真由美嬢だと思った? 正解はCMの後で!
—追記—
誤字報告ありがとうございました。適用いたしました。
比企谷八幡はこの日、確かに約束をしていた。
ランチをした後にショッピングもしたし、今はその七草先輩がオススメだという個室レストランで夕食も食べている。
優美子と雪乃は、八幡が七草真由美に手を出されないかと心配で半ば強制的に同行を認めさせたのだ。
いかにも「誘ってます」と言わんばかりの一連の流れに、従者だからと盲目的に従う八幡に対しても怒りが無いわけではなかった。
が……。
「……お、美味しいですね」
「確かに。ここにしかない味というか……」
「ここは私のおすすめです。三浦家のお嬢さんや雪ノ下さんにも気に入っていただければこちらとしても紹介した甲斐があったというものです」
と、棒読みの台詞に加えて二人とは一切目を合わせずに他所を向いて話す青年。
間違っても、二人が想像したような第一高校生徒会長七草真由美の姿ではなかった。
「いえ……」
苦笑いを浮かべる二人。ただ、その笑みに苦しさなどかけらも見当たらないのは、流石二人とも名家の御令嬢といったところか。
七草孝次郎。それが、八幡を食事に誘った相手の名前だった。
痩せた体躯に整えられていないボサボサな髪。間違っても高級レストランで振る舞うような出で立ちでないのは確かだが、それを咎める事が出来る立場の人間は、最後の料理を運んできた時点でこの場から退席していた。
食後のデザート、パンナコッタの最後の一口を八幡が味わった後。
「さて……息抜きは終わりですね。私は比企谷くんと研究所で実験段階の魔法について協議しますが、貴方達は如何されます?」
「そろそろお暇させて戴きます。家も心配しているでしょうし……」
言って、優美子が今度は本当に苦笑いを浮かべる。
八幡と食事に行くから昼食と夕食は不要という用件のメールをしたところ「デキ婚は早すぎないか?」という趣旨のメールが返ってきたので、これ以上誤解妄想曲解されないためにも早く帰る必要があった。
雪乃に関しては、わかりやすく顔を赤くしていたので恐らく差出人は彼女の姉で、優美子と同等かそれ以上の煽りが記されていたのだと思われる。
二人はデザートをゆっくりと味わう二人を置いて、カードリーダーにキャッシュカード代わりの携帯端末を翳し、優雅に、されどワインで染まったような赤い顔でレストランの一室から出て行く。
「今宵はありがとうございました。機会がありましたら、またいずれ」
「はい、またいつかに」
別れの挨拶も忘れない。ただ、どこか逃げ去るような印象を八幡は抱いていた。
雪乃達がこの場を離れて一分も立たず、孝次郎が八幡の顔を見て口を開いた。
「……まったく。男の秘密の作戦会議に女の子を連れてくるなんて常識としてどうかと思うよ、八幡くん」
「論より証拠っていうじゃないですか。あいつら多分、正直に話しても隠蓑としか思われなかっただろうし」
美しい姿勢を保っていた孝次郎は二人が出て行った瞬間に崩れるように背もたれにもたれかかり、八幡も気を抜くように長めの息を吐いた。
スプーンで八幡を指しながら、孝次郎は半眼で八幡を見つめる。これも、見知らぬ他人の前では絶対にやらない行為だ。
「あのねぇ。これから重要機密を話そうって時に女連れてくるかな? 普通さ」
人付き合いが苦手な性分らしく、随分と文句を垂れる孝次郎。それを嫌気なく受け止めているのは、付き合いの長さからか。
「ですから、最初アイツらに誘われた時、誤解が無いようにちゃんと昼飯食って映画見て買い物して夕飯食べるって言いましたけど」
「何がちゃんとかな? 誤解をしっかりさせようとしたのか?」
それに返す八幡の顔も、随分と慣れている様子。
「そんなん言ったら普通は真由美に誘われてるものと思い込むんじゃないかな」
「ですから、七草会長とか真由美さんとかじゃなくてきちんと七草先輩と……」
「同じだよ?」
とぼけてみせる八幡だが、彼が幼い頃から、それこそ実の兄弟のように見てきた孝次郎は、そんな八幡のとぼけぐせも今更か、と考える。
「……それよか、早く用件教えてくださいよ。昼メシ食ったりガンプラデートしたり、夕飯までこんなとこで食ったりして……また真由美
魔法の研究のために二人でこの後話をするというのは本当だ。ただ、それを勘繰らせるような真似はしたくないが為に、こうして仲の良いっぷりを見せつけている。
勘繰られたくない相手——彼らの身近な人物で例えば、七草家当主、弘一やその娘の真由美であったり。それらの干渉を防ぐ為、こうして二人は定期的に無意味に遊びに出かけている。最も二人は意気が合う(ただし
ただし、やり過ぎて二人が深い関係であると誤解した弘一が八幡と真由美の縁談を強引に進めようとしたこともあり、その誤解と誤解が解けた後にいつのまにか式場選びに事態が進んでいた縁談を白紙に戻して何故か真由美が悲しんでいたりと、トラブルもあったが。
そして、その建前作りがようやく生きる時が来た。
「……」
八幡はまず、個室の中に自らの探知を行き渡らせた。
——ヒットせず、か。
が、仮にも此処は七草家が愛用しているレストラン。八幡が想定していた盗聴器や監視カメラなどの物騒なものは、存在しなかった。
そして孝次郎が、部屋の中に遮音フィールド——あらゆる音を遮断する空気の膜を形成する。
その上で、ランチの時から八幡と孝次郎の食事を覗いている人間の視覚に予め記録しておいたエイドスを投影、変わらずに二人が食後の談話を続けている様子をその者の視界に映し出した。
「……悪いね。うちの父親はどうも用心深いみたいだ」
「んなこと言ったら、俺なんて四葉のとこの黒羽が監視に来てるんですよ? マジ勘弁しろっての……」
互いにため息をついて、そして孝次郎は、用件を告げる為に口を開いた。
「……ブランシュ、という組織がある。知ってるかい?」
「……ブランシュ? ……心当たりはありませんが」
何度か反芻するも、その名前に心当たりがないらしく、八幡は顔を上げる。待っていたかのように孝次郎は頷いた。
「先日君が潰したイヴォルドという
「……あー、あのアンティナイト持ってた所でしたっけ」
そういえば、と八幡の脳裏にその記憶が思い浮かぶ。といってもモヤがかかったようにうっすらとであり、ハッキリとは記憶にない。
彼にとって相手の魔法の処理速度や演算規模、干渉強度は関係がなく、相手が自分の姿を捉えてさえいればそれで彼の勝負は決まる。故に、戦闘で苦戦するなどという記憶は彼には無い。そしてもう、四桁では足りない数の戦闘を八幡は繰り返している為、いちいち相手の顔なぞ覚えてはいなかった。
「そう。反魔法師……といってもやってることはイヴォルドと同じ。下部組織にエガリテというのがあって、それは構成員に学生がいるようなレベルで地域に浸透してる」
八幡の目が覚める。彼の意識は、すでにそちらに向いていた。
「……まさか、第一高校にいるんですか?」
「まぁね。……と言っても、真由美が十分に対応できるレベルだ。他にも克人くんや後は渡辺くん……だったかな? が、あそこにはいるから大丈夫だよ。事件は起こるだろうけどね。……それよりも問題なのは」
孝次郎が目を細め、グラスの中のアイスが溶け落ちてカラン、と鳴った。
「ブランシュが、
事実として誰も盗み聞きしている者はいないというのに、それでも用心しているのか、彼は声を潜め、言った。
「八幡くんは、魔法は核兵器に対抗する為に生まれたものだと知っているよね?」
「え……ええ、まぁ。今時中学校でも習いますし……」
「そう。魔法の開発は、核兵器対策を発端として行われてきた。だから、ガンマ線フィルターだったり中性子バリアがあるのはその研究の成果とも言える」
「……はぁ」
何の話を? と首を傾げかける八幡だが。
「そして、今度はその魔法に対抗する為に核を参考にしてとある兵器が開発された。今は君が開発元であるイヴォルドを消滅させてくれたおかげで、その兵器を生産する術もそれを開発した研究者もこの世にはもう存在しない。だが、作ってしまったものはすでにこの世に存在している」
「……核兵器並の、下手をすればそれ以上の威力を持つ兵器を、ブランシュは持っていると?」
「ああ」
孝次郎は一度大きく頷き、八幡の目を見た。その滅多に変化を見せない彼の額には冷や汗が浮かび、尋常では無い危険な事態に陥っている事を如実に表していた。
数秒の後、孝次郎はついにその名を口にする。
「『
要素の一つなのでタグ追加は要らないと思うんです。登場人物一切出てきませんし。