メルヒの案内を受けて、ソラたち一行は謁見の間にたどり着いた。
部屋の前には兵士が二人立っており、周囲を警戒している。
兵士たちはメルヒの姿を見て頷くと、部屋の扉を左右同時に開いた。
開放された扉の先に玉座が見えた。玉座には白くて立派な髭を伸ばした老人が座っている。頭には王冠を乗せ、手には何やら先端に宝石のついた杖。そう、この老人こそがヘルディロの王だ。
王の他には二人の男と二人の女が椅子に座っていた。その中には先程叱声を浴びせたクローリヒの姿もあった。
「では、私はここで」
メルヒは一行に軽く会釈すると、部屋から出て行った。
ソラとトゥネリ、ユースの三人は部屋の中央まで歩み、片膝をついて頭を垂れる。
双子姉妹はきょろきょろと辺りを見回し、部屋の中を歩き回っているのだが――。
「ガルディアン卿、ならびにその付き人たちよ。よく来てくれた。まずは協力を感謝する」
ヘルディロ王は気に留めることなく、話し始めた。
「久しぶりね、ヘルディロ王」
「いえーい、久しぶりー」
ラミナとアルマが手を振って笑う。
「貴様ら! 王の前でなんたる無礼を!」
すると玉座から見て右側の席に座っていたクローリヒが立ち上がり、怒りを露わにした。立場を考えれば当然の反応だろう。
「クローリヒ、良いのだ」
「しかし王!」
ヘルディロ王は下がるよう目で促す。
それを受けてクローリヒは渋々席に座った。
「お前たちも息災のようでなによりだ」
「ふん、あなたは相変わらず偉そうにしてるわね」
「おいラミナ、あまり失礼な態度を取るな」
ユースに注意されると、ラミナは鼻を鳴らして顔を逸らす。頬を膨らませていることから、不満なようだ。
「私の付き人が失礼いたしました」
「いや良いのだガルディアン卿。ああいう風に接してくれる者は家族以外におらんのでな」
王は笑うと、玉座から立ち上がる。そしてソラの前まで歩を進めた。
「ところで貴殿、名は?」
「は、はい。ボク、いや私はソラ=レベリア=ヴィルレと言います」
自分が問われているのだと分かり、ソラは即座に答える。ここに来て緊張してしまい、しどろもどろになっていた。
名を聞いて、周囲が微かに騒つく。
「ヴィルレというと、貴殿の母親の名はヴェルティナ=ゲフォルクス=ヴィルレか?」
予期せぬ母親の名を聞き、ソラは思わず顔をあげた。ヘルディロ王は真っ直ぐ、ソラの顔を見つめている。
「その様子だと当たりのようだな」
「え? えっと……はい……」
動揺を隠せず、目が泳ぐソラ。そんなソラをまじまじと見つめて、王はどこか懐かしむように目を細めた。
「確かに、彼女の生き写しのように美しい顔立ちをしている」
「あ、えっと、ありがとうござい……ます……」
「母親は元気にしているのか?」
「母はボクがまだ赤子のころに行方を――」
「そうか。それはすまないことを聞いた」
「い、いえ……」
ソラの右隣で会話を聞いていたトゥネリ。床を見つめるその瞳は揺れていた。
彼女は知らなかった。ソラが本当の母親に捨てられた身だということを。
胸を締め付けられるその事実に、トゥネリは歯を食い縛る。そして思った。自分はまだ彼のことで知らない事が多いと。
「王よ。世間話はそこまでに」
玉座から見て左隣の席に座る中年の男が声を掛ける。右目に掛けた片眼鏡に軽く触れ、手には何かの書物を持っている。
ソラはその書物の背表紙に注目する。大抵書物のタイトルがここに書かれている。が、見たところ何か書かれているという様子はない。この場合、外部に漏らせない重要な情報が書かれていることが多いと言われている。
「それもそうだな」
自重を促された王は、どこか物惜しそうに玉座に戻っていく。
「ねえ、あの人は誰なの?」
城内部の全てに精通しているわけではないため、ソラは片眼鏡の男について、ユースに小声で問いかける。
すると王がその事を聞いていたのか、
「それについては私が答えよう」
と言った。
ソラの心臓が思わず跳ね上がる。まさか聞こえているとは思っていなかったのだ。なにせ、周囲に音が聞こえないようにする魔法を扱っていたのだから。
「すまんな。耳だけはいいのだ。それにここで魔法を使えば、感知できるようになっている」
王は杖に軽く触れる。どうやら杖がその感知を可能にしているようだ。
「それは聞き捨てなりませんね。王よ、さてはそこにいる者が手紙の差出人では?」
片眼鏡の男が睨むようにしてソラを見据える。
すると意外な人物が声をあげた。
「待てトルテス。あの方の子供だ、そんなことをするはずがないだろう」
クローリヒだ。
「それに王は言っていたはずだ。犯人はこの城にいる人間だと」
「分かっていますよ。言ってみただけです」
トルテスと呼ばれた片眼鏡の男は、忌々しそうにクローリヒを見る。
「よさんか」
二人の諍いを手で制すると、王は両者に顔を向けた。
「クローリヒ、それにトルテス。知らぬ者もいるのだ。まずは彼らに自分の名を明かすのが先だろう?」
「それもそうですね。ではまずは私から」
片眼鏡の男、トルテスが立ち上がる。
「私の名はトルテス=レニ=ステル。王に仕える側近の一人です。主に貿易と外交を担当しています」
トルテスは名乗ると、隣の女性に顔を向けた。
「そしてこちらに座っている女性は私の妻であり、私の補佐を務めている者です」
「シェーラと申します。まさかヴェルティナ様のご子息にお目にかかれるなんて、光栄ですわ」
トルテスの妻シェーラは軽く膝を曲げて会釈する。
「クローリヒ、あなたも」
「ああ、わかっておる」
続いてクローリヒが立ち上がり、口を開いた。
「おそらくガルディアン卿から名前は聞いているのだろうが、改めて名乗らせてもらおう。私はクローリヒ=ラニ=ストルツ。同じく王の側近であり、主に国内情勢とその管理を担当している」
クローリヒは隣の女性に視線を落として促す。すると女性は立ち上がり、シェーラと同じようにして会釈した。
「私はシャーロットと言います。クローリヒ様の補佐として働いています」
「ところでそこの娘。あなたも自分の名を名乗りなさい」
唯一名乗っていないトゥネリに、トルテスが突然目を向けた。肩が一瞬ぴくりと動く。すぐに答えないため、大臣の二人は怪しんでいる様子だ。
唇を噛み締めて、トゥネリは黙り込む。
理由を知っているユースは一切咎める様子はない。双子の姉妹は何か言いたげにしているが、ユースに怒られるのが嫌なのか口を噤んでいる。
注目を受ける中ようやく意を決し、トゥネリは震える声で答えた。
「トゥネリです……トゥネリ=ゾル=キアンロレス……」
「キアンロレス……どこかで聞いた事がある名ですね」
トルテスが片眼鏡に触れて、記憶を辿り始める。すると隣の女性が代わりに答えた。
「確かドゥエセで魔物を生み出し、騒動を起こした者の名がそうではなかったかしら?」
「ああ、そうだ。そうでしたね。娘、あなたはその関係者ですか?」
問われて、トゥネリは微かに肯く。
そこでようやくソラは、何故名乗ることを拒んでいたのか理解した。ここはヘルディロを統べる王がいる城だ。ともなれば、ヘルディロ内の情報は全てここに集まると言ってもいい。つまり彼女の父親のことが、知れ渡っている可能性があるということだ。だが、
「王よ、どうやらここに相応しくない者がいるようです」
「ほう? それはどういうことかね?」
「そこの娘は、六年前ドゥエセで巻き起こった魔物騒動の首謀者の子供と思われます。犯罪者の娘が国の拠点たる城で、国の大事にあたるというのは笑止。早急にお引き取り願うべきかと」
何故ここまで言われなければならないのかわからなかった。トゥネリのことをよく知っているが故の考えなのは分かっている。それでも謂れのない罵倒を受けているというのであれば我慢ならなかった。
「待ってください! 彼女は――」
ソラが食い下がろうとした時、ユースが手で止めた。
「落ち着け」
「でも!」
「いいから落ち着け。判断するのは王だ」
言われてソラは王の方に顔を向けた。王は真っ直ぐにトゥネリの方を見ている。
「トルテスよ。今は過去のことなどどうでもよいのだ」
「しかし王よ。そこにいる者が今回の件に関わっている可能性もあります」
「もしそうなのだとすれば、尚更目の届くところにいた方が良いだろう?」
「ですが――」
「それに証拠はあるのか?」
「――っ! そ、それは……」
「無いであろう。であればその娘を排除する必要はない。彼女とて被害者なのだぞ」
被害者――その言葉にトゥネリは反応を示し、顔を硬らせる。
(私は……被害者じゃない……!)
こんなことなら来なければ良かった。そんな思いがトゥネリの中で募っていく。
「このことは今後一切話題に出すな。よいな?」
「は、はい……」
「すまぬな、トゥネリよ」
「い、いえ……わたしは……」
トゥネリはそれ以上何も言えなかった。
「しかし王よ、いくら内部の人間を疑っているとはいえ、ギルドの人間に姫護衛を任せるのは……」
「お言葉ですがトルテス卿」
不満げに言い淀むトルテスに対し、ユースは立ち上がり異議を唱える。
「何故そこまで我々の介入を拒むのでしょうか? 何か不都合なことでも?」
「いや、そういうわけでは……」
「そういう風にしてると怪しいわよねぇ? お姉様」
「うん、怪しい……怪しい匂いが漂ってる……拷問したら進展があるかも?」
「あら! 拷問、それ私大好き!」
双子があまりに不敵な笑みを浮かべたがために、トルテスの顔が青ざめる。それだけ二人の笑みには威圧感が込められていた。
二人を視線で咎めると、ユースは言葉を続ける。
「それともあなたは我々を送りつけたヴェラドーネを信用しないということだろうか?」
内心では「まああいつは信用できない人柄だけどな」と付け足しているのは、言うまでもない。
トルテスは返す言葉が思い当たらず、口を閉ざす。隣に座っている夫人もどこか呆れた様子でため息を吐いた。
「どうやら話はついたようだな。ではようやく本題に――」
ヘルディロ王がそう話を切り出そうとした時だった。
姫様、なりません。そう叫ぶメルヒの声が廊下の方から響き渡ってきた。
謁見の間入り口の扉が勢いよく開けられ、一人の少女が足早に入ってくる。
その姿を見て、王は項垂れる。
「セラ……どうしたのだ?」
「どうしたのだじゃありませんお父様! 一体城で何が起こっているというのですか!」
少女の背後にはメルヒの姿もある。彼女は申し訳なさそうに、王に視線を送っている。
ソラはその少女の姿に思わず見惚れていた。
服装もそうだが、まるで月光のような白銀の髪が、彼女の持つあらゆる美しさを際立たせている。
「それにこの方たちは一体……?」
城で見かけることのない姿に少女は眉を顰める。
「今日からこの者たちにお前の護衛を任せるつもりだ」
「護衛? やはり何かあったのですね? 教えてください、何があったのですか?」
王と側近の大臣たちは顔を見合わせる。明かすべきか明かさないでおくべきか、未だに決め兼ねている様子だ。
その姿がどう映ったのか、少女は不満を露わにする。歯を噛み締めて、堪えきれない怒りと悲しみに体を震わせた。
「もういいです。やはりお父様は私には何も話してくださらないのですね? お姉様のことも、今回のことも」
「姫様。王はあなたのことを思って――」
「隠し事をされている私の気持ちも考えないで、なにが思っているですか!」
憤りの声を上げ、少女は踵を返して部屋を出て行った。
「今のが――」
「うむ、わしの娘セレネーラだ」
ソラの疑問に王が答える。
セレネーラが去っていくのを見て、ユースは肩を竦める。どうやら別の意味で悠長に話している場合ではないらしい。
「王よ。詳しい話は私が聞きますので、この二人には先に姫の側に行ってもらいます。よろしいですか?」
「うむ、そうしてくれるとこちらも助かる」
「そういうわけだ。お前ら頼めるか?」
ユースの問いかけに、ソラは即座に肯く。
「わかった。あとでちゃんと教えてね?」
「ああ、わかってる。トゥネリも頼んだ」
ユースが声を掛けるが、トゥネリからの返事がない。どこか上の空といった様子で、呆然と立ち尽くしている。
ソラはしばしトゥネリの顔を見つめた。何を考えているのかはっきりとは分からないが、おおよその見当がつく。それはきっとユースもだろう。
トルテスの方を一瞥してから、ソラはトゥネリの手首を掴んだ。
触れられた事で我に帰り、トゥネリの肩が微かに跳ねる。動揺から心臓が高鳴っていた。
「行こうトゥネリ」
「行くって……でもわたしは……」
「いいから。行こう?」
ソラは微笑みかける。彼女に今掛けられる言葉が思いつかない。それでもこれくらいは、と。
「それじゃ、行ってくるねユース」
ユースの返事を待たずに、ソラはトゥネリの手を引いて走り出す。その後をトゥネリは、狼狽えながらもついて行く。
そんな二人が部屋から出ていくのを、ラミナは不満そうに鼻を鳴らして、
「人がいいんだか悪いんだか、ほんと分からないわねあいつ」
と呟いた。