数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第三節 笑顔をかき消す忌まわしき記憶 3

 ソラは唖然と立ち尽くす。

 彼の眼前にあるのはひとつの大岩だ。住宅街から少し離れた場所にあるそれは、まるで元からそこに置かれていたかのような存在感がある。

 周辺を見渡すと、近隣の住居はこの大岩を避けるようにして建てられているのが見て取れる。

 トゥネリに案内されてここまでやってきたが、これは一体。そう疑問に感じたのも束の間、ソラは姿勢を低くして右手で地面に触れた。

 瞼を閉じて、右手に集中させた魔力をゆっくりと地面に流し込む。すると彼の脳内に地中の映像が映し出された。

 

「これは……っ」

 

 思わず息を呑む。

 ソラが魔法で見たのは、六年前に見たことのある地下の空間――ではなく、地下を埋め尽くさんばかりの土砂だった。

 

「まさかここ……」

「うん、そう。ここはわたしの家があった場所よ」

 

 ソラは瞼を開けて立ち上がる。

 記憶に間違いがなければ、ここにトゥネリの家があったはずだ。しかし今目の前にはその影さえもなくなっている。

 再び唖然とするソラを横目に、トゥネリは話し始めた。

 

「あの事件から五日ほど経った後に取り壊されたの。それまではここの兵士たちが事件の調査のために立ち入っていたけど、ある時住民から苦情が出たみたい。事件のことを思い出すから壊してくれってね」

 

 トゥネリは大岩に近づくと、撫でるように岩肌に触れる。

 

「あれだけのことがあったんだから当然よね」

「でも……こんなの……」

 

 あんまりだ。そう言おうとして、ソラは閉口する。当時街に住んでいた人たちのことを考えれば、無責任なことを口にできるはずもなかった。

 

「別に気にしてないよ。ママとの思い出の場所が無くなったのは寂しいけど、それ以上にここはわたしにとって……苦い記憶ばかり思い出させるから」

 

 トゥネリは六年前のような儚げな声音で呟く。

 

「わたしもね、犯人が潜伏している場所って考えた時、真っ先にここが思い浮かんだ。ここなら誰も近寄らないし、隠れるのにはうってつけだから」

「でもここには――」

「そう。ここにはもうどこにも人が住める場所はない。地下の部屋も運び込まれた大量の土砂とこの岩によって封鎖されてるから」

 

 地下には多少の隙間はあれど、トゥネリの言う通り人が居座れるような空間は存在しない。つまり犯人が潜伏先として扱えるはずもないということだ。

 そう納得はできても、ソラは快く受け止めることができなかった。

 

「さてと、戻りましょ。犯人がここにいないと確認できた以上、もうここに用はないから」

「あ、うん……そう、だね……」

 

 トゥネリは少し名残惜しそうに大岩を見つめた後、足早に歩き始める。

 一方ソラは大岩を見つめて、かつてここにあったはずのものを思い浮かべる。トゥネリが過ごした時間、そこにある彼女の笑顔を。

 

「ねえ……トゥネリ?」

 

 ソラに呼ばれトゥネリは足を止める。

 

「ボクが言えたことじゃないかもしれないけどさ、あまりなんでも一人で抱え込まないでね? ボク、力になるから」

 

 トゥネリは振り替えり、ソラの顔に視線を向ける。真っすぐで優しい瞳に引き込まれていく。

 しばしの静寂が二人の間に流れた。

 

「バカね。あなたはもう十分すぎるくらいに、わたしの力になってくれてるわよ」

 

 トゥネリはそう言って笑うと、踵を返す。唇を固く結び、微かな涙を瞳に溜めて再び歩き始める。

 その寂しげな背中を見つめて、ソラは表情を暗くした。どうすれば彼女がまた心から笑えるようになるのだろうかと。

 しかしその思いもまたトゥネリの重荷のひとつになっていることに、ソラはまだ気がついていなかった。

  

 

 

 

 

 

 

 商業の国リヴェルタ。その首都にあたるリヴェルテスにヴェラドーネは単身足を運んでいた。

 ヘルディロと時差があることから、現在のリヴェルテスは夜明け前直後の早朝といったところ。ヘルディロに住む者であれば多くがまだ眠っている時間帯だ。

 にも拘わらず、リヴェルテスの市場はすでに人で賑わっていた。その多くが獲れたての魚介類を求めてやってきている。

 そんな彼らでさえ、ヴェラドーネの美貌には思わず動きを止めて見惚れていた。

 しかし彼女はそんなものには目もくれず、一人で悠々と市場の中を歩いていく。

 

「いやはや、こんな朝っぱらから元気なことだね。まあヘルディロでは今頃、酒盛りしている親父どもが騒いでいるんだろうが」

 

 ふと立ち止まり、ヴェラドーネは一枚の封筒を取り出す。中に入れられた手紙を開くと、呆れたように項垂れた。

 

「今にして思えば、実に不親切な手紙だよ。場所を指定しておきながら、どっちの時間軸で今夜と言っているのか分かりゃしないんだからね。そうは思わないかい?」

 

 そうヴェラドーネが問いかけると、建物の影から一人の男が姿を現した。黒の紳士服に身を包まれ、長い前髪で左目を隠している。

 

「これは失礼いたしました。確かにあなたのおっしゃる通りですよ。だからこうしてこんな朝早くからあなたのことを待っていたんじゃないですか」

「実に殊勝な心掛けだよクローネくん。もし私がここの時間で言う夜に来たらどうしたんだい?」

「そうですねぇ。まあ適当に時間を潰して、夜になったら同じようにして待っていたでしょうか」

「なるほどなるほど。実は君頭が悪いだろう?」

「返す言葉もないですね」

 

 下らない会話に花を咲かせながら、二人はふと周囲に目をやる。

 

「さすがはヴェラドーネさん。あなたの美しさに皆が注目していますよ」

「まあ、当然だろう。私は美しいからね」

 

 にやけた表情を浮かべると、ヴェラドーネは再び足を動かす。

 

「それで? こんな無駄話をするためわざわざ私をここまで呼び出したんじゃないんだろう? さっさと場所を移そうじゃないか」

「それもそうですね。察しが良い方で助かりますよ」

「なんだか嫌味に聞こえるが、まあ今回は大目に見ておくよ。私は優しいからね」

 

 どの口が、と言いそうになるのをクローネは堪える。

 歩きながらふとヴェラドーネは、背後を歩くクローネに向けて言った。

 

「そういえば君が殺した男の奥さんが、今私のところで受付嬢をしているよ」

「はて? 一体誰のことやら」

「私の部下――君が前に住んでいた屋敷に乗り込んだ男のことだよ」

 

 クローネを顎下に手を当てると、わざとらしく今思い出したかのように「ああ、あの人ですか」と呟いた。

 

「よく覚えてますよ。私が生み出した実験体の検証のために利用しましたからね」

「まったく可哀想に。まだまだ若いのに、旦那の死を経験しちゃうんだからねぇ」

「可哀想ですか。そんなことあなたは露ほども思っていないでしょうに」

 

 まあね。そう答えるとヴェラドーネは周囲を見渡す。市場は確かに人で賑わっているが、食事を用意してくれる店が開いている様子がない。

 

「ところでどこに行けばいいんだい? どっか店に行くとかそんな感じだと私は思っているんだけど」

「どこに行くか分かってて前を歩いてるんだと思ってましたけど、違うんですね」

 

 呆れながらも笑うと、クローネは人差し指を前に突き出した。

 

「あそこに変わった看板を立てている店があるでしょう?」

 

 言われてヴェラドーネは目を細めて遠くを見る。

 

「ああ、確かに。なんか魚の頭をして人間の足が生えたよく分からない生き物の絵が描かれているね」

「あそこが目的地です。すでに店の中で待っている人がいるはずですよ」

 

 うわぁ、嫌な予感がするよ。そうヴェラドーネは心底嫌そうな顔をして呟く。

 

「ちなみにあの看板の絵、かつてエルフと戦争をした末に滅ぼされた種族を基にしているそうですよ」

「ああ、道理で見覚えのある姿をしていると思ったよ。確か今エルフが暮らしている島に、最初に行き着いた種族だったっけね」

 

 なんとも下らない話だと笑いながら、ヴェラドーネは店の前で立ち止まった。

 建物を見上げると、窓から店内の様子が見て取れる。その数ある窓の中に一人、見覚えのある顔を見つけて乾いた笑みを浮かべる。

 

「なあクローネくん。本当にあいつに会わないといけないのかい?」

「ええ、そうですけど。何か問題でも?」

 

 クローネの問いかけながらも分かっている口振りに、ヴェラドーネは諦めたように項垂れる。

 

「私、あいつ苦手なんだよなぁ」

 

 ため息混じりにそう言いながら、ヴェラドーネは店の中に足を踏み入れた。

 

 

 

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