数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第一節 月明かりの少女 1

 

 

 

 ブリアンテス城へ向かうまでの道中、ソラは歩きながら思考を巡らせていた。

 

「どうしたのよ?」

 

 真剣に考える姿を見て、トゥネリが問いかける。

 

「うーん、相手はなにが目的なんだろうって思ってさ」

 

 トゥネリは周囲を見渡す。万が一にも話を聞かれることを留意している。

 会話を聞かれないためにも、ソラは周囲の人間に聞こえないよう魔法を掛けた。これならば不用意に国の一大事が知られることはないだろう。

 

「話の通りなら、姫の暗殺……でしょうね」

 

 答えつつも、トゥネリも引っかかるものがある様子で口元に手を当てる。

 

「ねぇ、なんで犯人はわざわざ予告状なんて書いたのかしら?」

「ボクもそれが気になったんだ。セレネーラ姫暗殺が目的なら、城内部を警戒させる利点がないし、ちょっと不思議だよね」

 

 二人の疑問。それはなんのために予告状を送るなどという、不利益に繋がるようなことをしたのかである。

 普通であれば、暗殺を仄めかすようなことはせずにすぐ行動を移すはずだ。でなければ周囲が警戒し、目的達成が容易でなくなってしまう。

 自信があるのか、まったく別の目的があるのか。どちらにせよ、今回の一番の謎だ。

 

「おそらく王も同じことを考えている。ギルドに要請を出したのも、内部の誰によるものなのか分からないことに加え、まったく別の目的も見越してのことだろう」

「でも、一体誰が……?」

「さあな。だがそれを明かすのも、俺たちの仕事になるだろうさ」

 

 話している間に一行は、城門の前まで迫っていた。

 警備の兵士二人が、三人の姿を見て門の前に立ち塞がる。長槍を手に険しい顔をしていることから、警戒している様子だ。

 

「お前たち、そこで止まれ!」

 

 兵士の指示に従い、三人は足を止める。

 

「現在城は厳重な警備を行なっている。用件を述べよ!」

 

 質疑に対し、ユースが一歩前に出て、懐から送られてきた書状を取り出す。

 

「俺たちはヴェラドーネの指示でギルドから派遣された者だ。ここにヘルディロ王が送った要請の書状がある。確認願いたい」

 

 ユースの言葉を聞き、兵士たちは顔を見合わせて小さく頷く。

 書状の確認をした兵士たちは、これが王によるものだと判断し、門を開くように指示を出した。

 門が開いている最中、兵士二人はユースの前に立ち、深々と頭を下げる。

 

「すみません、ガルディアン卿。あなただと分かっていても、簡単に通すわけには行かず」

「別に構わないさ。それがお前たちの仕事だ。ただまあ、その呼び方はやめてくれ」

 

 ユースは苦笑した。

 門が完全に開き切ったのを確認し、兵士たちは遮っていた道を開ける。その際、どうぞお通りくださいと一言置いて下がっていく。

 一連のやり取りに、ソラとトゥネリは顔を見合わせた。まるですでに面識があるようなやり取りだ。

 疑問に思っている二人を見て、ユースは頭を掻く。

 

「何度か訓練に付き合ってんだよ」

 

 ユースの答えに、二人はなるほどと感心する。確かにユースほどの実力者ともなれば、その分教育者として支持されることもあるのだろう。

 二人が納得していると、不意に背後で気配を感じた。ソラは咄嗟に警戒し、振り向く。振り向き、すぐに警戒心を解いた。

 

「昨日ぶりね? 壊れたお人形さん?」

「やっほー」

 

 ソラの顔を見て、双子の妹ラミナがほくそ笑んでいた。その隣には姉のアルマの姿もある。

 

「なんであんた達までいんのよ?」

 

 ラミナは笑っているが、呼び方に明らかな悪意がある。敵意を剥き出しにするトゥネリであったが、それをソラが手で制した。

 

「二人ともいつの間に?」

 

 まったく気配を感じることなく現れたため、ソラは疑問を投げかける。するとラミナは近づいて、ソラの胸に人差し指を突き立てて、

 

「この程度も気づけないなんて、あなた本当にお姫様の護衛が務まるのかしら?」

 

 と嘲るように笑った。

 姉妹はあの場にいなかったはずだ。だというのに、何故その話を知っているのか。本当に謎が多い姉妹だと、ソラは内心で呟く。

 

「おいお前ら。今回はついてくるなと言ったはずだが?」

「嫌よ。ユースといられないなんてとてもとてもつまらないもの」

 

 悪びれる様子もなく、ラミナはユースの腕に抱きつく。対しユースは、まあ分かっていたけどなと項垂れた。

 

「さあいきましょ! 久々にあの王様、もといじじいの面白い顔が見れるんだもの!」

「あのおじいちゃん……元気にしてるかな……?」

 

 この二人の一言で、何故ユースが待機を命じたのか理解した。要するに彼女たちは恐れ知らずなのである。

 ソラが苦笑していると、トゥネリが渋い顔でそっと耳打ちする。

 

「ねぇ、まさかこいつらもついてくるの? わたしすごく嫌なんだけど」

 

 どうやらトゥネリは彼女たちを相当嫌っている様子だ。度々喧嘩になっているという話を聞いたことから納得ではあるのだが。

 ソラは内心、このままで大丈夫なのかなと心配するのであった。

 

 

 

 

 

 

 城の中に入ると、入り口の先にある階段の前で一人のメイドが目蓋を閉じて待っていた。黒く長い艶のある髪が特徴的で、使用人の服を身に纏っている。

 両手を揃えて静かに佇んでいた彼女は来訪を感じ取ると、目を開けて一行を認識する。

 

「お待ちしておりました。やはりあなたが来たのですね、ガルディアン卿」

 

 またその呼び名か、とユースは眉を寄せる。

 

「なんでここの奴らは毎度毎度……」

「お父上のことを考えれば当然かと。ガルディアナ王国を守護する騎士たちの長にして、未だかつて一度の敗北も無いと言われている最強の英雄……アーガスト=シュテルク=ガルディアン。その血を最も色濃く引き継いでいるのがあなたなのですから」

 

 その名を聞き、さすがのソラも驚きを隠せなかった。

 大国家ガルディアナ王国――世界で最も影響力があるとされているこの国には、ガルディアナ騎士団と呼ばれる精鋭揃いの集団がいた。彼らにかかればそこらの国の兵士は為す術もなく敗北を喫すとさえ言われている。この騎士団を統べる男がアーガストだ。

 アーガストの強さは世界中に知れ渡っている。かつて巻き起こった大戦で彼は、幾千もの兵士をたった一人で相手し、壊滅させたという。彼が放つ本気の一撃は大山を砕いても、大海を真っ二つにしても有り余るという。彼がその気になれば、この世界はたちまち破壊されるだろうとも。

 その男の血を、ユースは引いているのだという。彼のもつ力は並々ならぬものだ。もし話が本当ならば、彼の強さの説明がつく。

 

「トゥネリは知ってたの?」

「まあ一応ね。ただあいつ、父親の名前出されるの相当嫌ってるから」

 

 言われてソラは気がついた。ユースが怪訝な表情を浮かべていることに。

 

「この女殺す? ユースの前であのじじいの話をしたわよ姉様」

「そうだね……今すぐ、きっぱりと……」

「お前ら落ち着けっての」

 

 双子が動こうとするのを止めて、ユースは深いため息を吐く。

 一方でメイドはどこ吹く風といった様子で、ソラとトゥネリの方に目を向けていた。まっすぐ見つめて、まるで物珍しいものでも眺めるかのように。

 

「そちらのお二人は?」

 

 問いかけにユースは、二人を一瞥してから答えた。

 

「こいつらには姫の護衛として側にいてもらうつもりだ」

「このお二人に……ですか?」

 

 メイドは側まで寄ると、二人のことを上から下まで隈なく眺め始める。

 あまりに凝視されているため、ソラは思わず生唾を飲んだ。

 

「あ、あの……どうかしましたか?」

 

 耐え兼ねたトゥネリが問いかける。

 

「あまり強そうには見えませんね」

「なっ……!?」

 

 比較基準がユースであるのは分かっているが、それでも聞き捨てならない台詞だった。

 トゥネリは思わず目を鋭くさせて、メイドの顔を凝視する。

 

「うちの兵士たちの方がまだ強いのではないでしょうか?」

 

 明らかに人をバカにした態度だ。

 憤るトゥネリに対し、ソラはメイドに微笑みかけた。

 

「それでも任されるからには、精一杯お守りします」

「当然のことを言われても困ります」

 

 棘のある物言いに、ソラは苦笑する。もしかして彼女は自分たちのことを嫌っているのではないだろうかと。

 するとユースが助け舟を出さんとばかりに口を開いた。

 

「右にいるソラは昨日ギルドに入ったばかりだが、俺が試験官を務めて認めた男だ。左にいるトゥネリも俺が何度か稽古をつけて力をつけている」

「なるほど、ガルディアン卿自らそのようなことを言うということは、それなりの実力をお持ちのようですね」

 

 そう笑みを溢すと、メイドは一歩下がって二人に軽く頭を下げた。

 

「無礼を失礼いたしました。私はメルヒ=モント=シャティーラング。セレネーラ姫の使用人を務める者です。以後お見知り置きくださいませ」

 

 シャティーラング。この名も、ソラはヘルディロに関する歴史書で目にしたことがあった。

 シャティーラング――代々から王家に仕える女性に与えられる称号だ。彼女たちはこの称号に加えて、仕える者の名の一部を与えられ、その名とする風習があるという。セレネーラ姫の持つ〝モント〟が入っていることから、目の前の女性が姫に仕えているというのは間違いなさそうだ。

 メルヒは下げていた頭を上げると、小首を傾げる。

 

「宜しければ、お二人のお名前を聞いても?」

「あ、えっと……ソラです。ソラ=レベリア=ヴィルレ」

「わたしはトゥネリよ」

「ソラ様とトゥネリ様ですね。見たところ姫様と年が近いご様子。宜しければ、仲良くしてあげてください」

 

 先程の態度とは打って変わり、気さくに笑うメルヒ。

 一体さっきのはなんだったのだと、トゥネリは不満げにしている。それを気づいてか、メルヒは再び頭を下げて答えた。

 

「申し訳ございません。私は使用人としてだけでなく、姫様の護衛としてお側にいる身。私の代わりが務まる方なのか、判断したかったのでございます」

 

 なるほど、それならば少しは納得がいく。トゥネリは微かに頷くと、ソラの顔を見た。彼はにこやかな表情を見せている。

 不意にメルヒはソラの顔をまじまじと間近で見始めた。

 

「ちょ、ちょっとあなた近いわよ!」

 

 あまりに近いため、トゥネリは赤面して割って入る。

 

「いえ、先程ユース様から聞き捨てならない言葉が聞こえましたので」

「聞き捨てならない言葉?」

 

 その正体にトゥネリはすぐに気がついた。

 一方のソラは気がついていない様子で、小首を傾げている。

 

「はい。先程男――と申していたのですが、私にはどこからどう見ても女性の方にしか見えなくて」

「えっ? あ、ああ……」

 

 そういうことかとソラは苦笑する。

 

「よく間違われるんですよ、あはは……」

 

 そんなに自分は女性に見えるのだろうか。男のソラとしては複雑な気分だが、髪を女性のように結んでいる手前口に出すことは出来なかった。

 

「ふむ……」

 

 納得してかしないでか、メルヒはそう呟くとトゥネリの耳元に近づく。

 一体今度はなんなのか。トゥネリはメルヒに対し、警戒心を露わにする。が、

 

「こういう方がお好きなのですか?」

「は、はぁ!?」

 

 メルヒの一言に思わず叫んだ。狼狽えるあまり顔がさらに赤くなっている。

 

「いえ、どうやらあなたは自分のことではなく、この方がバカにされたことをお怒りのようでしたので」

「わ、わわわ、わたしは別に!」

 

 ソラが首を傾げて見ていたため、トゥネリは慌てて顔を逸らす。一体この女なんなのよ、と内心叫びながら。

 いつまでここにいるつもりなのか。そうユースが呆れていた時、階段の上から声が響いた。

 

「貴様ら! 一体ここで何をしている!」

 

 声に振り向くと、少し小太りした中年の男性が立っていた。険しい表情で、階下にいる一同を睨んでいる。

 

「これはクローリヒ様。どうなされましたか?」

「どうなされましたか? ではないだろう! 見たところそこにいるのは、王の要請を受けてギルドから送られてきた者ども。国の一大事に呑気に油を売っている暇があったら、さっさと王の下まで連れて来んか!」

「確かにその通りでございます。これは失礼いたしました」

 

 メルヒが頭を深々と下げると、男クローリヒは鼻を鳴らしてずかずかと去っていった。

 

「なによあいつ。偉そうに」

 

 姿が見えなくなったのを見計らい、ラミナが毒づく。

 

「実際偉いんだよラミナ。あれは王の側近である大臣の一人、クローリヒ=ラニ=ストルツだ。お前も見たことあるだろうが」

「ああいう小汚いおっさんは顔も名前も覚えない主義なのよ」

 

 実に酷い言いようである。

 しかし指摘されたことは何も間違っていない。実際、こんなところで立ち止まっているわけにもいかなかった。

 

「では謁見の間までご案内いたします」

 

 メルヒの後に続いて、一向は移動を始める。

 道中、トゥネリは小声でソラに話しかけた。

 

「あのクローリヒって人、怪しくなかった?」

「そうかな?」

「だって考えてもみなさいよ。なんで王の側近である人が、わざわざあそこまで出てきてるのよ?」

 

 確かにトゥネリの疑問は的を射ている。

 クローリヒが口にしたように、国の一大事だ。だというのに彼は王のそばを離れて、城の中を徘徊している様子だった。

 

「確かにそうかも?」

 

 だがソラはなんとなく感じていた。今回の件、あの大臣は何も関与していないと。根拠と言えるものは無いが、少なくとも見た目や行動だけでは判断できない何かがあるように思えた。

 

「わたし、一応あの男のこと警戒しておくわ」

「あ、うん……」

「どうしたの? 浮かない顔して」

「ううん。なんでもないよ。気にしないで」

「そう?」

 

 どこか容量を得ない答えを気にしながらも、トゥネリは引き下がる。歩きながら、ソラがある一点を見ていることに気づかずに。

 

(ボクはあの人よりもむしろ……)

 

 その視線はまっすぐ、メイドのメルヒに向けられているのであった。

 

 

 

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