「うっ……くぅっ!」
額に手を当ててソラは呻く。
急な転移に体が拒否反応を起こしている。視界がぼやけ、酷い頭痛で立っていることもままならない。
しばらく荒い呼吸を繰り返しながらソラは体を落ち着かせるためにも現状を整理する。
ドゥエセで起こった夫婦殺害事件、ならびに子供失踪事件の犯人をおびき寄せるためにある作戦を立てた。
ゼルレシアスにトゥネリを襲わせ、トゥネリに強い恨みを持っているであろう犯人を焚きつけようという内容だ。あまりに無謀にも近い作戦だが、他に手立てがなくトゥネリも了承したことで決行に移された。
その現場へと向かう道中、犯人が仕掛けた罠に掛かり現状に至っている。
「ここ……は……?」
ある程度体が回復し、視界もはっきりしたところでソラは周囲を見渡す。
どこかの洞窟なのか一面岩肌の壁に囲まれていた。道は一方にしか続いておらず、何か鋭い刃物で掘削された跡があることから人の手によって生み出されたのは間違いない。
一体誰がなんのために生み出したのかは不明だが、転移魔法で訪れる前提の構造から人に知られたくない重要な拠点なのだろう。
ソラはひとつ深呼吸する。不安を取り除き、意を決して進み始める。一歩一歩踏み出すごとに、両脇に立てられた松明が燃え盛る。まるでソラの来訪を歓迎しているかのようだ。
長い一本道を進み続けると、前方に開けた場所が見えてきた。何やら奇妙な緑色の光が漏れている。心なしか周囲の空気も冷たい。
張り詰めた雰囲気にソラは生唾を飲み込んだ。
「な……に……ここ……?」
開けた場所に足を踏み入れて、そこにあった光景にソラは絶句した。
大きな瓶状の入れ物が何本も立ち並んでいる。中は緑に光り輝く液体で浸されており、そこに沈むようにして幅広い年齢の子供たちが眠っている。その中にはあの少女もいることからドゥエセで失踪した子供たちであるのは明白だ。
「これはなにしているの……?」
ソラは声を震わせる。
「一体なにをやってるのさ!」
堪らず絶叫した。
こんな光景は見たことがない。人を人として扱っていないかのような許されざる行為だと怒りを露わにする。
よく観察すると微かな空気を出しているのか、彼らの口元から小さな泡が浮いている。まだ生きている望みはあった。
「なんとかしてここから――」
「どう? 素敵な光景でしょ?」
子供たちを救出しようとソラが動こうとした時、声が響いた。声音からして女性のものだ。
「この子達にはね、大事な使命があるのよ。私の餌になるって大事な使命が」
コツコツと足音が響く。
立ち並ぶ瓶状の影から一人の女が姿を現した。真紅のドレスに身を包み、妖艶な笑みを浮かべながら紅の瞳を輝かせている。
「ごきげんよう。この姿で会うのは初めてかしらね? ヴェルティナの……いえ、賢者イヴェルテーラの息子ソラ」
女の顔を見てソラは息を呑む。
「トゥネ……リ……?」
似ていた。まるで生き移したかのようにトゥネリの顔と。
「いや、違う。あなたは――」
そして、六年前に遭遇した魔物の顔と。
「ふふふ……真っ先にその名前が出てくるなんて、あの子は愛されてるわね」
「トゥネリの……お母さん?」
瞳孔が開き、ソラは己が見ているものを疑った。
トゥネリの母親は病で命を落とした。その現実を受け入れられなかった彼女の父によって魔物の姿に変えられ、六年前エイネの奮闘により討伐されたはずだ。つまりトゥネリの母親は完全に生涯を終えたはずなのだと。
だが目の前にいるのは紛れもなくトゥネリの母親だった。病に倒れた様子もなければ、魔物として絶命した様子もない。五体満足の姿で立っている。
「あの人に似て忌々しい顔をしているわ。永遠に消えることのない、この世の誰もが羨む美貌を持った顔」
「なんで……あなたは死んだはずじゃ?」
「ええ、そうね。あなたのせいで危うく使命を果たす前に死ぬところだったわ」
「ボクの……せい……?」
ソラの反応にトゥネリの母親は鼻を鳴らして笑う。
「そう、覚えてないのね。すっごく刺激的だったのに」
震える体を抱えるようにしてトゥネリの母は蹲った。その表情は熟れた赤い果実のように赤面している。
「思い出しただけでもゾクゾクしちゃう。あの時のあなたにならこの身の全てを捧げてもいいとさえ思えたくらいに」
異常な様子にソラは思わず一歩後ずさる。状況を飲み込めず困惑していた。
「どうして? なんのためにこんなことを……?」
「なんのためってさっき話したじゃない。使命のためにって。もう忘れちゃうほど物覚えの悪い子なのかしら?」
「みんなをどうするつもりなの?」
「それも言ったわ。彼らは私の大事な餌になってもらうの。この体を維持するためにね」
「体を維持……?」
ソラは理解することを拒んでいた。仮に冷静だったとしても、彼にはトゥネリの母親の言葉の意味を瞬時には理解し得なかったであろう。
故にトゥネリの母親は己の目的を話した。何も複雑な意味もない単純な目的を。
「私はね、吸血鬼なの。人の血肉を食らうことでその生命を維持できる存在。だから私は彼らを餌の在庫としてここに保存しているの」
「吸……血鬼……?」
ただただ困惑するソラを滑稽だと言わんばかりにトゥネリの母親は笑みを浮かべる。
「あなた、あの人の子供にしては賢くないのね。別に私がしていることはごくごく普通のことよ? あなた達人間が他の動物の肉を食らって生きているのと同じように、私は人間の肉と血を食らっているってだけ」
「でも吸血鬼には吸血鬼の国があるはずじゃ。あそこでは病などで命を落としてしまった人間の体を、他国との取引で仕入れて売買しているって」
あまり気持ちの良い話ではないが、夜の国ナハトヴェイルでは死んだ人間の肉体を食用として市場で売られていると聞いたことがある。それらは合法的に他国との貿易で仕入れられたものであり、暗黙の了解のもと吸血鬼たちは人間の肉を食らうことが出来ているという。
これは同時にそれ以外の方法で人間の肉を食すことは許されていないということでもあった。過去にも彼女同様人間の肉を確保しようとした者がいたが、そのすべてが捕らえられ天敵である太陽の下に晒されて灰になっている。
つまり例え吸血鬼という種族の特性故だとしても、彼女の行為は犯罪として処罰されるということだ。
「あなた達人間が他の動物の命を平気で脅かしているのに、どうして私たち吸血鬼が制限されなきゃいけないのかしら?」
トゥネリの母親の質問にソラは返す言葉を失う。
確かに彼女や吸血鬼たちの立場からしてみれば自由を制限されていると捉えるのも仕方のないことだろう。
「それにね、すごく不味いのよ? あの国で売っている人間の肉って。死後から大分経ってから入ってきているんですもの。あなた達人間は必ず死んだ者を弔うために葬儀を行うじゃない? その分新鮮さが失われているのよ」
だからと一言置いて、トゥネリの母親は舌なめずりをしながら狂気と快楽に満ちた表情で子供たちを見渡す。
「だからこうして若くて新鮮で上質な肉をかき集めてるの」
その発言にソラは奥歯を噛み締める。拳を握り、ふつふつと沸き起こる言い様のない怒りを抑えるように声を震わせた。
「もしかして……そのためにドゥエセを襲ったの?」
「ええそうよ。大事な使命のためにも仕方なく……ね」
使命。そうトゥネリの母親は何度も口にする。一体それがなんなのかソラは気にかかった。
「あなたの言う使命ってなんですか? トゥネリを……娘さんを悲しませてまでやらなければならないことなんですか?」
「ええそうよ。私の使命を果たすにはあの子の中に眠る力が必要だもの」
「トゥネリの中に眠る力……?」
「賢しいあなたなら知っているのでしょう? 太陽の巫女の伝承を」
太陽の巫女伝説――この世界に古くからある伝承のひとつだ。ヘルディロの王家に伝わっている〝月の巫女〟とは対の存在で、異常なほどの魔力を宿し太陽と同等の力を持って生まれてくるのだという。
「知っています。けどそれが一体なんの関係があるっていうんですか?」
どこか話を逸らされているように感じ、ソラは僅かに冷ややかな口調で答える。
「太陽の巫女はこの世界に救済をもたらすと言われているわ。けど長い歴史の中、その存在がこの世界に生み落とされたことは一度もない。伝承は伝承に過ぎないはずだった」
「だった?」
しばしの沈黙のあとソラの表情が驚愕の色に一変する。
「まさか……!」
「そう。トゥネリという少女は太陽の巫女になるため人工的に作られた生命体なのよ」
息を呑み、ソラは信じられないと目を開く。
「そんな出鱈目なこと誰が信じるっていうんですか!」
その思いは言葉としても表に出ていた。
「残念だけどそれが真実よ。私たちは最初からあの子を太陽の巫女として覚醒させるために動いていた。あの子と家族ごっこをしたのもそのためよ」
「家族……ごっこ……?」
人を人として扱わない行為、言動。そのひとつひとつに対しソラは激昂しかけた感情をかろうじて抑えてきた。微かに残っていた冷静さがそうさせていた。
しかしトゥネリの母親が放ったその一言は耐え難きものだった。失いかけていた冷静さを消失させ、怒りを爆発させるには十分すぎるほどに。
「ふざ……けるな……ッ!」
怒りの感情に呼応してソラの瞳が金色に変わる。脳裏にこれまでトゥネリが家族のことを話す際に見せた表情が浮かぶ。家族が元に戻ることを望むどこか寂しげで孤独を抱えている表情を。
「そんなことトゥネリはひとつも思っていない! それはあなただって分かってるはずだ!」
「あなたって私が思っていた以上に感情的なのね。けど残念。私にとってはあの子との時間なんて取るに足らない退屈なものだったわよ」
トゥネリの母親があざけた直後、ソラはその場から姿を消していた。そして次の瞬間には握った左拳をトゥネリの母親に振りかざしていた。
拳を片手で容易く受け止めたトゥネリの母親はほくそ笑む。
「あら過激。たとえ悪人でも守ってみせるのがあなたの理想じゃなかったのかしら?」
「黙れ……」
「でも当然よね。そんな理想、長く続くはずもないんだもの。この世に悪意を持った存在なんて幾らでもいるんだから」
「黙れぇーッ!!」
叫びとともにソラはありったけの魔力を拳に込めて暴発させた。
その衝撃でトゥネリの母親の右腕は吹き飛び、周囲に赤い血が飛び散る。
だがトゥネリの母親は涼しい顔でソラを見つめている。吹き飛んだ腕もすぐさま再生したことから、彼女が人ではない何かであることを物語っている。
そんなどこか蔑むような眼差しにソラは奥歯を噛み締めて次の攻撃に移ろうと構える。怒りで我を忘れかけている彼は、眼前の女を敵として認識していた。
「どうしてそうやって簡単に苦しめることができるんですか! トゥネリはあなたと一緒に過ごした時間を大切に思っているのに!」
かつて一緒に過ごした場所を壊されたことに嘆く姿を見ている。彼女にとってあの場所で過ごした時間はかけがえのないものだった。たとえそこにあったのが偽りの家族だったとしても、トゥネリにとっては本物だったに違いないのだ。
それを理解しているからこそ、ソラはその思いを踏み躙る発言に激昂した。到底許せるものではないと。
「別にあの子にとっては大切でも、私にとってそうとは限らないじゃない? 大体あの子は〝太陽の巫女〟という道具。道具に特別な感情を抱くはずがないわ」
「トゥネリは道具なんかじゃない! これ以上彼女を侮辱するな!」
ソラは歯を剥き出しにすると、トゥネリの母親目掛けて一直線に駆ける。魔力を纏った両脚からは雷の如き稲光が走り地面を焦がす。
一瞬にして距離は縮まり、再び握った左の拳をソラは叩き込む。が、今度は光の障壁によって阻まれていた。
「言葉で諭すのではなく暴力を行使するなんて、あなたの理想とは程遠い行為ね。それともあの子のためであればなんだってするってことかしら?」
トゥネリの母親が笑みを浮かべたと同時に、ソラは背後に殺気を感じ取った。
その察知通り、彼の背後に血のような赤い液体で象られた無数の針が生成されている。
「――ッ!?」
ソラは咄嗟に振り返り迎え撃とうと構える。それが同時に大きな隙となり、トゥネリの母親は彼の脇腹に向けて蹴りを放った。
「がぁ……っ」
体が軽々と飛び壁面に叩きつけられる。その衝撃にソラは呻き声を上げた。
一方で生成された無数の針はすべて地面に突き刺さって砕けた。破片の輝きに混じり、断ち切られた光の糸が薄らと浮かび上がっている。
「言葉と身を挺しての攻撃をする一方で糸を張り巡らせる。当然意識はあなたに向けられるから、普通の人であれば糸に気づくこともなく捕まるでしょうね。でもそんな戦い方じゃ私は止められない」
地面に伏し、脇腹を抑えながらソラは身を捩らせる。痛みにこれまでにない苦悶の表情を浮かべていることから、防御する間もなくもろに受けている様子だ。
それを見てトゥネリの母親は失望したような眼差しを向ける。
「脆いわね。まあ所詮は人の子と言ったところかしら」
トゥネリの母親が呆れたように呟く。
対しソラは負けじと痛みを堪え、怒りに震えながら立ち上がろうと手をついた。
不意に青い魔力結晶がソラの視界に飛び込んだ。エイネの形見であり、彼女との約束の証とも言うべきそれが。
ソラは目を見開いて結晶を見つめる。見つめる内に怒りの感情が薄れていく。
彼は思い出していた。自分がなんのために力を求めたのかを。自分がなんのために今戦わなければならないのかを。
(トゥネリは今も家族一緒に笑い合える日を望んでる。もし母親が生きていると知ったら、その思いはきっと今よりもっと強くなるはずなんだ。だったら今ボクがやるべきことは――)
顔を上げたソラの瞳にはもう怒りは宿っていない。ただ冷静に目の前にいる女を知ろうとしていた。
「そう……ですね。あんな戦い方をしてもあなたを止められるはずがない。トゥネリの本当の望みだって叶えてあげられない」
脇腹を抑えながらソラはゆっくりと立ち上がる。
「ボクはあなたのことを知らなきゃいけない。あなたの本当の目的を」
「本当の目的? だからそんなのさっき――」
違う。とソラは言葉を遮る。
彼は頭の中で情報の断片を探し出す。真実へと辿り着くために、何よりトゥネリのために。
「だったらわざわざボクをここに連れてきたりはしません。あなたの言っていることが真実ならここは活動の拠点となるはず。それを明かすということは、それで何か得られるものがあるからでないと説明がつかない。そもそもトゥネリが太陽の巫女として生み出されたという話をボクに言う必要もないはずです」
そうだ。冷静に考えるとおかしな話だとソラは断言する。
第一この場所の構造が不可解だ。出口もなければ入り口もない。座標を特定し転移しなければたどり着けない作りになっている。
人の目に触れないようにするための手段であるはずなのに、第三者を招き入れる必要がどこにあるのか。餌として子供たちを保存するためだというならば尚更だ。
力を覚醒させるためという点についても気にかかるところがある。もし仮に彼女たちが太陽の巫女を生み出すための研究者であるならば、力を無理やり引き出す方法も見つけているはずだ。
なにか支障があると考えることもできるが、見方次第ではトゥネリに試練を与えているようにも捉えられる。
「それになにより――」
ソラは思い出す。彼女が今トゥネリのことをなんと呼んでいたのかを。
「本当にトゥネリのことを道具としか思っていないのなら〝あの子〟なんて口にしないはずです」
ソラは真っ直ぐに女の目を見て思った。トゥネリと同じ目の色をしている。何か悲しみを背負っている色だと。
「そんなのはあなたの勝手な妄想よ」
「そうかもしれません。けどあなたが何かを隠しているということは分かります。それを今口にするか迷っていることも」
トゥネリの母親は口を閉ざすと、不意に微かな笑みを浮かべた。
「どうやら時間切れみたい」
「えっ……?」
疑問を口にした直後、突如として花弁の嵐がソラの周囲を覆った。
「なっ……!?」
慌ててその場から退こうとするも、吹き荒れる風の中心にいるため身動きひとつすることもままならない。飛ばされまいとソラは足に力を入れて踏ん張る。
「これは……まさか!? 待って! ボクはまだこの人と話しをしなきゃ!」
状況をなにひとつ飲み込めずにいるが、何者の仕業なのかだけは思い当たった。
「待ってよ母さん!」
一切目にしたことはないが、こんなことを出来るのは自分の母親以外に浮かばない。どういう理由かは分からない。どうやってこの場所が分かったのかも不明だが、ここから連れ出そうとする意思だけは感じられる。必死に虚空へと叫ぶが嵐の勢いは増すばかりだ。
ソラは花の嵐から抜け出そうと魔力を込めようと試みる。が何か特別な力が働いているのか、魔法を行使することは敵わない。
「もっとお話ししたかったけど、ここまでのようね。真実に一歩近づいたご褒美にひとつだけ教えてあげるわ」
この時トゥネリの母親の声は風の音で妨害されていたが、ソラの耳には届いていた。
「私の名前はリュネティ――リュネティ=リゾル=キアンロレス」
リュネティが名乗り終わるのと同時に、花の嵐はソラとともに消えた。
見送ったリュネティは微笑みながら振り返る。子供たちが入れられた容器の影に何かが潜んでいる。
「思ったよりも遅い介入でしたね、ヴェルティナ。いえ、今は女神イヴェルテーラと呼んだ方がいいのかしら?」
影から姿を現したのはソラの母親ヴェルティナだった。
「別に。あの子の出産を手伝ってくれたよしみで時間を上げただけよ」
「そう言う割には到着にも時間が掛かっていたようですけど」
くすりと笑うリュネティに対し、ヴェルティナは無表情で言葉を続ける。
「こんな場所を作るなんて、只者じゃないとは思っていたけどあなた一体何者なのかしら?」
「貴方に比べれば大したことないですよ。ただちょっとだけ世界から切り離された空間を作る魔法を試しただけです。おかげで貴方でさえ見つけられない場所を生み出せましたし、彼の秘密も知ることができた」
ヴェルティナは表情を変えずに嘆息する。
「なるほど。最初からそれが目的だったわけ」
「はい。今回事件を起こしたのは最初からそのためでした。どうです? してやられたでしょう?」
ヴェルティナは周囲を見渡して肩を竦めた。容器の中身がいつの間にか空になっている。まるで元から存在していなかったかのように忽然と。
「この装置もあの子を激昂させるための罠ってわけね。なかなか手の込んだことをするじゃない」
「そうでもしないと貴方を騙せませんから。大変だったんですよ?」
「そう。じゃあこれはいらないってことかしら?」
ヴェルティナが手のひらを見せると、そこには赤い結晶体が三個乗っていた。
リュネティはそれを見てばつが悪そうに苦笑する。
「できればそれは私の唯一の生命線なので欲しいです。あの子たちが持つ魔力量ではそれが限界だったので」
「別にそれは構わないわ。そもそも私が直接回収することは許されていないもの」
そう言うとヴェルティナは結晶体を手渡す。渡しながらリュネティの体を眺めた。
人間の女性と何ひとつ変わらない体つき。だが一部分だけ異質な箇所に気がついていた。ソラに吹き飛ばされて再生した腕。その腕が乾燥しきったかのように所々ひび割れていることに。
「吸血鬼の体に拒絶反応が出ている。そう……やはりそういうことなの」
「ああ、流石にこの体だと気づかれちゃいますよね」
リュネティは左手で結晶を受け取る。その際、ヴェルティナの微かな呟きを耳にして彼女は笑った。
「残念ですけど、私にその資格はありませんよ」
答えながらリュネティは結晶を二つ口の中に放り込んで噛み砕く。飲み込んだと同時にひび割れた腕が元通りに回復していく。
その様子を見たヴェルティナはただ一言「そう」とだけ言うと花びらとなって姿を消した。
一人残されたリュネティは、天を仰いで緊張の糸を解きほぐすかのように深く息を吐く。
「そう、今の私にその資格はない」
呟きながら視線を落とし、手のひらにひとつだけ残った結晶を見つめる。今彼女の胸中には多くの思いが渦巻いている。その中にはソラに対する
「だからあの子に
リュネティは物憂げに呟くと結晶を強く握り締めた。