「お二人にそんなことが……」
セレネーラがそう小さく呟く。
ソラとトゥネリの二人は、セレネーラから何故ギルドに入ったのかを問われ全てを話していた。過去に起こった出来事も、その時に感じた思いもすべて。
それを聞いてセレネーラは、申し訳なさそうに俯いている。唇を固く結び、後悔に苛まれる。
「すいません……辛いことを思い出させてしまって」
知りたい気持ちが前進しすぎて、踏み込んではならないものにまで踏み込んでしまった。そんな思いからセレネーラは謝罪の言葉を口にする。
するとソラは微かに笑って、頭を横に振った。
「大丈夫。確かに辛い過去だけど、ボクたちはこうして前を向いているからさ。ね? トゥネリ」
ソラの問いかけに一瞬躊躇いつつも、トゥネリは小さく頷く。
「私もこいつも、あの時のようなことは嫌だから……だからギルドに入ったの」
「そう……ですか……」
二人がこうして大丈夫だと言ってくれても、セレネーラの中ではまだ整理がつかない。自分にはない過去。自分にはない苦しみ。それを知って自分は彼らに何ができるのだろうか。セレネーラは考える。
だが誰かと親しく接する機会がなかった故の弊害か、考えても答えが見つからない。
「私もその事件については話を聞かされました」
気づけばセレネーラは、自分の思いのままに話し始めていた。
「ドゥエセの街で起こった魔物事件。幸い犠牲者は少なく済んだものの、街には大きな爪痕が残ったと」
「うん。でも今は街も復興して、みんなまた笑って生活しているよ」
「ですがお二人にはまだ心の傷が……」
思い詰めた表情のセレネーラを見て、ソラは思った。ああ、この子は優しい子なんだな――と。
「トゥネリさん、ごめんなさい。きっと誰かがあなたに心無いことを言ったのですよね? だから先ほど、暗い表情をしていたのでしょう?」
否定することもできず、トゥネリは目を伏せる。それが相手への返答となると分かっていても、そうすることしかできなかった。
「あなたも同じ被害者なのに……」
「……違う」
「えっ?」
反射的にトゥネリは否定を口にしていた。セレネーラが首をひねって顔を伺っている。
しまった。トゥネリは思わず毒づく。別に今口にするようなことでも、ましてやソラの前で言うことではない。
「いや、ごめん。なんでもないわ」
トゥネリは謝りつつも、ばつが悪くなり顔を反らす。
「トゥネリさん、もしかしてあなた――」
何かを察し、セレネーラが口を開こうとした時だった。
「姫様、少しいいですか?」
軽いノックとともに、メルヒの声が扉越しに聞こえて来た。
「メルヒ? どうしましたか?」
セレネーラの返答を聞き、メルヒは中に入って来た。
「そろそろお食事の時間ですのでお持ちしました。そちらのお二人の分もありますよ」
メルヒは軽く微笑むと、持っていた皿をテーブルの上に置いた。
三人は皿の上を覗き込む。皿にはパンに様々な具材を挟んだサンドイッチが乗っている。
「これ、メルヒさんが?」
「ええ。姫様の食事は私に任されていますので」
王族のほとんどが専属の料理人を雇っているという話を耳にしたことがあり、ソラはなるほどと頷く。どうやらこの城も例外ではないらしい。
「ひとつ聞きたいんですけど、王の食事は誰が作っているんですか?」
「王、並びにその側近の方の食事は、ここに長年勤めている料理長が担当しています。兵士たちの場合は人数が多いですから、食堂専属の料理人たちが作っています」
はて、とソラは小首を傾げる。その話の通りであれば、セレネーラの食事だけ別個に作られていることになる。王族といえど家族同士で食事をすることはあると思うのだが。
「それでは私はこれで。お二人とも、姫様をよろしくお願いします」
一礼するとメルヒは部屋を出て行った。
三人は顔を見合わせる。
「じゃあ食べよっか」
「そうですね」
「私これ貰い」
我先にとトゥネリは何か肉の挟まったサンドイッチを手に取り、一口かじる。
「ん、なかなか美味しいわねこれ」
さらに一口、また一口と頬張りひとつ平らげると、一息吐く。
その様子を見てセレネーラは、
「メルヒが作る料理はとっても美味しいですから」
と言って笑顔を咲かせた。
ソラも続いて色とりどりの野菜が挟まったサンドイッチを手に取り、一口かじって咀嚼する。新鮮な野菜に加えて、特製のドレッシングがいい味を出している。あまりもの美味しさに、次の一口で丸々放り込んだ。
「んんふ、んんおふ」
「あんたねぇ、行儀悪いわよ? 口の中いっぱいにして喋るとか」
「んぐ!?」
トゥネリに指摘され、ソラは慌てて飲み込む。が、喉を詰まらせてしまい、顔を真っ赤にして胸のあたりを叩き始めた。
「ああもう。ごめんセラ、何か飲み物」
「ああ、はい! これどうぞ!」
サンドイッチの側に置かれていた水をグラスに注ぎ、セレネーラは慌ててソラにグラスを渡す。
ソラはグラスを受け取ると、すぐさまサンドイッチを水で流し込んだ。
「あ……危なかった……」
苦笑混じりにため息を吐くソラ。
「だから言わんこっちゃない」
「いやあれはトゥネリが急にあんなこと言うから」
「でも事実でしょ?」
「うっ……それはその。ごめんなさい」
まるで母と子、あるいは姉と弟であるかのようなやり取りを交わすソラとトゥネリ。
すると二人のやり取りを眺めていたセレネーラが、思わず吹き出すようにくすくすと笑い始めた。
急に笑い出したため、二人は同時に小首を傾げる。
「ああ、ごめんなさい。お二人が面白かったのでつい」
謝罪しながらも笑うことを止められないセレネーラ。こんなに笑うのはいつ以来だろうか。そう内心で呟く。
顔を見合わせるソラとトゥネリ。しばらくして、二人も我慢できずに笑い出した。
三人の笑い声が廊下へと響き渡る。扉の側には、壁に背中を預けて立つメルヒの姿があった。
メルヒは三人の笑い声を聞いて静かに微笑む。その優しげな表情にはどことなく、子を思う母親の姿のようにも見える。
「良かったわね……セラ」
メルヒは微かな声でそう呟くと、部屋から離れていくのだった。
◇
昼食を終えて、三人は一息吐く。
メルヒが作ったサンドイッチはどれも美味しく、ソラとトゥネリは唸りながら食事を進めていた。
その間セレネーラは食べながら、二人の様子を笑いながら眺めていた。誰かと楽しい食事をするという初めての経験に胸を躍らせながら。
「それでね――」
話を続けようとソラが口を開いた時、部屋の扉が三回ノックされた。
三人は扉に注目する。またメルヒが来たのだろうか。
「ソラ。悪いが少しいいか?」
しかし扉越しに聞こえてきたのはユースの声だった。
「ユース? ごめん、ちょっと出てくる」
ソラは首を傾げて部屋を出る。
部屋を出た先には、ユースだけでなく無表情のアルマと膨れっ面のラミナの姿もあった。
「悪いな」
「あの……どうして彼女は不機嫌そうな顔なの?」
ユースの話よりも先に気になってしまったため、問いかけてみる。
「え? ああ、これは――」
「あなたたちに合流するよう指示したのに……ラミナったら、道に迷ってたの。こんな不出来な妹だとは思わなかった」
「違うわよ! 私はあのメルヒっていう女が指した方に行っただけで!」
「そしたら目的地とはまったくの逆方向だったの。いつも一緒に行動していたから気づかなかったけど……この子がこんなにも方向音痴だったなんて……お姉ちゃん悲しい」
「だー! だから私はあの女の言う通りにしただけって言ってるでしょうが!」
涙を拭う真似をするアルマ。どうやら彼女は相手が妹であろうと容赦がないらしい。その証拠にラミナは顔を真っ赤にして抗議をしている。
彼女たちのやり取りに苦笑しつつも、ユースの方に向き直る。見たところ深刻そうな顔をしていることから、何か大事な話があるのは間違いない。
「それで話って?」
ソラに問われて、ユースは部屋の扉を見る。
「ここじゃ話ができない。場所を変えるぞ」
おそらく姫暗殺に関する情報をなにか得たのだろう。そう理解しソラは小さく頷く。
頷きを見て、ユースは双子のほうに目を向けた。
「お前らはここを頼む」
「了解。ほらラミナ、中に入るよー」
「はぁ? 別に中に入らなくていいでしょ。入りたければ姉様一人で入れば?」
「残念。ラミナに拒否する権利は……ないよ?」
「え……?」
戸惑うラミナと珍しく満面の笑顔を浮かべているアルマを置いて、ソラとユースは場所を移した。
人目のないところに移動した二人。
「なにかわかったの?」
ソラの問いにユースは神妙な面持ちで「ああ」と一言置き、自分が見聞きしたものを話し始めた。
数刻前のこと。謁見の間から地下へと延びる階段を下った先に、月を模したような宝玉が置かれていた。
「セレネーラ……?」
宝玉の名を聞き、ユースは自分の記憶を辿る。
そのような名は耳にしたことがない。確かにかつてこの国には人を意のままに操る宝玉があったという伝承は耳にしたことがある。だが宝玉には名が与えられていなかったはずだ。
ユースの様子を見て、王はさらに話を進めた。
「この宝玉は封印されて以降、王家の血筋の中で鍵を握る者の名が与えられるようになっているのだ。以前はわしの名を冠していた。その前はわしの父の名を、そして今は娘の名を持っている」
「まさか……」
「鍵――つまり、この結界を解くための魔法が王家の者に引き継がれる。この魔法は対象に乗り移る魔法でな。王家の血筋を持つ中で一番若い人間に付与されるのだ」
その内容の魔法はユースも知識として持っている。
封印魔法――その中でも最も特殊な形式の魔法に〝代償として一人の人間を鍵とする〟ものがあるという。鍵となる人物が命を落とさない限り封印を解くことができない上、鍵となった人物はどんな病にも掛からなくなるため、最も強固な封印魔法とされている。
だが病に掛からずとも人間の命は有限。寿命を迎えれば自然と死に至る生き物だ。そうなれば封印は簡単に解かれてしまう。そこで付与されたもう一つの特性が、〝鍵となった人間の血筋を持つ者を対象に選び新たな鍵とする〟というものだ。
「どこから情報を聞き入れたのかは知らないが、おそらく手紙を置いた者はセラが鍵だと知っていて命を狙っているのだろう」
賊の真の狙いがここに置かれた宝玉であり、そのために必要な過程の一つだと考えれば、姫の命が狙われるのも道理と言える。
だがなおさら理解ができない。それが目的なのだとすれば、予告状を置くことになんの意味があるというのか。
ユースの話を聞き、ソラも同様のことを考えていていた。
「ソラ、お前はどう思う?」
「やっぱりおかしいよ。もし本当にその宝玉が狙いなら、城内を警戒させることは不都合にしかならないよ」
「お前も同じ意見か」
ユースは腕を組む。犯人の動機がいまいち掴めない。
「ひとまず俺は王の考えの通りに宝玉を守ろうと思う。お前には姫の命を任せてもいいか?」
「わかった。大丈夫、セラのことは任せて」
「セラ?」
「あ、ええと……」
ソラは思わず顔を逸らす。王族の人間に対しあだ名で呼ぶことはあまり好ましくない行為だ。
しかしユースは微かに笑った。
「どうやらルージュヴェリアの思惑通り、多少は仲良くなったみたいだな」
「あ、うん。よくない……よね?」
「いや。それなら尚のこと任せられる。お前は守ると決めたら力を発揮するやつだからな」
思いもよらぬ信頼にソラは口を開けて呆然とする。
しばしユースの目を見つめてから、ソラは意を決したように表情を硬くするとはっきりと言った。
「セラのことは絶対に守るよ。なにがなんでも」
「ああ。だが気をつけろ。相手の目的も得体もわからない状態だからな」
「わかってる。すでにセラの部屋には予防線を張ってあるから」
「そうか。あと一応これも渡しておく」
ユースは懐からひとつ封筒を取り出すと、ソラに手渡した。
ソラは封筒を開けて中身を確認してみる。入っていたのは手紙だ。
「これ、予告状だよね?」
「ああ。お前に渡すつもりで王から預かってきた」
ソラは手紙の内容に目を通す。短い文でセレネーラの命を狙うと間違いなく書かれている。
(あれ……?)
ふとソラは手紙を繰り返し読み始める。
どこかでこの筆跡を見たことがある気がした。しかし記憶を辿ってもどこで見たのかは全く思い出せない。気のせいなのだろうか。
「とにかく俺とアルマは別行動になる。ラミナには念のためお前たちと一緒にいてもらうつもりだ」
「あ、うん。わかった」
ソラは慌てて頷く。今は気にしていても仕方がない。
ユースはソラの動きに眉を顰めながらも、踵を返す。
「俺は先に謁見の間に戻ってる。部屋に帰ったらアルマに来るよう伝えてくれ」
「わかった。ユースも気をつけてね」
ソラの言葉に、ユースは後ろ手に手を振る。
謁見の間へと行く道中、腕を組んで考えを巡らせるユース。彼もまた、言い様のない違和感を覚えていた。
それは、王家に隠されていたとされる伝承と宝玉についてだ。
確かに宝玉の存在は過去の文献にも書かれている。大戦期に生み出された宝玉がその力を示す前に封印されたことも。
しかし宝玉を実際に目にした時、違和感が纏わりついて離れないでいた。
「どうにもきな臭いな。試しに鎌をかけてみるか」
ユースは真っ直ぐ前を向き、足早に王のもとへと向かった。
一方でユースの背中を見送ってから、ソラは再び予告状に目を通していた。何度見ても、この手紙にはどこか違和感がある。
「やっぱりこの字、どこかで見たことがあるような。それに、なんだろう……
謎の違和感を拭えないまま、ソラはセレネーラの部屋へと戻るのであった。