「ありがとうございました」
一礼してから部屋を出ると、ソラは一呼吸置いて歩き出す。
人の気配がないところまで来た時、ふと背後を歩いていたラミナが口を開いた。
「あなたはどう思ってるのかしら? あの王様が言っていたこと」
「……ごめん、少し考えさせて」
歩きながらソラは王の話を思い出す。
数刻前のこと。ソラとラミナは、王の犯人に対する推察を聞いていた。
「どうしてトルテスさんが?」
ソラの問いに、王は口元の髭に触れながら答える。
「おそらく、新たな王家を擁立しようとしているのだろう」
「新たな王家?」
「元々この国は一つの家系が王を継いでいるわけではないことは知っているだろう?」
その話はソラも知っていることだ。
ヘルディロは八賢者がいる時代から続く長い歴史を持つ国のひとつだ。
初めに建国したのはイヴェルテーラとされており、その後に彼女が選んだ家系が王家として国を束ねていくこととなる。
しかしある時、野心を宿した者が王の座についたことで、イヴェルテーラは家系そのものを変えた。そう、ユースが今守っているという〝人を操る宝玉〟を生み出した時のことだ。
「今でこそ我々の家系が何百年と続いてきてはいるが、それでも中には今の王家に不満を抱く者もいるのだ。トルテスはそのうちの一人なのだろう」
「あの……根拠となるものはあるのですか?」
「少し彼の家系について調べたことがあってな。彼は
確かに、もしその話が本当であるならば動機としては十分だ。先祖を王家から追放したことが許せず、その無念を晴らすために自分が返り咲こうと考えているのならば、現王に反旗を翻すことも頷ける。
宝玉の存在やその封印を解除する方法を知っていることについても、初代王家の末裔であるならば辻褄が合うだろう。
しかしソラはすぐにその話を飲み込むことができなかった。仮に事実だとして、なぜ今になって行動を起こす気になったのか。長年仕えていたのならば、機会は幾らでもあったはずだと。
何よりメルヒが協力する理由が思いつかない。彼女はセレネーラのことを大切に思っているはずだ。それは彼女の立ち振る舞いからも感じられた。そんな彼女が果たして、愛する娘も同然の命を奪うことに賛同するだろうか。
「あの……ひとつ聞いてもいいですか?」
「なにかね?」
「メルヒさんが王様に命じられてヴェラドーネに手紙を送ったと聞きました。これは本当ですか?」
質問の内容を聞き、王の眉が僅かに動いたのをソラは見逃さなかった。
「ああ。貴殿らの今回の警護の配置について報告しようと思ってな」
「手紙は王様が書いたんですか?」
「いや。ガルディアン卿をある場所に案内せねばならなかったからな。メルヒに書くよう指示した」
ソラは「そうですか」とだけ言う。すると王は嘆息すると、
「なぜメルヒに指示したのか、気になるのかね?」
と逆に問いかけた。
問いに対しソラは静かに頷く。
「彼女の動向を探りたくてな。念のため監視の目もつけていた故、間違った行動はしていないはずだ」
微かに笑いを吹き出すような音が聞こえた。
ソラはラミナの方を一瞥する。表情は変えていないが、目が笑っている。
「兵士の殆どに二人を見張るよう指示しているとはいえ、貴殿らも気をつけてくれ。見張りの兵士の中にも彼らの賛同者がいないとも限らないからな」
「わかりました」
ここまでが、王と話した内容だ。
歩きながら、ソラはこれまで自分が目にしたトルテスの動向も思い出す。
彼の動きでまず目についたのは、まるでトゥネリを犯人に仕立てあげるかのような言動を取っていたことだ。
加えて、今回のギルドへの依頼に反対意見を持っているようにも見えた。
(トルテスさんが本当に犯人……? けど証拠が無いし、何よりボクは王様から話を聞いただけだ)
王を疑うわけではないが、早急な判断は事をし損ずる。正体不明の違和感を今も拭いきれずにいる。
ソラが考えを巡らせていると、ふと疑問に浮かぶことがあった。
「ねえ、ラミナさん。王様はトルテスさんがいる目の前で扉を開いたのかな?」
「でしょうね。それがどうかしたのかしら?」
「いや。疑っているのなら、どうしてわざわざ見ている前で開いたのかなと思って」
「普通に考えれば、ここは最強の男が守っているぞって知らしめるためかしら」
「普通に考えなければ?」
ソラの問いかけに、ラミナは薄らと笑みを浮かべて答える。
「本当は警戒していないから――かしらね」
ラミナの答えは暗に「王は嘘をついている」と言っていた。
ソラは立ち止まり、王の表情を思い出す。淡々と話すその表情は険しく、何ひとつ嘘をついているようには見えなかった。
だが一瞬だけ、表情が変わった時があった。それはギルドに送られたであろう手紙を誰が書いたのかについて聞いた時だ。
「ラミナさん。これからトルテスさんの話を聞きに行きたいと思っているんだけど――」
「あらそう、じゃあついて行く。ユースの前で言った以上、最後まで協力するわ。嘘は大嫌いだし」
嘘――そう、今回の件には何か重大な嘘が絡んでいる。そうソラは感じ始めているのであった。
◇
「それでは私はこれで失礼します」
メルヒはそう言って軽く頭を下げると、空となった皿を手に部屋から出て行った。
再び二人きりとなったことで、トゥネリとセレネーラは次の話題を探して始める。
ふとセレネーラは、トゥネリの顔色を伺う。
ずっと言うべきか言うまいか悩んでいることがセレネーラにはあった。こんなことを言ってしまえば、また彼女が傷ついてしまうかもしれない。そんな思いから口に出せないでいる事柄が。
それは今のトゥネリのあり方について指摘することだった。
「セラ、どうかした? そんな浮かない顔でこっちを見て」
顔を見られていることに気づき、トゥネリは小首を傾げる。
「あ、いえ! なんでもないです」
セレネーラは慌てて顔を逸らした。
薄々思っていた。トゥネリがこれまで心から笑っていないと。彼女が見せているのはあくまで慈愛からくる笑顔だと。そしてそれはきっと、彼女の今のあり方故に出ている笑顔なのだと。
(トゥネリは私の初めての友達です。だからこそ……楽しい時は心から笑っていてほしい)
これはソラにも言えることだ。
二人が何を抱えているのかは、過去の話を聞いて理解している。二人は気にしていないと言ったがあれは嘘だ。気にしていないのであれば、二人のあり方は決して成り立たない。
(でも私は……当事者じゃありません)
気軽に踏み込んでいいものではない。そう思っているからこそ、セレネーラは悩んでいた。
だが同時にこうも思っていた。全くの第三者だからこそ、言えることでもあるのではないかと。
「ひとつ……聞いてもいいですか?」
「ん? どうかした?」
唇が震える。嫌われるのではないかという恐怖を抱えながらも、セレネーラは意を決して口を開いた。
「あなたは……自分のこと
問いかけに、トゥネリの顔色が変わる。はっきりと息を呑んでいるのが見て取れた。
「な、なんのことを……」
「六年前、あなたのお父様が起こした事件のことです」
唐突になぜこんな話題が上がったのか分からず、トゥネリは動揺する。目が左右に忙しなく動き、呼吸することもままならない程だ。
「あなたがソラと一緒にいるのは、そのためですよね? 私は加害者だって」
否定の言葉を返そうとするが、トゥネリの喉から出ることはなかった。額にいやな汗が滲み始めている。
「エイネさんの……ソラの大切な人の命を奪ったのは自分だって」
セレネーラの言っていることは間違いではない。
再会した時、トゥネリは葛藤の末ソラと共にいることを選んだ。
一緒にいる理由として言った「ギルドに属する者は二人以上で行動しなければならない」というのは嘘であり、本当はただ彼らに抱いている罪悪感からきた選択でしかなかった。
自分が彼女の代わりになるのだと。彼女が守ろうとした命を、今度は自分が守らなければならないのだと。それが精一杯できる償いだと考えて。
「気持ちはわかります。でもそれではあなたが救われない。だから――」
「救われない……ですって?」
怒気の入った声音に、セレネーラはハッとする。トゥネリの目頭に涙が溜まっていると、漸く気がつく。
「私は……それでいいのよ……」
拳を強く握り、肩を震わせて、興奮で赤くなった顔のままトゥネリは叫ぶ。
「私は救われたくてあの人と一緒にいるんじゃないの! あなたの言っていることは認めるよ? けどそこに救いなんていらない! 私は救われていい人間じゃないから!」
なぜそこまで言うのか、セレネーラには理解できなかった。
父親の犯罪に多少なりとも加担してしまったからというのは分かる。だがなぜ、そこまでに押し潰されそうなほどの重い感情を抱えているのかが分からない。
「この身を投げ打ってでも、私はあの人を守らなきゃいけないの! だって私は取り返しのつかないことをしたから、あの人の大切な人を奪ったから! だから私には救いを求める資格も、幸せな時間を送る資格も――」
止めどなく燃え上がる感情を吐き出すように、トゥネリが叫び続けようとした時だった。
不意に乾いた音が部屋に響く。
痛みを感じ、トゥネリは頬に触れる。言葉を失い、目の前の少女の顔を見る。
セレネーラは唇を噛み締めて睨んでいた。先程鳴ったのは、彼女が平手打ちをトゥネリの頬に放った音だ。
「どうしてですか……?」
我慢できるはずもなかった。気持ちを汲み取れるはずもなかった。友人として見過ごせるはずもなかった。
ここまで重く苦しい感情を抱えているとは思わなかったセレネーラは、真っ直ぐトゥネリの目を見てはっきりと言う。
「どうしてあなたはそうやって、自分ばかりを責めるのですか……?」
胸に手を当てて叫ぶ。このままにしてはおけない。このままではいずれ、彼女は己が生み出した呪いで身を滅ぼしてしまう。それでは誰も救われない。トゥネリ自身も――彼女が守りたいと願っているソラも。
ならば自分が諭さなければならない。それが友人としてするべきことなのだと。
「どうしてそうやって自分を否定しようとするのですか……!」
しかし頭に血が昇るに連れて、セレネーラの口調は激しさを増していく。
「私にはどうしてあなたがそこまで自分を責め立てるのかわかりません! あなたがなにをしたというのです!」
それに反発して、トゥネリも声を荒げる。
「さっきから言ってるじゃん! 私はあの人にとって大切な人の命を奪ったから! だから!」
「その原因は魔物です! その魔物だって、あなたが生み出したわけじゃないでしょう!?」
「違う! そもそも私が生まれなかったらあの魔物は生まれなかった! ママが死ぬことも、パパがおかしくなっちゃうこともなかった!」
「そうやって自分を否定して、その先になにがあると言うのですか!」
「なにもないわよ! いいじゃんなにも無くたって! それが当然の報いなんだから!」
激化していく口論。どちらも涙を溢れさせて叫び合う。
セレネーラはトゥネリのあり方を正そうとして、トゥネリは自分のあり方が正しいのだと信じたくて――引くに引けなくなった二人は、自分が思ったことをそのまま吐き出し合う。中には興奮のあまり罵倒が飛び出ることもあった。
そうして取っ組み合いには発展しないものの、彼女たちの口喧嘩はしばらく続いたのであった。