数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第二節 小さな灯は影を照らす 4

 

 

 足早に謁見の間に急ぐソラ。その道中、誰一人として見回りの兵士とすれ違うことはなかった。

 不安を抱きつつも謁見の間にたどり着く。ユースがいると踏んでなのかは不明だが、来たときには扉横にいたはずの兵士が立っていない。

 

「ユース!」

 

 扉を開けるなりソラは叫ぶ。その先にはユースが立っていた。

 

「どうした、ソラ?」

「今朝ギルドに送られてきた書簡持ってるよね? 見せてもらえる?」

「ん? ああ」

 

 ユースは言われるがままに懐から紙を出す。

 それを受け取って中身を眺めると、ソラは予告状を広げて見比べてみる。

 

「やっぱり……」

 

 ソラの呟きを聞き、アルマが後ろから覗き込む。

 

「どうしたの?」

「見て。王宮から送られてきた書簡に書かれている文字と予告状に書かれている文字。これ書いた人が同じなんだ」

 

 言われてアルマも見比べてみる。確かに筆跡が同一のようにも見える。

 

「じゃあ犯人は王様?」

 

 アルマは小首を傾げて尋ねる。

 

「それは――」

 

 答えそうになり、ソラは口を紡ぐ。まだ筆跡が同じだと分かっただけだ。今彼女の名前は出すべきではない、と。

 

「もう少し調べてみないとわからない」

「なんだ……犯人が分かったんだと思ったのに」

 

 落胆を示すアルマに対し、ソラは俯く。

 そもそも断定して目的を聞くわけにもいかない。万が一彼女でなかった可能性も考えれば、下手に動くわけにもいかなかった。

 ふと、周囲を見渡してソラは疑問に思ったことを口にした。

 

「そういえば、王様はどこに?」

「王なら今自室で休んでいるところだ。他の宰相たちは昼食を取っている」

 

 王が自室にいるのは好都合だ。今は王だけに聞きたいことがある。ソラはそう考え、重ねて問いかけた。

 

「そっか。ねえ、王様の部屋はどこにあるの? ちょっと尋ねたいことがあってさ」

「王の部屋なら、丁度姫の部屋の反対側にあるはずだ」

「なんなら私が案内するわよ」

「そっか。ありがとって、え?」

 

 背後から声が聞こえて、ソラは思わず振り返る。振り返った先には、ラミナが腕を組んで立っていた。

 

「王様のところに行くのでしょう? だったら私が案内してあげるわ」

「でもどうして?」

 

 ラミナはあまり協力的な態度ではなかったはずだ。それがどうして突然協力する気になったのか。ソラは不思議に思った。

 それに答えるようにラミナは近づき、耳元で囁くような声で、

 

「あの女に目星をつけているのだったら協力してあげるわよ」

 

 と言った。

 ラミナはくすくすと笑うと、ソラから離れる。そこから流れるような動作でユースの腕に抱きついた。

 

「ねえユース。今回の件、私が活躍したらご褒美くれない?」

「ご褒美だと?」

「そ。ご褒美。だってこんな下らないことに付き合ってあげてるんだから」

「下らない?」

 

 ラミナの発言に対し、ソラは眉を潜める。

 幾らなんでも聞き捨てならない言葉だった。今回の一件でセレネーラは不安な思いをしているはずだ。それを下らないというのはどういうことなのか。口には出さずとも、その怒りが彼の顔に出ている。

 ラミナはソラの反応に対し鼻で笑う。

 

「だってそうでしょう? 今回の件は明らかに大きな嘘が絡んでいるんだもの。それが何かはわからないけど、これだけははっきりと言えるわ」

 

 ユースから離れると、今度はソラの目前にまた立つラミナ。そして人差し指を、ソラの胸の辺りに突き立てた。

 

「その大きな嘘の中心は、あんただってことが」

「ボクが……?」

 

 指摘に対してソラは困惑する。

 言っている意味がわからなかった。なぜこれまでこの城に来たことがない自分が、事件の中心に立っているというのか。

 考えて、ひとつ思い当たるものがあった。

 

「まさか……母さんが……?」

 

 母親だ。母親のヴェルティナはこの城に深く関わっていたのだという。

 しかし本当に母親が今回の事件に関連しているとでも言うのか。

 戸惑うソラを見て、ラミナはくすりと笑った。

 

「ま、軽い冗談よ。そう捉えることも出来るわよね? って話」

 

 確かにラミナの言う通りではあった。なにせシェルヴェリア姫から手紙が届いたとされている二日前は、丁度ソラが王都に訪れた日なのだから。

 強く否定することもできず、ソラは言葉を詰まらせる。まるでラミナの言っていることが事実であるかのように捉えていた。

 そんな様子を見て、ユースは肩を竦める。

 

「とにかく事件の手がかりは見つけたんだ。調査してもらえるか、ソラ?」

「う、うん……出来る限りのことはするよ」

 

 ソラのどこか気のない返事にユースは嘆息して、ラミナの方に顔を向ける。

 

「ラミナ、お前もな」

「まあ今回はちょっと面白そうだから、この子に協力してあげるわよ」

 

 ラミナの方は乗り気の様子で、ニタニタと笑みを浮かべている。

 対象的な表情をする二人に、先行きの不安を募らせるユースであった。

 

 ユースとの話を終え、ソラとラミナは王の部屋へと足を運ぶ。

 その道中、先程とは打って変わり複数の兵士たちとすれ違っていた。

 もしやただの思い過ごしなのか。ソラの中で見えかけていた答えが、また見えなくなっていく。

 

「これはちょっとした独り言なのだけど」

 

 ふと、無言で隣を歩いていたラミナが口を開いた。

 

「ユースは多分、もう事件の真相に辿り着いてるわ。その上で彼はあなたに任せるって言った」

 

 確かにユースの持つ雰囲気からソラも感じていた。もしかすると彼はすべての真相に行きついているのかもしれないと。

 では何のために。事件の真相を暴きそれを明かすだけでは足りないというのだろうか。

 

「あなたは何のためにこの件を解決したいと思ったのかしら?」

「ボクは……」

「あ、答えなくていいから。独り言だし」

 

 ふとソラの脳裏にセレネーラの顔が浮かぶ。

 母親を失くし、姉は彼女の前から行方を晦まし、父親とは交流が少ない。そんな中残ったのは、母親の代わりに育ててくれた使用人との時間。

 彼女はこれまできっと孤独を感じていたに違いない。幼い頃に感じたようなあの孤独を。

 その証拠に彼女が浮かべる笑顔にはいつも影が掛かっていた。彼女自身も気づいていない影が。心の底から笑っているように見えても、本当は周りに悟られぬようただ誤魔化しているのだ。

 

(そんなの決まっている)

 

 思えば考えるまでもない答えだ。

 セレネーラと出会った時から抱いていた答えを改めて自覚し、ソラはしっかりと前を向く。

 

「さあ、着いたわよ。あそこが王様の部屋ね」

 

 前を向いた先に、一際豪勢な扉をした部屋があった。部屋の横には二人の兵士が立っている。

 兵士たちは二人に気がつくと、手に持った武器を軽く構えた。

 

「お前たち、そこで止まれ!」

 

 言われた通りに二人は立ち止まる。

 

「私たち王様に用があるのだけど」

「現在王は休んでおられる。すぐに立ち去れ」

「はぁ?」

 

 兵士の物言いにラミナは憤りを示す。

 

「あんた達、私に指図するわけ?」

 

 このままでは無用な争いを生みかねない。慌ててソラが割って入ろうとした時、部屋の戸が開いた。

 

「何事だ?」

 

 王が出てきたのを見て、兵士二人はすぐさま姿勢を正す。

 

「いえ、あの者たちが近づいてきたので」

 

 ソラとラミナの姿を見て、王は眉を潜める。

 

「彼らは私の客人だ。通してくれ」

「し、しかし――」

「いいから通してくれ」

 

 言われるがままに、二人の兵士は武器を下ろして扉から離れる。

 すると王は扉を開いたまま、部屋の中へと姿を消した。

 ソラとラミナは顔を見合わせてから、無言で王の部屋へと入っていく。

 

「し、失礼します」

 

 妙な緊張感に、ソラは部屋の中を見回す。

 部屋の中はセレネーラの部屋と同じ作りになっている。置かれているものも殆ど同じで、大きな違いがあるとすれば部屋の中央に大きな魔法陣が描かれていることくらいだ。

 

「そう身構えず、気を楽にしてくれ」

 

 魔法陣を注意深く観察しようとしたソラだったが、王の発言に思わず顔をあげた。

 

「私に用があって来たのだろう?」

 

 そうだ。今は王の部屋について考えている場合ではない。ソラは書簡と予告状を取り出す。

 

「実は少しお聞きしたいことがあって――」

「メルヒの文字……そう言いたいのだな?」

 

 二枚の紙を見せようとして、ソラは動きを止めた。

 

「やっぱり気づいていたんですね」

 

 薄々勘づいてはいた。王は何か確信を持っている様子だった。

 だが考えれば当然のことだ。王とメルヒは長い付き合いなのだ。であれば、彼女の字を知らないはずがない。

 王は頷く。

 

「見た時は、何かの間違いだと思ったがね」

「どうして最初に言わなかったんですか?」

「あの場に、裏で手を引いている者がいると考えたからだ」

「それは……誰のことですか?」

 

 王は一瞬答えることを躊躇ったのか、間を置く。が、すぐにはっきりとその名を告げた。

 

「トルテス卿……おそらく彼が今回の首謀者だ」

 

 

 

 

 

 

 ブリアンテス城内の一階にある一室。ここには様々な書物が置かれている。立ち並ぶ本棚の中央には、ひとつ大きな机が置かれている。

 この机を背にして立つ一人の男がいた。トルテス=レニ=ステル。ヘルディロ王の側近を務める宰相の一人だ。

 彼は一冊の本を手に、職務を行うための自室で佇んでいる。傍らには妻のシェーラも一緒だ。

 トルテスは手に持っている本を一枚一枚開いて静かに眺めていた。表紙にも背表紙にも文字が刻まれていない本を。

 

「またあなたはそんなものを眺めて」

 

 シェーラは呆れた表情で椅子に腰掛けた。退屈そうに自分の手指を見つめて、爪先を弄っている。

 

「そんなに気にかかるのなら、異を唱えればいいじゃない?」

 

 シェーラの言葉には耳を貸さず、トルテスは本を眺める。彼の視線の先には、人の名前が書かれた頁が続いている。

 

「私は()()()に忠誠を誓っているのです。異を唱えるはずがありません」

「でも不満だって、顔に書かれていますわよ?」

 

 表情ひとつ変えずに、トルテスは本を眺める。一瞬だけ〝キアンロレス〟と文字が書かれているのが見えたが、彼は気にすることなく頁を次々開いていく。

 

「それにしても罪づくりな方ですわよね。愛する子供にこんな仕打ちをするなんて」

 

 トルテスは手を止めると天を仰いだ。

 

「仕方ありませんよ。あの方は()()()()()()()()()()()()のですから」

 

 開いている頁の左には人の名前が、右は空白となっている。

 トルテスは視線を落とすと、最後の頁に書かれている名前に人差し指で触れた。そこには四つブリアンテスの名が。

 内ひとつは、セレネーラ=モント=ブリアンテスと書かれている。彼女の上には姉シェルヴェリアの名もあった。その傍らには何やら文字が書き連ねられている。

 

「今宵で現王政は終わりを告げ、新たな時代が幕を開く……これはそのための序章に過ぎないのですよ」

 

 呟くと、トルテスは持っていた本を閉じた。

 ふと本の表紙を、机の上に置かれたランプが照らした。魔力結晶の内のひとつ〝光源結晶〟を使う高価なランプが。

 すると本の表紙に文字が浮き上がっていく。先程までは見えなかった文字がはっきりと。

 そこにはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 犯罪者目録――と。

 

 

 

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