死神の刃を継ぐ者   作:ハーマィア

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お待たせしました。四話目です。




原作の司一を忘れました。





隣立つ悪意

 

 からん、とグラスの中で氷が音を立てる。溶けて水かさが増えたその中を、最後の一粒である小さな氷が泳いでいた。

 

 それを一息に飲み干して、孝次郎は息を吐く。

 

「貧者の薔薇……この地球上において、あのインパクトに耐えられる生物は十師族でもいないだろう」

 

 一方で、孝次郎に対面している八幡は、掌の上に拳大ほどの大きさとなった氷を浮遊させて遊んでいた。

 

 八幡のグラスの中身は既になく、グラスに入っていた液体・固体全てが、流れぬ固体として彼の掌の上に集合していた。

 

 それを薬指を折り曲げて星形に変え、握り込んで拳を作って正方形に、逆に掌を開いて円形にするなど、様々な形に変化させながら、八幡は孝次郎に問いかける。

 

「薔薇の中身は『マテリアル・バースト』ですか?」

 

 不意を突いた質問に、孝次郎はむせる。

 

「流石に、そこまでの代物じゃないけどね」

 

 苦笑いしながら水を飲む。しかし、それで流れていくほど、八幡のその質問は飲み込みやすいものでもなかった。

 

 魔法とは元々兵器としての役割を重視されて開発が進められてきた。それにより通常兵器の殺傷能力を遥かに超える魔法が沢山生まれ、世界各国はこぞって自国の魔法師の「育成」に取り組んできたのだ。

 

 そして、その攻撃性に富んだ魔法の中でも、十数万人規模の都市や艦隊を纏めて討ち滅ぼせる力をもった魔法が「戦略級魔法」と呼ばれる。それを扱う魔法師が、戦略級魔法師と呼ばれていることも知られていた。

 

 マテリアル・バーストはそんな戦略級魔法のひとつだ。ただし、他の戦略級魔法と比べても頭ひとつ抜けている破壊能力を有しているが。

 

 マテリアル・バーストは八幡の魔法ではないが、使用経験があるだけに似た性質の魔法としてすぐに思い浮かんだのかもしれない。

 

 しかしそんなものが、たかが民間人の技術力で叶ってなるものか。造れる筈がないのだ。

 

 流石は同じ戦略級。考えるものの程度が違う——と孝次郎が思ったのは、数秒の間だ。

 

「……鉄を一瞬で蒸発させる程の熱量に、その後ばら撒かれる猛毒。もし起爆されたのなら、それがもたらす被害は甚大、では済まない。十文字家のファランクスがどこまで耐えられるのかわからないけれど、何でもないショッピングモールとかで起爆なんてされたらどうしようも無いんだ」

 

「……じゃ、仕事はそいつを消す(・・)ってことで?」

 

 八幡は立ち上がる。支払いは孝次郎がするし、この立ち上がりはどちらかというとこの状況を監視している者達への牽制の意味が強い。八幡が不意に目を向けた先にいる、こちらを覗いていた黒き少年は、八幡と目が合って明らかに動揺していた。

 

 孝次郎は頷く。だが、その首肯には少しの間があった。

 

「……恥ずかしながら、ターゲットの居場所は掴めていない。父親の手前、派手に動くことが出来なくてね。この前もバレそうになった研究所を更地にして慈善事業団体を通して土地を売却、公園にしたところさ」

 

「……ああ、だからO-3(イール)区画研究所は地下になったんですか。この時期の土地の購入(・・)も、不自然だとは思ったんですが」

 

「そういうこと。葉山家辺りに探らせてみれば良いんじゃないかな」

 

「葉山に頼むと四葉の当主が気付かない筈ないですけど」

 

「そこはまぁ、上手くやろう」

 

「何も考えてねぇのかよ……」

 

 たっぷりと呆れの視線を向けて、八幡は孝次郎に背を向ける。部屋の出口は、孝次郎から見て真正面だ。

 

 開閉式のドアのノブに手をかけ、ひねり、引いて出て行く。扉が閉まる時には、彼らが秘密裏に仕掛けていた魔法はすべて解除されていた。

 

 

 

 

 

 

 八幡が部屋を出て数秒。

 

 1キロメートル先のレストランを双眼鏡で見ていた、幼げな印象をその面影に残す、女装が似合いそうな黒髪の少年は首を傾げた。

 

「あれ……出てこないな」

 

 四葉家における諜報の役割を担うのは、四葉と血縁を持つ黒羽家だ。

 

 この日も、当主四葉真夜の命により、黒羽文弥は比企谷八幡を監視していた。

 

 先程視線が合った——と思った時は思わず動揺したが、落ち着いて考えてみればありえない。八幡のいるレストランから1キロ近く離れているこの場所に文弥の姿を認めるためには、文弥のように電子調整型双眼鏡か望遠レンズ、又は七草家の令嬢が持つような異能を使わない限り、気づかれることはまずない。そう。あれは景色に目を向けていたのだ。

 

 ……文弥の尊敬する従兄弟、最強の魔法師である司波達也ですら普段はそこまで探知できないのだから、間違いない。

 

 だから、大丈夫。このまま監視を続けよう。

 

 そう判断して再びスコープを覗く。……しかし、視界の隅に表示されている監視カメラの映像に、八幡の姿は映っていない。

 

 双眼鏡を覗いたまま、文弥は思考する。

 

 扉を開きかけて、何か用事を思い出し、そのままの姿勢で何か話をしているのだろうか。ちなみに個室内に監視カメラはなく、窓から覗くしかない。扉を閉めたのはマナー以前に聞かれたくない話であるからなのかもしれないが……。

 

 文弥の背後、高層ビルの男子トイレのドアが開く。しかし、監視任務中だというのに文弥は気にも留めない。何故なら、文弥がいるこの場所は四葉の所有している物件で、そもそもこの場所に立ち入る者は全て関係者なのだから。

 

「何かあったか?」

 

 故に文弥は、何か用があって自分を訪ねてきたであろう部下に、そう訪ねた——筈だった。

 

「わざわざそんな格好する必要あんのか」

 

 ぱしゃ。合成されたシャッター音と共に何気なく言われたこの言葉は、さざなみひとつない湖面のように落ち着いた文弥の心に、嵐を巻き起こした。

 

 すぅっ。その言葉と共に、尻や腰に妙な〝風〟を感じる。衣服として腰回りにあった質感も、今は消えていた。

 

 端的に言うと、スカートをめくり上げられた。

 

 そして、パシャりと盗撮防止の為の偽のシャッター音が鳴る。

 

「!?」

 

「……うわ、映り悪。取引に使えないわこれ」

 

 その声。その存在感。全てが、今まで察知していた部下のものとはまるで違っていた。

 

「…………っ!?」

 

 文弥の顔も、赤く染まっていた。

 

「にしてもあれだな。警備がお粗末過ぎるぞ黒羽弟」

 

 比企谷八幡は、手にした携帯端末を握り潰しながら、そこに意味もなく立っていた。

 

「……比企谷八幡っ!?」

 

「おっ」

 

 今も尚スカートをめくり上げるその手を払い、手で押さえて、文弥は距離を取る。それと同時に、武器を持ち替えることも忘れずに。

 

 いざという時は、このような事態だろう。

 

 文弥が得意とする魔法は、あまり目立つ場所で使えるものではない。ただ、他に目にするものがいない一対一の現在のような状況下であったり、暗殺・隠密行動には最も適している魔法であるといえる。

 

 その名もダイレクト・ペイン。傷を与えずに痛みだけを敵に伝え、場合によってはショックによって命を奪う事もできる、文弥の切札でもあった。

 

 それの術式を封じ込めたナックルダスター型CADの感触に頼もしさを覚えながら、拳を文弥は八幡に向けた……が。

 

「あ……ふ、……う、く……っ!」

 

 文弥は既に、彼の姿を目にしてしまっていた。

 

 振り返って一度。瞬きをして二度。

 

 その少年の死神のような姿を、文弥は脳裏に焼き付けてしまっていた。

 

 で、あれば。

 

「……!」

 

 いつの間にだろうか。文弥の足下——防水加工がなされたタイルから生えた無数の『赤い手』と『黒い手』が、文弥を引き摺り込もうと腕を伸ばしてくる。

 

「っひ!?」

 

 足首や脇腹など、腕を掴まれた先からその『手』は文弥の身体を侵蝕していく。

 

「あ……うォぶ、ゔぉえっ……!」

 

 ぞわぞわと全身の毛が逆立つ嫌な感触だ。生暖かくて、全身を舌で舐められているかのような不快さがある。

 

 目隠しをされるかのように、文弥の視界も手によって塞がれる。

 

 首元まで到達した腕の一本が文弥の唇をなぞり、口を押し開け、強引に口内へと押し入っていき、喉に触れる感触に文弥はたまらず涙を浮かべる。

 

 そして、無数の手に身体が犯されると同時、文弥の身体にも変化が訪れていた。

 

 手が、足が、背丈が——縮んでいくのだ。

 

 抵抗する間も無く。いや、抵抗するという手段は、選択肢は、一番最初に奪われていた。

 

「あ、う。————————きゅぅ」

 

 そして、一分程も経たないうちに『少年』であることを気取り『少女』である事を隠している少年のその姿は、黒い毛を全身に持つ兎へと変わってしまっていた。

 

 四つん這いになって、その兎は地面へと降り立つ。そして、兎は転けた。

 

 指の先——否、前足の先から伝わる熱量は火に手で触れた時の比ではない。

 

 熱で浮かされたその兎の思考は纏まることはない。最早、人の思考をすることですら難しいのかも知れない。

 

「ほら」

 

 地面に這いつくばる兎は、頭上からかけられた声に頭を上げた。

 

 それと同時に、兎の頭を酷く心地の良いヒトの手が撫でる。

 

 そのあまりの心地良さに、兎はうっとりと目を細める。

 

 今の兎にとって自分が何であったのかなんて、どうでも良いことだ。

 

 今はただひたすら、この身が浸る蕩けるような心地良さに、意識を委ねるだけ。

 

 きゅう、きゅう。

 

 自分の頭を撫でる手が止まり、兎が鳴いて催促をするとまたその天国が始まる。

 

 今は他に、ほんとうに、何もいらなかった。

 

 

 

 

 

 

「お嬢! ご無事です……っ!?」

 

「きゅうぅ……えへへ」

 

 …………数十分後、駆けつけた部下にあられもない姿を発見されるまで、黒羽文弥は緩みきった笑みを浮かべながら寝転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅した八幡は、まず夕飯の用意されている食卓へと向かった。孝次郎と会合を行う日はいつもこんな時間に帰る事になっているし、彼の妹や母親は彼の分だけ食事を作り置きしてくれているのだ。

 

 ただ、この日は母親も妹も八幡の夕食を用意していなかった。……なぜならば。

 

「ヒキオ、どう? 美味しかった?」

 

 三浦優美子——師補二十九家に名を連ねる魔法師の家の令嬢は、二の腕や太腿を露出させたラフな格好にエプロンを装着し、和かに笑いかける。

 

 胸元が開かれている訳でも、劣情を掻き立てるような扇情的な格好でもないというのに、八幡の瞳は自然と優美子と見つめ合う事を拒否した。

 

 なんというか、こう、胸がモヤモヤするのだ。

 

 彼女が作る料理の味に間違いはないし、その自然と浮かんだ笑顔に胸が高鳴っているのも事実だが…………。

 

「……なぁ」

 

「うん? なにー? ……あ、ヒキオのほっぺにご飯粒がついてるぞっ!」

 

 孝次郎と食事している時、確か彼女は『帰る』と言っていなかったか? 何故比企谷家にいるのだろう。

 

 まさか、七草家に続いて三浦の家まで『そんな事』を考えているのでは……と考えるも、せっかくの好意を無駄にしたくはない。八幡は、その考えを頭から振り払った。

 

「……いや、なんでもない。メシ、美味かったよ。ごっそうさん」

 

「お粗末さま。片付けはやっておくから、風呂に入ってきたら?」

 

「いや、流石にそこまでやってもらう訳にはいかんだろ。もう夜遅いから、送ってく」

 

「お。ありがとっ! ヒキオ、そういうとこが好きだよ! ダイスキ!」

 

「はいはい……」

 

  チラリ、とリビングのドアに目を向ける。そこには薄く開けられたドアの隙間から覗く四つの眼があった。

 

 ねっとりと歪められたその口元は、にやけるのを我慢できなかった結果形成されたものらしい。

 

 魔法で半開きのドアを少し勢い強めに閉じて、ガッ、ゴッ、と二つの音が聞こえるのを確認しながら、帰宅の準備をする優美子に振り返る八幡だった。

 

 4月になり、すっかりと夜風から冷たさが抜けきったこの頃。

 

 この後に寄る場所があるらしく、見送りは駅までで大丈夫と笑んだ優美子がキャビネットに乗り込み、扉が閉じる直前にしてきたキスのせいで、駅からの帰り道は気温が余計に暖かく感じていた。

 

 帰宅後、八幡は浴室へと向かう。流石にもう寝る時間だ。

 

 浴室に入ってまずは、温かいシャワーを頭から足先まで全身に浴びる。そうして全身を湯洗いした後、ゆっくりと湯船に浸かるのが八幡の入浴ルールだ。

 

 身体を洗うのは湯船で身体を温めてから。

 

 だが八幡はこの日、シャワーを浴びて湯船に浸かる事が出来なかった。

 

「がっ……!?」

 

 唐突な吐き気。頭痛。目眩。喉から胃まで、まるで火傷でも負ったかのような激烈な痛みが八幡を襲ったからだ。

 

「ぐ……、ごぼっ」

 

 壁に手をつき、異物を吐き出そうと咳き込む。だが、受け皿にした左手が受け止めたのは、大量の八幡の血液だった。

 

 それを認識した途端、八幡の身体は彼の意識と共に崩れ落ちた。

 

 ——gん界値、突ぱ。損がががいレベル不明。

 

 ——治療が必要です。迅速で適切で正確な治療を行います。

 

 ——サルトケロン、上牧、ee、凍結解除。備蓄サイオンの二十パーセントを使用して損傷部位の再生を行います。

 

 ——代替パーツが使用可能です。使用しますか?——不可。

 

 ——強化。損壊理由の特定完了。原因・先程食事によって大量に取り込んだ指定劇物『マル・ネスタ』。

 

 ——犯人断定。三浦優美子。第三領域解放。報復措置を開始し————

 

 ……強・制・停・止!

 

 ——了解。回復措置を除いた全ての行動をキャンセルします。

 

 映画鑑賞をするかのように観ていた自分の体が行う条件反射的行動を、意志の力で捻じ伏せ、八幡は起き上がる。口の中の苦味や痛みは、既に消え去っていた。

 

 立ち上がり、自分の体に異常がないか確認する。強力ではあるが、やり過ぎるのが彼の能力の悩みどころであった。

 

「ぐっ……くそ、なんだってんだ……」

 

 無事を確認し、誰へともなくボヤく八幡。倒れる時に余程大きな音がしたのか彼の妹が駆けつけてきたが、滑って転んだだけであることを伝えて、安心させた。

 

 だが、安心できないこともある。風呂から上がって、八幡はケータイを手に取った。

 

「あー、もしもし、材木座か? 調べて欲しい事があるんだが……」

 

 今起こったことをありのまま、最も信頼する相棒に伝える。返ってきたのは、八幡の身を案ずる声だった。

 

 

 

 八幡が〝三浦優美子〟が仕掛けた罠を見抜いていた(・・・・・・)こと、それにわざと乗ったことも、相棒へと伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は数十分前。八幡と別れ、走り出した優美子が乗るキャビネットの中には、不気味な笑い声が響いていた。

 

「……ひひ、くぅひは! うふひははひゃはほはへへへうふははははほあひゃあっ!」

 

 それは少女、大人以前に女の声ではなかった。…………若い、男の声。

 

 ひとしきり嗤った後、余韻を引きずりながら『優美子』は自分の髪を掴み、カツラを脱ぐ。金髪の下からは、薄紫の短髪が現れた。

 

 そして、懐から取り出した眼鏡をかける、優美子の顔をした『男』。

 

 しかし、その優美子と同じ顔も、時間経過とともに全く別のものにすり替えられるように、ゆっくりと確実に変化していく。

 

 一分も経過した後、コミューターの中にいたのは三浦優美子とは似ても似つかない青年だった。

 

くしゃ、とカツラを握り潰した後、男は不気味にひはっ、と笑みを洩らし、空いている手でカツラをすいていく。

 

 そして、歯を剥いて笑う。高らかに、声をあげた。

 

「この程度も見破れないとは本当に六道なのかぁ? 守る気があるのかぁ!? ……ひっきがっや、はっちまぁぁぁぁぁぁんくぅぅぅぅん!?」

 

 

 

 それは、誰かに向けられた悪意。

 

 

 

 ——巨悪は、既にそこまで迫っていた。





今作の司一タグ

#吐き気を催す邪悪
#気持ち悪い
#変態
#見つけたら倒せ
#HENTAI
#月山習
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