数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第四節 怨嗟の渦に巻き込まれて 2

 静寂に包まれていたドゥエセに轟音が鳴り響く。

 かつて巻き起こった惨劇の象徴とも言うべき大岩の前では戦闘が繰り広げられていた。

 掠めた傷口から微かに血が滲むのを感じながら、トゥネリは冷や汗混じりに目の前の〝敵〟を認識する。ドゥエセを守る騎士団。そこに所属する女性兵士のゼルレシアスの顔を。

 

「ちょっと避けないでくれないかしら?」

 

 笑みを浮かべてゼルレシアスは言う。

 トゥネリはそれに答えることなく、歯を強く噛み締めて動きを見極めようとする。

 ゼルレシアスの放つ怒濤の突きは、切っ先が無数に並んでいるかのように錯覚させる。これらをすべて目で追って避けなければならないため、トゥネリの意識は槍に集中してしまっていた。

 それ故に出来た一瞬の隙を見逃さず、ゼルレシアスは左手の平をトゥネリの腹に添える。

 

「――っ!?」

「爆ぜろ」

 

 短い詠唱の直後、小さな爆発がトゥネリの腹部を襲った。

 小さい威力ながらも放たれたその一撃に、トゥネリの呼吸が乱れる。

 

「うっ……ぐぅ……!」

 

 意識を保ち、膝を突きそうになる体を支えて、トゥネリは次に放たれた槍の一撃をまた寸での所で躱す。避けきれなかった槍の切っ先が、彼女の頬を掠めて横切った。

 

(――この人……強い……っ!) 

 

 ゼルレシアスの動きは一流のものだった。

 隙も無ければ無駄もない予測不能な槍捌き。そこに織り交ぜられる爆破の魔法。猛攻から逃れるために一旦距離を置こうとしても、一瞬で間合いを詰めてくる俊敏性。そのどれもがトゥネリを苦しめている。

 肩で息をするトゥネリに対し、ゼルレシアスは余裕の表情を浮かべて動きを止めた。

 

「私あなたのことはそれなりに調べてるんだけど、その強さで本当にあの有名なユース=テア=ガルディアンに鍛えられたの?」

 

 まるでまだ手を抜いてるかのような物言いに、トゥネリは目を逸らして奥歯を噛む。

 

「ゼルレシアスさんは……一体誰にその戦い方を教わったんですか?」

 

 苦し紛れに逆に問いかける。

 これだけ洗練された動きができるのだ。彼女の師は余程の手練れなのだろう。

 ゼルレシアスは答えるかわりに無言で槍を構える。その視線は一点――トゥネリの心臓を狙っている。

 

 何故このような事態に陥ったのか。事はソラとアルガストが会話していた時間まで遡る。

 ソラと別れたトゥネリは、ゼルレシアスの誘いを受けて大岩の前にまで足を運んでいた。目的はただひとつ。事件の解決に繋げるためのある作戦を決行すること。

 作戦は至って単純なものだ。トゥネリを囮にする。そうすることで犯人をおびき寄せようというものだ。犯人の最終的な狙いが、自分の手で彼女を殺すことだと読んでのことである。

 そのための相手役として名乗り出たのは他でもない。作戦を企てたゼルレシアス自身だった。

 彼女の恨みを持っているかのような姿勢は、何も知らない第三者から見ればトゥネリの命を狙う存在に見えるだろうと見越してのことである。

 トゥネリが大岩の前にたどり着くと、大岩を背もたれにして煙草を吹かすゼルレシアスの姿があった。

 天に昇る煙を哀愁漂う目で見つめる彼女を見て、トゥネリは今にも逃げ出したい気分に駆られた。ゼルレシアスの恋人の命を奪ったのは自分だ。そんな罪悪感に苛まれていた。

 故に思わずこう口にしてしまったのだ。「ごめんなさい……ゼルレシアスさん。わたしのせいで大切な人を……」と。

 それがどう聞こえたのかゼルレシアスは、はっきりと聞こえるように舌打ちを鳴らした。

 

「よくもまあそうやって自惚れることができるわよね、あなた」

「えっ……?」

 

 彼女は冷たい眼差しをトゥネリに向ける。

 

「だってそうでしょう? なんでもかんでも自分がやったかのように言うじゃない。なに? あなたにそこまでの力があるってことかしら?」

 

 笑う顔とは裏腹にゼルレシアスの声には怒りが入り混じっている。

 

「だったら試してあげるわ。その力がどれほどのものかをね」

 

 ゼルレシアスは吹かしていた煙草を地面に落として踏みにじる。そして大岩に立てかけていた槍を取った。

 

「構えなさい。でないと……本当に殺すわよ?」

 

 この時放ったゼルレシアスの言葉が脅しではない。彼女の動作のひとつひとつに込められた殺意がそれを物語っている。

 槍を構えた前屈みの姿勢のまま、ゼルレシアスはゆっくりと足に力を入れていく。

 その初動にトゥネリも身構えて、次の一撃に備えた。ゼルレシアスが真にどこを狙っているのかを見極め、防がなければ命を落としかねない。

 張り詰めた空気が両者に漂う。それを裂くように一迅の風が微かに吹いた。

 

(――来る!)

 

 トゥネリが察知したのと同時に、ゼルレシアスが大地を強く蹴り飛び出した。

 ゼルレシアスが視線は構えていた時と変わらない。心臓を見据え、そこに必殺の一撃を穿つつもりなのだろう。

 そう読んだトゥネリの取れる行動は限られている。回避するか、真っ正面から何らかの方法でこれを受け止めるだけだ。

 研ぎ済まされた感覚の中、トゥネリはゆっくりと密かに身につけていた物に手を伸ばす。

 彼女が手にしたのは一振りの短剣だった。それを一瞬躊躇いながらも引き抜くと、槍の一撃を捌こうと体勢を整える。

 しかしトゥネリの読みは間違っていた。

 

「なっ――!?」

 

 ゼルレシアスは加速していく中で、構えていた槍を巧みに持ち替えて投擲したのだ。

 意表を突かれたトゥネリは咄嗟に短剣を振るい槍を上空に弾く。

 弾かれた槍は円を描きながら上空を舞う。人の心理故か、それが罠だと気づかずにトゥネリは槍を視線で追ってしまっていた。

 

「あなた……それを扱うの初めてでしょ? 動きでわかるわ」

 

 声が視線よりも低い位置から聞こえ、トゥネリはハッとして顔を下ろす。

 ゼルレシアスが前屈みの状態で、トゥネリの心臓あたりに手を添えている。

 

「しまっ……!」

 

 槍はただの囮。本命は心臓に向けて爆破の魔法を叩き込むことだった。いくら小規模の爆発と云えど、零距離で放たれればそのまま絶命しかねない。

 だが気づくのが遅すぎた。今から防御の姿勢を取ろうとしても、それよりも早くゼルレシアスは魔法を放つに違いない。

 詠唱のためゼルレシアスが口を微かに開く。

 

(――ああ……ここで終わりか……)

 

 彼女の大切な人の命を奪ったのだ。これもまた運命なのだろう。そうトゥネリは死を受け入れようとしていた。この人に殺されるのならそれもそれで構わないと。

 脳裏にソラの背中が浮かび上がる。ここへ来る前に交わした会話を思い出す。約束を反故にする自分の弱さと情けなさに嫌気が刺した。

 

「風よ……槍に纏いて我が身を守る盾となれ」

 

 そんなトゥネリの思いとは裏腹に、ゼルレシアスが口にしたのは異なる詠唱だった。

 詠唱が終わると同時に、宙を舞っていた槍が突如として方向を変える。槍はそのまま一直線に飛ぶと、そのままゼルレシアスの背後の地面に深く突き刺さった。

 直後、鉄と鉄が打ち合う激しい音が夜空に響いた。

 

「あなた、目的をもう忘れたのかしら?」

 

 トゥネリは槍が何を弾いたのかを目にする。細長い針のような形をしている。先端には何かが微かに反射していることから、おそらくは猛毒の類いが塗られているのだろう。

 それを見て呆れたように肩を竦めると、ゼルレシアスは背後を振り返って睨んだ。

 

「この子の危険に駆けつけた王子様……てわけじゃなさそうねぇ?」

 

 視線の先には黒い影。背の丈は小柄であるが、街灯の光が届いておらずその正体を明かすまでには至っていない。が、その影が取った行動から今回の事件を巻き起こした犯人であることは容易に想像が出来た。

 

「正直私も駄目元で提案してみたのだけど、まさかこうもあっさり釣られてくれるなんてね」

 

 ゼルレシアスは自嘲気味に笑う。

 

「トゥネリ……早く構えなさい。ここからが本番よ」

 

 背後で呆気に取られているトゥネリに、ゼルレシアスは注意を促す。

 

「私たちの目的はこのドゥエセで不可解な事件を巻き起こした犯人を捕まえること。そして行方不明となった子供たちを助けること……違うかしら?」

 

 ゼルレシアスの問いかけに、トゥネリは思わず項垂れる。自分は一体なにを考えていたのかと、我がことながらに呆れていた。

 そうだ。これまでの戦いはあくまで作戦だ。自分に強い恨みを持っているであろう犯人に対し、復讐する機会が潰えようとしている状況を生み出す。そうして犯人をおびき寄せるのが目的だった。

 

「そう……でしたね」

 

 トゥネリは短剣を構える。構えて、この短剣をかつて持っていた人物のことを思い浮かべる。

 

(――そうだ……まだ終わりにしちゃいけない。わたしはまだ、あの人になんの償いもできていないから)

 

 トゥネリが意志を固めたのと同時に、ゼルレシアスは上空に向けて火の玉を放つ。見る見るの内に上り詰めた火の玉は、ある高度に達したと同時に破裂した。周囲に向けての合図だ。

 この合図と同時に、物陰で息を潜めていたロトゥスや他の兵士たちが飛び出す。そしてそのまま黒い影を取り囲むようにして陣取り、その正体を明かすために角灯で周囲を照らした。

 

「――あれ……は……?」

 

 黒い影の正体は幼い少女だった。

 その見覚えのある姿にトゥネリは戦慄する。脳裏に浮かぶのは、現在行方不明となっている少女から聞いた証言。

 

〝――六年前に殺されたはずの女の子が――〟

 

 トゥネリの記憶に刻まれている顔と幼き少女の顔が一致する。

 

「嘘……なんでよ……?」

 

 絶句するトゥネリと同様に、一部の兵士たちも動揺する。彼らは過去に少女の無惨な死体を目の当たりにしている者たちだ。

 彼らの反応を見たゼルレシアスは軽く舌打ちを鳴らす。

 

「まるで死者が蘇ったみたいね」

 

 実際にこの目で見たわけではないが、ゼルレシアスも六年前の事件で発見された唯一の死体については耳にしていた。

 その死体は少女のものだった。四肢は切断され、頭部は無造作に床に転がり、胴体は心臓が抜かれた状態で発見された。無くなっていた心臓は、騒動を起こした魔物の餌にでもされたのだろうと推察されている。

 この時殺害された少女の名はリリィ・ホールキンズ。今回殺害された夫婦の娘だ。

 

「見た感じ死者の魂……ってわけじゃなさそうね」

 

 彷徨う死者の魂には外見的特徴があると言われている。微かに人物を判別できる透明感のある体。その心臓にあたる部分には小さな青白い炎を宿していることが通例だ。

 目の前の幼い少女にはその特徴がひとつも見当たらない。つまり、実体を持った生きた人間である。 

 だがその風貌とは裏腹に、少女が纏う雰囲気は人間のそれとは明らかに違う。

 トゥネリはこの感覚を覚えていた。これは人ならざる者の気配。人によって生み出されてしまった怪物――魔物の気配だ。

 

(まさか……これはお父さんが……?)

 

 脳裏に父親の姿が過る。やはりどこかで生きており、また魔物を生み出してしまったのか。そんな不安と恐怖がトゥネリの心を蝕んでいく。

 

「警戒してください。突然攻撃してくるかもしれません」

 

 動揺する兵士たちに対しロトゥスがそう促す。

 

(どういうこと……? さっき攻撃してきたくせに、こいつからは一切の敵意を感じない)

 

 一方ゼルレシアスは眉を顰めて少女を凝視する。

 少女からは最初の攻撃以外に一切動こうとする気配が見られない。こちらの動向を伺っているのか、それとも別の目的があるのか。読めない思考にゼルレシアスは警戒心を強める。

 その時だった。

 

「一人のか弱い女の子を相手に大勢で取り囲むなんて、ここの兵士たちは落ちたもんだねぇ」

 

 どこからかともなく男の声が響き渡った。

 突如聞こえてきた声に兵士たちは思わず周辺を見渡して警戒する。

 一方先ほどまで強い警戒心を見せていたゼルレシアスは一転、目を見開いてその場に固まった。

 

「まあでも仕方ないか。この街じゃろくに大きな事件も起きないし、ここ最近で記憶に新しいのが六年前の出来事だしね」

「また……この……声……?」

 

 ゼルレシアスは声を震わせる。彼女にとって聞き覚えのある声。聞こえるはずのない声がドゥエセの不穏な空に響いている。

 

「誰だ! 一体どこにいる!」

 

 一人の兵士が声を張り上げた。額には冷汗を滲ませて、高い緊張状態で得物である剣を握って周囲を警戒している。

 それは同時にこの不可思議な声がゼルレシアス以外にも聞こえている証左でもある。

 

「そうは思わないかい? 僕の可愛いゼルレシアス?」

「――っ!? ゼルレシアスさん後ろだ!」

 

 ロトゥスが叫ぶ。

 

「酷いとは思わないかい? 相手はまだ小さい子供なのにさ」

 

 突如現れた黒い影は背後から寄り添うと、ゼルレシアスの耳元で囁く。

 間近にその声を聞いたゼルレシアスは握っていた槍を手放した。乾いた鉄の音が響き、目には涙が浮かんでいる。これまで彼女が見せていた威厳は欠片もなく、ただ恐怖に打ちひしがれていた。

 

「けどそうだよね。街の平和を守るには手段なんか選んでられないもんね?」

「その人から離れろ!」

 

 傍にいたトゥネリはすぐさま黒い影に飛び掛かり、得体の知れない短剣の切っ先を突き立てた。

 

(なに? この手応え……?)

 

 トゥネリは息を呑む。

 切っ先は確かに影を貫いている。人体なり物体なりに接触すればその分手元に重みがあるはず。

 しかしあるのは短剣の重みだけで、黒い影を貫いた先には何もない。まるで虚空でも裂いたかのような感覚だ。

 

「危ないなぁ。そんなもの人様に向けて振り回しちゃいけないって、お母さんから教わらなかったのかい?」

 

 黒い影はけたけたと笑いながら、黒い手をトゥネリに伸ばす。

 これにトゥネリは身の危険を感じると、短剣を引き抜いてすぐさまその場を飛び退いた。

 その様を見て黒い影は「勘がいいね」と称賛を述べると、

 

「でもそっちも危ないよ」

 

 口元を歪ませて笑った。

 

「――っ!?」

 

 突然影の手が変貌し、鞭のように伸びる。鞭状になった影はそのままトゥネリの首に纏わりつくと、締め上げるようにして彼女の呼吸を奪った。

 

「がっ……くっ……ぁ!?」

 

 トゥネリは振り解こうと藻掻くが、その度に締め上げる力が強まっていく。体が酸素を求めているが、ゼルレシアスとの戦闘も重なりそんな余裕などとうに無くなっていた。

 

「トゥネリさん!」

 

 ロトゥスは助けに入ろうとするが、その行く手を少女が阻む。

 一歩動けば即座に殺される。その予感と無言の圧力に押されロトゥスは固まった。他の兵士たちも少女の放つ殺気に呑まれてしまっている。

 そうしている内にもトゥネリは思考もままならない状態へと陥っていく。

 

「ほらゼルレシアス。早く助けないと彼女死んじゃうよ?」

「ぁ……?」

 

 ゼルレシアスは呆然と振り返り、苦悶の表情を浮かべているトゥネリを見る。見て、目を逸らした。

 

「見捨てるのかい?」

 

 ゼルレシアスの行動を見て、黒い影は笑みを浮かべる。

 

「でもそっか。嬉しいなぁ。君はそれだけ彼女のことを強く恨んでるってことだもんね?」

 

 影はトゥネリの体を持ち上げて更なる追い打ちを掛ける。

 地に足がついていたことでまだかろうじて呼吸出来ていたトゥネリだったが、宙に浮いてしまってはもはやその余裕さえ奪われていく。

 

「にしても君のお友達の到着が遅いね? どうしてなのかな?」

 

 影の言う通り、ソラとアルガストの到着が遅い。ゼルレシアスの合図からそれなりの時間が経っているにも関わらず、二人の姿はいまだに見えないのは不可解だ。

 しかしトゥネリの意識は完全に遠のき、墜ちる寸前。それを考えることなど出来るはずもなかった。

 虚ろとした目でトゥネリは空を見上げる。ああ、ついに天罰は下る。微かに残った思考能力がそう告げている。このまま自分は死ぬのだと。

 体の力が抜け、手から短剣がすり抜ける。

 

(ソ……ラ……)

 

 再び走馬灯のように、守りたいと願った少年の背中が浮かび上がる。その背中に向かって、トゥネリは最後の思いで謝罪しようとした。

 すると彼の背中がゆっくりと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、トゥネリの体から強い光が解き放たれた。

 

 

 

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