数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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エピローグ

 

 小鳥が囀り、朝の訪れを知らせる頃。セシルは目蓋を開けて、微睡の中あたりを見回した。

 

「あれ? お兄ちゃんは……?」

 

 隣で眠っていたはずのソラの姿がない。

 昨日の朝と同じ状況に少々不満を抱きつつも、セシルは身を起こして大きく伸びをする。

 そしてベッドから下りると、下の階に向かった。

 

「おはよー、お母さん」

「あらおはようセシル。今朝ご飯の用意するから待っててね」

 

 下の階では母親が使った食器の片付けをしていた。この様子を見るに、ソラはすでにどこかへと出掛けたようだ。

 

「お母さん、お兄ちゃんはー?」

 

 大きなあくびをしながら、セシルは質問を投げる。

 

「ソラさんなら、あなたが起きてくるだいぶ前に出て行ったわよ。なんでも、街の人たちに朝の挨拶をしてからトゥネリさんのところに行くんですって」

 

 トゥネリの名を聞き、セシルは唇を尖らせる。言ってしまえばただのやきもちである。

 

 一方その頃、ソラは一人で朝の王都の街を歩いていた。

 これからこの街で過ごしていく。ともなれば、街の住人たちと少しでも仲良くなろうと、ソラは見かけた人に朝の挨拶をして回っている。

 

「おはようございます!」

 

 大きな声でハキハキとした挨拶を投げかけるソラ。しかし首を傾げる者がほとんどで、挨拶が帰ってくることは少ない。それでもソラは挨拶をして回った。

 市場の通りに差し掛かった時、ソラの目にふとある光景が映った。

 

「よいしょと……ふぅ、あと少し」

 

 一人の老婆、店の外に重い箱を移動させて開店の準備をしていた。箱の中身を見るにどうやら野菜や果物を売っているようだ。

 だがその重さに苦労している様子で、腰を摩りながら深いため息を吐いている。

 ソラは老婆に近づくと、まずは朝の挨拶を投げかけた。

 

「おはようございます」

 

 すると老婆はソラの顔を見てにこやかに答える。

 

「あらおはよう。ごめんなさいね、お店まだ準備できてないのよ」

 

 するとソラは微笑んで言った。

 

「良かったらボク、手伝いますよ」

「え、でも……重たいわよ?」

「大丈夫。ボク結構力持ちですから」

 

 笑顔を向けると、ソラは店の中に残っている箱に手を掛ける。

 

「これ、どこに置いたらいいですか?」

「ああ、ええと、ここに置いてもらえる?」

「わかりました」

 

 了解の意を示し、ソラは箱を軽々と持ち上げる。そしてそのまま指示された場所まで持っていき、地面に置いた。

 以降は他の箱も同様に動かして、開店の準備は滞りなく進んだ。

 全てを運び終えると、ソラは一息吐く。

 

「ありがとうねぇ」

 

 老婆は満面に笑顔を浮かべた。

 

「気にしないでください。ボクが好きでやったことですから」

 

 ソラも笑顔で答える。

 

「あなた、好きな果物はあるかい?」

「好きな果物? えっと、りんご……かな」

 

 突然の問いかけに首を傾げていると、老婆は商品の中からりんごを一つソラの前に差し出した。

 

「じゃあはいこれ。ひとつ持っていって」

「えっ? でもこれ売り物じゃ……」

「いいのよ。手伝ってくれたお礼」

 

 ソラはしばし差し出されたりんごを見つめる。

 この時ソラは、昨晩トゥネリが話題に出したことを思い出していた。

 

「それじゃあえっと、一個だけ」

 

 ソラが戸惑いながらもりんごを受け取ると、老婆は「ありがとうね」と改めてお礼を言うのであった。

 

 昨晩トゥネリがソラに対して口にしたのは、次のような内容だ。

 

〝――あんたさ、これからこのギルドでやっていくんなら、誰かから報酬をもらうことに慣れていきなさい。それはあなたの働きに対する敬意の現れなんだから、受け取らないのは失礼ってものよ〟

 

 それは、人からの報酬を貰うことに躊躇いを見せるソラに向けて放った〝戒めの言葉〟だった。

 王都の街を歩きながら、ソラは貰ったりんごを見つめる。見つめながらふと、老婆の顔を思い出す。老婆の笑顔を。

 

(誰かが笑っているのを見れればボクはそれで十分なんだけど……慣れないと、だよね……)

 

 だがトゥネリの指摘には一理ある。これからのためにもソラは、他者からの報酬に対して躊躇いを見せないよう心がけるのであった。

 

「あ、このりんご美味しい……」

 

 

 

 

 

 

 挨拶周りを終えたソラは、トゥネリと合流するために彼女の住む宿舎に足を運んでいた。

 

「トゥネリー、起きてるー?」

 

 部屋の扉を軽く叩き、中にいるであろうトゥネリの返事を待つソラ。

 しばらくの静寂の後、施錠を開ける音とともに扉が開かれた。

 

「ごめん、お待たせ」

「おはよう、トゥネリ」

「あ、うん……おはよう……」

 

 ソラの「おはよう」の一言に、トゥネリは一瞬顔を赤らめる。

 

「それじゃ、出発しようか」

 

 宿舎を出ると、二人は肩を並べて街を歩く。向かう場所はすでに決まっており、そこに向けて足を運んでいた。

 

「目的地はこの街の留置場よね?」

「うん。昨日の人たちから話聞かないと」

 

 ソラたちの目的は、昨日捕まえた者たちと話をすることにあった。

 昨晩、ソラはそのことを話題に出していた。そのことを思い出しながら、トゥネリは会話を交わす。

 

「本当にあいつら、誰かに操られていたのよね?」

 

 トゥネリは相対した当時のことを思い返す。

 初めは彼らも自分の意思で行動しているようにも思えた。だがふと聞こえた異様な音の後、彼らは人が変わったように動き出していた。

 感じていた違和感の正体にトゥネリは眉を寄せる。

 

「なんとなくおかしいって思ってたけど、今回の事件まだ裏がありそうね」

「うん。もしかしたら最初から誰かに操られていたのかもしれないって考えてさ。その原因を突き止めるためにも、あの人たちから話を聞こうと思って」

「確かにね。操っていたやつがまだうろついているんなら、また同じことが起きかねないもの」

 

 会話を交わしながら共に留置場へ向かうトゥネリ。

 ソラと肩を並べて歩いていた時、黒い服に身を包んだ男とすれ違った。

 トゥネリは不意に立ち止まり、振り向く。

 

「どうしたのトゥネリ?」

 

 突然立ち止まったトゥネリを見て、ソラは小首を傾げる。

 

「いや、なんか今……見覚えのある誰かとすれ違ったような……?」

 

 振り向いた視線の先には、すれ違った男の姿はなかった。

 

「ごめんなさい、気のせいかも」

 

 トゥネリは苦笑すると、また足を動かした。

 

(さっきの男……いや、まさかね……)

 

 この時トゥネリは気がついていなかった。路地の裏で不敵な笑みを浮かべる男の姿に。

 

 程なくして留置場にたどり着くと、看守を通して中を案内してもらった。

 

「君たちが捕まえた者たちはここにいるよ」

 

 案内された鉄格子の向こうに、昨日捕まえた商会関係者が薄汚れた服で身を包み座っていた。

 頭領としてあの場にいた男はソラたちの存在に気がつくと、顔を上げて睨みつける。

 

「なんの用だ、小娘ども」

 

 男は明らかな敵対心を見せている。対しソラは微笑みながら話しかけた。

 

「少し話を聞きたくって。どうしてあなたたちはあんなことをしたのかなって」

 

 ソラの問いかけに、男は舌打ちを鳴らした。

 

「知るかよ。俺たちでもあまり覚えてねぇんだ」

「本当に?」

「ああ、本当だよ」

 

 ソラの瞳が黄金色に輝いている。そのまま真っ直ぐと男を見つめて、鋭い視線を向けている。

 一呼吸しながら、ソラは目蓋を閉じる。そして再び開くと、彼の瞳は元の色に戻っていた。

 

「どうやら本当みたいだね」

「ソラ、まさかこいつの言葉信じるの?」

 

 一連の会話を見ていても、トゥネリは一切信用に値する人間ではないと判断していた。

 しかしソラはどこか確信を持っている様子で男の方を見ている。

 

「うん。この人は嘘はついていない」

 

 ソラは鉄格子に近づき、中を覗き込んだ。

 

「話してください。どうして昨日あんなことをしたのか」

「だから覚えてねぇって言ってるだろうが」

 

 男の言葉に対し、ソラは首を横に振った。

 

「あなた達は最初、ちゃんと自分たちの意思で動いていたはずです」

「何を根拠に言ってやがる」

「あなた達が所属する商会の規律について少し調べました。厳しい規律が数多くあった。規律を破った者には重い罰則が下されるはずです」

 

 でも、とソラは言葉を続ける。

 

「あなた達は堂々と行動していた。それはあなた達が、罰則の対象にはならないと確信を持っていたからじゃないと説明がつかない」

 

 ソラは真っ直ぐに相手の目を見て話す。まるで何かを訴えかけるように。

 すると一緒に収容されていた手下の一人が声をあげた。

 

「指示されたんだ! 商会を仕切っているヘンドレル様から!」

「おいお前……!」

 

 手下の言葉を遮ろうとするが、すでに時は遅い。

 男は二度目の舌打ちとともに、ソラを睨みつける。

 

「俺たちは自分の意思でやった。あの人は関係ない」

 

 頑なに拒む男の姿を見て、トゥネリはソラの肩に触れる。

 

「もう行きましょう。こいつら話すつもりないみたいだし」

 

 諦めることを促すトゥネリ。しかしソラは動こうとせず、代わりに口を開いた。

 

「あの場所にあった転移の魔法陣、書き換えられてました」

「なんだと?」

 

 男は眉間にしわを深く寄せて、ソラを見る。

 ソラは話を続けて、自分が見たものをそのまま彼に話す。

 

「あの転移の魔法陣は子供の命を奪う内容でした。肉体はリヴェルテス北東部・市街地のどこかに、魂は天にある星空の中に。それがあの魔法陣に書かれていた」

 

 そして確信を持った表情ではっきりと告げた。

 

「これはあなた達の仕業じゃない。別の誰かが隠れて意図的に仕組んだものだ。大勢の子供達の肉体を手に入れるために」

 

 男は見つめる。ソラの真っ直ぐな眼差しを。屈託のない瞳を。

 その瞳を見て観念したのか、男は話し始めた。

 

「おそらくクローネの仕業だ」

「クローネ……」

 

 ソラは思い出す。潜入した際に見かけた男のことを。

 

(やっぱりあの男の人が……でもなんで……?)

 

「あいつはうちで雇った魔法技師だ。転移魔法を扱えるやつを探していた時に見つけてな。それ以来、あいつに頼んで物資の移送を行なっていた。かれこれもう五年の付き合いか」

「そんな人がどうして?」

「あいつは一年ほど前、ある疑いを掛けられていたんだ」

 

 男の代わりに、後ろで聞いていたトゥネリが口を開いた。

 

「クローネ……確か魔物の量産をしているって疑いを掛けられていた男ね。当時ユースが追っていた男よ」

「ユースが?」

 

 そこでソラはハッと気がつく。それに答えるように、トゥネリは言った。

 

「あんたが会ったセシルって子の父親も、一緒にその男を追っていたわ」

 

 男は言葉を続け、語り始める。

 

「あいつは度々口にしていた。商会では子供の体は取り扱っていないのかってな。おそらく魔物の材料に使うつもりだったんだろう。疑いを掛けられたあの日に姿を消していたが、一週間前突然俺たちの前に姿を現した」

 

 男は当時のことを思い出す。

 姿を現したクローネは開口一番にこう言ったのだ。「子供の肉体が足りなくなったので力を貸してほしい」と。

 

「当然俺たちは手を貸すつもりはなかった。俺はガキが嫌いだが、それでも命を奪うつもりはなかったからな。だが――」

「その男と会ってから、記憶が曖昧になっている……と」

「ああ。お前のおかげで目が覚めてから最初に呪ったさ。俺はなんてことをしでかしたんだってな」

 

 男の悔いる表情を見てソラは同情する。きっとこの男は心を痛めているのだ。かつての仲間に裏切られ、尊い命を奪おうとしたことを。

 

「ありがとうございます、話してくれて」

 

 微笑むソラを見て、男は暗い眼差しを向ける。

 

「お前は変わったやつだな。名前は?」

「ボクはソラ。ソラ=レベリア=ヴィルレ」

「そうか……お前が……」

 

 男がどこか懐かしげな表情を浮かべていると、そこへ看守が歩み寄ってきた。

 

「面会はここまでだ」

 

 脱獄防止のために留置場では面会時間に制限を設けている。その制限が来たようだ。

 まだ聞きたいことはあるが、こうなれば仕方ない。どちらにせよ必要な情報を聞き出すことはできた。

 ソラがそう思い立ち去ろうとすると、男がその背中を呼び止めた。

 

「おいソラ。クローネには気をつけろ。あいつはかなり危険なやつだからな」

 

 男の言葉に一瞬面食らうソラだったが、すぐに微笑むと「ありがとうございます」と言うのだった。

 

「道理で似ているわけだ」

 

 二人が去った後、男はソラの顔を思い出す。

 

「ボス、あの女のことを知ってるんですかい?」

 

 手下の問いに、男は答える。

 

「あれは女じゃねぇ。男だ」

 

 男の答えに手下たちが騒つく。

 そんな中男は一人、

 

「ベンドレルさん、あんた一体あいつから何を得ようとしているんだ……?」

 

 と呟くのだった。

 

 一方留置場を後にし、ソラは思考を巡らせながら街を歩く。

 今回の一件がもし全て、クローネという男に原因があるとするならば早く対処しなければならない。何せ、魔物を生み出していると疑われた人物だ。セシルの父親のことを考えれば、黒と断定するべきだろう。

 しかしやはり目的がわからない。なんのために魔物を生み出しているのかが。

 

「トゥネリ、君はどう思う? トゥネリ?」

 

 振り向いて見ると、トゥネリはどこか浮ついた表情で歩いている。

 

「トゥネリ? トゥネリ!」

「えっ? あ、なに?」

 

 ようやく呼ばれていることに気づいたトゥネリは、慌てて返事をする。

 

「どうしたの? なんかあった?」

「どうしたのはこっちだよ。呼んでもすぐに返事が返ってこないし」

「ご、ごめん。考え事してたから……」

 

 ばつが悪そうにトゥネリは俯く。

 どうやら彼女も彼女で思うところがあったらしく、考えに耽っていたようだ。

 だがどこか青ざめた顔をしているため、ソラは心配したように顔を覗き込む。

 

「大丈夫?」

 

 原因がひとつ思い当たる。クローネという男とその男の目的が魔物を生み出すこと。そのために子供を集めたとなれば、考えられるのはひとつしかない。

 

「もしかして、あの時のこと思い出しちゃった?」

 

 ソラの問いかけに、トゥネリは唇を噛みしめる。正解だ。

 

「ええ少し……ね……」

 

 無理もない。ソラは内心そう呟く。

 事件の首謀者が父親で、知らずとはいえ加担してしまった。そう彼女は考えているはずだ。

 

「ねぇ、ソラ。私あんたにひとつ話すことが――」

 

 そんなトゥネリが何かを話そうと口を開いた時だった。

 

「ソラさん! トゥネリさん! 大変です!」

 

 話を遮るような大きな声とともに、ルージュヴェリアが駆け寄ってきた。

 

「どうしたんですか?」

 

 ソラが問いかけると、肩で息をするルージュヴェリアは答えようとする。

 が、周囲を見渡すとソラの手首を掴み引っ張った。

 

「とにかく大変なんです! 今すぐギルドに来てください!」

 

 ソラとトゥネリは顔を見合わせると、小首を傾げる。

 

「早く!」

 

 そしてルージュヴェリアに促されるまま、二人はギルドに向けて駆け出すのだった。

 

 

 

 

 




 まずはこの作品にお付き合い頂きありがとうございます。作者の姉川です。

 第一章如何でしたか?
 今回は章タイトル通り、ソラとトゥネリが共に歩み出す話となっていました。
 二人は同じ過去を乗り越えなければならない者同士。今後二人の関係がどのように発展していくのか、どうぞご期待ください。

 また新たに登場した仲間たち。彼らの抱えている心情や謎も今後判明してきますので、気長にお付き合い頂ければなと思います。
 第二章 月明かりに忍び寄る影――どうぞお楽しみに。

 それでは次の章でまたお会いしましょう。
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