数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第二節 小さな灯は影を照らす 1

 

 

 部屋の椅子に座り、セレネーラは縮こまっていた。

 ソラが出て行ってから少しして、双子の姉妹が入ってきた時から、部屋の中は刺さるような張り詰めた空気が漂っていた。というのも、双子姉妹を毛嫌いしているトゥネリが攻撃的な視線を送っているからだ。

 対する姉妹のラミナも、アルマに弄られたことを根に持っており明らかに不機嫌。

 アルマはいつも通りの無表情なのが却って場を重くしており、この状況にセレネーラは狼狽するしかなかった。

 

「で、なんであんた達がいるのよ?」

 

 ついにトゥネリが口を開いた。声音に棘がある。

 

「は? 別に好きでこんなところにいるんじゃないわよ」

「私はユースに待機を命じられた。ラミナはあなた達と一緒に姫の警護」

「別に私とソラで問題ないわよ」

 

 両者間に火花が散る。アルマはともかく、トゥネリとラミナは敵対心がむき出しになっている。

 どうすればいいのか。セレネーラは頭を悩ませる。誰かの喧嘩とは無縁の生活を送ってきたことに、因縁のある二人の仲裁は酷な話だ。

 しかしセレネーラは思った。この場を収めてこそ王家の人間というもの。ここは自分がなんとかしなければ、と。

 

「あ、あのお二人とも落ち着いてください」

「大丈夫よセラ。私はこの上なく落ち着いてるから」

「あら? 王族であるお姫様にため口なんて、あなたいつからそんなに偉くなったのかしら?」

「はあ? 王様に常時ため口だったあんたに言われたくないわよ」

「ふふふ、面白いことを言うのね。少なくとも私はあなたより偉いわよ?」

「ふん、あんたのどこが偉いんだか」

 

 とても聞く耳を持つような様子ではなかった。

 あわあわと口を動かすセレネーラ。果たして自分にはこの場を収めるだけの力があるのだろうか。

 自信を失いながらも、はじめての友人が誰かと喧嘩をするところを見たくはない思いから、セレネーラは呼びかける。

 

「お、お二人とも。ここは私の部屋です。私の顔に免じて喧嘩はやめてもらえませんか?」

「別に喧嘩なんてしてないわよお姫様? 私たちはいつものように会話しているだけ。ねえ? トゥネリ?」

「ええ、そうね。いつも通り腹立たしい態度だわ」

「あら? この程度で腹立たしいなんて、あなた怒りっぽいのね。どこかで犯罪をしないか心配だわ」

「なんですって?」

 

 食って掛かろうとトゥネリが立ち上がる。犯罪――今の彼女にその言葉は禁句でしかなかった。

 立ち上がったのを見て、ラミナは口元に笑みを浮かべる。

 

「あらあら、なぁに? 私と喧嘩でもしようってわけ?」

 

 多少の退屈しのぎにはなるだろう。ラミナは身構えて、トゥネリの次の行動を待った。

 が、そこに意外な人物が割って入った。

 

「はい、そこまで。二人とも」

 

 アルマだ。普段であればラミナと一緒になってトゥネリを挑発する彼女が、二人を制したのだ。

 これにはトゥネリも思わず動きを止めた。

 

「なによ。あんたいつもは一緒になって私を罵るくせに」

「いくら私でも場所は弁えている。ラミナ、ここはお姫様の部屋。何が言いたいかは……わかるよね?」

 

 ラミナは内心唸る。

 今のアルマはいつになく真面目な状態だ。理由はラミナでも量ることはできないが、少なくとも今の彼女に逆らおうならば痛い目にあうのは目に見えている。

 押しとどまり、ラミナは口を噤んだ。それを見て、トゥネリも元居た席に座る。

 再び重苦しい静寂に部屋が包まれた。

 

(き、気まずい……!)

 

 膝に手を置き、セレネーラは現状を嘆く。これほど息が詰まるような空気を経験したことはない。きっとこの二人は仲が悪いに違いない、と。

 どうすればいいのだろうか。ソラならばこの場の雰囲気を変えてくれるのだろうか。そんな思いがセレネーラの中で芽生えていく。

 とにかくこの場の雰囲気を少しでも明るいものにしなければ。そう考え、セレネーラは唇を震わせながらも声を発した。

 

「そ、それにしてもソラ遅いですね。一体なにを話しているのでしょうか?」

 

 その問いかけに、アルマとラミナは顔を見合わせる。

 

「もしかしてあなた、知らないの?」

「え? 何をですか?」

 

 セレネーラは小首を傾げる。その仕草を見て、ラミナはトゥネリの方に視線を向けた。

 視線が何を意味しているのかを察し、トゥネリは思わず顔を逸らす。

 

「そう、あなたそいつらから聞いていないのね」

「何をです?」

「薄々気づいてはいるのでしょう? 自分が置かれている状況に」

 

 問いかけに、セレネーラは息を呑んだ。

 彼女の言う通り、薄々勘づいてはいた。しかし仲良くなりたいという一心から、この話題を切り出せずにいたのだ。

 セレネーラは恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

「やはり……私の命が狙われているのですね?」

 

 セレネーラの問いに、トゥネリは小さく頷く。

 

「そう……ですか……」

 

 セレネーラは俯く。唇を噛みしめて、事実を受け入れようと試みる。

 自分は王族だ。であれば、見知らぬ誰かが自分の命を狙おうと考えることはあるかもしれない。それは歴史から学んだことだ。

 かつての王は謀略を恐れて世界を掌握しようと考えたという。しかし結局はその行為を止められ、新たな王によって処罰された。それから続いているのが今の家系だ。

 そのかつての王の子孫が、今の時代にもどこかで生きているのだという。もしかしたら復讐を考えて、この命を狙っているのかもしれない。

 

「私の……命が……」

 

 思考が纏まらない。到底受け入れられるはずがなかった。体の震えが出始め、セレネーラは自分の体を抱えるようにして身を縮めた。

 

「大丈夫。大丈夫よ。あなたの命は私たちが絶対に守るから」

 

 震える姿を見て、トゥネリはいてもいられず彼女に寄り添う。

 その様子を見て、ラミナは聞こえるようあからさまに鼻で笑った。

 

「なによ?」

 

 トゥネリは睨みつける。

 

「別にー? この短時間でよくもまあそこまで仲良くなれるものだなぁと感心してたのよ」

 

 そう言ってラミナは、まるで滑稽だと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 トゥネリは奥歯を噛みしめる。だがここで憤慨してもなにも良いことはない。たとえ気に食わなくても堪えるしかなかった。

 

「それにしてもあの子遅いわねぇ。何を話し込んでいるのかしら」

「うん。彼が帰ってこないと、私ユースのところに戻れない」

「別に無視して行けばいいじゃないの」

「それはダメ。ラミナが余計なこと言いかねないから」

「なんか今回はやけに真面目なのねお姉さま」

 

 いつものように他愛のない会話を始める双子の姉妹。

 二人を無視して、トゥネリはセレネーラの体を抱きしめる。彼女の恐怖を和らげるためには、これしかできなかった。

 一方、セレネーラは震える体を止めようと、必死に別のことを考えようとしていた。今寄り添ってくれているトゥネリとどんな楽しいことを話そうか。ソラが帰ってきたらどんなことを話そうか。そういう思考に持っていこうとも、恐怖によって一瞬でかき消されてしまう。

 

(お姉様……私は一体どうしたら……)

 

 セレネーラはここにはいない姉の姿を思い浮かべる。しかし浮かんだのは、まだ幼いころの姿だけだった。

 

 

 

 

 

 

 ユースと話を終えて部屋に戻ろうとしたソラは、廊下である人物と出くわしていた。

 王に仕える大臣の一人、クローリヒだ。傍らには彼の補佐を務めるシャーロットの姿もある。

 出会ってからしばらく、無言で顔を見合っている状況にソラは頭を悩ませる。一体なにを話したものかと考えるが、クローリヒから感じる妙な威圧感に声が出しづらい。

 ソラが思わず生唾を飲み込んだと同時に、ふとクローリヒの口が開いた。

 

「大きくなられたものだ。以前見た時はまだ赤ん坊だったものを」

 

 クローリヒの言葉に今度は息を呑む。

 

「あの……小さい頃のボクを?」

「うむ、そうか。眠っている時だったからな。顔を見ていないも同然か」

 

 口元の髭に右手で触れながら、クローリヒは思い出すように語る。

 

「生まれて間もない頃にな、貴殿が生まれたという一報を受けたのだ。それで私とシャーロットはその顔を一目見ようと訪れたのだよ」

「そうだったんですね」

 

 ああそうか、とソラは思い出す。

 クローリヒは階段で出会った時、一瞬だがソラに何かを懐かしむような眼差しを見せていた。故にソラは初見で「この人は悪い人ではない」と感じていたのだ。

 思い出し、ソラは微笑んだ。

 

「それにしてもよく似ておられますね」

 

 シャーロットがまじまじとソラの顔を眺める。

 

「おいこら。あの方の子供なのだぞ」

「わかっていますよ、あなた」

 

 二人のやり取りを見て、ソラは首を傾げる。傾げてすぐ、二人の関係に察しがついた。

 

「もしかしてお二人は……」

「ええ、夫婦ですわ」

 

 シャーロットが笑う。

 もう一人の大臣であるトルテスが補佐に妻を置いているのだ、クローリヒがそうしていてもおかしくはないだろう。

 しかしあの場でなぜ隠す必要があったのだろうか。ソラは疑問に思った。

 それを察して、クローリヒは頬を掻きながら言った。

 

「ああいう公衆の面前では夫婦であると言わないようにしているのだ」

「真面目な方なのですよ。別に気にする人もいないでしょうに」

「いいや。大臣の補佐を務める者が妻だという国はほかに無い。であれば取り繕うのも――」

「はいはい」

 

 謁見の間で出会ったときとは全く違う雰囲気の二人。一目で二人が仲睦まじい夫婦であるということがわかった。

 二人のやり取りに戸惑うソラ。このままでは自分を置いて二人だけの世界に入ってしまうのではないだろうか、などと懸念してしまっていた。

 

「あ……と、すみません引き留めてしまって」

 

 それに気がつき、シャーロットが謝罪を述べる。

 

「あ、いえ。ちなみにその……母さんはここでどんなことをしていたんですか?」

 

 ふと気になっていたことをソラは口にする。

 王族と面識があり、かつ親しまれているともなれば何かここで大きなことをしていたのは間違いない。

 ソラの問いかけに、クローリヒとシャーロットは顔を見合わせる。

 

「ふむ。あまり母親のことは聞かされていないのかね?」

「あ、えと、はい。ボクが聞かないようにしていたから……」

「そうですか」

 

 ソラの答えに、シャーロットは肩を落とす。

 

「あなたのお母さまはこの国だけでなく、世界中で知られているほどの偉大な方なのです」

「偉大な方……?」

「はい。ですが今は私たちの口からは多くを話すことができません」

「母さんから口止めされている……ですか?」

 

 ソラの問いにシャーロットは頷く。

 

「ただそうですね。私はあなたのお母さまにとても良くしていただきました。私たちが結ばれたのも、あなたのお母さまのおかげなのですよ?」

「お、おい。そんな恥ずかしいことを」

「あらいいじゃないですか」

「あの……何をしたんですか?」

 

 ソラはまた首を傾げる。二人が夫婦になるほどの事となると、一体何をしたのだろうかと。

 するとシャーロットは口元に人差し指を当てて、少々色っぽく答えた。

 

「恋文ですよ。恋文」

「恋文?」

 

 クローリヒが額に手を当てて項垂れた。微かに顔を赤くしている。

 

「ほら、この人見たまんま素直じゃないんですよ。でも私に告白したいとヴェルティナ様に相談したそうで、だったら手紙を書いたらって」

「なるほど。その時書いた手紙で二人は結ばれたってことですか」

「ええ。それはもう熱烈な――」

「ええい! もうその話はいいだろう! 今思い出しても顔から火を吹きそうなことだからな!」

「あらあら照れちゃって」

 

 クローリヒの反応を見てシャーロットはくすくすと笑った。

 二人の笑顔を見てソラも思わず笑いを溢す。やっぱりこの人たちは悪い人じゃない。そんな考えが芽生えていく。

 

「ですから、私はあの人をお慕いしているのです」

「そっか……そうなんですね」

 

 ソラは微笑む。いつだったか、エイネにも母親はどんな人だったかを聞いた。どうやら彼女の言う通り、母は優しい人柄だったようだ、と。

 

「その恩返しもかねて、あなた様にも色々手助けしたいと思っていますので、なんなりと言ってくださいね?」

「はい。あ、じゃあ」

 

 不意に思い至り、ソラは慌てて懐から封筒を出す。中に入っているのは、セレネーラ暗殺を予告する手紙だ。

 これの中を開き、一枚の紙を広げて二人に見せた。

 

「この字にどこか見覚えはありませんか?」

「これは姫暗殺の予告状ではないか。どうしてこれを」

「ユースから預かったんです。それで、どうですか?」

 

 問いかけに二人は顔を見合わせると、同時に首を横に振った。

 

「実は私たちも見覚えのある字かどうか判断したのです」

「今朝がた貴殿たちが来る前に、城の者全員を集めて字を書かせてみたのだ。しかし結果は誰一人として、この字に似たものを書く者はいなかった。不審な動きをする者もな」

「犯人が上手いこと字を偽装したとも考えられますが、現状では判断しかねるといった感じです」

「そう……ですか……」

 

 城の者全員に字を書かせた後とあっては、答えも簡単に見つかりそうにはなかった。

 だがソラはどうしても、この字に見覚えがある気がしてならなかった。この違和感は一体なんだというのだろうか。

 

(ここじゃないどこかで見たとなると……もしかしてギルドで?)

 

 試しにあとでギルドに向かったほうがいいのかもしれない。そ考えながら予告状を片付けると、ソラは二人に軽く頭を下げた。

 

「少しお話を聞けて良かったです」

「いえいえ。私たちもあなたと話せてよかったですわ」

「じゃあ、さすがにもう戻らないといけないので」

「はい。姫様のこと、よろしくお願いしますね」

 

 また一度軽くお辞儀すると、ソラは足早に去っていく。

 ソラの背中を見送り、クローリヒとシャーロットは顔を見合わせた。

 

「もう。緊張して全然話せないなんて、あなたって人は」

「うるさいぞ。それに緊張などしていない」

「はいはい。もう、あの方のこととなるといっつもそうなんだから」

 

 他愛のない会話を交わしながら、二人もその場を離れるのだった。

 

 

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