薄暗い謁見。その間の玉座にヘルディロ王は静かに腰を下ろしていた。
彼が真っ直ぐ見つめる先には、第一王女であるシェルヴェリアと第二王女のセレネーラが立っている。
「その顔を見るのは久しぶりだな、シェルヴェリアよ」
「そうですね……ここを出てからは一度も会っていませんでしたから」
両者に笑顔は無く、真剣な面持ちで対峙している。
「お父様。なぜ私がここへ来たのかはわかっていますよね?」
「ああ、わかっておる。だが彼にこの玉座を託すのはすでに決められたこと。覆すことはない」
シェルヴェリアの問いかけに、王は目を逸らすことなく答える。
するとセレネーラが一歩前に出て発言した。
「どうしてですか? どうしてそうまでして彼を王にしようとしているのですか?」
姉から理由の推測は聞いた。だが本人から直接その意味を聞いたわけではない。
父の口から理由を聞きたい。そう考えた問いかけに、王は目蓋を閉じて嘆息する。
「すべては彼のためだ」
納得のいかない答えに、セレネーラは拳を握る。
「一体なにがソラのためだって言うんですか? 彼の知らないところで勝手に決めたことのなにが!」
「そうだな。我々が勝手に決めたことだ」
違う。そうセレネーラは内心で否定する。
本当はもっと別の目的がある。嘘に敏感になってしまった彼女はそう感じ取っていた。
故に聞き出さなければならない。本当の目的を。なんのためにこんな嘘を実行したのかを。
「お父様。答えてください。本当はなにが目的なのですか?」
「なにが言いたいのだ、セラよ?」
「お父様は何かを隠しています。彼のためという言葉も本当は嘘で、もっと根にある物を隠している。違いますか?」
セレネーラのこの問いに、王は初めて表情を変えて眉を潜めた。杖を握る手が強張っている。
「根にあるもの……だと?」
初めて怒気の込められた声を聞き、セレネーラは口を噤む。
「では聞く……お前たちは王になることを望んで生まれたのか?」
王は杖先を向けてシェルヴェリアとセレネーラに詰め寄る。
「お前たちは望んだのか! 自分が王になることを! 王となり、自由のない生活を送ることを! 民のことを第一に考え、あらゆる方法を模索することを! この国を守る責を背負うことを!」
王は叫んだ。己の境遇を呪うかのように、怒りを露わにして叫んだ。
「私は望んでなどいない! 選択肢がなかっただけだ! 王の子供として生まれ、王家の血筋ということで王座につくことを約束されただけだ! この国の風習に則り、己の名を捨ててヘルディロ王として生きることを強制されただけだ! ただ生まれる前から用意されていた道をひたすらに進むことを余儀なくされただけだ!」
王の叫びは部屋の外にまで届いていた。外にはソラとトゥネリ、そして事情を知っているメルヒが静かに聞いている。
吐露する思いを耳にし、ソラは考えていた。
王の思いを否定することは出来ない。血筋によって定められたことを真っ当し、これまで生きてきた彼の思いを。
その思いを汲み取るのであれば、今王になることを決断するのが最善だと言えるだろう。しかし。
「お前たちだって望まないだろう? お前たちもいずれは王になる。そして誰かと子を育み、その子供が次の王となる。そうやって代替わりを重ねて、永遠と血筋という名の呪いを受け継いでいくことのだぞ」
「それが……なんだというのです……?」
シェルヴェリアが口を開いた。
「私は王を受け継ぎたいと思っていますよ、お父様」
「なに?」
胸に手を当てて、真っ直ぐな眼差しで訴えかける。己の覚悟とその思いを伝えるために。
「私も最初はお父様と同じことを思っていました。どうして私は王族として生まれてしまったのだろうと。それはきっと、一番の被害者であるセラだって思ったはずです」
セレネーラは頷く。何度も呪った。この王族として生まれたが故に、自分は家族と笑う時間を奪われてしまったのだと。
だがそれでも彼女は誇りに思っていた。父親が国のために尽くして頑張っている姿を見て、幼心に憧れていたのだ。いつかは父のような王になり、ヘルディロに住まう民のために全力を尽くしたいと。
「私には憧れの人がいます。それが誰かは、お父様もご存知のはずです」
「イヴェルテーラ……か……」
その名を口にして、王は怒りの形相で歯軋りを立てる。
「あの女は己が建てた国を放棄した。あの女が王の座を別の人間に与えた結果、この呪いがいつまでも続いているのだぞ!」
「お父様だって気づいているはずです。あの方はこの国に留まらず、この世界を守るために行動しているのだと」
「世界を守るためなどとあの女がいつ言った! ただ自分の責任から逃れたいだけだろう? 永遠に近い命を持つというのならば、己が生み出した物を永遠に管理する責任があるはずだ!」
「でもお父様は言っていたじゃないですか。あの方のおかげでこの国は繁栄したって。立派にその責任を果たしているではありませんか」
シェルヴェリアも負けじと、諭すように話しかける。
王の言い分はなにも間違ってなどいない。イヴェルテーラは他の賢者とは違い、己が生み出した国やその民を導くことを拒んだ。それは本来王になるべき彼女が責任逃れのための行動を取ったと見てもなんらおかしくはない。
しかしこのままでは言い合いが激化するだけで何も解決しない。そうセレネーラは感じていた。
きっと否定したいのだ。今の自分の立ち位置を。これまでの自分の行いを。そしてその先にある、自分の娘が新たな王となる宿命を。
そんな父親をどうすれば落ち着かせることが出来るのか。セレネーラはずっと考えていた。
「お父様……」
その答えを示すために、セレネーラは王に歩み寄った。
「セラ。お前だって本当は――」
王が言い終わるよりも先に、セレネーラはその体を抱きしめるように寄り添った。
続けようとしていた言葉が、王の喉に引っかかる。
「お父様の気持ちは私もよくわかっています。でもお父様はずっと頑張ってきたじゃないですか。私は知っています。お父様がどれだけの責任を背負い、それを全うしてきたのかを」
セレネーラはずっと陰ながら見ていた。父親が日々悩みながらも、より良い国にするために多くのことをしてきたことをずっと見てきたのだ。
「だから一緒に考えましょうお父様。一人でなんでもやろうとしなくていいんです。あなたの側には私がいます。お姉様もいます」
これがただの慰めの言葉でしかないのは分かっている。それでもセレネーラは言わなければならなかった。ずっと蚊帳の外で、何も協力することが出来ないもどかしさを感じていたからこそ、彼女の思いは強固なものだった。
「それでもお父様が辛いというのなら、お姉様と私が王位を引き継ぎます」
「何故そうまでして、彼を王にしたくないのだセラよ」
体を離すと、セレネーラは微笑んで答えた。
「だってソラの優しさは、国に縛り付けておくには勿体無いから」
セレネーラの言葉にシェルヴェリアも頷く。
「私もセラと同じ気持ちです。まだ出会って間もないけれど、あの人の優しい手のひらをもっと沢山の人に伸ばしてほしいと思っています」
そして姉妹は並び、真っ直ぐな眼で王を見た。
「お父様。私たちはもう覚悟は決めています」
「確かにセラも私も、王家を望んで生まれたわけではないかもしれません。これから生まれる私たちの子供も望まないかもしれません」
「でも今の私たちは思っているんです。この国で暮らす人たちの支えになってあげたい。この国で暮らす人たちが笑えるようにしてあげたいって」
「そしてソラさんやあの方が、この国の人たちに手を伸ばさなくても一緒に笑い合えるようにしてあげたいんです」
それが姉妹で選んだ道だった。
いつかは行き詰まり、立ち止まってしまう道かもしれない。血によって定められた道かもしれない。それでも二人はこの道を進むことを選んだのだ。
二人の覚悟を聞き、王は唖然とする。知らないうちに、見ないうちにこんなにも大きくなっていたのかと。
「あなた……もういいじゃないですか」
声がして、王は入り口の方に顔を向けた。
メルヒが微笑みながら歩み寄って来ている。その背後にはソラとトゥネリの姿もあった。
「もうこれ以上、私たちの我がままで子供たちを苦しめるのはやめましょう?」
「メルヒ……お前はいいのか? 望んでいただろう? 普通の暮らしを」
王もその妻メルヒも望んでいた。子供たちと一緒に、王家という血筋に縛られず平穏に暮らす日々を。
だがそれはただの我がままだ。子供たちの居ない間に勝手に決めて、ただ振り回すだけの我がまま。それを二人は十分に理解し、計画を実行した。
「ええ……でもこの子たちは自分の目で見て、考えて、その上で答えを出した。知らない内にずっとずっと大きくなっていたわ」
その言葉を聞き、王も諦めたように肩を落とした。そして微かな笑みを浮かべると言った。
「そうだな。私もずっと幼い頃思ったことを思い出した。我が父や母が苦悩しながらも、ずっとこの国で暮らす人々のことを思って日々頑張っていた。それを見て思ったのだ……いつか二人の支えになりたい。二人に誇れるような王になりたいとな」
「もう一度やり直しましょう。今度は家族みんなで悩みながら、前に進むの」
メルヒはそう笑ってから、セレネーラの方に体を向けた。
頭を優しく撫でられ、セレネーラは目を細める。これまでと何も変わらない温もりに触れて、張り詰めていた思いが綻ぶ。
「ごめんなさい、セラ。ずっとあなたを騙していて……あなたのためだと思って、酷いことをしたわ」
「いいえ……いいえお母様……私はずっと思っていましたよ? きっとこの人は私のことを守ってくれているって。もしかしたらこの人は、本当は私のお母さんなのかもしれないって」
母親の手のひらを握り、セレネーラは曇りのない満面の笑顔を浮かべる。
「だってこんなにも温かくて優しい手だから」
感極まり、メルヒはセレネーラとシェルヴェリアの体を抱き寄せた。目頭には涙が溜まり、精一杯の謝罪を口にする。
「ごめんなさい、二人とも……ごめんなさい……っ!」
そんなメルヒの体を、二人の娘も優しく受け入れる。
その三人の体を、王は大きく手を広げて抱きしめた。
四人の姿を見てトゥネリは微笑む。今この瞬間、十二年という時の中続いていた偽りの日々が終わりを告げたのを感じていた。
「終わり……かな?」
トゥネリの問いかけに、ソラは静かに頷いた。