数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

63 / 81
エピローグ

 ブリアンテス城の一件から二日経った日の朝。この日もソラは朝早くから出掛け、外に出ている人々に笑顔で挨拶をして回っていた。

 最初にした時とは違い挨拶を返してくれる人が増えていることに喜びを感じながら、ソラの足は自然とある場所に向かっていた。

 

「おはようございます」

 

 ソラが向かったのは、野菜や果物を売る店を営んでいる老婆のところだ。

 老婆は彼の顔を見るなり驚いた表情をして、「おや、どうしたんだい?」と言った。

 

「今日も手伝いますよ」

 

 ソラがそう笑って言うと、老婆も嬉しそうに微笑んで、

 

「いいのかい? 助かるよ」

 

 と優しくゆっくりとした口調で答えた。

 

「そういえばあなた、名前はなんて言うんだい?」

 

 ソラが木箱を運んでいると、ふと老婆が尋ねてきた。

 

「ボクはソラって言います」

 

 木箱を下ろしながらソラは答える。

 

「ソラちゃん……ここいらではあまり聞かない名前だねぇ」

「ニギロっていう小さな村からここにやって来たんですよ」

「ニギロ……そうかいニギロか。懐かしい名前だねぇ」

 

 村の名前を聞き、老婆は何かを思い出すように目を細めた。

 ニギロの名を知っている人はそういない。王都に住む者にはあまり馴染みのない名前だからだ。

 

「おばあちゃんはニギロについて知ってるの?」

「知ってるも何も、私もあの村の出身だからねぇ」

 

 当たり前のことのように発言する老婆。

 村を離れて王都に行く者の話は聞いていたが、この人もその一人だったのかと。思わぬ巡り合わせにソラは驚く。

 

「そうだったんだ……」

 

 少なくとも彼女がニギロにいたのは自分が生まれるよりも前のことだろう。ともなれば母ヴェルティナについて何か知っているかも知れない。

 そんな思いがソラに過ぎる。母親の情報は出来る限り聞きたい。どんな些細なことでも、母親に会うことに繋がるかもしれないと。

 

「どうかしたのかい?」

 

 表情が強張ったのを見て、老婆は小首を傾げた。

 

「あ、ううん。なんでもないです。ちょっと驚いただけで」

 

 ソラは慌てて笑って誤魔化す。

 

(違う……ボクがここに来たのはそんなことのためじゃない)

 

 別に今知る必要は無い。ここに来たのはこの人の助けに少しでもなれればいいと願ったからだ。

 そう自分が抱いていた考えを飲み込み、ソラは最後の木箱を持ち上げた。

 

 木箱を全部運び終わると、ソラは一息吐く。

 

「ご苦労様。今日もありがとねぇ」

 

 老婆は嬉しそうに感謝する。その手には何やら小さな包みが握られていた。

 

「これ。ほんの少しだけど、持っていっておくれ」

 

 首を傾げながら包みを受け取って、ソラはその重みに思わずギョッとする。

 

「あの……おばあちゃんこれ……!」

「前の時はりんごしか上げられなかったから、今回はお金を上げようと思ってねぇ」

「そんな! 流石に貰えないよ!」

 

 自分はお金目当てで手伝いをしたわけではない。ソラはそう慌てて返そうとする。

 が、老婆は首を横に振って金を返そうとするソラを制止した。

 

「いいんだよ。私はそう長く生きられるわけじゃないからね」

「でも……」

 

 ソラは唇を噛む。

 そして苦悩の末にソラが出した答えは、

 

「ううん。やっぱり貰えないよ」

 

 受け取らないことだった。

 相手の気持ちを無碍にすることなのは分かっている。それでもソラにとってお金よりも大事な報酬があった。

 

「おばあちゃんが笑っててくれれば、ボクはそれでいいから」

 

 ソラの満面に浮かんだ笑顔を老婆はしばし見つめる。

 

「そうかい? じゃあせめてお礼にこのりんごを一個持っていっておくれ」

 

 そして商品の中からりんごを一つ取ると、ソラの手に優しく乗せた。

 

「今度良かったら、今のニギロについて話しておくれ」

「うん。ボクもおばあちゃんがいた頃のニギロについて聞きたいな」

 

 二人は笑い合うと、そう約束をするように言葉を交わした。

 

 老婆のところを後にしたソラは、りんごを片手にギルドへと向かう。

 前日、レフィナがギルドの受付嬢として雇われていた。今日は受付嬢として初めてギルドに立つ日ということで、彼女も朝早くから準備して出掛けている。

 そこでトゥネリと合流する前に、まずは様子を見に行こうと考えていた。

 ギルドの扉を潜り中に入ると、受付ではルージュヴェリアに仕事の内容を教わっているレフィナの姿があった。

 

「それから依頼が来た際の依頼書の発行は――」

「おはようございます、ルーさん。レフィナさん」

 

 受付に足を運ぶと、話し合ってる二人にソラは挨拶を投げかけた。

 

「あ、おはようございます。ソラさん」

 

 ソラに気がつくと、ルージュヴェリアは微笑んで頭を下げる。

 

「おはようございます、ソラ。朝食はどうでしたか?」

「今日も美味しかったです」

「それは良かったです」

 

 レフィナも微笑んでソラと朝の挨拶を交わした。

 

「どうですか? ギルドの受付嬢は」

「仕事の内容を聞く限り、私が前にやっていた仕事とそう変わりはないと思います」

「そっか。それは良かった」

 

 返事を聞いて、ルージュヴェリアは小首を傾げる。そしてソラの顔をまじまじと見つめた。

 あまりにじっくり見られているため、ソラは少々困惑気味に笑う。

 

「あの……どうかしましたか?」

「あ、いえ。なんだかいつもより少し元気がないように思いまして……」

 

 ルージュヴェリアの指摘にソラは息を呑む。

 つい先刻老婆から話を聞いてからまだ動揺を隠せていなかったようだ。ソラはそう思いながら、笑顔を作って答えた。

 

「気のせいですよ。それよりトゥネリは見ましたか?」

「トゥネリさんならまだ宿舎の方にいると思いますよ。私が出る時に様子を見に行きましたが、寝過ごしたって慌ててましたから」

「そうなんだ。じゃあ迎えに行こうかな」

 

 そういえばとソラは思い出す。

 城の部屋で寝泊まりした朝も、トゥネリは少し眠そうにしていた。ここ数日色々あったことから疲れが溜まっているのかもしれない。

 手に持っているりんごを見つめて「会ったらこれあげようかな」とソラは小さく呟いた。

 

「あ、そうだ。セラからお二人に早速手紙が送られてきましたよ」

「え? セラから?」

 

 先ほどまで少し暗くなっていたソラの顔に僅かな光が射す。

 

「はい。それとこれ。何かトゥネリさん宛に手紙が来ていたのでこれも渡しておきます」

「ありがとうございます。ふふふ、何が書かれてるのかな?」

 

 セラからの最初の手紙というのもあり、ソラの中の好奇心が高まっていく。

 別に何のことはない友人からの手紙だが、これまで誰かから手紙を送られたことのないソラにとって心が躍るのに十分だった。

 

「じゃあ早くトゥネリと読まないと! また後で来ますね!」

「あ、はい! 後でどんな内容だったか教えてくださいね!」

 

 ソラは嬉々とした表情を浮かべると、そそくさとその場を離れギルドから出て行った。

 ソラの背中を見送ったルージュヴェリアとレフィナは思わず顔を見合わせる。

 

「なんだか今日は慌ただしいですね、ソラさん」

「ええ。でもちょっと微笑ましいです」

「ふふふ、そうですね。さ、気を取り直して話の続きを! どこまで話しましたっけ?」

「依頼書の発行の仕方ですね」

「ああ、そうでした」

 

 そして二人はまた、仕事について話を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ギルドを後にしたソラは、足早にギルドの宿舎に向かった。

 トゥネリが住む部屋へと勇足で向かっていくソラの顔は、どこか落ち着きがない様子だ。

 部屋の前にたどり着くと、ソラは少し強めに扉を叩いた。

 

「トゥネリいる?」

 

 扉の向こうに声をかける。すると「ちょっと待ってて!」という慌てた声が響いてきた。

 声に従って待つこと僅か。扉が開き、隙間からトゥネリが顔を覗かせた。

 

「お、おはようソラ」

 

 少々頬を赤く染めて、トゥネリはそう挨拶する。

 

「あ、うん。おはよう。大丈夫?」

 

 何があったかは分からないが、ソラは心配したように顔を覗き込んだ。

 

「あ……ええ、大丈夫。ちょっと寝癖があまりに酷かったからその」

 

 目を逸らしながら、トゥネリは「えへへ」と笑った。

 ここへ来るまでに髪を整えていたとなると、余程酷い髪型になっていたのだろう。ソラは内心そう苦笑する。

 

「くっそ……あいつら見かけたら文句のひとつは言ってやらないと……」

「あいつら?」

「ああ、いえ。気にしないで」

 

 何となく原因を察して、ソラは同情の念をトゥネリに送った。

 

「わざわざここまで来てもらって悪いわね」

「ううん、気にしないで。その様子だと朝ご飯まだなんでしょ? はい、これ」

 

 ソラは笑いながら、持っていたりんごをトゥネリに渡す。

 

「えっ? ああ、ありがとう」

 

 りんごを受け取り、トゥネリはしばしそれを眺める。少々状況を飲み込めていない様子だ。

 

「あの、どうしたのこれ?」

「えっ? ああ、うん。さっき野菜とか果物を売っているおばあちゃんのお手伝いをしたら貰ってさ。食後にいいかなって」

「ふーん。じゃあ……」

 

 両手でりんごを持つと、トゥネリは力を入れる。するとりんごは中央から真っ二つに割れ、その片方をソラに差し出した。

 

「はい。あんたに食べて欲しくてそのおばあちゃんは渡したんでしょ? だったらあんたも食べなさいな」

 

 言われてソラは「確かに」と内心で頷く。そして受け取ると、

 

「そうだね。うん、ありがとトゥネリ」

 

 と笑った。

 

「別に……感謝するのはわたしの方よ」

 

 その笑顔を見て、トゥネリは真っ赤になった顔を逸らした。

 

 トゥネリの食事が終わってから、二人は部屋に戻る。セラから送られてきた手紙を読むためだ。

 ソラは手紙の封を切ると、中に入っている二枚の紙を取り出す。

 

「なんて書いてある?」

 

 紙を広げたのを見て、トゥネリは近づいて覗き込む。

 冒頭に「ソラとトゥネリへ」と添えられて、手紙には次のように書かれていた。

 

〝初めて友達に送る手紙ということで少し緊張しています。えっと、何から話したらいいのでしょう?

 あ、そうだ。ごきげんよう、二人とも。セレネーラです。二人と別れてから一日が経ちました。なんだか長い時間が経ったようにも思えます。二人は変わりなく元気にしていますか?

 私は元気にしています。お父様もメルヒ――いえ、お母様も元気にしています。側近の大臣の二人とその奥様も元気です。

 あれからお父様は、私たちにこの国を託せるように、より一層いい国にしようと励んでいます。例えばこの国には他国のように大きな催しものが何もありませんでしたから、今度私の誕生日を祝して王都で祭りを開こうと言っていました。

 大臣の二人とお母様は苦言を呈していましたが、私は二人と楽しい日々が送れるかもと思うと、やってほしいなぁと思っています。

 お母様は以前と変わらず優しく接してくれています。変わったことといえば、今夜は一緒に寝ようと言っていることです。私もこれまでお母様と一緒に床へ入ることがなかったので楽しみで仕方ありません。

 他にもまだまだ沢山書きたい事があるけど、二人のお仕事の邪魔をしてはいけないので今回はここまでとさせて頂きます。

 どうかまた、二人の元気な笑顔を見せてくださいね。セレネーラより〟

 

 一枚目の手紙を見て二人は堪らず満面の笑顔を浮かべる。どちらも友人から手紙を貰うのは初めてのことだった。

 

「なんていうか、微笑ましい手紙ね」

「ほんと。最初の方なんて、目の前で話してるのかと思っちゃったよ」

 

 微かな笑い声とともに、二人は手紙をもう一度見る。

 ふとソラは、封筒の中にまだ何か残っていることに気がつく。出して見ると、黄色い花びらが二枚入っていた。

 

「なんだろこれ?」

 

 ソラが花びらを見つめていると、トゥネリが二枚目の紙に目を通した。

 

「ほら、これ」

 

 くすりと笑うと、トゥネリは二枚目の紙をソラに見せる。

 それを見てソラは口に出して読み上げた。

 

「えっと……友達に送る手紙には何か贈り物を入れると良いとお母様から聞いたので、慌ててこの花びらを入れました。この花びらを咲かせる花には、親愛なる友情という言葉が込められているそうです。私も同じものを身につけています。良かったら連れて行ってあげてください」

「だってさ。どうする?」

「じゃあ、連れて行ってあげないとね」

 

 二人はそれぞれ黄色の花びらを持つ。

 同時刻、セレネーラも黄色の花びらを見つめて微笑んでいた。

 三人の友情は、またひとつ深まったのである。たったひとつの手紙によって。

 

「ちゃんと返事、書かないとね?」

「うん。なんて書こうかなぁ」

 

 笑いながら手紙の返事を考えようとした時、ソラはふとあることを思い出した。もう一つルージュヴェリアからトゥネリ宛の手紙を貰っていたのである。

 

「あ、そうだ。なんかトゥネリに手紙が来てたらしいよ?」

「えっ? わたしに?」

 

 トゥネリは少し驚いた表情をすると、ソラから手紙を受け取る。

 小首を傾げて封筒を表裏の順に見て、トゥネリは思わず「あっ」と声を漏らした。

 

「どうしたの?」

「あ、うん。おじいちゃんとおばあちゃんからだ」

 

 おじいちゃんとおばあちゃん。それを聞いてソラはトゥネリと暮らしていた老夫婦を思い出す。

 どうやらあの二人もまだ元気に暮らしているようだと、ソラは内心で微笑む。

 

「でも急にどうしたのかしら?」

 

 封を切ってトゥネリは手紙の中身を読んでいく。

 はじめは久しぶりに二人の近況を聞けると思い心を躍らせていたトゥネリだったが、その顔色はすぐに変わった。

 

「えっ? どういうことよ……これ……?」

「どうかしたの?」

 

 青ざめるトゥネリを見て、ソラは問いかける。

 

「あんたさ……六年前に亡くなった兄妹の両親って覚えてる?」

 

 忘れるはずもなかった。

 六年前のあの日、救えなかった命。その兄妹のことも、あの日涙を流していた親の顔もしっかりとソラの頭に刻み込まれている。

 

「うん。もちろん覚えているよ?」

 

 王都へ来る際にはその顔を見かけたことをソラは思い出す。母親の腹が膨らんでいたことから、きっと新しい命が産まれようとしていたのだろう。

 

「わたしさ……罪滅ぼしにと思って、時々あの二人に手に入れた報酬の一部を贈っていたの。おじいちゃん達を通してね」

「そう……なんだ……」

 

 そんなことまでトゥネリは背負っていたのか。そう思うと心臓を抉られるような気持ちになり、ソラは痛みのような感覚が纏わりつく胸を抑えつける。

 一方のトゥネリはと言うと、呼吸が荒くなっていた。額には嫌な汗が流れ、瞳孔が開いている。

 少しして。トゥネリは意を決するように生唾を飲み込むと、震える声で告げた。

 

「その二人とお腹にいた赤ちゃんが……殺害されたって……この手紙に……」

 

 先程まで和気藹々としていた空気は、一瞬にして凍りついた。

 

 

 




 この度は「数多の星は蒼穹にて輝く」の第二章にお付き合いいただきありがとうございます。作者の姉川春翠です。

 長く少々ぐだぐだとしてしまった第二章。私としては少々自分の力不足を感じているところであります。
 今回の物語は概ね、新たな友情が生まれること。ソラの新たな目的と、トゥネリが第一章ラストで言いそびれた内容の開示。そして第三章へと繋がるものでした。
 しかし所々登場人物を扱い切れていなかったところがあったかと思います。

 まあ私の反省点はここまでにしまして、今回は序章の後書きのように読者の皆様に問いかけをしようかと。

 ソラは多くの人を笑顔にすると言っています。そのために彼が奮闘していることも皆様は分かっているかと思われます。そんな皆様に聞きます。
 果たして、そのためにとった彼の行動は正しい事なのでしょうか? と。

 そういった問いかけに対する彼なりの答えを、次回の第三章では描かれていきます。どうぞお楽しみに。

 では長々と書きましたが、次回第三章の後書きでまたお会いしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。