「その……二人きりになりましたね?」
「そう……ね……」
トゥネリとセレネーラの二人はお互いの顔色を伺う。どちらも少し気まずそうにしている。
「ソラ、急にどうしたんでしょうね?」
「わからないけど、何か大事なことに気がついたんだと思うわ」
つい先程出て行ったソラのことを思い出す。
明らかに取り乱した様子だった。考えられるとすれば、何か事件の真相に関わることに気がついたということ。それが何かは不明だが、彼がいない現状どうすることもできない。
二人はまたお互いの顔を見た。
「あの方……ラミナさん? はどこに行ったのでしょう?」
「さあね。あいつ好き勝手動くやつだし」
会話が続かない。ラミナがいた時とはまた違う気まずさがあった。
しばしの沈黙が二人の間に流れる。
「ねえ、セラ。良かったらなんだけど……お姉さんについてもう少し教えてくれるかしら?」
「お姉様についてですか?」
「ええ。名前は知っているのだけど……確か――」
「シェルヴェリア……シェルヴェリア=ルネェール=ブリアンテス。それがお姉様の名前です」
「そう、そうだったわね。シェルヴェリア様」
名前を呟き、トゥネリは俯く。
聞き覚えはあっても、姿もどういった人物であるかも一切の情報がない。それもそのはず。第一王女シェルヴェリアもまた、セレネーラ同様公の場に姿を現したことがないからだ。
つまり民衆が名を知っていてその姿を目にしたことがあるのは、現国王のみということになる。それがトゥネリはずっと不思議でならなかった。他の国では、王家に纏わる者すべての顔と名、そしてどのような生活を送っているかを知っているのだから。
「そうですね。お姉様は昔の伝承とかが大好きでした」
「伝承?」
「先程も言ったように、誰もが知る八賢者のお話とか」
「あー。この世界の成り立ちとかそういう」
「はい。特にイヴェルテーラが関わる伝承が書かれた本をよく読んでいましたね」
イヴェルテーラは八賢者の中でも、世界を救った偉大な存在として描かれている。そのため彼女に関する書物は世界各地に存在しており、国ごとに書かれている伝承や内容も変わっているのだ。
「お姉様はよく言っていました。私はいつかイヴェルテーラみたいに、沢山の人を笑顔にしたいんだって」
「あいつと同じこと言ってたのね」
トゥネリの指摘に、セレネーラは微笑んで頷く。
「ええ。だからソラの話を聞いた時、お姉様の顔が浮かびました」
「シェルヴェリア姫は、今だと歳はいくつくらいなの?」
「私よりも十歳上ですから、今は二十二ですね」
「思っていたよりも若いのね」
年齢を聞き、トゥネリはなんとなく二人の女性を思い浮かべる。
(そういえばルーもシェルヴィアさんも同じ歳だったわよね)
ギルドの受付嬢をやっている二人。どちらも外見が美人であるため、男性からの人気が高い。特にシェルヴィアは他を寄せ付けないような美貌を持っていることからよく求婚されているところも見かけた。
(名前も似ているし、まさかシェルヴィアさんがシェルヴェリア姫なんてことは……)
考えて、トゥネリは考えをかき消す。なにせシェルヴィアは普段から面倒くさがりの女性だ。がさつな所もあるため、そんな伝承を読み耽るようなお姫様とはとても思えなかった。
(でもあれが全部演技だってこともあり得るわよね)
まあこんな身近なところにいるわけもないか。とトゥネリは苦笑すると、次の質問を投げかける。
「年齢で思ったのだけど、メルヒさんて歳いくつなの?」
セレネーラに仕えているメルヒ。彼女も謎が多い女性だ。現時点では、幼い頃からセレネーラの身の回りの世話をしてきたということ。王が書く公文書を稀に代行することがあるということくらいだ。
「実は私も知らないんですよね。お父様よりは若いのでしょうけど」
「まあ、見た目があの若さだものねぇ」
トゥネリは持っている情報からメルヒの年齢を推測する。
セレネーラの母親に仕えており、彼女の母親が亡くなったのが十二年前。その時点ですでにこの城に仕えていたともなれば、三十代はすでに超えていることだろう。
と、ここでトゥネリはソラのことを思い出す。正確には、彼が見ていた紙のことを。
(――そういえばあいつ、飛び出していく時に何か見ていたわよね。あれ、なんだったのかしら?)
封筒に入っていたことから手紙であるのは間違いない。
(手紙……今回の事件に関わる手紙と言ったら――予告状?)
はたりとトゥネリの思考が停止する。
(待って。もしあれが予告状なんだとしたら、なんであいつはそれを見て飛び出していったのよ?)
思考が加速し始める。当時の状況を順を追って思い出す。ソラが部屋から出ていく前、何をきっかけにして紙を見ていたのかを思い出す。
〝――母が亡くなってからは、メルヒが担当しているんだとか〟
思い出し、トゥネリは息を呑んだ。
(まさかそういうことなの?)
状況を整理すればするほど、行き着いた考えと辻褄があっていく。
(でも、一体なんの目的があって……?)
分からない。おそらくソラと同じ考えに行き着いた。しかし肝心の答えが見えてこない。
トゥネリは頭を悩ませる。もう少しで見えない何かが見えてきそうなのだが、その正体が掴めない。
「どうしました? トゥネリ。顔色あまり良くないですよ?」
「あ、いえ大丈夫よ。大丈夫」
なんとか動揺を隠そうと表情を取り繕った時だった。
扉をノックする音が部屋に響いた。
「はい?」
セレネーラが返事をする。すると扉の向こうから声が聞こえてきた。
「姫様、私です。そろそろお食事が済んだ頃だと思いまして、お皿の回収に参りました」
聞こえてきたのはメルヒの声だった。
トゥネリは思わず身構える。
というのも、犯人の候補としてメルヒが浮上してきたからだ。長年仕えてきた最も身近な存在となれば油断も現れる。その隙を突いて、セレネーラの命を狙っているのかもしれないと。
生唾を飲み込み、トゥネリは成り行きを見る。
「失礼します」
一言置いて、メルヒが部屋の中に入ってきた。手には皿を乗せるためのトレイが握られている。
「おや? ソラ様はどうされましたか?」
部屋を見渡して、メルヒは首をひねって問いかける。
「ソラなら、何か紙を眺めていたと思ったら突然どこかに行ってしまって」
セレネーラの答えに、トゥネリは「マズい」と歯噛みした。
もしメルヒが今回の事件の犯人であるならば、この答えで勘付かれてしまう。場合によっては今すぐ行動を起こしてしまう可能性がある。
静かに悟られぬよう、対処できる体勢を取って動きを見る。
「ふむ、そうですか」
メルヒに動揺している様子はない。或いは次にどう行動するか考えているのか。
一方トゥネリが警戒するのとは他所に、メルヒはどこか申し訳なさそうに口を開いた。
「実は先程、シェルヴェリア様から短い手紙が届きまして――」
「っ!? お姉様は……なんと?」
「気をしっかり持って。きっと大丈夫だから。そう書かれていました」
返答を聞き、セレネーラは俯く。
「そう……お姉様も知っているのですね」
「一大事でしたので」
話を聞きながら、トゥネリは考える。
セレネーラの話によればつい二日前にシェルヴェリア姫から手紙が届いたという。そして予告状はその翌日の晩。幾らなんでも、話が行き渡るのが早すぎはしないだろうか。
(まさか。話のどこかに嘘が混ぜられている……?)
トゥネリは警戒心を強めて、メルヒの動向を探る。
「そういえばもう一人、誰か来ませんでしたか?」
「もう一人? それはラミナさん、という方のことですか?」
「はい。その返答が来たということは、彼女は無事着けたようですね」
「それは一体どういう意味ですか?」
トゥネリは睨んで問いかける。
するとメルヒは肩を竦めて答えた。
「いえ、私が指し示した方向と真逆の方に向かわれてしまったので。まさかあそこまで捻くれた性格をしているとは思いも寄りませんでした」
メルヒは呆れたように嘆息を漏らす。嘘をついている様子はない。
が、ラミナが廊下で叫んでいたことを信じるならば、彼女はメルヒが示した方向に移動したことになるのではないか。
(あいつは……どうだろう? あいつなら気に入らないと真逆のことし兼ねないし)
トゥネリの思考がわずかに反れる。
「ともあれ、楽しい食事はできましたか? 姫様」
「はい。二人とも素敵な友達です」
「そうですか。それは良かったですね、姫様」
セレネーラの答えに、メルヒは笑みを溢した。
トゥネリは思わず呆然と見つめる。思い出の中にある母親の笑顔とメルヒの笑顔が、そっくりそのまま重なっていた。
(そうか……そうよね。この人はセラが赤ん坊の時から一緒にいたんだもの)
それだけではない。脳裏にたった一度だけ向けられた笑顔が浮かび上がる。かつて自分を救ってくれた女性の笑顔が。その笑顔もまた、メルヒの笑顔と重なっていた。
トゥネリは警戒を解く。犯人はメルヒではない。メルヒがセラの命を狙うはずがないと。
気づけば微笑みながら、二人の様子を見ていた。
「トゥネリ様、どうかされましたか? 何か良いことでも?」
「いえ。なんかお二人、まるで本当の親子みたいだなと思いまして」
トゥネリは笑ってそう答える。
するとセレネーラとメルヒの笑顔が曇った。
「そう……ですね」
瞬時にトゥネリは「しまった」と内心で毒づく。明らかに軽はずみな発言だ。
「あ、す、すいません。無神経なことを」
「いえ、大丈夫です。そうですね。姫様は私にとって大切な方ですから。娘……というのもあながち間違ってはいないかもしれませんね」
「ふふふ、そうですね。メルヒは私にとってのもう一人のお母様みたいなものですから」
「ダメですよ姫様。私はあくまであなたに仕える者。そんな私にそのようなお言葉」
「自分から言ったのにどうして恥ずかしがる必要があるのです?」
「いえ、別に恥ずかしがってなど――」
顔を赤らめるメルヒと、笑うセレネーラ。
そんな二人を見てトゥネリは胸を撫で下ろすと、一緒になって笑う。
二人の姿はトゥネリの思い出と静かに重なるのであった。
◇
ブリアンテス城、謁見の間。現在ここにはユースとアルマの二人しかいない。王の姿も、彼を補佐する宰相たちの姿もない。
ユースは静かに、宝玉の下へと繋がる階段を見下ろしていた。
「ねぇ、ユース」
アルマは問いかける。
「気づいてるんだよね? 今回の事件について」
問いかけにユースは答えない。しかしアルマは問いを続けた。
「いつ気づいたの?」
ユースは項垂れる。そして口を開き、はっきりと答えた。
「
アルマは首を傾げる。
「あいつって……彼の?」
「ああ……」
ユースの返答を聞き、アルマは「そっか」と静かに呟く。
「彼も大変だね」
「そうだな」
「道理でラミナが不機嫌なわけだ。あの子……
「そうだな」
「だからあの子を彼の下に行かせたの?」
「さあ、どうだろうな」
アルマは頬を膨らませると、ユースの足を蹴り始めた。
「返事そんなのばっかり。つまんない」
「別にお前を面白くさせたいわけじゃないからな」
蹴りを受けながら、ユースは深くため息を吐く。
「兵士の警備もまばらで杜撰。如何にも気づいて下さいって言っているようなもんだな」
「処す? 処しちゃう?」
「しねぇよ。これはあいつが解決すべき事柄だ。俺が出る幕じゃない」
飽きたのか、アルマは蹴るのをやめて体勢を戻す。代わりにユースの背後でくるくるとその場で回り始めた。
「ヴェラドーネは分かってたのかな?」
「だろうな。あからさまに今回は関係ないみたいな顔してやがったからな」
「ふーん……帰ったらお仕置きしてやる」
「程々にな」
ユースは振り返り、出入り口の扉を見つめる。まるで何かを待つかのように。
「さて、そろそろ来る頃か」
「ねぇユース……彼はどんな答えを出すのかな?」
アルマの問いに、ユースは物憂げな表情を浮かべて答えた。
「あいつらしい答えが出ることを、俺は祈ってるよ」
直後、出入り口の扉が勢いよく開けられた。