プロローグ
周りを高い壁で囲まれた街、王都ブリアンテス。ヘルディロの首都であるこの街に入るためには、ひとつしか設けられていない門を潜らなければならない。
その門を潜り直線状に突き進むと、ヘルディロを統べる王が住む城――ブリアンテス城がそびえ立っている。
城の敷地内には王族だけでなく、城を守る兵士、王族に仕えるメイド、王の側近である大臣らも暮らしており、常にヘルディロや世界の情勢に目を配っている。
そんなブリアンテス城であるが、現在中で大きな騒ぎが起きていた。
「城の守りを固めろ!」
「城内に不審な者がいたらすぐに捕らえるのだ!」
「城周辺にも目を張り、異常が無いか逐一報告しろ!」
城に駐在する兵士たちが、険しい顔で廊下を行き来している。武装を手に物々しい様子だ。
彼らが足早に移動する中、一人のメイドと煌びやかな衣服で着飾った少女が、姿勢を低くして歩いている。
「一体なにがあったのです?」
状況を把握出来ていない少女は、メイドに問いかける。
「ご心配なさらずに。ただの訓練ですわ」
メイドは少女を庇うようにしながら答える。
少女はメイドの腕の中から周囲を見渡す。兵士たちの表情から、訓練という雰囲気ではない。
「とてもそうは見えないのですけど……」
「気のせいですわ。さあ、急いで部屋に戻りましょう」
メイドの明らかに不審な態度に、少女は不安を抱き始める。
もしやこの城内で何か事が起こったのか。そんな考えが浮かび、動揺が現れる。
程なくして少女の自室にたどり着き、メイドは急ぎ部屋の鍵を開けた。
「さ、中へ。鍵を掛けて、しばらく大人しくしていてください」
「城の中で何かあったの?」
少女の問いかけに、メイドは一瞬言葉を詰まらせる。が、首を横に振ると微笑みかけた。
「大丈夫。なにも心配ありませんわ。あなたのことはこの身に代えてもお守りいたしますから」
言い残すと、メイドは部屋の扉を閉めた。
扉を背に、メイドは肩を落とす。まるで何かを嘆くかのように。
「ここの警備をお願いします」
「はっ!」
メイドは通り掛かった兵士に場を預けると、足早に部屋から離れていった。
部屋の外の音を聞きながら、少女は拭い切れない不安に胸を抑える。一体全体なにが起きているというのか、どれだけ考えても答えなどは見つからない。
窓の外から城の庭を見下ろす。ここにも兵士たちが、何かを警戒するかのように見回っている。
「一体なにがあったというの……?」
幾度と繰り返す少女の問いに、答える者は誰一人としていなかった。
◇
ギルド・ヘルディロ支部支部長室。ルージュヴェリアから突然の呼び出しを受けたソラとトゥネリは、ここに足を運んでいた。
部屋には支部長のヴェラドーネだけでなく、ユースの姿もある。
ヴェラドーネの背後に立つと、ルージュヴェリアは彼女が話し始めるのを待った。
「悪いな、急に集まってもらって」
全員揃ったのを確認し、ヴェラドーネは口を開く。
「あの、なにかあったんですか?」
言われるがままにやってきたソラは、状況がまったく掴めていない。だが支部長に呼ばれ、その場にユースもいるとなれば、大事であるのは理解できた。
ソラの問いかけにヴェラドーネは、ルージュヴェリアに説明を求めるため顔を向ける。
ルージュヴェリアは一歩前に出ると一枚の書状を見せた。書状には王族にしか与えられていない印鑑が押されている。
「城からの要請か」
ユースがそう言うと、ルージュヴェリアは頷く。
「実は先ほど、城の方から緊急の要請が送られてきました」
「緊急の要請?」
経験も聞いたこともないことに、トゥネリは小首を傾げる。
「皆さんはセレネーラ姫をご存知ですよね?」
「ヘルディロの第二王女、セレネーラ=モント=ブリアンテス姫のことですよね? 公に出ることが無いため、その姿を見たことがある人はいないとか」
ソラの答えに、ルージュヴェリアはまた強く頷いた。
「実はそのセレネーラ姫の暗殺を仄めかす手紙が、城に送られてきたそうなんです」
「えっ?」
あまりに突飛した内容であったため、ソラは思わず素っ頓狂な声を発する。
「その反応は最もだよソラ。正直それを聞いて私も動揺してね」
ヴェラドーネがため息混じりに言う。彼女とてこんな話を信じたくはなかった。
一国の姫殺害ともなれば、国だけでなく世界中から目を向けられることになる重罪だ。それを決行する者が果たして本当にいると言うのだろうか。甚だ疑問でしかない。
だが王自らが要請を出したともなれば、否応なしに信憑性が出てしまう。疑う余地などないほどに。
「一体だれがなんのために?」
「それは現在調査中だそうだ。王は内部の人間によるものだとお考えらしい」
「なるほどな、それで俺たちが呼び出されたわけか」
ルージュヴェリアは頷き、書状を読み上げ始めた。
「ギルド・ヘルディロ支部支部長ヴェラドーネ殿。昨晩、私のもとにある一通の手紙が届いた。内容は私の二人目の娘、セレネーラの命を狙うといったもの――つまりは殺害予告だ。この手紙が私の寝室に置かれていたことから、これは内部の人間によるものと考えてまず間違いないだろう。そこで貴殿に要請する。至急、貴殿が最も信頼を置いている者たちを送ってほしい。内部の人間全員を信用できないことを鑑み、その者たちに娘の警護を任せたいのだ。返答はその者の到着をもって確認とする」
内容を聞き、ソラとトゥネリは顔を見合わせる。
最も信頼が置ける者としてユースが選ばれるのは分かる。だが自分たちはまだ実績が伴っているわけではない。言ってしまえばまだまだ半人前だ。
そんな自分たちが何故この一大事に選ばれたのか疑問に思ったのだ。
確認を取ろうとソラが口を開いた時、それよりも先にルージュヴェリアが答えた。
「お二人は私の提案で、ユースさんと同行してもらうことになりました」
「ルージュヴェリアさんが?」
「はい。セレネーラ姫はお二人と年が近いんです。だからお二人といれば、多少は不安が和らぐと思って支部長に進言したのです」
なるほど、と二人は同時に頷く。
立場を考えれば、年齢が近いものと接する機会は極端に減ることだろう。その上年齢でいえば目上の者が、遜って接してくるともなれば肩身の狭い思いをしていてもおかしくはない。
「こいつの意見には私も納得したからな。そこでお前たちにも来てもらったというわけだ」
「そういうことでしたら受けます」
「そうね、私も受けるわ」
「ありがとう。助かるよ」
承諾の言葉を聞き、ヴェラドーネは笑う。そしてルージュヴェリアから送られてきた書状を渡すよう指示を出した。
「悪いが事態は緊急を要する。今すぐ向かってくれ」
ソラとトゥネリは同時に強く頷くと、足早に部屋を出た。
書状をルージュヴェリアから受け取ると、ユースも部屋を出ていこうとする。が、はたと立ち止まり、ヴェラドーネに視線を向けた。
それに気づいたヴェラドーネは深いため息を吐くと、声には出さずに「今回ばかりは関与してないぞ」と答える。
唇の動きで内容を読み取ると、ユースは怪訝な表情を浮かべたまま部屋を出て行った。
部屋が静かになり、ルージュヴェリアは俯く。
「どうした? 心配か?」
思い詰めた表情のルージュヴェリアを見て、ヴェラドーネは問いかける。
「そんなに心配なら、別にあいつらと一緒に行ってもいいんだぞ?」
するとルージュヴェリアは首を横に振った。
「いえ……私が行っても足でまといになるだけですから……」
微かに声を震わせながら答える。そして一礼すると、ルージュヴェリアも部屋を出て行く
「さて、今回はどういう結果になるかな?」
部屋に一人残されたヴェラドーネは扉を見つめ、静かな笑みを浮かべた。