死神の刃を継ぐ者   作:ハーマィア

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ほぼ「やはり俺が十師族を守護するのは間違っている」の別ルートバージョンです。よろしければそちらもどうぞ。


新たな死神

 魔法。かのような技術が現実のものとして体系化されてから、およそ百年が経った。

 

 百年が経過するその間に起きた、地球全体の寒冷化による食糧不足に端を発する第三次世界大戦。

 

 この戦争は熾烈を極め、世界人口は寒冷化前の半数以下という数にまで激減してしまう。

 

 だが、世界滅亡まであと一歩、この世界大戦が熱核戦争にならなかったのは、ひとえに魔法師の団結による抑止の力が働いたためだ。

 

 非物理的な力を持ってあるがままの事象を制御する魔法は、ミサイルや銃などの通常兵器の効果を悉く上回っていた。

 

 魔法が世に出たのは二十世紀初頭に起きたテロ事件が初とされているが、本格的に魔法が活躍の痕跡を残したのは世界大戦が初めてだ。しかし最初から、核以上の脅威であると認識されて魔法は世界に姿を表したのだった。

 

 魔法師が本格的に活躍を始めてから戦争が終結までに二十年。だが、その期間の短さには、誰もが驚いていたものだ。何せ、食糧事情という生物の根幹を成す動機はそう簡単に解決できるものではなく、当初は一世紀戦争などと呼ばれる事もあったのだから。

 

 そして。

 

 世界は百年をかけてそのあり方を変え、魔法、或いは魔法師の存在が常識的なものとなっていた。

 

 しかし、その裏で――

 

『「死神の刃(グリム・リーパー)」……だとっ!? あの魔法は、四葉家の初代当主しか使えない筈の魔法だぞ……ッ!』

 

 ゆらり、と闇が蠢く。折り重なる死体の山の上に立つ「それ」に対峙する、男の恐怖に彩られた形相は、怒り、悲しみ、恐怖、憎悪、嫉妬……あらゆる負の感情で塗りたくられていた。

 

『……はっ、何言ってんだ』

 

 しかし、それが対峙する闇は乾いた笑みを浮かべる。……嘲笑、していた。

 

『……?』

 

『魔法を使うのは神でも悪魔でもない。……魔法師、人間だ。同じ人間にできる事なら自分にもできる……そうは思わないのかよ』

 

『……ッ、それが出来たら俺は……っ、きさまぁぁぁ!!』

 

『バイバイ、魔法師(モルモット)。お前をかたして任務完了だ』

 

『――――!』

 

 声の後、ビクン、と跳ねて崩れ落ちる男の体。

 

 それを静かに見下ろしながら、闇はただ一言呟いた。

 

『……ここで死ねるお前が羨ましいよ』

 

 風が吹き、闇が晴れ、月光が夜の世界を照らす。

 

現実が夢を裏切ることはあっても、事実が現実を裏切ることはない。

 

 死体の上に立つ新たな死神は、十五歳にも満たない、幼げな印象を持たせる死んだ目をした少年のカタチをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰か助けてくれ、とその少年は願った。

 

 だが事実としてそれはどうしようもないことであり、願うだけ無駄だという事も少年は既に悟っていた。

 

 国立魔法大学付属第一高校。本日同校の入学式が、少年のいる講堂で執り行われていた。

 

 この学園の入学試験に無事に合格した少年は、(当たり前だが)きちんと生徒として入学式に参加していた。

 

 少年の左座席には、不機嫌そうに足を組んで不満を表す、その怒りで周囲に熱気すら漂わせている金髪の少女がいる。

 

 少年の右座席には、ただ静かに、見本のような姿勢で前を見つめる黒髪の少女がいる。

 

 ただ、その黒髪少女の左手は少年の右手に重ねられていたが。

 

 二人の様子を交互に見て、ため息をつきたい気持ちをグッと堪えて、少年、比企谷八幡は視線を前に向けた。

 

 八幡が視線を向けたその先の壇上では現在、新入生総代が答辞を読み上げている。

 

(……綺麗な声だ)

 

 それは、彼の素直な感想だ。八幡が視線を向ける先、全ての新入生の視線を一心に受けているその生徒の名前は司波深雪。今年の第一高校入試試験を首席で突破したその少女は、余裕のある柔らかな表情で答辞を読み上げていた。

 

 八幡が深雪に見惚れていると、突然、彼の左手に痛みが走る。

 

「っ、……?」

 

 振り向くと、黒髪の少女――雪ノ下雪乃が、深雪と比べてもどちらが美しいかわからない程に美しく可愛らしい笑みを浮かべ、

 

「……公衆の面前でなんて顔をしているの、あなたは。気持ちを引き締められるようにその緩みきった頬にもみじ手形をつけてあげましょうか」

 

 と拳を握りしめていた。

 

(いやそれグーパンですよね、頬骨か顎骨か鼻骨がへし折れそうなんですが……まさか、鳩尾?)

 

 八幡はその笑みに身震いをして顔を逸らした。

 

「横綱じゃねぇんだからやめてくれ……」

 

 すると、左側に座る少女からも声が――

 

「ヒキオ煩いんだけど、煩すぎてあーし寝れないんだけど。静かにしてくれない?」

 

「……むしろこれ以上なく静かだと思うんですけど……」

 

「息するだけでうるさい。存在を消せ」

 

「死ねと?」

 

 隣人の文字通りの〝死ね〟宣告に八幡が心の中で涙を流していると――

 

『――新入生代表、司波深雪』

 

 凛とした声で、深雪が答辞の最後を締め括った。その際――

 

「……?」

 

 何故か彼女が八幡に微笑みかけたような気がしたが、この場に彼女の知り合いがいないとも限らないのだし、八幡は何でもないと気にしないことにした。

 

 それよりも、新入生たちが席を立ち始める中、隣で腕を引っ張る雪乃に八幡は意識を引っ張られる。

 

「比企谷くん。忘れていないでしょうね、私たちの責務の事を」

 

「ああ。今朝ウチに届いてたから知ってる。……新人研修期間とか無いの?」

 

「あるわけないでしょう。初日から新人気分というのも困るわ。ウチには代わりがいないのよ」

 

 雪乃の言葉と共に八幡の脳裏には、一人の少女が思い起こされる。明るい髪の色をした、見た目通りに明るい性格の楽しげな少女だ。

 

「……そうか」

 

「『そうか』じゃないわ。行くわよ」

 

「いや、別行動した方が多角的に見張れて良いんじゃ――」

 

「新人の貴方に身勝手が許されるわけないでしょう。新人に作法も教えずに放置しておく余裕は無いのよ」

 

「……うい」

 

「返事は『かしこまりましたご主人様』でしょう」

 

「俺は奴隷ですか」

 

 雪乃の言葉に嘆息しながら、人もまばらになったこの講堂内で彼女が立ち去った壇上に視線を向ける。

 

「まぁいいわ。とにかく……彼女が、私たちが警護するべき相手、司波深雪。四葉家の隠し子よ」

 

「四葉、ねぇ……」

 

 雪乃の言葉を受けて、八幡がため息を漏らす。彼らも次の場所に移ろうとして、

 

「あーしの事、無視してんの? 警護対象の言葉を無視するとか護衛役としてどうなん?」

 

「貴方はもう警護するべき家の人間ではない筈だけど、少し静かにしていてくれないかしら。三浦さん」

 

「話しかけてんのはヒキオなんだけど。雪ノ下さんこそ静かにしてて。周りに迷惑よ?」

 

「あら、言い返してくるなんて成長したわね三浦さん。でもごめんなさい、でも今は大事な話をしているの。あっちに行って、お友達と馬鹿みたいに騒いでくればいいわ」

 

「は?」

 

 放置に耐えられなくなった優美子が介入し、争いの火種を蒔いて――静かに着火していた。

 

 見事に雪乃が優美子に煽られて喧嘩に発展する前に、八幡は彼女たちを置いて席を離れる。

 

 ――そうか。とうとう始まったのか。

 

 一歩一歩踏みしめながら、八幡は階段を上る。

 

 ……「筆頭魔法師族重護衛格」。それは、日本魔法師の精鋭集団十師族を守る為に制定された特殊制度。

 

 魔法を以て日本を守る為に魔法師界の頂点に君臨する彼らの「存在」を守る為の仕組みであり、六道と呼称される彼らの戦力は十師族を軽く凌駕していると噂されている。

 

 八幡は、その護衛の一人としてこの学園に入学している。

 

(……失敗は許されない)

 

 彼は、彼に課せられた任務を心に秘めて、講堂を後にした。


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