ギルドヘルディロ支部――その受付にて、ルージュヴェリアはいつになく暗い表情をしていた。
「おうルーちゃんどうしたよ。なんか今日元気ないぜ?」
通りすがったギルドメンバーの多くが、普段は明るく振る舞っている彼女を心配して声をかけている。
そのたびにルージュヴェリアは微笑して、
「そんなことないですよ。いつも通り私は元気です」
と返していた。
「そうかい? 何かあれば俺たちに依頼してくれていいんだぜ」
「ありがとうございます。でも特に問題はないですから」
笑顔を取り繕って人が遠ざけた後、決まってルージュヴェリアは大きくため息を吐く。明らかに気落ちした表情であるため、たまたま通りかかった者が声をかける。ということを朝から繰り返していた。
そんな様子を終始無言で眺めていたシェルヴィアだったが、さすがにもう我慢の限界だった。
「ちょっとルー、あんたしっかりしなさいよ。さっきから何回同じやり取りしてんのよ」
「そんなことないですよ。いつも通り私は――」
「しかも話しかけられたらまったく同じことしか返事しないし!」
まさに心ここにあらずという様子のルージュヴェリアに、シェルヴィアは額に手を当てて項垂れる。長い付き合いの彼女でも、今の状態を見るのは初めてだった。
原因を知っているシェルヴィアは、嘆息混じりに話を切り出す。
「ねえルー? そんなに気になるんならあんたも一緒についていけば良かったじゃない」
シェルヴィアの指摘に、ルージュヴェリアは口を噤む。
深刻な面持ちで俯くのを見て、シェルヴィアは続けて言った。
「何をそんなに気負う必要があるのよ。彼とはまだ出会ったばかりでしょうに」
「だからこそですよ。私はまだあの人のことを何も知らない。そんな状態で果たして、あの場所へ向かわせて良かったのだろうかと」
あの人、あの場所。何も知らない人間が聞けば、一体何のことか欠片も理解できないだろう。
だが、そんな会話を交わそうとしていた二人に声をかける者がいた。
「そのあの人っていうのはボクのことですか?」
聞き覚えのある声にルージュヴェリアは思わず顔をあげる。
「ソラさん? どうして……ここに……?」
本来ここにはいないはずのソラの姿を見て、ルージュヴェリアは口を閉じることを忘れる。よもや夢を見ているのではないか、と言わんばかりの表情を浮かべている。
隣には一緒に行動しているトゥネリの姿――ではなく、薄汚れた布で身を隠す見知らぬ姿があった。
「あの、そちらの人は?」
問いかけに対しソラはルージュヴェリアの顔、そしてシェルヴィアの顔を順に伺う。
そして隣にいた見知らぬ人物の方に無言でフードを取るよう促した。
「あっ……」
フードから出た顔を見て、ルージュヴェリアは堪らず声を漏らす。
シェルヴィアもこの来訪を予期していなかったようで、目を丸くしていた。
「何年ぶりにそのお姿を見るでしょうか、お姉様方」
ソラの隣にいたセレネーラはそう言って、二人の顔を少し哀しげな表情で見ていた。
◇
ヘルディロのギルドに足を運ぶ数刻前のこと。ソラの発言に、トゥネリとセレネーラは驚きを隠せない様子でいた。
「シェルヴェリア姫に会いに行く……?」
確かに今回の一件、そのシェルヴェリア姫も関わっているのではないかとトゥネリも推測していた。だがその場所が特定できない以上、彼女の存在をあてにするわけにもいかず、考えないようにしていた。
ところがソラはその姫君の場所があたかも分かっているかのように言い始めたのだ。
「あんた、そのお姫様がどこにいるのか見当がついてるわけ?」
トゥネリの問いにソラは頷く。
「セラから姫の話を聞いて不思議に思ったんだ。どうしてシェルヴェリア姫はこの城にいないのか。どうして事件が起きる前日に彼女から手紙が送られてきたのか」
「それは偶然なのでは?」
セレネーラの問いに今度は被りを振るソラ。そして極めつけとして、はっきりと言葉を置いた。
「そしてその手紙が何よりどうして、ボクが初めてこの街に訪れた二日前に届いたのか」
ソラの突拍子もないように思える発言に、二人は言葉を失った。
僅かな静寂が部屋を包み込む。
「ちょっと待ってよ。まるであなたが今回の一件に関わってるみたいに言うじゃない」
「うん、そうだよ。今回の事件はボクが王都に来たせいと言ってもいいくらいだ」
「いや。いやいやいや、ちょっと言っている意味がわかんないんだけど」
確かにソラの言う通り、まるで彼の来訪が起因になっているようにも思える。今回の件に選ばれた理由もそれで筋が通る。
だが理由がわからない。仮にそうだとして、一体なぜ彼の来訪が起因になっているのかの説明がつかない。
トゥネリは信じられないと言わんばかりに困惑する。それはセレネーラも同じだ。
「これからボクの考えを順に追って説明するね」
ソラはそう一言置いて、話を聞くよう促す。トゥネリとセレネーラはそれに従って耳を傾けた。
「まずシェルヴェリア姫が手紙を送った時期。これはさっきも言ったようにボクが王都に来たときと一致しているんだ。理由は簡単。彼女は今、ギルドで受付嬢をしているからだ」
トゥネリは息を呑む。
ヘルディロ支部の受付嬢といえば二人しかいない。彼女たちの顔がトゥネリの脳裏に浮かんでいた。
「内容の詳細はわからないけど、多分ボクが王都に来たことを知らせたんだ。ずっと用意していた嘘を実行するためには、ボクの存在が必要だったから」
「それはどうしてですか? そもそも用意していた嘘って」
「そのあたりの詳しい事情を聞くためにも、君のお姉さんに今から話を聞きに行こうと思ってる」
ソラの考えにセレネーラは俯く。
これまで何年も会っていなかった姉のことが上がり、彼女の中である思いが募っていた。
姉に会いたい。会って話がしたい。幼い頃のように、仲良く一緒に笑い合って、好きなお伽話についてや一日何があったのか語り合いたい。
そして何より今、自分の周りで一体何が起きているのか。その真実を知りたい。
手のひらを強く握りしめると、セレネーラは立ち上がった。
「でしたら私も一緒に行きます。私も知らなければ」
するとソラは首を横に振った。
「悪いけどセラにはここに残ってもらわないと」
「どうしてですか? 私だって聞く権利は――」
「その気持ちは十分に分かってる。けど君がここからいなくなれば騒動になり兼ねない。最悪の場合、それが決め手になってしまうかもしれないんだ」
セレネーラは何を言っているのかすぐには理解できなかった。なぜ城の外に出れば決め手になるのか。
「おそらく王様は、今の王家を潰そうとしているんだ」
「そんな。どうしてそんなことを」
「それまではボクにもわからない。ただ今の王家が初代王家とは繋がっていないことが関係しているんだと思う」
セレネーラはまた俯く。
今の王家を潰すなどと、とても父親がそんな考えをするようには思えなかった。父はこの国の王であることを誇りに思っているはずだ。民を愛しているhずだ。そのためにこれまで、国と民のために尽くしてきたではないか。
そう考えていても、セレネーラはソラの考えを否定することができなかった。自分の父親のことを何もわかっていないが故に。
「もしセラが外に出たことが分かれば、君に罪を着せる口実ができる。君は城の外に出ないことを命じられている。その掟を破ったのだとしてね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよソラ。いくらなんでもそれは――」
我慢できず、トゥネリが割って入る。するとソラが頷き、彼女が言いたいことについて理解を示した。
「そう、これはただのボクの思い違いかもしれない。けど否定できるものが何もないんだ。だから」
ソラは一言置いて、真剣な顔でセレネーラの目を見る。
セレネーラも顔を上げて、ソラの顔を見た。彼女の表情はもうどうしていいのか分からず、困惑し切ったものになっている。
「もしついて来るなら覚悟してほしいんだ。どんな真実だろうと、受け入れる覚悟を」
「受け入れる……覚悟……?」
ソラはセレネーラが一緒に来ようとすることが分かっていた。
彼女だって真実を知りたいはずだ。家族が知らぬ間に何か重大なことに関わっているのだ。知りたいと思わないはずがない。
だがその思いだけでは足りない。そうソラは思っていた。
「受け入れる……覚悟……」
セレネーラは自分の胸に手を当てる。心臓の鼓動が今にもはち切れんばかりに高鳴っている。動揺を隠せず、意識が朦朧としている。
ソラの言う通り仮に悪い真実だったとしたら、今の状態で受け止め切れるだろうか。
唇を噛み締める。服を強く握り締める。そうしてセレネーラは真っ直ぐとソラの顔を見た。
「わかりました。大丈夫です。例えどんな真実だろうと、私は乗り越えてみせます」
「本当にいいんだね?」
決意の確認のためソラは聞き返す。するとセレネーラは強く頷いた。
「わかった。じゃあ一緒に行こう」
そして今、ソラとセレネーラはギルドに足を運んでいる。
二人の姿を見て、ルージュヴェリアとシェルヴィアは顔を見合わせる。そして観念したように笑みを溢すと、ルージュヴェリアはセレネーラの顔を見た。
「見ないうちに大きくなっちゃったね、セラ」
その優しい微笑みは、セレネーラの記憶にある姉のものと寸分違わぬものだった。
ルージュヴェリアは周囲を見渡すと、席から立ち上がった。彼女の顔は先ほどとは違い、憑き物が落ちたように晴れやかになっている。
「シェルヴィアさん、少しここお願いします」
「はいはい。喧嘩しないようにね」
「大丈夫ですよ。そんなことしませんから。じゃあ二人ともついて来てください」
ルージュヴェリアに促され、ソラとセレネーラは後をついて行く。
外を出たところでふと、ルージュヴェリアは問いかけた。
「ソラさん、いつから気づいていたんですか?」
問いにソラはその時を思い出しながら、自重気味に笑った。
「気づいたっていうより、少し引っかかってたんですよ。だってルーさん、まるでセラのことを知っているかのように話してたから」
確かにとルージュヴェリアは笑う。妹を心配するあまり、隠すべきことを隠し切れていなかったようだ。いや、あるいは本当は気づいてほしくてそうしたのかもしれないと。
三人はギルドが管理している宿舎に足を運んだ。二階、三階と階段を上り、最上階四階の最奥に位置する部屋の前で止まった。
ルージュヴェリアは部屋の鍵を取り出すと、鍵に自身の魔力を通す。錠には使用者の魔力が登録されており、それを検知することで鍵が開く仕様だ。
「さあ、入ってください」
扉を開き、ルージュヴェリアは部屋の中に案内する。
部屋は質素なもので、ベッドが二つと衣装棚の他には何一つ置かれていなかった。
「椅子とテーブルはないので、そちらのシェルヴィアさんのベッドに座ってください」
薦められるまま、ソラとセレネーラは左側のベッドに座る。
二人が座ったのを見計らい、ルージュヴェリアも右側のベッドに腰掛けた。
「話をする前に、この姿では少し失礼ですね」
ルージュヴェリアは自分の髪の毛を梳くうように触れた。すると彼女の少し燻んだ赤毛が見る見るの内に色を変え、セレネーラと同じ鮮やかな銀へとなっていく。
その様子を二人が不思議そうに眺めているのに気がつき、ルージュヴェリアは微笑んだ。
「すいません。変装のためにいつもは髪の色を変えているんです。今の服装は変えれませんけど、せめて本来の姿にしておこうと思いまして」
ルージュヴェリアの弁明にソラは納得する。彼女とて一国の姫君なのだ。まだ公に素性を知られていないとはいえ、俗世に紛れるのであれば用心することに越したことはないだろう。
髪色が完全な銀となると、ルージュヴェリアはひとつ深呼吸する。
「さて、では改めてご挨拶を。この姿では初めまして
白銀の髪をした女性は微笑むと、改めて自分の名を口にする。ギルドの受付嬢としての名ではなく、
「私がシェルヴェリア=モルヌ=ブリアンテス。さあ、何からお話しましょうか?」
ヘルディロの第一王女としての名を。