数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第五節 偽りは月明かりの下に 5

 

「さて、そろそろ終わった頃かな」

 

 そう言うと、ヴェラドーネはカップに入った白湯を飲んだ。

 砂糖も何も入っていないただの湯の味と熱さに不満げな表情を浮かべる。

 

「あちち……参ったなぁ、まったく。こんな時に茶葉を切らしてるなんて」

 

 愚痴を溢す一方、彼女の表情はほくそ笑んでいた。

 湯面から立ち昇る湯気を少し眺めてから、机の上に置かれた手紙を一瞥して「まったく、本当に」と呟く。

 

「こんな下らないことに付き合わされる彼の身にもなってほしいものだ。いくら王族とはいえ、限度というものがあるだろうに」

 

 呆れたような言動とは裏腹に不敵な笑みを浮かべるヴェラドーネ。そんな彼女の首筋に鋭い刃が不意に向けられた。

 

「おやおや。相変わらず唐突に物騒なことをするじゃないか、ラミナ」

 

 切っ先を向けてきたラミナに視線を向けて、ヴェラドーネはくつくつと笑う。別段恐怖するわけでもなく、むしろこの状況を楽しんでいる様子だ。

 対するラミナはと言うと、静かな怒りが滲み出ていた。鋭い眼光と刀身に変異した腕がヴェラドーネを今にも突き刺そうとしている。

 

「あんた達の目的はなんなのかしら?」

「目的?」

 

 質問の内容にヴェラドーネは笑いを堪える仕草をする。

 明らかに人を馬鹿にした態度だが、ラミナは動じず答えを待った。

 

「何を聞くかと思えば。珍しく他人に入れ込んでいるじゃないか」

「あなた自分の状況がわかっているのかしら?」

「ん? 君の機嫌を損ねれば私が死ぬかもしれないということかい? 無理無理。君程度じゃ私を殺すことはできないよ」

 

 ヴェラドーネは笑いながら、向けられた切っ先を人差し指でつつく。

 本来ならば軽く力を入れるだけで指先を切り落とせるはずだが、どういうわけか彼女の指に傷ひとつ付く気配もない。

 不可思議な感覚に眉を寄せると、ラミナはそのままの体勢でヴェラドーネを睨んだ。

 

「前々から思ってたのだけど、あなた人間じゃないわね?」

「いや、私は人間だよ。君だって特殊な人間の使い魔なんだから、それくらい理解できるだろう?」

 

 いちいち癇に触る物言いに、ラミナは遂に舌打ちをした。

 

「確かにユースは特別な人間だし、それは私もよく分かってる。けどあんたからはそのユースからさえ感じる人間特有の気配を感じない」

「ふむ、なるほど。面白い考え方だ。けど君が分かることを、君の主も気づかないとでも?」

「何が言いたいのよ?」

 

 ラミナの問いにヴェラドーネは口を吊り上げて笑った。

 その邪悪にも似た笑みを見て、ラミナの背に悪寒が走る。

 

「要するに、君が何をしようと私の立場は揺るがないということさ」

 

 奥歯を噛み締めて、一抹の恐怖を拭い去るとラミナは腕を元に戻した。額には微かに嫌な汗が滲んでいる。

 

「ふん、あんたの立場とかはどうでもいいわ。けどもしその立場とやらであの二人に何かあるようなことがあれば、例えユースが動かなくても私がお前を殺す。肝に銘じておくことね」

「本当に、やけに珍しく二人のことを心配するじゃないか。あんなに罵声を浴びせているくせに」

 

 言いながらヴェラドーネは白湯に口をつける。時間が経ち、最初に口にした時よりも冷めていた。

 

「でもまあ、君は興味ない相手にはそもそも罵声すら浴びせないからねぇ。二人のことがそんなに気に入ったのかい?」

「はぁ? 気にいるわけないでしょ。あんな半端なやつら」

「つまり半端なものだから、いつか突然死んだりしないか心配ってことか」

 

 ヴェラドーネの指摘に、ラミナは顔を逸らす。

 

「そういう反応をすると正解だと言っているようなものだよ。ユースからそう教わらなかったのかい?」

「うるさい」

「まあ仕方ないか。大好きだった妹分が守った命だもんなぁ。守ってやりたいと思うのは当然のことさ」

「誰があいつのこと大好きなもんですか。ひとつも笑いもせず、ただあの女に従っていただけのあいつが」

「うんうん、君は本当にわかりやすいやつだ。姉のアルマとは大違いだよ」

 

 不満の限界も来て、ラミナは大きな舌打ちを立てた。

 そしてヴェラドーネをひと睨みすると、何も言わずに部屋から姿を消した。

 

「あの女だってさ。君も嫌われたもんだねぇ」

 

 訪れようとした静寂をかき消し、ヴェラドーネは背後に感じた気配と会話を交わすためにぽつりと呟く。

 

「今夜は沢山お客様が来る日だから、やっぱり茶葉の確認はちゃんとしておくべきだったよ」

 

 一口白湯を飲むと、ヴェラドーネは背後にいる人物に顔を向けた。

 

「君も飲むかい?」

 

 背後に立っていたのはヴェルティナだった。彼女の身を包む白の衣服が神秘的な輝きを放っている。

 

「その服眩しいからやめてくれと前にも言ったろうに」

 

 軽く目を細めてから、ヴェラドーネは前を向いて机に両肘を突いた。

 

「あなたと無駄話をするためにここに来たわけじゃないわ。質問に答えて頂戴」

「ふむ。どうやら今夜は物騒な客が来る日のようだ」

「彼女は一体なんなのかしら?」

 

 問いかけにヴェラドーネは目を大きく開いた。

 

「驚いた。君ともあろうものがラミナの言葉に傷ついてるなんて」

 

 ヴェラドーネは笑う。

 しかしヴェルティナから放たれる無言の圧力を受けて、ため息を吐く。

 

「そう怒らないでくれよ」

「あんなのが一緒にいるなんて聞いてないわよ?」

「聞いてなくても知ってはいたんだろう? 昨日は商会の人間を操って排除しようとしたようだけども」

 

 ヴェラドーネの問いに答える代わりに、ヴェルティナは殺意のこもった眼差しを向ける。

 

「別に排除しようとするのは構わないが、すでに彼らの間には絆が生まれている。君が消そうとすればするほど、君の息子は守ろうとして傷つく」

「絆? よくもまあそんなことを言えたものね。そうなるように仕組んでおきながら」

「おや、彼女に同情しているのかね? けど彼女自身は、彼との絆を心から感じているはずだ。それを哀れむなんて、どうやら君は人の心を忘れたようだ」

 

 ヴェラドーネの淡々とした物言いに、ヴェルティナは奥歯を噛む。

 

「どの口がそれを言うのかしら?」

 

 怒りのこもった声音を発すると、ヴェルティナは手をゆっくりとヴェラドーネに向けた。

 するとヴェラドーネはくすりと笑って、

 

「私を消すかい? けど君は出来ないはずだ。なにせ君には制約がある。その手で人間を裁くことが出来ないという制約がね」

 

 と言い放つ。

 その言葉に歯軋りを立てると、ヴェルティナは手を下ろした。

 下ろした手で握り拳を作り、苦虫を噛み潰したような表情をするのを見て、ヴェラドーネは頷きながら笑う。

 

「まったく不便なものだねぇ。世界を選んだ結果、人間には手出し出来なくなったんだから。その上自分の子供に真実を伝えることも出来ないなんて、ほんと哀れな存在だよ君は」

「あなたの目的は理解しているわ。そう簡単に達成できるとは思わないことね」

 

 そう言い残すと、ヴェルティナは花びらとなって姿を消した。

 舞い落ちる花弁を眺めながら、ヴェラドーネは笑う。

 

「君が私の考えを理解できてるとは思えないけどね」

 

 花弁の一枚を拾うと、ヴェラドーネはそれを握り潰す。

 

「さてと。とりあえず計画の邪魔になるお客様にはお引き取り願わないとね」

 

 そしてカップを置いて席から立ち上がると、ヴェラドーネは部屋を出て行った。

 机に残されたカップの中には、握り潰された赤い花弁が入れられていた。

 

 

 

 

 

 

 ブリアンテス城玉座の間。天井に付けられた発光結晶のシャンデリアが明るく照らすこの部屋で、ヘルディロ王はソラとトゥネリに頭を下げていた。

 

「今回の件、本当に申し訳ないことをした」

「そ、そんな気にしないでください」

 

 謝罪の言葉を受けて、ソラとトゥネリは慌てる。

 身分や立場が明らかに上の王に頭を下げられては、どうすればいいのか分からない二人。

 対し王は申し訳なさから中々頭を上げれずにいた。

 

「此度は私たち王家の勝手な都合で二人を巻き込んでしまいました」

 

 メルヒもそう言って申し訳なさそうに顔を伏せている。

 

「いいんですよ。皆さんがまた一緒に笑い合えるようになった。ボクはそれだけで十分ですから」

「わたしもそうです。だからそう謝らないでください」

 

 確かに巻き込まれる結果とはなったかもしれない。だが二人にとってそんなことは重要なことではなかった。

 笑いたくても笑えずにいる。そんな誰かがいるのなら心から笑えるようにしてあげたい。それがソラの願いであり、信念だ。

 であれば原因がなんであれ、自分の選択で関わったことに変わりはない。

 

「お二人には感謝しないといけませんね。こうしてまた家族で笑えるようになったのですから」

 

 シェルヴェリアは微笑むと、溢れそうになった涙を拭う。

 

「ルーは……シェルヴェリア姫はこれからどうするんですか?」

 

 トゥネリの問いかけに、シェルヴェリアは王と顔を見る。そして頷くと笑って答えた。

 

「それなんですが、先ほど家族で話し合ってもう少しだけルージュヴェリアとして生活することにしました。まだまだ王としてやっていくには未熟ですし、学ぶことも沢山ありますから。だからまた皆さんの友人ルージュヴェリアとして、一緒にいさせてください」

「そっか……うん、これからもよろしくね。ルー」

「はい、トゥネリさん」

 

 二人が笑い合う一方、ソラはセレネーラのことを気にしていた。結局はこれまでとそう変わることなく、姉と離れ離れの生活になるかもしれないのだ。そう考えた時、彼女はこれからどうして行くのだろうかと。

 ソラの視線に気がつくと、セレネーラは微笑みかけた。

 

「大丈夫ですよ。私のことは心配しないでください」

「でも……」

「お姉様と決めたんです。お姉様は皆さんの側で国の人々を見て、私はここから皆さんのことを見るって。だから大丈夫です」

 

 セレネーラの笑顔に陰りはなかった。彼女もまた己で次の選択をしたのだ。これから先の未来で、自分もまた王としてこの国のために働いていく。そのために必要なことを学ぶために。

 そんな笑顔を見ては、ソラも心配はすれどこれ以上何も言うことは出来なかった。

 

「でもひとつだけ聞きたいことがあるのですけど、いいですか?」

「あ、うん。なに?」

「えっと……その……これから毎日というか……いえ、毎日でなくても何日かに一回手紙を二人に送ってもいいですか?」

 

 きょとんとした目でソラはトゥネリの顔を見る。

 トゥネリもまた同じような表情をしており、それが可笑しくて二人は笑いを吹き出した。

 

「あ、あの……ダメですか?」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。うん、わかった」

「わたしたちもちゃんと返事を書いて送るから」

 

 二人の返答を聞き、セレネーラは満面に花を咲かせる。余程嬉しかったのか二人に抱きついて喜んだ。

 

「じゃあ毎日送りますね!」

「別に毎日でもいいけど、そんなに書くことあるかな?」

「あるわよきっと。わたしたちまだ友達になったばかりだし」

 

 三人は仲睦まじげに笑い合う。

 そんな三人の様子を見て、王とメルヒそしてシェルヴェリアも笑っている。

 紆余曲折を経て、こうして十二年にも渡って続いていた嘘はようやく幕を閉じたのだった。

 

 

 

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