「それじゃ……私はユースのところに戻る。ラミナのことよろしく」
「うん、ありがとう」
部屋から出ていくアルマを見送って、ソラはため息を吐いた。
振り返り、セレネーラの顔を伺う。先程まで恐怖から青ざめていた顔が、今は落ち着きを取り戻している。
「ごめん」
ソラはセレネーラの前で深々と頭を下げた。
「ボクもいつ言うか悩んでて……結果的に君を苦しめる形に……」
言い訳のような謝罪だと分かっていても、今はこれが精一杯の行動だった。
謝罪を受けてセレネーラはしばしソラを見つめる。
「いえ、大丈夫ですよ」
セレネーラは微かに笑みを浮かべる。
「私も同じ立場であれば、きっと同じことになっていたでしょうし」
命を狙われている人間にその旨を伝えることは難しい。相手のことを思えば、つい隠してしまうのも仕方のないことだろう。
セレネーラは理解していた。理解していたからこそ、誰にも深く言及できずにいたのだ。薄々気づいてはいても、聞いてはいけないことなのかもしれないと。
「お二人の気持ちは分かっていますから」
ソラは俯き、唇を噛み締める。
(セラの気持ちは分かっていたはずなのに……)
誰かに何か大事なことを隠されること。そこから来る不安や疎外感などは身をもって知っているはずだった。
だというのに、自分は同じことをしてしまった。己の行動を恥じ、罪悪感からソラはもう一度頭を下げた。
「セラ……本当にごめん」
拳を強く握り締める。
「あなたは優しいのですね、ソラ」
思わず顔をあげるソラ。が、すぐに顔を逸らした。
「ボクは優しくなんかないよ。だって君を――」
「いいえ。そうやって他人のことを重く受け止めてしまうのは優しい証拠ですよ。優しすぎるくらいです」
セレネーラは言いながら思い出していた。彼が語った、ギルドに入った理由を。
(ソラは大勢の笑顔を守りたいと願っている。なのに私が――民を導き笑顔にする私が笑わずにどうするというのです)
意を決し、セレネーラは立ち上がった。
「ソラ、こっちを向いてください」
言われて、ソラは半ば恐る恐る顔を向けた。
「ソラ、私はもう大丈夫です」
セレネーラはそう言って満面に笑顔を浮かべた。
その笑顔に、ソラは思わず見惚れる。きっとまだ無理をしているのだろう。それでも今の彼女の笑顔は美しかった。
「トゥネリもありがとう。あなたが寄り添ってくれたおかげで、心が休まりましたから」
「私は別に……大したことしてないわよ」
不意打ちを受けて、トゥネリは仄かに紅潮する。
(そう……大丈夫)
胸に手を当てて、セレネーラは目を閉じる。今はもう、彼女の中に恐怖は無くなっていた。
「私は二人のことを信じていますから」
二人に対する信頼が、セレネーラの心に安寧を与えていた。
「話は済んだかしらー?」
窓際の壁に寄りかかっていたラミナが、半ば退屈そうに呟く。三人が話している間静観していたことで、若干不満が溜まっている様子だ。
「それで? ユースからなにを聞いたのか教えなさいな。今更隠すなんて言わないわよね?」
問われてソラは頷くと、席に腰掛けて話始めた。
「セラはこの城にいた昔の王様の話について知ってる?」
「それは、かつての王が世界を支配しようとしていた……というものですか?」
答えにソラは頷く。
無言であることから詳細を求められているのだと察し、セレネーラはさらに続ける。
「その王がいた時代は戦乱の世だったと聞いています。他国からの侵略を恐れた王は、侵略するものを支配するため宝玉を生み出した」
ですが、とセレネーラは一言置く。
「彼の王が生み出した宝玉の力があまりに強大であったため、八賢者の一人イヴェルテーラが
やっぱり。とソラは内心で呟く。
実は彼女が語った伝承は、ソラの持つ御伽話の本にも書かれているものだ。八賢者が関与していることからこの御伽話にも綴られたのであろう。
そしてこの本にも、宝玉は破壊されたと書かれている。これと同じ内容しかセレネーラが知らないとなれば、つまり宝玉の存在並びに宝玉の封印を解く方法を外部の人間が知る手段は限られていることになる。
「ねぇ、セラはその話誰から聞いたの?」
「えっと……小さい頃にお姉様から……」
「お姉様?」
問いかけにセレネーラは物憂げな表情で頷いた。
「私には姉がいるんです。ただ六年前に突然いなくなってしまって……」
姉――その言葉にソラは思い出す。そういえばセレネーラはあくまで第二王女であったと。つまり別に第一王女が存在するわけだ。
「いなくなった? どうして?」
トゥネリが問いかける。よもや何者かに連れ去られたのか。そんな邪推が浮かんだためだ。
「お姉様は次期王になる方です。そこで世俗を知るために旅に出た……と父から聞きました」
「そうなの……それで今も無事なの?」
「はい。定期的に連絡を取り合っているらしく、つい
「二日前?」
ソラは口元に手を当てる。
二日前に第一王女からの手紙が届き、その翌日にセレネーラの暗殺を予告する手紙が届いた。一見偶然のようにも思えるが、どうにも違和感がある。まるで、第一王女からの手紙が引き金となったかのような。
「お姉さんがどこにいるかは知らないんだよね?」
「ごめんなさい。私にはなにも教えてくれないので」
「そっか……」
もし第一王女の身に何かあり、それが原因で宝玉の存在が知れ渡ったのだとしたら。
そう考えて、ソラはすぐに否定する。
第一王女を拷問するなりして秘密裏に情報を手に入れた者が、予告状を置くなどといった非合理的な行為をするとは考えにくい。
(もしかして、そもそもの前提が間違っている?)
まだ何か情報が足りない。決定的な情報が――。
ソラが思考を巡らせている一方で、トゥネリは口を開いた。
「そういえば気になったことがあるんだけど、ひとつ聞いていいかしら?」
「あ、はい」
「あのさ、いやあまり聞かれたくないと思うんだけど……セラのお母さんってどこにいるのかしら?」
問われて、セレネーラは息を呑んだ。
「謁見の間でもそうだったけど、セラの母親の姿見てないと思って」
「母は……母は私を産んですぐ病に倒れたそうです」
「そう……ごめんなさい、嫌なこと聞いて」
「いえ、いいんです。物心がつく前のことですし、それに私にはメルヒがいますから」
セレネーラは微笑むが、それでも気に病んでいることは隠せていない。
同じ母親がいない身として、トゥネリは胸が締め付けられる。なんとか思いを誤魔化すため、さらに口を開いた。
「メルヒさんって素敵な人よね。初対面の時は、ちょっと嫌味を言われたけど」
「そうなんですか? メルヒはとっても優しい人ですよ。きっとソラにも負けないくらいに優しい人です」
「へぇ、そうなんだ。例えばどんな風に?」
「そうですね。小さい頃、寝付けない時はいつも隣で一緒に寝てくれましたし、色んなお話も聞かせてくれました」
メルヒの話をし始めると、セレネーラの表情にまた明るさが戻っていく。それを見てトゥネリは胸を撫で下ろした。
「八賢者の伝承をはじめ、実際に見聞きしたことや経験したこと。あとは母のこともよく話してくれました」
「お母さんのことも?」
「はい。メルヒは私に仕える前は母に仕えていたらしいので。母は高明で誰にでも手を差し伸べる人で、よく父の代わりに文書も作っていたそうです」
「へぇー。公の文書って王様が作ってるもんだと思ってた」
「基本はそうですが、公務があまりに多い場合は母を頼っていたそうです。母が亡くなってからは、
セレネーラの話を聞き、ソラは目を見開いた。
懐から予告状を取り出し、もう一度内容を眺める。正確には書かれている文字を。そして徐々に曖昧だった感覚が鮮明になっていく。
「どうしたのソラ?」
突然手紙を見始めた事から、話していた二人は首を傾げる。
しかしソラは答えずに、手紙をじっと見つめているだけだ。
「へぇ、そういうこと」
静観していたラミナが不意に口を開いた。
「だからさっきあの女、伝書をつけた鳩を飛ばしていたのね」
「なによそれ」
「いやね、たまたまそうしているところを見かけたのよ。でも王様の代わりにやる時があるってことは、あれは本当だったのね」
くつくつとラミナは不穏な笑みを浮かべる。
「ちなみにあの女、ヴェラドーネに手紙を送ったって言ってたわよ」
ラミナの発言を聞いた途端、ソラは立ち上がった。
「思い出した……」
「思い出したってなにを?」
「ねぇトゥネリ、ここに来る前ギルドに送られてきた王様の書状って誰が持ってるっけ?」
「は? ええと、確かユースが持ってるはずだけど」
「ごめん! ボクちょっとユースのところに行ってくる!」
そう叫ぶと、ソラは慌てて部屋を出て行った。
「急にどうしたのよあいつ」
「なにかに気づいた様子でしたけど」
「それなら何に気づいたのか先に教えてから行ってほしいわね」
トゥネリはため息を吐く。そもそも一緒に行動しているのだから、情報を共有してほしいものだ。
一体ソラは何に気がついたというのだろうか。考えようとした時、ふとトゥネリもあることに気がついた。
「あれ?」
部屋の中を見渡す。
「どうかしましたか?」
その行動に気づいたセレネーラは首を傾げて尋ねる。
「いや、ラミナのやついつの間にかいないと思って」
そう、部屋の中に先程までいたはずのラミナの姿がなかった。
「なんなのよ、あいつら」
まるで仲間外れにされたような感覚を受け、トゥネリは口を尖らせて不満を露わにするのであった。
◇
ギルド・ヘルディロ支部支部長室。この部屋の椅子に、ヴェラドーネはいつものように座っていた。彼女の眼前には書類の山。すべては、完了した依頼の結果報告書だ。これに目を通し、印鑑を押すのが彼女の仕事のひとつである。
だが彼女はそれらには一切手をつけず、一枚の紙に目を通している。
「ふむふむ。宝玉の守りにユースをねぇ」
見ているのは、王から送られてきた手紙だった。達筆な字で書かれた手紙の傍には、王族が扱う印鑑が押されている。
手紙を読んでいると、ふと扉が開いた。
「やあ、そろそろ来ると思ったよ」
手紙を置き、相手の顔を見るためにヴェラドーネは立ち上がる。
「呼び出してなんですか、支部長。その書類の肩代わりはしないわよ?」
部屋に入ってきたのはシェルヴィアだった。今日も今日とて、彼女は煌びやかで高貴な衣装で身を包んでいる。今回は灰色のドレスだ。
「えー、それは困るなぁ。君にはいつも色々支援してあげてるじゃないか」
シェルヴィアは軽く舌打ちする。それをヴェラドーネが聞き逃すはずもなく、ほくそ笑んだ。
「うわー、感じ悪いなぁ。まあいいよ? 君がそういう態度取るならこれからは――」
「あーもうわかったわよ! わかりました! やればいいんでしょ!」
怒鳴るように言うと、シェルヴィアはずかずかと書類の山に向かっていく。が、ヴェラドーネが突然手のひらを出して彼女を制した。
「ま、冗談なんだけどね」
「は?」
なんなんだこの女は。シェルヴィアは内心で毒づく。いつになく気に食わない態度に、いっそ何も聞かずに部屋を出て行こうかとさえ思えた。
「ルージュヴェリアから話しは聞いているんだろう?」
問われてシェルヴィアは気怠げな様子で頭を掻く。
「ああ、まあ概ね。それが何か?」
「ルージュヴェリアの様子はどうだい?」
「あの子ならやれソラさんは大丈夫かなぁとかトゥネリさんは大丈夫かなぁとか言って落ち着きがないですよ」
「そうかそうか。うんうん、それを聞いて安心した」
訝しげな目でヴェラドーネを見る。一体全体なにを言いたいのか読むことができなかった。
シェルヴィアが真意を推し量っていると、ヴェラドーネは引き出しを開いて、中から数枚の紙と黒い液体の入った瓶、そして先を尖らせた鳥の羽根を取り出した。
「実は王から先程手紙が送られてきてね。その返事を書かなきゃいけないんだが、私はこの通り忙しいのでね。君に書いてもらいたいんだよ」
「はぁ、どうして私がそんなことを。支部長がやればいいじゃないですか」
「いや私は字を綺麗に書くのが苦手でね。何より面倒だから、字が綺麗な君にお願いしたくて」
「本音は面倒だからでしょう。よくもまあそんなので支部長が務まりますね。嫌ですよ、そんな恐れ多いこと」
「えー? じゃあ支援を――」
「はいはい。わかりましたよ、やりますよ」
シェルヴィアは深いため息を吐くと、引き出しから取り出した物を受け取る。
「返事はなんて?」
問いかけに対しヴェラドーネは笑みを浮かべた。
「了解しました。ってことさえ書いてくれれば、あとは好きに書いてくれ」
ヴェラドーネの返答に、シェルヴィアは項垂れるしかなかった。