとつ大きく鳴った。
「あ、あはは……さすがにお昼あれだけじゃ足りなかったみたい……」
「まあそりゃ、あんだけ魔力使ってたら腹も減るわよね。はい」
言いながらナイフとフォークを取り、ソラに渡す。
ソラは少しそれらを見つめてから受け取ると、一度祈るように目を閉じた。
「そういえば昼にもやってたけど、それなにしてるの?」
ソラの不可思議な行動に、トゥネリは小首を傾げる。
「エイネによく言われたんだ。ご飯を食べるってことは、何かの命を食べるってことだって。だからその命に感謝の祈りを捧げなさいって」
それは森の動物たちと仲良くなったソラが、初めは拒んでいた食事を受け入れさせるために放った言葉だった。
初めは無言で見つめていたトゥネリだったが、その意図と思いを理解すると一緒になって祈りを捧げる。
「じゃ、食べよっか」
「ええ……」
祈りを終えた二人はナイフとフォークを手に取った。
トゥネリは巧みナイフを使って肉の塊を一口大にすると、そのまま口に運んだ。
「んー!」
口いっぱいに広がる旨味に、トゥネリは思わず唸る。ここは彼女のお気に入りの店のひとつなのだが、いつ来ても飽きる気がしなかった。
「どう? ここ結構美味し――」
味の感想を聞こうとしてソラの方を見ると、トゥネリは言葉を失った。
「あんた、どうしたの?」
ソラの手元に注目すると、ナイフを握る手が小刻みに震えていた。
「あ、気にしないで。大丈夫、食べてるうちに止まるから」
「でも……」
「大丈夫だから」
ソラは笑うと、震えたままの手でぎこちなく肉の塊を切る。そしてフォークを使って口に運んだ。
「ん!? これ美味しい!」
「ほんと? それは……良かったわ……」
複雑な心境で笑うと、トゥネリはまた一口肉を運んだ。
(なんか……いつもより美味しいって思えないわね……)
初めは感じていた旨味が何か別の物になってしまったような、そんな感覚にトゥネリは見舞われるのであった。
食事を終えて一息ついた二人は、グラスの中の水を飲みながらまた無言になっていた。
トゥネリは軽く深呼吸すると、兼ねてから話そうとしていたことを意を決して切り出す。
「ねぇ、ソラ。ひとつ提案があるのだけど、いいかしら?」
「ん、なに?」
トゥネリの問いかけにソラは耳を傾ける。
「あのさ、良かったらわたしと組まない?」
「組むって、一緒に行動するってこと?」
「ええ。ギルドではね、依頼の難易度に関係なく二人以上で行動することを義務づけているの。万が一予期せぬなにかがあったときに対処できるようにね」
「そうなんだ」
しかしそうなると、彼女は今までどうしていたのだろうか。そんな疑問がソラの顔にはっきりと出ていたため、トゥネリは顔を逸らしながらすぐに答える。
「一応仮の形でユースと組んでたのよ。けどあいついつもわたしを置いて勝手にどっか行くし……それにわたしも
「でもそうなるとユースが一人にならない?」
「大丈夫よ。あいつほどなら一人で十分だし、それに一人になることがないし」
言われてソラは先程出会った双子の姉妹を思い出す。きっとあの二人が常にそばにいるのだろう。
その上ユースほどの実力者が対処できないとなると相当な依頼となってしまう。つまり必然的にユースは一人で事足りてしまうということだ。
「あいつは例外中の例外。正直わたしなんかじゃ足でまといよ」
「そんなことないと思うけど……」
「いいえ、そんなことあるわよ」
言って、トゥネリは小声で「それにあんたと肩並べられる自信も本当は無いし」と付け足した。
ソラはしばらく考えるようにトゥネリを見つめる。
あの日助けた少女はこんなにも逞しく成長している。きっと多くの困難を乗り越えて現在があるのだろう。それは喜ばしいことのはずだ。
しかし頭から離れないあの日の光景が不安を募らせる。いつか彼女にも大きな災厄が降りかかり、命を奪ってしまうのではないかと。
それにソラは気づいていた。なぜ目の前の少女がここまで自分に良くしてくれるのかも、なぜ彼女がギルドに入って力をつけていったのかも。
投げかけた問いの答えが全てを物語っていた。全てはあの日の贖罪のためなのだと。
ならば共に行かなければならない。あの日の贖罪をさせるためではない。彼女が本当の意味で前を向いて歩みだせるように。
ソラは微笑んで手を差し伸べた。
「うん、わかった。これからよろしくね?」
トゥネリは差し伸べられた手を見つめると、くすりと笑ってその手を握った。
「ええ、よろしく」
二人は握手を交わす。これから共に歩み出すための握手だ。
「それじゃ、明日からどうしましょうか? わたしの相棒さん?」
「それなんだけどさ……実は……」
片やあの日護りたいと願った少女の未来のために。片やあの日の贖罪のために。目的は違えど二人は確かに今この瞬間、肩を並べて一歩前に進んだのであった。