リヴェルテスの市場にある店メアフロウ。魚人の絵が描かれた看板が特徴の店は、朝早くから開いているのもあって漁師たちの憩いの場としても親しまれている。
「いらっしゃいませ」
ヴェラドーネが店内に入ると、一人の女性店員が待ち構えていた。
二つに結った艶のある黒髪を靡かせながら丁寧な一礼を見せる女性店員。ほかに人がいる様子もないことから貸し切り状態のようだ。
「ヴェラドーネ様とクローネ様でいらっしゃいますね? お客人はすでにお待ちです。どうぞこちらへ」
女性店員は微笑みながら階段の方へと手招きする。
「ああ、知ってるよ。二階の窓からいやらしい目でこっちを見ていたからね」
ヴェラドーネの不服そうに答えると、女性店員はくすりと笑った。
「それはそれは。あなた様ほどの美しさであれば、私でもついそう見てしまいます」
「ほほう? 君、なかなか可愛いこと言うじゃないか」
機嫌のいい声とは裏腹に肩を竦めると、ヴェラドーネは女性店員の案内に沿って歩いて行く。その背後をクローネが歩いているが、先ほどとは打って変わり無言だ。
「おいおいクローネくん。急に喋らなくなったじゃないか」
それを不思議に思ったヴェラドーネは歩きながら尋ねる。するとクローネはわざとらしい笑みを浮かべ、いえいえと言いながら答えた。
「女性同士の楽しい会話を邪魔するのは不躾かと思いまして」
クローネの答えにヴェラドーネはまた呆れ返る。
「そういうの気にする性格だったかね? 君は」
呆れるヴェラドーネに対しクローネは「私も男ですからね」と笑って答えた。
下らない会話をしている内に女性店員はある部屋の扉の前で立ち止まった。その部屋の位置は、先ほど店外から見えた場所と一致している。
この先に気に入らない男がいる。そう思うとヴェラドーネは扉の先へ行くことを躊躇う。それこそ本心から話したくない相手だ。
しかしここまで来た以上引き下がるわけにもいかない。これから彼らが何を話すのかも興味がある。
「はぁ……律儀に招待を受けてここに来るんじゃなかったよまったく……」
ヴェラドーネが愚痴を溢すのに対し、クローネは背後で「心中お察ししますよ」とまた笑った。
女性店員が扉を開けると、その先に一人の男が待っていた。
「やあ、来たね。ここへ上がってくるまで少し時間が掛かったようだが」
質素な服装に身を包みながらも、整った顔や立ち居振る舞いから身分の高い人間であることを隠せていない。さらさらとした白髪も太陽の光を浴びて煌びやかに光っているようだ。
「うるさいよヘンドレル。相変わらず気に入らない口の利き方だ」
「それはお互い様というものだよヴェラドーネ。君ほど人を煽るような口調をしている女は会ったことがないからね」
リヴェルトス商会の長ヘンドレル。ヴェラドーネがこの世で最も嫌悪している男の一人だ。
顔を見ただけで苛立ちが募るほどだが、ヴェラドーネは諦めたように向かいの席に腰掛ける。何故彼女がここまで嫌悪しているかと言えば、
「うんうん。やはりいつ見ても君の顔は美しいよ。その口調さえなければ最高の女だというのに勿体ない」
「はっ、お前に至ってはその見た目も性格も醜悪そのものだけどね」
と言ったように、人を煽ることに生涯を掛けているような性格をしているからだ。言ってしまえば同族嫌悪である。
二人のやり取りを見てクローネは「やはりこうなりますか」と落胆して呟く。
「すみません、ヴェラドーネさん。あなたは嫌われているから会わない方がいいと言ったのですが、まったく言うことを聞かなかったもので」
「そう言いながら君はこの状況を楽しんでいるのだろう?」
「ええ、まあ端的に言ってしまえばそうですね」
容易く手のひらを返し、クローネはくつくつと笑いを溢す。
それを見てヴェラドーネは思わず項垂れ、ここには頭の狂ったやつしかいないと嘆く。すでにここへ足を運んだことを後悔していた。
ここは少しの気分転換に先ほどの女性店員と会話を交わそう。そう思いヴェラドーネは辺りを見回す。が、こうなることを見越してかすでに姿はなかった。
「それで気に入ってくれたかい? この店は」
「なんだ? ここお前が経営しているのか?」
「いや? だがこの店の看板は私が考案したものでね」
「看板?」
ヴェラドーネは思い出す。かつて滅ぼされた種族である魚人の絵が描かれた悪趣味な看板。それがこの店に掛けられていた。
「予てから君とあの看板のあるこの店で食事をしたいと思っててね。ちなみにここは魚料理が主だよ」
「余計に趣味が悪い看板じゃないか。どうせ売り上げも大して振るわないんじゃないか? あんな看板じゃさ」
「それがそうでもなくてね。ここの料理人はなかなかいい腕をしていてね。味がいいと評判さ。それに人知れず滅んだ種族のことなんて人間が知っているはずもないだろう?」
「あてつけのつもりかい?」
「まさか。まあ君がもしまだ
「別に気に病んでなんかないよ。あいつらは実に不快な連中だったからね」
ため息混じりに言うと、ヴェラドーネは席から立ち上がる。
「それで? こんなことを話すためにわざわざ呼んだんなら帰らせてもらうが?」
「なに、ここまでの話はただの前座さ。楽しんでくれたかい?」
ヘンドレルの問いかけにヴェラドーネはまた舌打ちを鳴らす。余程この男が嫌いなのか、普段の彼女からはあまり見られないような不快感と嫌悪感を露わにした表情で睨んでいる。
「この顔を見れば答えはわかるだろう?」
「あっはっはっ! 確かに、今にでも後ろから刺されそうだ!」
ヴェラドーネの表情を見て満足したように喜ぶヘンドレル。それを見てさすがに引いたのか、クローネは「知りませんよ。本当に刺されても」と小さく呟いた。
「だったらさっさと本題に入ってくれないか? 私も忙しい身でね」
「忙しい? まさか君の口からそんな言葉を聞くなんてね。どうせ毎日部下に書類仕事任せてのんびりしているくせに」
「ああ、そうだね。うちを拠点にしているやつらは皆大人しいからほんと助かってるよ。どっかの国を拠点にしてるやつらとは違ってね」
「それはもしかしなくても、この国のことかい?」
「ああそうだよ。一体どんな基準で入会を許可しているのか。会員の殆どがただのならず者ばかりじゃないか」
呆れるヴェラドーネに対し、ヘンドレルは「君がそんなことを心配するなんて、今日は矢の雨でも降るのかな?」と笑う。
苛立ちを募らせつい反論しそうになるヴェラドーネだが、このままでは一行に話が進まない。そう判断し、彼女は何も言わずに腰を落ちつかせた。
それを見て安心したのか、あるいはそれを待っていたのか、クローネが口を開く。
「今回お呼びしたのは、あなたにも我々の協力者になってもらおうと思ったからですよ」
「協力者?」
クローネの言葉にヴェラドーネは眉を顰める。
「それなら先日の会話で答えは分かっているはずだが?」
「ええ。ですが我々はそうも言っていられなくてですねぇ。彼女を出し抜くためにもあなたの力添えが必要だと判断したのですよ」
「ヴェルティナのことか。別に彼女は驚異でもなんでもないだろう? 間接的に何かすることはあっても、直接手を下すことはないんだからね」
ヴェラドーネは鼻で笑いながら答える。
するとヘンドレルは肩を竦めて、テーブルに用意されたコップを手に取ろうとする。が少し揺れる水面を眺めてから、その手を遠ざけた。
「ええ。確かに彼女自身は大して驚異ではありません。しかし彼女の持つ繋がりは我々の驚異になり兼ねないのです。あなたの飼い犬もそのひとつです」
「ユースのことか? 別にあいつは誰にも飼われていない一匹狼だよ。まあ変な取り巻きが二人いるけど」
笑いながら言うとヴェラドーネは、テーブルのコップを手に取り中に入っていた水を一気に飲んでいく。
「君には彼の手綱を握っておいてほしいんだ。そうするとかなり計画を実行しやすくなるからね」
「君たちの計画っていうのはあれだろう?」
空になったコップを置き、ヴェラドーネは鋭い視線を二人に向ける。
「
ヴェラドーネの指摘に男二人は顔を見合わせた。
「気づいていましたか、あの子の中にそれが眠っていると」
「当然だよクローネくん。じゃなきゃわざわざ自分で足を運んで、自分の手元に置こうとなんかしないさ」
「それはご尤もで」
クローネが笑うと、ヴェラドーネはテーブルに頬杖をついて話し始める。まるで狙った獲物を見定めるかのような目で二人の男を見ている。
「当ててやろうか? 君たちの計画とやらをさ」
「へぇ? それは聞きたいね」
「だろう? けどそれより先にはっきりさせておきたいことがあるんだけどいいかな?」
「ああ、いいとも」
「ヘンドレルお前今、どこにいるんだい?」
ヴェラドーネの発言に、張り詰めたような重い沈黙が流れる。
その沈黙を最初に破ったのは、他でもないヘンドレルだった。
「バレちゃったかぁ」
「お前水を飲もうとしてやめただろ。実にわざとらしくさ」
笑うヘンドレルに対しヴェラドーネは呆れ返ったように嘆息する。それを見てクローネも呆れたように項垂れた。
ヘンドレルはひとつ咳払いをすると、両の手のひらをヴェラドーネに見せながら答える。
「実は今ある女の子と一緒なんだ。で君と話しているのはそんなか弱い女の子と一緒にいるはずの僕の幻影――と言っても視覚聴覚嗅覚は共有されてるからこうして話せるわけだけど」
よく見るとヘンドレルの体は少し透けて見える。はっきりと分かるわけではなく、じっくりと見てようやく分かるような違いだ。
それを見てヴェラドーネは合点がいったのか、あからさまな笑みを浮かべた。
「ははーん。さてはお前今ナハトヴェイルにいるな?」
「お、よく分かったね」
「てことはやっぱり君たちの計画の目的っていうのは、夜の国を崩壊させることか」
行き着いた答えを賞賛するかのようにヘンドレルは拍手する。といっても実体がない以上音は鳴らず、ただの真似に過ぎないのだが。
一方ヴェラドーネはと言うと、面白いことを聞いたと言わんばかりに引きつった笑みを浮かべていた。その目は新たな獲物を見つけて高揚する獣のように光っている。
「この国を壊してほしいってお願いされてね」
「いいのかい? そんなことをすればあいつが黙っていないだろう?」
「ああ、そうだね。だから君に彼の手綱を握っていてほしいんだよ。僕の知る限り、彼は唯一の対抗手段だからね」
「なるほど。まあ確かにユースならあいつと相対しても互角に渡り合えるだろうね」
「だろう? だから是非とも――」
「嫌だね」
ヘンドレルの言葉を遮り、ヴェラドーネは見下した目で彼を見る。彼女が纏っているのは紛れもない殺気。
それを直に受けて、クローネは冷や汗を滲ませた。今にも突き刺さんばかりの殺気に身の毛がよだつ。
「お前さ。私をここまで不快にさせておいて快諾するとでも思ったのか?」
「いや、全然。むしろ怒って僕を殺しかねないと思っていたさ」
「だったら何故わざわざ話そうと思った」
ヴェラドーネでさえ、ヘンドレルの考えがわからなかった。この男は一体何を企み、なんのために一国を崩壊させようとしているのかさえも。
唯一分かるのは、ヘンドレルという男は彼女の殺気に怖じ気づくこともなく、平然とした表情でむしろ笑って話すほどに肝が座っているということだ。
「別に? 勝手にあれこれしたら君は余計に怒るだろうと思ってね。だから前もって話しておこうって。ただそれだけさ」
ヴェラドーネは冷や汗を滲ませているクローネに視線を向ける。彼が苦笑を浮かべているのを見るに、どうやらここまでのやり取りはヘンドレルの独断によるものらしい。
「お前、相変わらず何考えてるかわからないやつだな」
「それはお互い様だろう? 僕だって正直君がなにをしたいのか分からないよ」
二人は言葉を交わさずにしばらく睨み合う。もし今ヘンドレル本人がいたならば、ヴェラドーネは即座に手を掛けていたかもしれない。
そんなまさに一触即発の空気といった状況の中、一切臆することなくその輪に入っていく者がいた。
「だったらその女、僕が殺してやりますよ」
気配を消してどこかに隠れていたのか、突如現れたその人物にヴェラドーネは視線を向ける。所々黒が入り混じったような特徴的な紅の髪。腰には二本の剣を携えて、仕立ての良い黒服で身を包んだ美青年だ。
青年は黒い瞳でヴェラドーネとヘンドレルの双方を見ながら、口元には余裕の笑みを浮かべている。
「おや、誰かと思えば懐かしい顔じゃないか。一体どうしてここにいるんだい? リブレス=フォスティラ=ガルディアンくん?」
「ちょっと彼らに協力してるんですよ。ところで兄さんは元気にしてますか?」
リブレスと呼ばれた青年は礼儀正しく一礼すると、笑顔のまま尋ねた。
「ああ、元気にやっているよ。女二人を侍らせて、鼻の下を伸ばしながら町中を歩いているよ」
「そうですか。それを聞いて安心しました。なにせ兄さんは僕が超えるべき存在ですから」
リブレスはそう言って左腰の剣に手を添えながら笑う。その表情の奥底からは微かな怒りが感じられた。
(なるほどね。彼は護衛役といったところかな?)
幻影に護衛をつけるというのはどういう意図があるというのか。とヴェラドーネは計らいながら苦笑を溢す。
(別に彼とやり合っても生き残れる自信は全然あるけど……余計な騒ぎは起こしたくないよねぇ)
一瞬だけ窓の外に目をやってから、ヴェラドーネは剣呑な雰囲気を押さえ込む。そして咳払いをすると改めて笑顔を取り繕った。
「確かに。君でも多少はやり合えるかもね」
「多少? その女はそんなに強いんですか? それは楽しみだ」
「その余裕が続けばいいけどねぇ。なにせ君のお父上でもついぞ決着がつかなかったほどだからさ」
世界最強とさえ謳われている父とさえ渡り合える。それを聞きリブレスの手が微かに震えるのをヴェラドーネは見逃さない。
そしてヘンドレルに済ました顔を向け、少し呆れた息づかいで尋ねる。
「いつの間に彼を手駒にしたんだい?」
「ここ最近だよ、彼と協力関係を結んだのは」
問いに答えながらヘンドレルは名残惜しそうにコップを見つめている。入っているのはただの水だというのに、どうやら本体は余程喉が渇いているらしい。大方側にいるであろう〝か弱い女の子〟とやらが原因なのだろう。
そうヴェラドーネは内心嘲笑すると、またリブレスに関心を寄せた。
「よくもまあこんな何考えているか分からない胡散臭い男に協力する気になったね」
ヴェラドーネが悪態を吐いた直後、彼女の首筋に剣先が突きつけられた。
「一応彼は僕の現主なので、口を滑らせないように気をつけてください」
「それならさっきまで彼と悪態の応酬をしてたけどね」
リブレスは無言で力を微かに込める。
それを感じたヴェラドーネは左の親指と人差し指で剣先を摘まんだ。
お互い顔が笑っている反面、一触即発の雰囲気を纏っている。
「騎士の家系ガルディアンの名に恥じない忠誠心だ。いい心がけだよ」
賞賛とともにヴェラドーネは剣先を離す。
「それはどうも」
するとリブレスはため息混じりに剣を収めた。
「で、協力するかしないのかどっちなんだい?」
「こんな脅し紛いなことをされたら余計に協力する気が失せたよ」
「そうかい。まあ仕方ないね。そう答えるのは最初から織り込み済みさ。気を悪くさせてすまなかったね」
「おや、お前の口から謝罪の言葉が出るなんて。明日は天地がひっくり返るのかな?」
ヴェラドーネが笑うと、ヘンドレルは鼻で笑ってから忽然と姿を消した。
それを見てクローネは安堵したように胸をなで下ろす。この場で争いごとが起きるのではないかと気が気でなかったようだ。彼とて余計なことに巻き込まれるのはご免なのである。
「一時はどうなるかと思いましたが、一応平穏無事に済んだようですね」
クローネの発言に対し、ヴェラドーネは腕を組んで座席にふんぞり返る。
「君も大変だねぇ。実験結果を知るためとはいえ、こんなことに加担するなんて」
「そうですねぇ。正直あんな研究に手を出すべきではなかったのかもしれませんね。まあ彼女との出会いで実験は成功しているのだと証明されたのですけど」
「彼女? ああ……
ヴェラドーネの問いかけにクローネは含みのある笑みを浮かべて、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「ははは、まあそうでしょうねぇ。当然です。ですがあなたは彼女のことをよく知っているはずですよ?
「はぁ? 謎かけのつもりかい?」
呆れながらヴェラドーネは少しだけ考えを巡らせる。そしてすぐに驚きの表情を見せた。彼女にしては珍しく動揺の色も出ている。
「まさか……そういうことなのかい?」
問いにクローネは小さく頷く。
するとヴェラドーネは突然吹き出すような高笑いを上げると、嬉々とした目でクローネの顔に詰め寄った。先ほど見せたような獲物を見る目ではなく、まるで新しい玩具を見つけた子供のように輝かせている。
「君、それならもっと早くに教えてくれ給えよ!」
「どうです? 気が変わりましたか?」
「いいとも! そういうことなら大歓迎だ! 君たちに協力するよ!」
ヴェラドーネの解答を聞き、クローネは背後に移動したリブレスの顔色を伺う。話しの内容に興味がないのか無言で窓の外を眺めている。
「いやしかしあの子には同情するよ。自分が人間によって意図的に造られた存在であり、両親が偽りでしかなかったと知ったらどれだけ絶望するだろうねぇ」
「偽り……そうですね」
「というかせっかく店に来たんだから、何か頼まないと失礼ってものじゃないか。どうせあいつ何も頼んでいないんだろう? ちょっと下に行って注文してくるよ!」
いつになくはしゃぐ様子でヴェラドーネは部屋を飛び出していく。
その様子を見送った後、クローネは笑みを消してテーブルのコップを見つめた。ヴェラドーネが起こした振動で水面が揺れている。
「果たしてあの子にとって、あれは本当に偽りの時間だったんですかね」
何かに同情めいた事を呟くと、背後にいるリブレスに顔を向けた。
「先ほどからずっと外を見てますけど、どうかしましたか?」
「いえ、どうやら盗み聞きしている輩がいるようなので。どうしますか?」
リブレスは興味深そうに窓の外を眺めていた。
彼の視線の先、建物と建物の間の路地に見える人影。男の変装をしているが、隠しきれていない体つきから女だと分かる。
「ああ。それなら私も気がついていますよ。放っておいても問題はありません」
「よろしいのですか? あの女。ただの人間にしてはなかなかの手練れのようですが」
「所詮は泳がせているネズミの一匹に過ぎません。それにいつか何かの役に立つかもしれませんから」
言いながらクローネはリブレスの視線の先を一瞥する。そこにはすでに女の姿はなく、活動し始めた人の流れがあるだけだ。
「そう……あなたにはまだ役立ってもらわないと。ですからねぇ――元団長殿?」
含みのある笑みとともにクローネは静かにそう呟いた。