「ごめんなさい!」
トゥネリが部屋に戻るなり、セレネーラはそう言って頭を深々と下げた。
「私トゥネリの心に踏み込んで――」
トゥネリが部屋にいない間、セレネーラはずっと後悔していた。彼女にとって踏み込んでほしくない事柄だということも、安易に指摘するべきでないことも。彼女を思っての行動が、却って彼女を傷つけてしまう。そう分かっていたはずなのに、と。
そんなセレネーラの行動を、ソラはただ黙って見守っていた。二人ならちゃんと仲直りできると信じていた。
「お願いです、私の頬を叩いてください」
セレネーラの懇願に、トゥネリは無言で手をあげた。
思わず目を瞑って身構えるセレネーラ。
すると彼女の思いとは裏腹に、トゥネリは優しくセレネーラの頬に触れた。
「そんなことしないわ。あなたの言っていた事はなにも間違ってない。おかげで少しだけ、前を向けた気がするから」
トゥネリは笑う。今の彼女の心には、ほんの少しだけ晴れ間がさしている。
「わたしの方こそごめんなさい。色々酷いこと言って」
「トゥネリ……」
二人はお互いを見つめ合う。二人の間に走った亀裂が、少しずつ修復されていく。
「気持ち悪い……」
そんな二人に釘を刺すように、壁に寄りかかっていたラミナがぽつりと呟いた。
しかしトゥネリは一切動じず、ラミナにも微笑みかける。
「一応わたし、あなたにも感謝しているのよ?」
「なにそれ、寒気がするからやめてもらえる」
ラミナが身震いするような素振りをするのを見て、トゥネリは肩を竦める。別にどうという事はない。なにを言っても彼女が同じ反応を示すのは分かっていた。
(やっぱりこいつ苦手だわ)
内心苦笑しつつ、ソラの方に視線を向ける。視線を受けて、ソラは静かに頷いた。
「さてと、じゃあソラ、なにが分かったのか教えてもらえる? さっきは話の腰折っちゃったから」
トゥネリは笑って向かいに腰掛ける。その横にセレネーラも座った。
ソラは全員の顔色を眺める。そうして意を決すると、話し始めた。
「まずセラにひとつだけお願いがあるんだ」
「はい、なんでしょうか?」
「これからボクが話す推測に君は動揺すると思う。だから覚悟してほしいんだ」
ソラの言葉に、セレネーラは話を聞くことを躊躇する。彼がこれから話す内容に一体どんな真実が隠されているのか怖かった。
すると隣にいたトゥネリがそっと手に触れた。
「トゥネリ……」
しばしその顔を見つめて、セレネーラは意を決する。大丈夫とそう言い聞かせて、セレネーラは真っ直ぐな目でソラを見る。
「わかりました。続けてください」
セレネーラの返答に少し間を置くと、ソラは言った。
「今回の事件……全部嘘だ」
突拍子もない発言に、トゥネリとセレネーラの二人は目を見開く。
「多分これは、セレネーラが生まれる前……あるいは生まれてすぐから仕込まれた嘘だったんだよ」
「まさか……」
ここから先、ソラがなにを言わんとしているのかを理解した。
セレネーラも話の行き着く先を理解したようで、青ざめた顔をしている。
「ま、待って。あくまでそれって推測……なのよね?」
問いかけに対しソラは頷く。
「それを確認するためにも、ボクは今からギルドに向かおうと思ってる」
「ギルド? どうしてそんなところに」
言いかけて、トゥネリはハッとする。
脳裏にヴェラドーネの顔が浮かんだ。彼女は何かと裏の事情に詳しく、その上何か企んでいる節が見られる。前回の時と言い、彼女が何か関係しているのではないか。
「まさかヴェラドーネのところに?」
だがトゥネリの問いかけに対し、ソラは首を横に振る。そしてはっきりと告げた。
「ボクはこれからセラのお姉さん――シェルヴェリア姫に会いに行く」
◇
「ねえ、ユース。暇」
「そうか」
ユースの返答にアルマは頬を膨らませる。
二人はソラが去った後、宝玉が保管されている部屋にいた。
部屋の中は少し湿気があり、空気もあまり良くはない。その上宝玉以外にはなにも無いため、二人は時間を持て余している状況だった。
「そうか……じゃないよ。暇だよー」
ユースの声真似をしてから、アルマはその場に仰向けになる。そして「つまらない」と繰り返しながら、左へ右へと転がり始める。
それを見てユースは呆れた表情で項垂れた。
「お前はどうしてそんなに落ち着きがないんだ」
「私は逆にどうしてそう落ち着いてられるのかがわからない」
アルマは動きを止めると、ユースの顔をじっと見つめる。
「大体ユースは真相に行き着いてるんだから、さっさと解決しちゃえばいいのに」
「言っただろ。俺が動いても解決にならないって」
「むぅ……それじゃあ私たちが損」
ダラけた格好で不貞腐れるアルマ。余程退屈なのか、今度は仰向けになって指先で空中に字を書く真似をし始める。
「ラミナはいいなぁ。面白そうなことできて」
「お前退屈だと本当に子供っぽくなるよな」
普段はおっとりと物静かな少女といった雰囲気のアルマだが、今の彼女はまるで子供のように無邪気でハキハキとした声を発している。
「だって私はいつまでも子供のままですし」
アルマの一言に、ユースは表情を曇らせる。
「悪いな。俺がもっと早くに動いていれば、お前は人間のままでいられただろうに」
「結果は変わらなかったと思うよ。それにおかげでこうして大好きになったユースとずっといられるわけだし」
いつもの落ち着いた声音でアルマは微笑む。その発言が却ってユースを縛り付けるものだとは知らずに、彼女は「だからありがとう」と言った。
ユースの視界に、脳裏に焼きついた光景が一瞬だけ映る。周囲がすべて燃え、聞こえてくるは阿鼻驚嘆の声。甲冑を身に纏った兵士たちは皆真っ二つにされ、まさに地獄絵図といった光景が広がっていた。
「感謝されるようなことは何もしてねぇよ」
目蓋を閉じ、ため息を吐く。ユースの視界から過去の記憶は消えていた。
ふと、封印を解かされた宝玉に目をやる。
宝玉から溢れているのは妖艶な光。まるで人を虜にしてしまいそうなほどのその淡い光は、常人であれば一目で魅了されてしまうことだろう。
「しかしまあ、よく出来てるもんだなこれは」
「ほんと。まるで本物みたい」
ユースの呟きに、アルマはくすりと笑う。
そう、これは精巧に造られた偽物だ。
初め見たときは分からなかったユースだが、今こうしてじっくり眺めれば、この宝玉が早急に造られたものだと分かる。
宝玉が放つ淡い白光は、ひと目では見えないよう台座に設置された白色光を出す魔力結晶〝白光結晶〟によって生み出されたものだ。宝玉自体も、その辺で売られているインテリア用の水晶球が使われている。
周囲に張り巡らされた結界も封印のためのものではなく、白光結晶の光の見え方を調節するために施されたものだ。
そして極めつけはこの地下だ。
言い伝えでは宝玉が真の力を発揮するためには太陽の光が必要とされていた。これは古来から月光が「太陽と月が重なりあうことで出来ている」という説があり、彼の王はそれを魔法術式の鍵にしたのだという。
おそらくその名残で出来たものだろう。不要な時は宝玉の存在を隠すために。
「確かにこれだけの材料があれば伝承通りの代物になる。誰がどう見てもこれは
ユースは称賛にも似た言葉とともに、落胆した表情で天井を見上げる。
「これだけの贋作を生み出したんだ。きっとこれを作ったやつは相当な覚悟を持って作り上げたんだろうな」
ふと、階段の方から足音が聞こえた。ユースは嘆息とともに顔を音の方に向ける。
「すまぬな、ガルディアン卿。お主に損な役回りをさせてしまって」
そう言って暗闇の中からヘルディロ王が姿を表す。手元に王の証である杖は無く、物憂げな表情を浮かべている。
「それはどういう意味で言っているんだ?」
ユースに蔑んだ眼差しを向けれられて、王は肩を竦める。
「そのままの意味だ」
するとアルマが立ち上がり、王の周りを歩き始めた。
「ねえ王様……私今すごく暇。話相手になって」
アルマの言葉に、王は顎髭に触れながら自嘲気味に笑う。
「いいだろう。お主への謝罪の意も込めて」
「わーい、やったー」
アルマは万歳して喜ぶのとは裏腹に、どこか気のない声でそう言った。