数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第五節 偽りは月明かりの下に 6

 暗い夜道の中を一人の男が歩く。

 高級な紳士服に身を包み、木で作られたステッキを手に歩く姿はまるで貴族のようだが、同時に不気味さを匂わせている。

 男の左目には傷が出来ており、閉じた目蓋を長い前髪で隠している。

 男が歩いているのはブリアンテス城へと続く街道だ。夜も更けているため、街灯が照らす道を歩く者は他にはいない。

 男は不敵な笑みを浮かべると、不意に立ち止まった。

 

「なるほど……私が来ることは予想されていたということですか」

 

 男の視線の先にいたのはシェルヴィアだった。

 小脇に一振りの剣を携えて、彼女は男を睨む。

 

「城内で何か事が起きれば動きがあるとは思っていたわ。でもまさかあなたがここに来るなんてね」

「なに。私の傑作の様子を見るついでですよ」

 

 男の発言にシェルヴィアは眉を潜める。

 

「傑作ですって? もう一度同じことを言ってみさなさい。即座に斬るわよ」

「怖いことを言いますねぇ。別に私が生み出したものをなんと言おうと、あなたには関係のないことでしょう?」

「あるわよ。あの子は私の友達だもの」

 

 シェルヴィアの答えを聞き、男は笑いを吹き出す。

 

「友達! あんな人形を友達と認識するなんて可笑しな方ですねぇ、元騎士団長様は」

 

 笑うのをやめると、男は視線を奥の方へと向ける。彼が見据えているのはブリアンテス城だ。

 

「あなた一人程度であればここを抜けるのは容易いことです。無駄話などせず、さっさと王の命を――」

 

 言いかけて、男は背後で感じた気配に顔を向けた。

 

「おやおや、懐かしい顔だ。こうして話すのは久しぶりですね、ヴェラドーネさん」

 

 笑みを浮かべて向いた先にヴェラドーネが立っていた。

 彼女もまた不敵な笑みを浮かべ、腕を組んで立っている。武装は何一つ持っていないが、佇まいからは一切の隙を感じない。

 

「相変わらず演技が上手い男だよ君は」

「元役者ですからね。まあ六年前のような演技は御免被りたいですけれども」

 

 男は笑うと左目に触れる。

 二人が何を話しているのか不明だが、何か良からぬ内容であるのだけは理解できる。

 シェルヴィアは警戒心を露わにして二人のことに鋭い眼光を向けた。

 

「ヴェラドーネ支部長とそこの男は知り合いなのですか?」

 

 明らかな敵意を示すシェルヴィアを見て、ヴェラドーネは肩を竦める。

 

「知り合い……まあそうだね。だが私は彼の味方ではないよ」

「でしょうねぇ。あなたの目的は――」

「おっと、それ以上はいけない。それ以上口を滑らせては君を殺さなければならなくなる。それは私も本意ではないからね」

「そんなに殺意を剥き出しにして言われては、私も恐怖で何も言えないですねぇ」

 

 笑う男の額に冷や汗が滲む。

 ヴェラドーネが一瞬纏った殺気はシェルヴィアも感じることができた。生半可なものではなく、彼女は思わず生唾を飲み込む。

 

「今はクローネと名乗っているんだったか? うちの部下が世話になったね」

「あなたの部下? ああ、そういえば私の屋敷に乗り込んできた男がいましたねぇ」

 

 くつくつと笑い、クローネは左の目蓋を開けて眼を怪しく光らせた。

 

「彼は結構強かったですからねぇ。私が生み出した作品の丁度いい特訓相手になりましたよ」

「相も変わらず君は向こう側の人間か。良い趣味とは思えないよ」

「そうでしょうか? 私は楽しんでますけどね。それに――」

 

 クローネは建物の影を一瞥して、嘆息を漏らした。

 

「あなたのお気に入りも、盗み聞きとは良い趣味だと思えませんけどね」

 

 クローネの一言が合図となったのか、建物の影から何かが飛び出してきた。

 

「おっと。殺しはいけないよユース」

 

 影から飛び出し放とうとした拳を、ヴェラドーネは割って入り受け止めた。

 

「お前……どういうつもりだ?」

「いやいや。こんな街中で殺しなんてしたら騒ぎになるだろう?」

 

 軽い舌打ちをして、ユースは距離を取ってシェルヴィアの横に立った。

 

(なによこれ、なに? どういう状況よこれ)

 

 状況が飲み込めずにシェルヴィアは困惑する。

 狼狽た様子で隣にいるユースの様子を眺めると、彼はいつになく怒りを露わにしていた。

 

「前々からお前は胡散臭いやつだと思っていたが、お前もこいつらの仲間か?」

「違う違う。私は私で計画があってね。そのために彼の存在は都合がいいんだよ」

 

 奥歯を噛み締め、ユースは拳を作り次の構えを取る。

 殺意の込められた拳を見て、クローネの口元に乾いた笑いが出た。

 

「いやあ、助かりました。私もまだこんなところで死ぬわけにもいきませんからねぇ」

「なに、いいんだよ。利害の一致というやつさ。ただし――」

 

 ヴェラドーネは笑顔で振り向くと、クローネの顔を鷲掴みにして握り潰さんばかりに力を込めていく。

 

「王様には手を出さないでくれるかなぁ? 彼にはまだ役割が残っているからね」

 

 ヴェラドーネの表情を見て、クローネは薄ら笑いを浮かべた。危機的状況にも関わらず、彼の態度のどこかには余裕さえある。

 

「いいのですか? 彼らの前でそんな発言をして」

「別に問題ないよ。どうせ誰にも私の目的は分からないしね」

「そうですか」

 

 そう言うとクローネは懐に手を入れた。

 

「でもまあ確かに、私としても今彼を殺す気はありませんからね。隣国からの依頼ではありますが、状況が状況故に断念したということにしましょう」

「なるほど。てことは彼は向こうと接触しているってことか。情報ありがとう」

「いえいえ。礼には及びませんよ」

 

 クローネは笑うと、懐から結晶体を取り出す。

 それを見てヴェラドーネは拘束を解き、彼から離れた。

 

「待て。お前には聞きたいことが山ほど――」

 

 ユースが言い終わるよりも先に、クローネは地面に結晶体を落とした。すると結晶が割れたと同時に足元に魔法陣が現れる。

 

「残念ですが、私も忙しいのでね。また次の機会があればお会いしましょう。ギルド最強の男さん」

 

 まるで嘲るような口振りで言い残すと、クローネは光とともに姿を消した。

 後に残った静寂が、物々しい雰囲気を漂わせる。

 怒りと殺意に満ちたユースの視線が、ヴェラドーネに向けられている。

 

「おいおい、そんな怒るなよ。今のお前じゃ私を殺すことも出来ないんだからさ」

 

 ヴェラドーネは笑う。

 

「どうかな? 必要があればお前でも俺は殺すぞ?」

 

 腰に掛けている剣に手を添えようとして、ユースは思い出す。

 剣を納める鞘はあれど、今はラミナが――普段身につけている剣がない状態だ。

 

『ユース。落ち着くべき』

 

 鞘の状態となっているアルマが声を発する。

 するとユースは舌打ちをしてから、無言でその場を立ち去っていった。

 状況を飲み込めぬまま立ち尽くしていたシェルヴィアは、はっと我に帰る。

 

「ヴェラドーネ支部長。一体あなたは何を企んでいるんですか?」

 

 剣を構えて、ヴェラドーネに問答する。

 いつになく真剣な表情のシェルヴィアを見て、ヴェラドーネは笑いを吹き出した。

 

「いつもそういう風に真面目ならいいんだけどねぇ」

「話をはぐらかさないで下さい。あなたは一体誰の味方なんですか?」

 

 笑いを堪えると、ヴェラドーネは空を見上げて答えた。

 

「別に? 私は私以外に味方するつもりはないよ」

 

 ヴェラドーネの視界には幾千もの星々が散りばめられていたが、それらが彼女の目に止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ブリアンテス城内にある一室にて、ソラとトゥネリの二人は柔らかいベッドの上で横になっていた。

 夜も遅いということで、王から客人用の寝室が提供されたのである。

 誰を想定したものなのかは不明だが、ベッドは二つ部屋の中に用意されていた。

 

「そ、その……今日は色々あったわね……」

 

 布に包まりながら、トゥネリは顔を赤くして口をまごつかせている。ソラと部屋に二人きりという状況に緊張してしまい、なかなか寝付けずにいた。

 とにかく何か会話を交わそうとするトゥネリに対し、ソラは無言で天井を見つめている。それも相まって部屋の空気は少し重い。

 

(うぐっ……気まずい……)

 

 トゥネリは内心嘆く。というのも、無言のソラからはいつもと違う雰囲気を感じているからだ。

 彼が今何を考えているのか分からない以上、話題を広げることも敵わない。それどころか今すぐにでも逃げ出したい気分に駆られていた。

 

「ねぇ、トゥネリ……トゥネリはさ。お母さんとのこと覚えてる?」

「えっ?」

 

 不意に問いかけられて、トゥネリは唖然とした。

 ほぼ無意識に出た質問であったため、ソラはハッとして起き上がる。

 

「ご、ごめん。嫌なこと聞いたよね」

 

 慌てて謝罪するソラに対して、トゥネリも起き上がって微笑みながら首を横に振った。

 

「ううん。大丈夫。お母さんとのことはよく覚えてる。すごく優しくて、笑顔が素敵な人だった」

 

 トゥネリの答えにソラも自然と笑顔になる。

 

「そっか……」

 

 そして俯くと、微かに震えた声でソラは言った。

 

「ボクはさ……母さんとの思い出が無いんだ。物心つく前に、母さんはボクたちの前から姿を消していたから」

「うん」

 

 その話は、セレネーラに過去を話していた際にも聞いたものだった。

 本当の母親との思い出がない。それがどれだけ辛いものなのか、トゥネリには想像もできない。母親を失いはしたが、確かに思い出はあるのだから。

 

「ずっと考えないようにしてたんだ。どうして母さんはボクの前からいなくなったんだろう。どうしてエイネを助けてくれなかったんだろうって」

 

 どこか恨みにも近い言葉に、トゥネリは胸を締め付けれられる。

 もしもエイネという彼にとっての母親が生きていたのならば、こんな言葉は出なかったのではないだろうかと。どうしても考えてしまう。

 

「今日さ。母さんがイヴェルテーラかもしれないって聞いた時、ボク……本当はどうしたらいいのか分からなくなったんだ」

「そりゃそうよ。実はそんなすごい人だったかもしれないなんて聞いたら私だって――」

 

 母親との思い出もなく、母親のことも知らない状態でいきなり明かされたその正体。もし仮にそうでなかったとしても、母親の名があがった時点で動揺を隠せるはずもなかった。

 ソラは胸元を抑える。黒くどんよりと重い感情が終始纏わりついて離れようとしない。これまで感じたことのない感覚にソラは戸惑っていた。

 

「ボク……ずっと考えないようにしてきた。本当はボクに母親なんかいないんじゃないかって思っちゃうから。けどそうじゃないんだよね」

 

 少しの安心と戸惑い。そして何より知りたいという思いがその感情を生み出している。

 ソラは一呼吸すると、真剣な顔をトゥネリに向けた。

 

「ボク、決めた。これから母さんのことも探そうと思う。そして色々聞きたいんだ。どうしていなくなったのか。どうしてこんなことをしなければならなかったのかを」

 

 それは覚悟を決めるための発言でもあった。誰かに宣言することで、自分の心を改めるための発言だ。

 ソラの思いを聞き、静かに聞いていたトゥネリも思い起こす。自分のもう一つの目的を。

 

「そっか。うん。じゃあわたしと一緒ね」

「トゥネリと……一緒?」

「うん……」

 

 トゥネリは俯く。これはソラに話すか悩み避けていたもの。今朝話そうとしていざ切り出した時に、結局話せずにいた事柄。

 

「私はね、お父さんを探しているの」

 

 父親――それを聞いてソラは思い出す。

 彼女の父親は六年前のあの日、エイネに左目を負傷させられて姿を消した。おそらく死んではいないはずだ。

 

「覚えてる? 牢屋で聞いた話。あれにクローネって名前が出たでしょ?」

「う、うん」

 

 クローネ――リヴェルトス商会のヘルディロ支部に転移魔法の専門家として招かれていた人物だ。

 セシルの父親とユースがその男を追っていたという話も聞いた。

 その名前が何故今浮上するのか。ソラが考えられる答えはひとつだった。

 

「もしかして……」

「ええ……そのクローネって男が、おそらくわたしの父親なの」

 

 ソラは思わず息を呑む。

 クローネという男とは商会の建物ですれ違った。その風貌や見た目からは分からなかったが、もしも六年前のあの男だというのならば――。

 思い出そうとして、ソラは慌てて考えをかき消す。余計なことまで思い出して、トゥネリに心配を掛けるわけにもいかなかった。

 

「正直あのセシルって子には合わせる顔が無いわ。わたしの父のせいで、彼女の父親を奪ってしまったかもしれないんだもの」

 

 そういえば、とソラは思い出す。セシルを見かけた時、トゥネリは一度避けるようにしてその場を立ち去っていた。あの時彼女はその事を気にかけていたのだろうと。

 

「でも変に接して嫌なこと思い出せちゃいけないと思って……出来るだけ普通に接してはいたんだけど」

「そっか……」

 

 今トゥネリはどんな気持ちで話しているのだろうか。ソラは想像できず、唇を噛み締める。慰めの言葉も何も、彼女を却って傷つけてしまう可能性がある。そう考えると掛ける言葉が浮かばなかった。

 

「それがわたしの目的。私がギルドに入ったもう一つの理由」

 

 ソラと一緒ならばこの不安と向き合っていける。そんな思いがトゥネリの中にあった。また彼を巻き込んでしまうという恐怖も当然ある。

 

「わたし、最低だよね。あなたに辛い思いさせたのに、また巻き込んじゃうかもしれないのに……」

 

 俯くトゥネリの言葉を聞いて、ソラの脳裏にある光景が浮かんだ。

 それはエイネが消え行こうとしていた時のこと。彼女もまた消える際に、こんなことを言っていたのだ。

 

〝――酷い女だよね、私。ソラに怖い思いをさせてさ〟

 

 今のトゥネリと、その時のエイネの言葉が重なっていた。

 ソラはゆっくりと立ち上がる。そしてトゥネリに近づいた。

 

「ソラ?」

 

 急に立ち上がったため、トゥネリは驚いた表情をする。彼女の体は強ばり、心臓は高鳴っていた。

 嫌われる。そんな思いが彼女の中に過ぎる。

 

「その、ごめんね? わ、わたし――」

 

 謝罪を口にしようとした時、トゥネリは次に言おうとしていた言葉を失った。

 

「気にしないでいいよ。ボクたち、友達でしょ?」

 

 そう言ってソラはトゥネリの体を優しく抱きしめる。

 

「だからさ。そんなに自分のこと責めないで? 君と一緒に行くっていうのは、ボク自身が決めたことなんだからさ」

 

 ソラの言葉はトゥネリの心を優しく包み、不安を取り除いていく。

 

「ソラ……ありがとう……」

 

 トゥネリは微笑む。

 それは一時のことかもしれない。本来許されないことなのかもしれない。そう感じていても、その温もりは確かにトゥネリの心に許しを与えていた。

 

 

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