数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第四節 怨嗟の渦に巻き込まれて 5

 

「逆に聞きたい。お前は何故ああも簡単に自分の両親とこれから産まれてくる子供を殺せた?」

 

 アルガストは目の前の殺人犯に問う。

 黒マントを羽織った男は静かに鋭い双眸をアルガストに向ける。まるで彼を見定めるかのように。

 

「お前、六年前に行方不明となっていたあの夫婦の息子だろ? あの日犯人の自宅で発見された遺体は四肢や頭部を切断された少女のものだけだった。当時は魔物が地上へ出る道中食らったのだとして処理され、以降捜索は行われず真実は永遠に閉ざされた」

 

 アルガストが言いながら剣を構えた直後、男は距離を詰めて斬り掛かった。

 

「否定はなし――か。今にして考えてみれば、お前の妹が魔物の腹の中に入っていなかったということはどこかで生きているという証左だったのかもしれないな」

 

 ここまで読み通りに動くとは思っていなかったが、アルガストは軽く受け止めて分析する。表情は見えないが剣の重みから静かな怒りを感じる。

 

「おっと、すまない。少し軽はずみな発言だったか」

 

 挑発のためとはいえよくも軽々しく言えたものだと、アルガストは自嘲の笑みを浮かべる。まるで目の前の男に向かって「弟の死体は見つからなかった」と嫌味を口にしているようだと。

 もしそう捉えてしまったのだとすれば、この男が激昂するのも無理はない。本質的には同じことなのだから。

 いつからこうなってしまったのかと嫌気がさしながらも、アルガストは目の前の男と向き合う。

 

「妹を失った過去を持ちながら、お前はどうして残った家族の命を奪った。俺は……いや、俺とあいつはその理由を知りたい」

 

 アルガストの言葉が増すに連れ男の力も増していく。剣の重みがより強く、より鋭く、そしてより殺気立ったものになっていく。

 真意は分からない。が、この男に現状に対する後悔がない事は感じ取れる。何か余程の覚悟と信念を持って行動したのだろう。それがどれ程のものか、あるいはどんな目的があるのか見極める必要がある。

 

(そういや……教えを受けてた時あの人が言ってたっけな)

 

 ふと師である女騎士の言葉がアルガストの脳裏に過ぎる。

 

〝――相手の真意を知りたければ剣を交えるのが一番手っ取り早いわ。なにせ言葉の中には意識無意識に関わらず必ず裏が存在する。それを言葉だけで知るなんてのは相手の心が読めない限り不可能よ〟

 

 それは真っ先に対話を試みようとしていたソラとは真逆の精神だ。そしてその精神は自分の中にも存在する。

 

「悪いなヴィルレ。どうやら俺はお前よりお利口さんじゃないらしい」

 

 自虐的な呟きとともにアルガストは男の腹部を蹴り飛ばした。

 特に怯んだ様子もなく、男は無言で距離を置いて剣を構え直す。淡々とアルガストの出方を見ている様は何処となく不気味さがある。

 

「俺は周りくどい会話が苦手でな。こいつで少し語り合おうぜ」

 

 先の攻撃には相手の裏をかくようなものはひとつとしてなかった。初見の者の多くはそれだけで「この男は構えが一丁前の弱い」と判断するところだろう。

 しかしアルガストは薄々感じていた。

 この男は自分よりも相当若いはずだ。だというのに底の知れない強大な存在であると。

 

「来な。あいつの代わりに相手になってやるよ」

 

 それでも引くわけにはいかない。剣を両手で構え、その切先を男に向けてアルガストは己を鼓舞する。

 一陣の風が流れる。

 遠くで響いた爆発音が合図となり、二人は同時に動いた。

 アルガストの横凪ぎの払いに対し、男は剣身を軽く当てて僅かな力でもって受け流す。

 逸らした次の瞬間にはアルガストの顔面目掛けて切先を突き出しており、アルガストは咄嗟に身を反らすことでこれを躱した。

 

(こいつ!?)

 

 距離を置き、息を軽く整える。あまりにも無駄のない動きにアルガストは面食らう。

 一瞬反応が遅れれば男の刀身は間違いなく顔面を串刺しにしていた。

 頬を伝う感触に苦笑すると、アルガストは再び構え――

 

(あいつはどこに……?)

 

 異変に思わず周囲を見渡した。

 距離を置いた一瞬の隙に男が何処かへと姿を消したのだ。

 気配を辿り、男の居場所を探るアルガスト。

 

「上か!?」

 

 彼がハッと上空を見上げたと同時に稲光が宙に走った。

 

「炎火よ、我が得物に憑依し必勝の一撃となれ!」

 

 軽い舌打ちとともにアルガストは詠唱を口にする。

 その間にも男は雷を纏った刀身とともにアルガスト目掛けて降下する。

 当たれば必死の一撃と察したアルガストは、これに炎を纏いし刀身で迎え撃った。

 技と技、魔法と魔法が衝突し、直後暴発し合う。

 

「ぐおっ……!?」

 

 爆風に吹き飛ばされ、アルガストの体が煙の中から弾き出された。

 

「荒れ狂う風よ、我が身に憑依しその命を守りし鎧となれ!」

 

 詠唱により爆風がアルガストの身を包む。風は吹き飛ばされた勢いを徐々に失速させていく。

 ある程度余裕が生まれたところで受け身を取り、アルガストは次の攻撃に備えて剣を構える。鋭い視線と意識をもくもくと立ち昇る煙に向けた。

 

「また気配が消えた……?」

 

 煙が晴れるもその中に男の姿はない。それどころかあらゆる気配さえも消えている。

 

(事件発生からこれまでの間、一切姿が見つからなかったのも同じ芸当を使ってか?)

 

 周辺に気を張り、アルガストは警戒心を強める。

 視界が悪い暗がりでの戦闘とはいえ、ここまで気配を消せるのはそう容易なことではない。何らかの方法あるいは魔法を用いているのは間違いない。

 その正体を探るべく、アルガストはこれまでの男の攻撃を思い返した。

 

「まるで闇の中にでも紛れてるみてぇな――」

 

 闇。その単語に反応し、ある可能性が浮かび上がる。

 

「まさか……っ!?」

 

 背後に殺気を感じ、アルガストは即座に振り向いた。振り返った先にあったのは信じ難い光景だった。

 男の半身が黒い霧状のような物に変貌している。否、どちらかと言えば黒い霧が人間の形となってそこに現れようとしているという表現の方が正しい。

 

「くっ!」

 

 アルガストはその場から直ぐさま退こうと後ろに飛んだ。が、男の剣先はすでにアルガストの体を捉えた後だった。

 

「ぐっ……!」

 

 肩から脇腹に掛けて斜め一直線に出来た斬傷から鮮血が吹き出す。

 痛みと失血により体の力が抜け落ちる。

 膝を突きそうになるが、アルガストはかろうじて持ち堪えた。

 

「まさか今のは」

 

 冷や汗を額に滲ませて、アルガストは男を睨む。

 

「闇魔法……お前はそこまで……」

 

 闇魔法。禁じられた魔法に付けられた総称だ。

 その多くはかつて世界から切り離された場所に隔離された〝闇〟と繋がりを得ることで使役することから、そう名付けられている。

 使役者が騒動を起こしたという記録は世界各地に残されており、今では「最も犯罪が起こらない国」と言われているヘルディロも例外ではなかった。

 そして残された記録には総じてこう記されていた。使役者は尋常ならざる恨みを持っていた――と。

 

「そこまであいつらを恨んでいるっていうのか」

「……当然だ」

 

 最初の問答から硬く閉ざしていた口を男は開く。

 これまで見たこともない憎しみの表情にアルガストは微かに動揺する。妹の死はこの男にとってそこまでの絶望だったのかと。

 

「あいつらのせいで俺の妹は死んだ。あいつらがいなければ、俺たち家族は平和に暮らしていたはずなんだ」

「違う。あいつらだって被害者だ」

「違わない。今この世界はあいつらを中心にして回り始めている。特にあのソラってやつを中心にな」

「お前……何を言って」

「俺は聞かされたのさ。あいつが何者であるのか……この世界にとってどんな存在であるのかを」

 

 男は拳を握り、携えた剣に力を込める。叫びはせずとも彼の激しい怒りが垣間見える。

 その憎悪に満ちた目にアルガストは見覚えがあった。

 

〝――なんで? どうして彼が?〟

 

 愛する者の死を知った時ゼルレシアスが浮かべていたものと似ている。深い哀しみとそれ以上の何かに取り憑かれたような強い憎しみ。それらが入り混じった目だ。 

 

「あいつらがいなければ……六年前の事件は起きなかったんだ。あいつらがいなければ俺たち家族は……」

「そうか。お前もあいつと同じことを言うんだな」

「あんただって本当は分かっているはずだ。あの事件はあいつらがいたことで巻き起こされた悲劇だってことを」

「言っただろう? 俺は利口な男じゃないって。だから俺はそんなことひとつも考えちゃいねぇよ」

 

 笑いながら、アルガストは血を失っていく感覚に軽い舌打ちをする。

 このまま止血しなければ衰弱し、最悪命を落とすことになるだろう。それでも彼は剣を構えて言い放った。

 

「俺が恨んでいるのは俺自身……あの時守るために精一杯力を使わず、ただ怯えることしかしなかった自分なんでな」

 

 アルガストの意思に、男は諦めと呆れたように力を抜く。彼の目には憎悪から一転、憐れみが表れている。

 

「そうか……どうやらあんたも死をもってでしか救うことができないようだ」

「死が救い……か」

 

 男の言葉にアルガストも憐れみの眼差しを向ける。

 

「そんなもの救いでもなんでもねぇよ」

 

 アルガストが微かに笑った時、遠くで強い光が天に向かって放たれた。

 

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