セレネーラの部屋に案内され、トゥネリは口を開けて中を見回していた。
王族の部屋というだけあって、その作りはおよそ一般市民が手にできる部屋とは大いに違っていた。
まずは広さだ。人一人が暮らすには有り余る広さの部屋がセレネーラには与えられていた。
壁際に寄せられた、三人は一緒に眠れるほどの大きな寝台。木製の衣装棚と衣装合わせのための鏡。客人をもてなす為のテーブルが一つと四つの椅子等、一部屋に多くの家具が置かれている。そのどれもが高級感漂うものばかりだ。
「なんていうか、流石にこんな自室を見せられると圧倒されるわね……」
「あ、うん……そうだね……」
一方ソラはというと、そこまで驚いてはいなかった。というのも、クリンベルの屋敷にある部屋も似た構造をしていたからだ。
そのため今更ながらにソラは、クリンベルが一体何者なのだろうかと一瞬疑問を抱いていた。
「気楽にくつろいで下さって大丈夫ですよ」
椅子に腰掛けて、セレネーラは微笑みかける。
「は、はい」
さて、いざこうして来てみたものはいいものの実際どう接したものか。ソラは少し頭を悩ませた。
相手は王族だ。つまり身分が違う。ともなれば、失礼がないように接さなければならない。
「いつもでしたらメルヒに頼んで何か出してもらうのですが」
「ああ、えっと、気にしないでください」
「ああでもせっかくの客人なのですから、私がもてなしをするべきなのでしょうか?」
セレネーラは相当気を使っていた。同年代と話すことに不慣れな故に緊張もしている様子だ。実際何を話せばいいのか分からずに混乱していた。
そんな彼女の様子を見て、ソラは思わずくすりと笑う。
「ど、どうしましたか? 急に笑ったりして」
何か失礼なことでもしたのだろうか。セレネーラは不安げな表情を浮かべる。
「いえ。その、姫様も気を楽にしてもらっていいんですよ?」
ソラの指摘を受け、自分がいかに落ち着きのない行動をしているのかを自覚し、セレネーラは紅潮した。
一時の静寂が部屋を包む。
「その……よろしければ姫様ではなく、名前で呼んでいただけませんか?」
募る思いをセレネーラは口にする。
「それによろしければ、私とその……普通に接していただけませんか?」
王族の名を気安く呼ぶのは流石に恐れ多い。ソラは狼狽した表情を浮かべたまま顔を逸らした。
「ダメ……ですか?」
セレネーラは気を落とす。
そう返答は分かっていた。それでも多少の期待はしていたのだ。はじめての友人として接することができるのではないかと。
「私、できればお二人とはお友達になりたいなと思っているのですけれど……」
突拍子もない発言だと分かっている。叶わぬ夢だと分かっている。これまで生きてきて、セレネーラは痛いほど実感していた。
自分は王族だ。目の前にいる二人とは違う。生まれも育ちも、世間からの扱いも違う。それでも一目見たときに思ってしまったのだ。この人たちと友人になりたいと。
ソラはトゥネリの顔を伺う。するとトゥネリは微かに頷いた。
(やっぱり、ダメですよね……)
セレネーラが諦めかけたその時、彼女の手をソラとトゥネリは優しく包んだ。
「ボクたちでよければ喜んで」
セレネーラは期待に胸を膨らませた。片隅に実はあげて落とすつもりなのではないかなどと疑いながら、瞳を輝かせる。
「よろしいの……ですか?」
「はい」
問いかけに二人が同時に返事をする。
「本当に?」
「どうしてそんなに疑ってるんですか?」
「わたしたちは本心で言っています」
「でしたらその、他人行儀な話し方はやめてもらえますか?」
二人は顔を見合わせると頷いた。
「うん、わかった」
「じゃあ私のこともトゥネリでいいわよ」
「でしたら、私のことはセラって呼んでください。お父様はいつもそう呼んでくださいます」
「わかったわ。よろしくね、セラ」
「ボクもソラでいいよ」
セレネーラは嬉しさのあまり顔を綻ばせる。生まれて初めてこんな会話を交わした。これまで出会ったどんな人間も、どこか余所余所しい態度で接して来ていた。あの父親でさえも、普段は他人のように会話を交わしていない。
そんな彼女に今、生まれて初めて〝友達〟が出来たのだ。喜ばないはずがなかった。
「ソラ……トゥネリ……ありがとう。私は今すごく嬉しいです」
感極まり、涙が溢れそうになる。抱えていた不安が微かに和らいでいた。
◇
「まったく、なんなのよ!」
城の外壁を囲うようにして設けられた庭。その庭で一人ラミナは愚痴を吐いた。
ユースの指示を受けてソラ達と合流しようとしたはいいものの、彼らの姿をすでに見失っていたラミナは合流などできず城の中をさ迷うこととなってしまった。
城の者に聞こうにも彼女のプライドが許さず。かといってユースのところへ戻ることもできず。ひたすらに歩くこと僅か、結局あてもなくこうして城の庭で膝を抱えているのだ。
「大体なんで私があいつらと一緒にいなきゃなんないのよ」
ラミナはひたすらに愚痴を漏らす。あらぬ毒さえ吐きかねないほどに、今の彼女は不機嫌だった。
そもそもラミナはあの二人のことをあまり好いていない。トゥネリはともかく、ソラに対しては否定的な思いを抱いている。ともなれば、彼らに同行することに対して億劫になるのは仕方のないことではあるのかもしれない。
地面を見つめて、庭の草を弄るラミナ。頬を膨らませて、早くユースのところに帰りたいと嘆息する。
そんなラミナの耳に、ふと鳥が羽ばたく音が聞こえてきた。
ラミナは思わず立ち上がり、周囲を見渡す。
「あれは……?」
すると視界にメルヒの姿が映った。離れた位置にいる彼女の腕には、一羽の鳥が止まっている。
ラミナはしばらくメルヒの動向を観察した。怪しい。直感的にそう考えて。
メルヒは腕に止まっている鳥の足に何かを括りつけている。目を凝らして見てみると、どうやら何かの紙のようだ。
(へぇ……面白そうじゃない。ちょっと鎌をかけてみるか)
ラミナは口元に笑みを浮かべると、メルヒに近づいた。
「あら? こんなところでお姫様の使用人が何をしているのかしら?」
ラミナが話しかけたのと同時に、鳥が天に舞い上がっていく。そのまま鳥はまっすぐ町のどこかへと向かっていった。
「あなたはガルディアン卿の……」
「誰かに手紙を送ったのかしら? こんな時にちょっと怪しいわよねぇ?」
ラミナの指摘に、メルヒの眉が微かに動く。
「私を疑っているのですか?」
「そりゃ、容疑者はこの城にいる人間全員なんだもの。当然じゃない?」
「残念ですが、私はただ王の命を受けてヴェラドーネ様に手紙を送っただけですよ」
メルヒの答えに、今度はラミナが眉を顰める。
(あの女に……? けど今あの女に手紙を送るようなことあるのかしら……?)
もう少し探ってみるか、とラミナは口を開く。
「へぇー、王様がねぇ? それは本当かしら?」
「確かめればわかることでいちいち嘘など吐きませんよ。そういうあなたこそ、ここで何を?」
「別に? ただの散歩よ」
「なるほど、行く当てがなくて途方に暮れていたと」
「はぁ!? 誰がいつそんなこと言ったのよ!」
メルヒの発言にラミナは反発を示す。と同時にラミナは内心で「しまった」と叫ぶ。
「その反応……概ねソラ様とトゥネリ様と合流しようとしたけど居場所が分からず、右往左往しているうちに嫌になって不貞腐れていたといったところでしょうか?」
まるで見透かしたかのように言い当てるメルヒに対し、ラミナは歯軋りを鳴らす。やはりこの女いけ好かないやつだと。
「あんたほんと気に入らないやつね」
「それは奇遇ですね。私も同じことを思っていますから」
二人は睨み合う。まさに火花を散らす寸前といったところだ。
が、メルヒは先に踵を返し、顔を逸らした。
「こんなことしてる場合ではありませんでしたね。ちなみにあのお二人は姫さまの部屋にいますよ。案内しましょうか?」
メルヒはくすりと笑う。
「誰があんたの案内なんか受けるかっての!」
「そうですか。まあ好きになさってください。私には他にも仕事がありますので」
メルヒはそう言って足早に去っていった。
ラミナは軽い舌打ちをして地面を見つめる。一体なんなのだと。不機嫌さが一層増している。今すぐにでも口から火を吹いてしまいそうなほどに。
こんな惨めな姿を晒していることが姉に知られれば、どんな小言を言われるか。想像しただけでもさらに腹立たしい。
ここはひとつ落ち着こうと深呼吸しようとしたとき、背後で気配を感じた。
ラミナは慌てて振り返る。
「なに? わざわざ戻ってきてなにか用かしら?」
振り返った先に、去っていったはずのメルヒの姿があった。
訝しげな表情を浮かべて、ラミナはメルヒの顔を睨む。今にも殴りかかりそうな剣呑な目をしている。
対しメルヒは涼しげな表情を浮かべたまま、どこかへと指を差して、
「あの辺」
と呟くように言った。
「は?」
ラミナは首を傾げる。
「城のあの辺に姫様の部屋があります。あとはご自分でお探しになってください」
メルヒはそう言い残すと、今度こそ姿を消す。
「なんなのよあいつ……」
ラミナはメルヒのいた場所を見つめ、虚空に呟いた。