また、次回で第一章は完結となります。もうしばらく、第一章にお付き合いください。
食事と明日以降について話し合ったソラとトゥネリは、ギルドの宿舎まで来ていた。
トゥネリが住んでいる部屋の前まで来ると、二人は顔を見合わせる。
「その……わざわざここまで送ってくれてありがと」
「ううん、気にしないで。じゃあ明日朝ここに迎えにくるから」
「あ、うん」
「じゃあおやすみ。トゥネリ」
手を振って去っていくソラを見送ると、トゥネリは部屋の中に入った。
扉に背中を預けて、ホッと息を吐く。赤くなった頬に触れると熱を感じる。
「どうしよう。本当にこれから毎日……ソラと一緒に……」
熱は頭にまで上り、目眩を起こさせる。
しかしある光景を思い出した途端、その熱は冷めていった。
扉に鍵を掛けて、トゥネリは机の前に立つ。引き出しに手を掛けて、動きを止めた。
脳裏に浮かんだのは、食事の最中――震える手でナイフを握って肉を切る、痛ましいソラの姿だ。彼の言う通り、食べていく内に震えは収まっていったが、あの瞬間のことが頭から離れないでいる。
「あいつやっぱり……あの時これで……」
引き出しを開くと、そこには一本の短剣が入っていた。綺麗な装飾が施された鞘に納められたそれは、かつてある女性が使っていたものだ。
「あんなの見せられたら……返せるわけ……っ!」
短剣を手に取ると、トゥネリは唇を強く噛み締めた。
一方その頃、ソラは一人夜道を歩いていた。
寝静まる時間帯なのか周囲に他に人の姿はなく、静寂が王都の街を包んでいる。
ふと立ち止まり、右手を天に掲げた。天に一際輝く星――そこへ呆然と大きく手を伸ばす。
届きそうで届かない星を見つめて、ソラは笑った。
「エイネ……ボクは大丈夫。ちゃんと前に進んでいるよ?」
誰に向けての言葉か、ソラは小さく呟く。
手を伸ばすのをやめると、首から下げた魔力結晶を手に取る。空色に輝く結晶が天に広がる星々を映す。
結晶を握り締めると、また歩み始めた。
一軒の家の前にたどり着くと、家を見上げた。数ある窓からは一切の光が無い。
「さすがに寝ちゃってるかな?」
扉に手を掛けると、鍵穴からゆらゆらと光が揺れているのが見えた。
おそるおそる扉を開けて、中を覗く。
「おかえりなさい、ソラ」
扉を開いて飛び込んできた言葉に、ソラは思わず面食らう。
蝋燭の火を灯して待っていたのはレフィナだった。彼女はまるで母親のように微笑んで、その言葉を投げかけたのだ。おかえりなさい、と。
無言で立ち尽くすソラの姿に気がつくと、レフィナは慌てふためく。
「あ、その、これからしばらく一緒に暮らすということは家族みたいなものですし? そう呼んでみようかと思いまして……」
たじろぐレフィナを他所に、音を聞きつけてきたセシルがどたどたと足音を立てて二階から駆け下りてきた。
「お兄ちゃん、おかえり!」
立ち尽くすソラを見て、セシルは首を傾げる。
「どうしたのお兄ちゃん? 入らないの?」
「えっ? あっ……えーと……」
二人の顔を眺める。まだ出会っても間もない中、まるで本当の家族のように歓迎してくれる二人を。
込み上げてくる思いを堪えきれず、ソラは満面の笑顔を咲かせた。
「えへへ、ただいま」
二人はその笑顔に一瞬見惚れた。太陽のように眩く、美しい笑顔に。
「お兄ちゃん! 昨日の続き読んで!」
「こらセシル。今日はもう寝なさい」
「えーやだー。ね、お兄ちゃんなら読んでくれるでしょ?」
「じゃあ少しだけだよ?」
「やったー!」
楽しげで賑やかな声が家の中に響き渡る。
その家を見守るように、天で一際輝く星は光を放っているのであった。
◇
十二年前、ソラが生まれてまだ間もないある日の夜。
ヴェルティナは部屋で一人、一冊の本を睨んでいた。本の表紙には『世界のおはなし』と書かれている。
一枚一枚ページを捲り、中身を流し読みしていく。彼女の表情からは、どこか懐かしさを感じているようにも見える。
しかし彼女の表情はあるページに差し掛かった途端険しくなった。
そのページには『第五章 予言の章』と書かれている。
ヴェルティナは静かに唇を噛み締める。
と、そこへ部屋の扉を開ける者がいた。
「ヴェルティナー。ソラ、眠ったわよ?」
エイネだ。エイネは扉の隙間から顔を出すと、部屋を見渡す。
ヴェルティナはそんな彼女を見て、微笑みながら近づいた。
「いつもありがとうエイネ。助かってるわ」
そう言うとヴェルティナは、優しくエイネの頭を撫でる。
「別に大したことしてないってば」
エイネは顔を赤らめると、恥ずかしそうに俯く。
「何か変わったことはあった?」
「んー、変わったことか……あ! そういえばあの歌聴かせてあげたらすごく喜んでた!」
「あの歌?」
「ほら、私がなんでか知らないけど覚えてるっていう歌!」
嬉々とした表情で答えると、エイネは鼻唄を口ずさむ。
「もしかしたら、あの子もこの歌が好きなのかも!」
上機嫌なエイネの姿にくすりと笑うと、ヴェルティナはポケットの中を弄った。取り出したのは、無色透明の魔力結晶を付けた首飾りだ。
「エイネ、これあなたにあげるわ」
「なにこれ、綺麗……もしかして魔力結晶?」
「ええ、これにはたくさんの魔力が込められてるの。万が一あなたの魔力が足りなくなった時、きっと助けてくれるわ」
ヴェルティナの言葉に、エイネは首を傾げる。
二人は今契約を結んでいる状態。であれば、魔力が枯渇するということはないはずだ。
もの問いたげな様子のエイネを他所に、ヴェルティナは首飾りの紐を彼女の頭に通した。
「ヴェルティナ、なんか様子が変よ?」
「気のせいよ。さ、今日はもう遅いから寝なさい」
ふと、壁越しに隣の部屋から泣き声が響いてきた。
「げ、もう起きちゃったの?」
「きっと寂しがってるのよ。ほら、行ってあげて?」
「うん、まあわかった。じゃあおやすみ、ヴェルティナ」
「ええ、おやすみなさい」
部屋を出ていくエイネを見送り、ヴェルティナは一息吐いた。
そして次の瞬間、まるで何かの衝動に駆られたかのように御伽話の書かれた本を手に取り、五章以降のページを破り始めた。
破る音が廊下にまで響いていたため、エイネが鍵穴の隙間から様子を覗いているのだが、気づく気配はない。
そして破ったページを丸めると、火が燃え盛る暖炉に放り投げた。
「ええ、わかっています。それが私の使命ですから」
ヴェルティナは呟くと、体を花びらに変えて姿を消していく。
「えっ……?」
それを見ていたエイネはあることを感じていた。それは契約が切れたことを意味する感覚だ。
「ヴェルティナ!?」
思わずエイネは扉を開け、部屋の中に飛び込む。が時すでに遅く、ヴェルティナの姿は完全に消えていた。
「なんで? どうして?」
エイネの目尻から涙が溢れる。つい先程まであんなに優しく接してくれていた彼女が、なぜ今突然契約を切り姿を消したのか理解ができなかった。
エイネは暖炉の方に目を向ける。
破られたページはすでに黒くなっているが、僅かに冒頭の部分だけ読むことが可能だった。
そこには次のように書かれていた。
〝この章でこれから語られるのは、一人の少年の物語――幸か不幸か、世界に選ばれてしまった少年の物語です。
少年は大変素晴らしい魔法使いの子供です。この魔法使いの女は世界に愛され、彼女もまた世界を愛していました。
それ故に少年は、生まれたこの世界で大きな宿命を背負ってしまいます。
彼にはこれから多くの困難が降りかかります。大切な人を失うこともあるでしょう。あるいは誰かの大切な人を奪ってしまうかもしれません。
それでもこの少年には、宿命のために前を進まなければならないのです。
少年は、自分が背負っている宿命に気がついていません。
世界を救うため――いえ、人類に審判を下すために生み出された彼は世界中を渡り歩きます。
彼は人の光を知るのか、人の闇を知るのか。人類の存亡はすべて、彼の出会いに委ねられているのです。
ですが世界は、魔法使いの女にこう言ったのです。
――人類は彼の手によって、確実に滅ぼされるのだと〟