数多の星は蒼穹にて輝く   作:姉川春翠

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第五節 闇に差し込む光明 2

 

 トゥネリの体から光が溢れる。柔らかな温かみを持った強い光は周囲を朝焼けのように照らし、分厚い雲に覆われた天を貫く。

 

「なんだこの光は!? くっ……目が……!」

 

 ロトゥスたちは光を直視しないよう咄嗟に目を覆うが、僅かに間に合わず視界が白く塗り潰されてしまう。

 

「ははっ、まるで本物の太陽のようだね」

 

 一方、影の男は感嘆し笑みを溢す。トゥネリの首を拘束していた男の腕は、光に照らされて消えていくのにも関わらず満足げだ。

 その傍らで少女が光を浴びて苦しみだした。終始無言で放つ殺気で兵士たちを拘束していた少女だったが、今は甲高い悲鳴を上げて焼け焦げる目を覆っている。この場から今すぐ離脱しなければならない。そんな本能が働く反面、地に伏して光が当たる量を軽減しようと試みる。光源は目の前。当然防げるはずもなく、身を焼かれるかのような苦痛に悶えている。

 その様子と消えた自分の腕を見て影の男は肩を落とす。

 

「瞬時に消滅できないとなると、まだ覚醒には程遠いようだね」

 

 嘆きに似た言葉と同時に、光はゆっくりと消えた。

 拘束から解放されたトゥネリは膝を突き、空気を求めて喘いだ。彼女の首元にはくっきりと拘束の跡が赤く残っている。あのまま拘束が解かれていなければ首の骨が折れ、呼吸もままならないまま絶命していたであろう。

 自身の体に何が起きたのかは分からない。だが今はそんなことはどうでも良かった。今彼女の心を占めているのは強い生存願望と「死ぬわけにはいかない」という使命感だ。

 涙目になりながらも、トゥネリは顔を上げて影の男を睨む。

 

「死ね……ないのよ。わたしは……ッ!」

「おや、それはどうしてだい? 君は心のどこかで自分の死を望んでいたのだろう?」

 

 影の男の問いにトゥネリは否定しない。事実、死を望み受け入れようとしたのは今日に限った話ではない。

 しかし死の淵に立たされた際に垣間見た幻影。ソラの背中と振り返った表情を見てその考えは消えた。

 

「分かってるから。ソラは……あの人は例えこんなわたしでも、死んでしまったら悲しむって。だったら死ねない……死んじゃいけないのよわたしは!」

 

 幻影は泣いていた。例えそれが現実でなくとも、真実だとトゥネリは知っている。ソラは何に置いてもまるで我が事のように受け止める。そういう人なのだからと。

 トゥネリの想いを聞き、俯いていたゼルレシアスは思い出す。

 

(ああ……そういえばそうだったわね……)

 

 ネリドの死を目の当たりにし、罪悪感で自ら命を絶とうとした時のことを。あの日必死になって止めたアルガストの顔を。

 

(自分のことばっかり。あの時から何も変わってない……私ほんと最低ね)

 

 今回の事件でゼルレシアスが望んだのは紛れもなく〝己の死〟だった。

 犯人の目的がトゥネリであることは、彼女がこの街に誘われた時点で確定していた。ある事情からトゥネリの身辺を調査したことがあったゼルレシアスにとって、それを想像するのは容易なことだったのだ。

 トゥネリを一目見て、ゼルレシアスは考えた。アルガストのためにこれまで自ら命を絶つことができなかった。だがこの事件を利用し、トゥネリを殺そうと目論めば犯人はきっと自分を殺しに来るはずだと。そのためにトゥネリと一騎討ちになる状況を作り、こうして誘き寄せるための役を買って出たのだ。

 

(まさかこんな大事なことをあの子に気づかされるなんて)

 

 自嘲の笑いとともに、ゼルレシアスは槍を強く握りなおす。

 

「そうかい。でも残念だ。君は今ので魔力を使い果たしたのだろう? 体も疲弊している。立つことだって出来ないはずだ」

 

 男の指摘どおりトゥネリは意識を保つので精一杯だった。体の震えは止まらず、少しでも気を緩めれば倒れるのは彼女も理解している。それでも諦めず、鋭い眼光だけは男に向けていた。

 

「それにさっき見せた光の影響で周りの兵士たちは一時的に視界を奪われている。今の君を殺すのは簡単なことだよ」

 

 男の黒い腕が鋭利な刃物のような形を取る。目的はトゥネリの喉元を貫くため――

 

「けどどうやら幸運にも一人だけ影響を受けなかったようだね」

 

ではなく、ゼルレシアスの放つ刺突を受け止めるために。

 

「どうしたんだいゼルレシアス。どうして僕に牙を剥くのかな?」

「黙りなさい。どうやって声を真似ているのかは知らないけど、彼は昔から〝僕〟なんて言わないのよ。いつもアルガストの真似をして〝俺〟って言ってたのを知らないのかしら?」

 

 ゼルレシアスは距離を取り、トゥネリの前に着地する。

 

「取り乱してごめんなさいね。いえ、今はありがとうって言うべきかしら。あなたのおかげで大切なことを思い出せたわ」

「ゼル……シ……さ……」

 

 当に限界に達していたトゥネリは安堵したように微笑むと、そのまま意識を手放して崩れ落ちた。

 呼吸を確認してから、ゼルレシアスは槍を構えて影の男と対峙する。

 

「いいねぇ、感動的だよ。まるでその子の姉みたいじゃないか」

「誰が姉なもんですか。まずはその減らず口を叩く舌から貫いてあげるわ」

 

 構えながらゼルレシアスは額に冷や汗を滲ませる。強気の姿勢を崩さずにいるが、相手はただの影。本体が別の場所にいることは察しがつく。加えて背後には気絶したトゥネリがいる。

 今しがた槍による刺突を受け止めたのも気に掛かる。一切の攻撃が効かないというのであればそもそも防ぐ必要がない。トゥネリが発した光を受けた影響があったのか、それともそう思わせるための罠なのか。どちらにせよ迂闊に手出しはできない。

 動向を伺うゼルレシアスに対し、影の男は少女の方に顔を向けた。皮膚が焼け焦げ、白目を剥いて仰向けに倒れている。体は痙攣し、呻き声にも似た微かな呼吸音が漏れていることから死んではいない。

 

「残念だ」

 

 そう言って男は手を再生させると、少女を抱きかかえた。

 

「もう少し君と話していたかったけど、どうやらこの子の再生を優先した方が良さそうだ」

「なに? 逃げるつもり?」

「そうさ。君たちを見逃してあげるよ。計画を次の段階に進めることもできたし、美人を殺すのは僕の趣味でもないしね」

 

 男が笑うと、まるで元からそこにいなかったように忽然と姿を消した。

 念のため警戒を払うゼルレシアスだったが、その必要が無いと分かると肩の力を抜き息を吐いた。

 

「なんとか行ってくれたようね」

 

 もしあのまま戦闘が続いたとしたら勝機はあっただろうか。そんな取り留めのない考えを捨て、ゼルレシアスは周囲を見る。

 

「みんな大丈夫かしら?」

 

 ロトゥスたちはようやく回復し始めたのか、片目だけ開けて周囲を見渡す。

 

「ゼルレシアスさん、大丈夫なのか? さっきの影の男は?」

「残念だけどまんまと逃げられたわ。いえ……あんな魔法の対処を知らないもの。言葉どおり見逃してくれたってことね」

 

 癪だけど。ゼルレシアスはそう言いながらトゥネリを拾い上げると、ロトゥスにそのまま差し出した。

 

「ロトゥス。悪いけどこの子の面倒を見といてくれるかしら?」

「えっ? あ、ああ。けどあんたはどうする気だ?」

「決まってるでしょ。アルガストを探しに行くのよ。本来ならとっくに合流してるはずなのに姿がない。何かあったんだわ」

 

 それにあの子もいないしね。トゥネリを一瞥しながらそう付け足すと、ゼルレシアスは槍を手に颯爽と駆け出した。

 漸く回復したロトゥスは瞼を震えさせながら恐る恐る両目を開ける。開けて、手元で気絶しているトゥネリを凝視した。他の兵士たちも怪訝そうにトゥネリの顔を見ている。

 

「なあロトゥス。この子は一体? さっき何をしたんだ?」

 

 問いを受けてロトゥスは思い出す。

 トゥネリの体から放たれた光。幸運なことに全員時間の経過とともに回復することが出来たが、あと一歩防ぐのが遅れていれば失明する者がいてもおかしくはなかった。影の男が口にしたのを聞いていたが、紛れもなく太陽の如き輝きだった。

 

「分からない。けどおかげで俺たちは助かったんだ。今は考えないでおこう」

「だが――」

 

 提案に不満を口にする兵士もいたが、ロトゥスは無視して兵舎に歩みを向ける。こんな少女を守ることもできないほどに自分は弱いのか。燻る無力感に彼は唇を噛んだ。

 

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