「それにしてもそのトルテスって男はどこにいるのかしらねぇ」
城の中を歩きながら、ラミナが唇を尖らせる。
「王様の言葉を信じるなら、多分周囲に兵士が沢山いる部屋だと思う」
ソラはなにを聞くべきか整理しながら、ラミナの疑問に答える。
ふと向かう先に兵士が複数立っているのが見えた。彼らの近くには両開きの扉がある。それなりの大きさの部屋のようだ。
「とりあえずあの人たちに聞いてみよっか」
おそらくあの部屋にトルテスがいるのだろうと予想はしながらも、ソラはそう言った。
「ほいほーい」
ラミナの気のない返事に苦笑しつつ、ソラは兵士たちに近づく。
「なんだお前たちは?」
城にいる兵士の大半とは初対面であるため、二人の姿を見て全員が警戒する。
ソラは特に臆する様子はなく、兵士たちに一礼した。
「ボクたち、ギルドの協力者ですけども」
「お前たちのような子供がか?」
兵士たちが怪訝な表情を浮かべる。彼らからすれば、姫護衛といった重要な任務に子供がつくというのが信じられないのだ。当然の反応である。
「はぁ?」
しかしプライドの高いラミナにとっては聞き捨てならなかったようで、発言した兵士に鋭い眼光を向けた。
「ま、まあ、落ち着いてよラミナさん」
宥めるソラに対し、ラミナは牙を剥き出しにする。
「ふん! 下らない発言に反応しないのが大人よねぇ」
どこか挑発的な口調でそう言うと、ラミナは渋々といった様子で後ろに下がった。
眉が動いていることから気にしているのは明白なのだが、無益な争い事を起こす気はないようだ。
ソラは安堵の息を吐いてから、本題を投げかける。
「あの……ボクたちトルテスさんを探しているんですけど、どこにいるか知りませんか?」
「トルテス様ならそこの書庫にいらっしゃる。だがくれぐれも無礼のないようにな」
「はい、ありがとうございます」
また一礼して、ソラは指示された部屋の前に立つ。指示されたのは予想通り、彼らの側にある二枚扉の部屋だった。
念のために部屋の扉を軽く数回叩き、中の返事を伺う。すると中から「どうぞ」という声が響いてきた。
ソラは両手で扉を開いて部屋に入る。その後に続いてラミナも入っていく。
部屋の中には大きな本棚が幾つもあった。本を読むのが好きなソラにとっては、思わず目移りしてしまうものばかりが棚に並べられている。
「これはソラ様。どうされましたか?」
扉から入って真っ直ぐ向かったところ。本棚に囲まれた机と椅子の付近にトルテスの姿があった。
(ソラ様……?)
呼ばれ方を少し気にするソラであったが、今は大した問題ではない。
辺りを見回しながら、まずは素朴な疑問を投げかけた。
「ここがトルテスさんの部屋なんですか?」
「いえ。ここはあくまで城が管理している本の置き場ですよ。まあこの部屋の管理は全て私に委ねられているので、あながち間違いではないかもしれませんが」
軽く微笑みながらトルテスは答えた。
彼の言葉通り、ここにはヘルディロにとって重要な書物も多く保管されている。歴史に纏わるものや、これまで国が行なってきた貿易や政策の記録など様々。中には伝承の類の物も置かれている。
トルテスは普段からここで仕事を行なっていた。書庫の管理も兼ねてよく利用しているのである。物静かな空間であるため、誰にも邪魔されないのが利点だと彼は笑って語った。
「それで、なにか用があって来たのでしょう?」
問われて、ソラはまず切り出すべき疑問を口にした。
「王様から聞きました。トルテスさんは初代王家の末裔だって」
「なるほど、その話ですか……」
トルテスは嘆息を漏らす。
「やはり王は、私のことを疑っておいでのようですね」
物憂げな表情でトルテスは扉の方を見つめる。正確には、扉の向こうにいる兵士たちを。
「私の周囲に兵士が多くいるため、薄々感じてはいたのですが」
「それで、本当なんですか?」
「ええ、事実ですよ。だから私は宰相としてこの城に仕えているのです」
一体どういった意味なのか分からず、ソラは小首を傾げる。
するとトルテスは魔法で操り、一冊の本を机の上に広げた。
「私は幼い頃から、父や母加えて祖父母からこう言われてきたのです。私たちはこの国で罪を犯した者の血を引いている。故に私たちは、この国のために身を捧げなければならないのだと」
頁を捲りながら、トルテスは表情を曇らせて答える。
「そんな……だってトルテスさんたちはなにもしていないじゃないですか」
「そうですね。ですが私たちの家系を遡れば、歴史上に残るほどの大罪を犯した者の名が上がる。これはどう取り繕っても覆すことのできない事実です」
ソラはそのことを強く否定はできなかった。
実際そういった血を引くものが迫害され、死に至ったという例が歴史書物に記されているほどだ。その結果滅びた家系も存在するという話もある。
「でも、だったらどうして王様はトルテスさんを迎え入れたんですか?」
「あなたのお母様の推薦ですよ、ソラ様」
「ボクの?」
「はい、そうです」
トルテスは思い出すように目を細めると、語り始めた。
当時まだ二十を迎えたばかりだった頃。トルテスは親の言いつけの通り、国に貢献できる人間を目指し勉学の日々を送っていた。時には国外へと赴き、その国の文化や歴史を学んだりとしていたのである。
そんなある日のこと。彼の下に一人の女が訪ねてきた。それがヴェルティナだ。彼女は当時の彼にこう言ったのだという。
「あなたは確かに彼の王の血を引いている。もしそれを負い目に感じているのであれば、現王のために尽くしてはみないか」
当然トルテスは、その話をすぐに飲むことは出来なかった。だが同時に、それが自分の求める最高の場であることも理解していた。
数日後、彼はヴェルティナの誘いを受けてヘルディロ王の側近となったのである。
「あなたのお母様にはとても感謝しているのですよ。おかげで私は忙しくはありますが、幸せな日々を送れていますから」
謁見の間で見せた厳しい表情とは変わり、トルテスは今朗らかな笑顔で話している。その笑顔が、彼にとってどれだけ救われた話であったかを物語っている。
嘘偽りなどない。彼は本心で話している。そうソラは感じていた。
このまま思わず母親について聞きそうになるが、ソラはぐっと堪える。今はそんなことを聞いている場合ではない。
ふとトルテスが開いている本に目が行く。
(あれって……もしかして……)
視線を落としたと同時に、トルテスは頁を開く手を止めた。
思わずソラは彼の顔をまじまじと見つめる。目が何かを語っている。
もう一度本の頁に視線を向けて、ソラは察した。トルテスが何を求めているかを。
故に最後にひとつ、このような質問を投げかけた。
「トルテスさんは……かつての王のことをどう思っているんですか?」
問いかけに対しトルテスは本を閉じると、ソラの顔を見る。ソラは真っ直ぐな瞳で答えを待っている。嘘偽りのない答えを。
少し間を置いて、トルテスは口を開いた。
「イヴェルテーラは正しい選択をしました。彼の王は追放されて当然の行いをした。自国の民を操るなど、王としては失格です。ですが……こうも思うのですよ。彼はもしかしたら、ただ国を守りたかっただけなのかもしれないと」
ソラはトルテスの答えを噛み締めるように目を閉じる。そして、
「わかりました。聞きたかったのはこれだけです。ありがとうございました」
朗らかな笑顔で一礼すると、部屋を出て行った。
「は? ちょっと。まだ聞くことあるんじゃないの? ちょっと待ちなさいよ!」
あまりに突拍子もなかったために、ラミナは困惑しながらも追いかける。
「ちょっと待ちなさいって言ってんのよ!」
ラミナの叫びにソラは立ち止まった。
「どうかしたんですか? ラミナさん」
「あんたねぇ、もっと他にも聞くことがあるんじゃないの? 本当は末裔じゃないんじゃないかとか、全部王様が仕組んだことじゃないのかとか」
ラミナは自分が考えていたことをあげるが、ソラはその全てに首を振って否定する。
「うん、無いよ。もう十分わかったから」
「は? あれで何が分かったっていうのよ」
「少なくともトルテスさんは犯人じゃないし、彼が末裔だって話も嘘じゃないことが分かった」
なおのことわけが分からず、ラミナは奇怪な物を見る目でソラのことを見つめる。
「あれが全部あいつの嘘だって可能性もあるんじゃないの?」
「大丈夫。あの人は全部正直に答えてくれたよ。ねえ、ラミナさんは見てた? トルテスさんが開いていた本を」
「はぁ? ごめん、私は本とか興味ないから見てなかったわ」
「そっか」
ソラは思い出す。トルテスが開いていた本を。あれは彼が謁見の間でも手にしていた本だ。その中には、大勢の人間の名前が書かれていた。
「あの本ね、多分ここ数年で犯罪を犯した人の名前を綴ったものなんだ」
「へぇ……つまりあの男は解決の鍵をこっそりあんたに見せてたってわけ?」
「うん。きっとあの人も、心の中では今回の件を快く思ってないんだよ。それでね、あの人が最後に開いていた頁にこう書かれてたんだ」
ソラが囁くような声で口にした内容を聞き、ラミナは珍しく目を見開く。それだけの真実が秘められていたからだ。
「あんた、それ本当なの……?」
「うん。おかげで漸く全部が結びついたよ。あとはボクの考えが正しいかどうか、真実を確かめるだけ」
微かな笑顔を消し、ソラは表情を曇らせる。
ふとラミナに言われたことを思い出していた。謁見の間で指摘されたことを。
(ラミナさんの言う通り、今回の一件はボクに原因があったみたいだ)
そしてもうひとつ思い出す。まだ生まれたばかりの頃に目にした、母親の顔を。
(お母さん……ボクはお母さんが何を考えているのか分からないよ)
唇を噛み締めて、ソラは頭に浮上したものをかき消す。真っ直ぐ前を向いて歩き出す。
「急いでトゥネリたちのところに戻ろう」
ソラは足早にセレネーラの部屋へと向かっていく。
その背中を見つめながら、ラミナはニヤついた笑みを浮かべて「へぇ、面白くなってきたじゃない」と呟いたのだった。
一方、書庫に残ったトルテスは机に置かれた本を手に取って嘆息する。
「良かったのー? あんなことして」
本棚の影から、シェーラが顔を出す。
「あれ、立派な裏切り行為じゃない?」
「私は確かにあの方への恩義があります。かと言って全てに従うつもりはないということですよ」
トルテスは本の頁に指を添える。
そこにはこう書かれていた。シェルヴェリア姫はギルドにいる――と。