舗装された高原の道を馬が走る。
ソラは手綱を握り、トゥネリはその背中にぴったりと張り付いて身を固定している。
時を遡ること数刻前。ドゥエセで暮らしている老夫婦からの手紙の内容に二人は凍りついていた。
「あの人たちが……殺された……?」
六年前のあの日、救えなかった兄妹。その親である夫婦が何者かに殺害されたのだという。
その内容に信じられないとソラは目を開く。一体誰がなんのために。そんな疑問が纏わりつく。
「わたし……わたし、急いでドゥエセに行って確かめないと!」
トゥネリも同様で、居てもいられずに部屋を出て行こうとする。
「待って! 今から走って向かっても、着くのは夜になっちゃうよ!」
飛び出していこうとするトゥネリを、ソラは慌てて呼び止める。
王都からドゥエセまではそれなりの距離がある。馬車で向かうならばともかく、徒歩あるいは走って向かっても時間を要するだけだ。
「じゃあ大人しくここにいろってこと!?」
「違う。違うよトゥネリ。落ち着いて? 馬を借りよう。そうすればお昼頃には着くから」
すぐに状況を確かめたい気持ちはソラも同じだった。
しかしここで焦っても事態が好転することはない。一刻も早く事態を把握するにはそれなりの準備が必要だ。
「馬って言ったって、一体誰から……」
ソラは考える。一人だけ思い当たる人物がいた。
「ルーさんに相談しよう。彼女なら騎士団が使っている馬を貸してくれるかも」
他に当てもなくルージュヴェリアに相談したところ、彼女は快く承諾し手紙を送ってくれた。
王としても平和な街であるドゥエセで殺人事件が起きたとはにわかに信じられないらしく、二人を調査員という形で捜査に協力できるように手配もしてくれている。
その証となるのが、二人が今乗っている白い馬だ。馬に着せた布には王道騎士団を表す紋様が描かれている。盾の絵に、国を象徴する証を描いたものだ。
無言で手綱を握っていたソラは、ふと背中に視線を向ける。
黙ったまま俯き、唇を噛み締める。そんな笑顔のないトゥネリの姿を見て、ソラは胸を抑えつける。
「ごめんね? こんな重い空気で」
気を紛らわせようと、ソラは馬に声をかけた。すると馬はひと鳴きして、軽く頭を高くあげる。
「うん、ありがとう。君は優しい子だね」
しかし却って塞ぐような気持ちになり、ソラは俯く。こんな時どう声を掛けたらいいのか分からない、情けないと。
あの兄妹を助けることが出来なかった。もしもあの時もう少しの勇気を持てていたならば。その罪悪感が今もソラの中に渦巻いている。忘れようとしても忘れられない後悔として。
一方トゥネリはそれ以上のことを抱えていると、ソラは思っていた。密かに報酬金をあの夫婦に送っていたという話からも明白だ。
故に掛けるべき言葉が見つからなかった。何を言っても彼女が心の底から笑うことはない。自分と同じように、きっと夫婦の死も抱え込んで離すことはないと分かっている。
「トゥネリ……もうすぐで着くよ」
顔を上げたソラの視界に、ドゥエセの門が見えた。太陽の位置から推測するに、時刻はすでに正午を過ぎたあたりか。
ソラの知らせを受けて、トゥネリの唇が微かに動く。
「そう……わたし……帰ってきたのね……」
彼女の儚げな声は、望まぬ形の帰還であることを物語っていた。
「おい、そこ! 止まれ!」
ドゥエセの外門に差し掛かった時、門番の兵士が停止を促した。
門番として立っていたのは二人の兵士。どちらも槍を手に物々しい形相で立っている。
「今この街は故あって封鎖している。用なき者は立ち去れ」
どうやら事件を受けて厳戒態勢が敷かれているようだ。
そう判断して、ソラは懐からひとつの書類の入った封筒を取り出した。
「ボクたちは王の勅令を受けて事件の調査に来ました。それを証明する書類もここにあります」
「お前たちが?」
兵士の一人が書類の確認をしている間、もう一人の兵士は訝しみながら二人の周囲を歩く。
「おい、乗っているのはどちらも子供だぞ?」
兵士がそう問いかける。
すると書類を確認していた兵士は中身を見て嘆息を漏らした。
「どうやら嘘ではないようだ。王直筆の証である印鑑も押されている」
「本当かよ?」
疑いをやめない兵士も二人から離れて書類の確認する。
確かにソラが渡した書類には王直筆の勅令が書かれており、それを証明する印鑑が押されていた。
半信半疑であった兵士もこれを見せられては信じるしかなかった。
「こんな子供が……お前たち、王都所属の騎士なのか?」
問いかけに対し、ソラは首を横に振った。
「ボクたちはギルドに所属しています」
「ギルドに?」
言われて兵士は、ソラが着る服の襟元につけられた紋章に気がつく。
「なるほど。いや、疑ってすまなかった。通ってくれ」
「いえ、ありがとうございます」
軽くお礼をしてから、ソラは馬を歩かせた。
門を潜り中に入ると、ドゥエセの現状が目の前に飛び込んできた。
誰一人として出歩いていない。普段あるはずの活気もなく閑散としている。あるのは蹄の音だけだ。
「これがドゥエセ……?」
予想だにしていなかった光景にソラは絶句する。
トゥネリもまた街並を見て言葉を失っていた。
「とにかく今は兵舎に向かおう」
我に帰り、ソラは手綱を強く握る。
ふと家屋の窓を見ると、不安げな表情で外を見つめる住民の姿があった。
笑顔で溢れていたはずの街がひとつの事件によって見る影も無くなっている。それがソラにとってもトゥネリにとっても、心苦しいものでしかなかった。
兵舎の前にも外門同様、警備兵が立っていた。
「お前たち何者だ!」
兵士は馬を見るなり驚いて声を上げる。
叫び声を聞き、ソラは馬に止まるよう指示した。
「ボクたちは王都から来た調査員です」
「調査員? 王の勅令の件か」
そう呟いてから、兵士はまじまじとソラたちの顔を見る。
「しかしこんな子供が送られてくるとは……」
大人からしてみればソラたちはまだまだ子供だ。外門の時もそうであったが、よもや王が子供を調査員として送るとは思っていなかったのだ。
だが外門を通ったということは偽りではないことの証明にもなる。兵士は頷くと、兵舎の扉を開いた。
「話は聞いている。隊長の元まで案内しよう」
「ありがとうございます」
トゥネリはそう言うと、馬から下りて兵舎の中に入っていく。
「ここで待っててね」
馬の背中を優しく撫でてから、ソラも後に続いた。
兵士の案内に続いて二人は廊下を歩く。
兵舎の中も街同様に静けさで包まれていた。人の気配も少ない。
「あの……どうしてこんなに静かなんですか?」
「隊長の命令でそれぞれの家に一人の兵士がついているんだ。極力外に出ないよう指示しているとはいえ、犯人がどこにいるかも分からないからな」
「そうか。それで街もこんなに……」
「ああ。それにもし住民の誰かが犯人ならば、監視という形にもなる。あまり疑いたくはないんだがな」
確かに兵士の言う通り、住民の誰かが夫婦に対して恨みを持っており、結果殺害したという可能性もある。むしろその線を考える方が自然だろう。
「トゥネリ、どうしたの?」
ソラはふと隣を歩くトゥネリに顔を向けた。どこか落ち着きのない様子の彼女が心配になったのだ。
「あ、ううん。なんでもないわ」
そう答えるトゥネリの表情はどこか冴えない。
何を心配しているのか、ソラはなんとなく察しがついていた。
トゥネリは気にしているのだ。六年前のあの日のことを。
気がつけばソラはトゥネリの手を優しく握っていた。その温もりに触れて、トゥネリの緊張していた顔が微かに綻んでいく。
そうこうしている内に、案内の兵士がとある部屋の前で足を止めた。
「隊長! ロトゥスです! 王からの手紙にあった調査員を連れて来ました!」
案内をした兵士ロトゥスの声に「入れ」という返事があった。
それを受けてロトゥスは扉を開くと、二人に入るよう促す。
「行こう……トゥネリ」
「……うん」
互いに顔を見合ってから、ソラとトゥネリは部屋の中に足を踏み入れた。