おれ勇者パーティーやめて野良になるわ   作:村人B

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第1話

「はぁ? アンタなに言ってんの?」

 

 ベアトリースが目を細め、そ言った。ありえないものでも見るかのように、鋭く俺を睨みつけてくる。

 

 なかなかの威圧感だ。歴戦の冒険者でも、ここまでの眼力を放てる者はいない。流石はベアトリースだと、俺は静かに感心した。

 

 だが、伊達に俺もここまで彼女たちと共に冒険をしてきたわけじゃない。この程度で怖気づくほどヤワな鍛え方はしていないし、むしろ、ベアトリースの反応によって反骨心が刺激され、鋼のごとき決意を得たと言ってもいい。

 

 だから、改めて俺はその誓いの言葉を口にした。

 

「俺、このパーティーやめて野良になるわ」 

 

 彼女たちとパーティーを組んで、かれこれ数年ほどだろうか。王都にある小さな酒場から、アリシアと共に始めたこのパーティーも、紆余曲折を経て五人にまで増え、なんやかんやで世界を巡り、気づけば、生きては帰れぬと言う伝説の地にまで挑むようになっていた。

 

 ここは、別名「最果ての地」という、なんとも冒険心がくすぐられる名の荒れ果てた荒野なのだが、多くの困難を共に乗り越えてきた俺たちにとっては、さながら陽気な気候の西海岸のようなもので、気分はまさにラストリゾート。砂漠の中のオアシスのように、前触れもなく出現した謎の集落も偶然見つけられたことだし、この乾いた空の下、進行方向先に立ち込める僅かな暗雲以外は、万事順調な旅路だと言えるだろう。

 

 俺たちがいま囲んでいるテーブルの上には、この集落一番のシェフが腕によりをかけて作ってくれた料理が、ところ狭しと並べられている。まるで俺の門出を祝福しているかのような豪勢な食事だ。質素倹約がオールウェイズなマイパーティーにしては、近年稀に見るアンビリーバブルなご馳走だが、これが彼女たちと共にする最後の晩餐かと思うと、なるほどこれ以上のものはないだろう。

 

 そして、そんな肝心のパーティーはとはいうと、せっかく俺が悩みに悩んで一念発起し大告白をかましたというのに、ビックリするどころかノーリアクションを決め込んで黙りこくってしまっている。まるで世界が静止したかのように、みんなピクリとも動かない。

 

 一体どうしたというのか。せっかくのごきげんな料理だというのに、このままでは冷めてしまうだろう。仕方がないので、俺は空気を一新するため、テーブルに置かれたままになっているグラスを手に取り、一気に中身を飲み干して見せた。うんまずい、もう一杯! 

 

 横目でチラリ。パーティーメンバーはまだ固まっていた。

 

「……俺、このパーティーやめて野良に」

「いや、そう何度も言わなくていいから、ちゃんと聞こえてるから」

「そうか」

 

 もしかすると緊張のあまり小声になっていて、良く聞こえなかったのではと思ったが、そうではなかったようだ。いくら気の知れた仲間同士だからといって、無視するのは良くないことだが、だからといってそれをわざわざ口にしない。俺は真の男なのでちゃんと空気は読むし、時として沈黙は美徳であるということもしっかり理解しているのだ。

 

「ただ、アンタがいきなり変なことを言い出すものだから、ちょっとビックリしちゃっただけよ。えっと、それで? 一体なんの冗談のつもりかしら? このパーティーを抜けるですって? ジョークにしては笑えないわね」

 

 当然だろう。これはジョークでもなくマジもんの本気話なので、笑えないのも当たり前である。どこかの売れないピエロじゃあるまいし、真の男たるものこんな重要案件を冗談めいて言うはずがない。

 

「まさかアンタ本気で言ってるの?」

 

 呆気にとられたというか、未だ半信半疑といった様子でベアトリースが問う。その疑念を確信に変えるため、俺は三度(みたび)同じセリフを言った。

 

「ああ、俺このパーティーやめて野良になるわ!」

 

 エクスクラメーション! 二度あることは三度あるとは言うが、まさかこんなセリフをこの短時間で三度も言うことになるとは……だが、仏の顔もスリーフェイスとは良くいったもので、三度目にして、ようやく彼女たちへと真意が伝わったようだ。そう、俺はこのパーティーをやめて野良になる。

 

 再び長い沈黙。

 

 ごきげんだったはずの昼食タイムは、まるで葬式か何かのように静まり返ってしまった。気持ちは分かる。俺だって昨日まで仲間だったヤツに、突然「やめる」とか言い出されたら、ショックのあまり無言にもなる。だが、すでに覆水盆にノーリターンズ。今更吐いた唾は飲み込めない。俺はこのパーティーを抜けて野良に、つまりはソロの冒険者に戻ってみせる! 

 

 俺は依然として黙り込む彼女たちを、その自慢のつぶらなお目めでつぶさに観察した。ベアトリースは眉間を押さえ、シャルロットは腕を組み、セーラは呆然とした表情を浮かべている。アリシアは普段から無表情なので、一見したところ大した変化は見られないが、真の男である俺のミリキにかかれば、よゆうで見抜くことができるだろう。

 

 じろり。アリシアの表情筋が二ミリほど痙攣している! アリシアはわずかに動揺しているようだ! 

 

 うむむ、よもやアリシアにさえもここまで動揺されるとは、正直言って想定外デス。てっきり、普段の俺への扱い方からして、ここで唐突に別れを切り出しても「あ、そ、じゃあねバイバイ」くらいのあっさり塩対応でおさらば御免、と予想していたのだが、意外にもこんなしおらしい対応を見せられると、何だか無駄にドギマギしてしまう。

 

「一体どうしたことか?」

「いや、それはこっちの台詞よッ!!」

 

 憤慨したベアトリースが勢いよくテーブルを叩いた。ガンッ! 

 

 するとその拍子に彼女の荒ぶる魔力が溢れ出て、テーブルがバーン! 魔力がギューン! 料理がドーン! 

 

 見事なまでに俺の最後の晩餐が宙を舞い、ごきげんな昼食が凶暴な弾丸へと変貌する。俺はこのパーティーの「肉壁」という名の「盾役」なので、これが最後の一仕事と言わんばかりに襲いかかる脅威全てを一瞬にして見極め、甘んじてその身に被弾、彼女たちへの被害を最小限に抑えてみせた。 

 

 流石はベアトリース、今日も魔力とツッコミのキレがハンパない。だが、せっかくの料理を台無しにしてしまうのは頂けない。食べ物を粗末にする者には、もったいないお化けが出るぞ。俺はベイヴの頃そう母親に教わった。おまえも昔お母さんに教わらなかったのか? あとで作ってくれたシェフに謝っておくように。

 

「それよりもなによ突然抜けるって! 全然意味分かんないし! 真剣な顔して“大事な話がある”って言うから覚悟して聞いてみれば、なに? なんなのコレ!? アホなの? 死ぬの!?」

「落ち着けベアトリース、正しくは「抜ける」ではなくて「やめる」だ」

 

 真の男たるもの、言葉は正確に使わなくてはならない。

 

「どっちだって一緒じゃない! 減らず口の減らないヤツね!」

「まあまあ彼の言う通りだぞベアト、少し落ち着け」

 

 見かねたシャルロットが仲裁に入ってきた。流石はパーティーの「お母さん」的なポジションの人。ナイスフォローだお母さん。

 

「貴公も少し黙れ」

 

 お姉さんでしたね、ハイ。

 

「でも、これが落ち着いてられるかってのよ!」

 

 怒り心頭といった様子でベアトリースが吠える。

 

「シャルだって分かってるでしょ? こっちだって色々あるってのに、言うに事欠いて「俺、このパーティー抜ける」よ? なにここまで来て寝ぼけたこと言ってんのって話よ!」

 

 そう言われると肩身が狭いのだが、だからと言ってこのまま折れる気も曲げる気も毛頭ない。俺の意思は鋼鉄よりも堅いのだ。

 

「それともなに? シャルはこのままコイツが抜けてもいいって言うの?」

「そうは言っていない。だが、そう熱くなっていては説得できるものも説得できないと言っているんだ。それに忘れたのか? 彼は「ヤる」と言ったからには必ず「ヤる男」だ……」

 

 そう言うとシャルロットが俺に目配せをしてきた。俺は聡い男なので、褒められたのだと直感で理解し、胸を張った。えっへん! 

 

 ベアトリースとシャルロットが息を合わせてため息をつく。なぜこのタイミングでため息をついた? オイ二人とも、駄目だこりゃと言わんばかりに目を覆うんじゃない。

 

「とはいえ、どうして「やめる」という結論に至ったのか、その理由を詳しく聞かせてはくれまいか? もし我々に改善できる点があるならば改善するし、譲歩できる点があるならば譲歩しよう。我々としても、このまま「ハイそうですか」と引き下がるワケにはいかないのでな」

「ハッ! そ、そうです! なんでやめたいのか、ちゃんと理由をお聞かせください! 私たちに何か不満でもあるのですか?」

 

 明後日の方向に精神をジョグインさせていたセーラが、ここぞとばかりに意識を取り戻し詰め寄ってきた。ドウドウ落ち着け、ビジュアル的に立場が逆だ。

 

 彼女たちの問いかけに、俺は目を閉じて逡巡した。

 

「別に、俺はこのパーティーに何か不満があるワケじゃない……」

 

 ましてや最近冒険者界隈で流行しているという『理不尽にパーティーメンバーから追放される』というビッグウェーブに、男らしく便乗してみたいと思ったワケでもない。ないぞ。

 

 俺は空を仰ぎ見た。どこまでも青い空の端に、何やらドス黒い悪雲が立ち込めている。まるで俺の将来を暗示するかのようだが、だからといってこのまま怖気付いて立ち止まるわけにもいかない。この選択の先に、何が待っているのかは分からない。だが、行ってみなければ分からない。迷わずいけよ、行けばわかるさ。そう心の中のアントニオが俺にサムズアップした。

 

「……ふと思ったんだ」

 

 そう言って俺はアンニョイな雰囲気を醸し出した。夕陽に照らされた場末のパブで、スコッチ片手に語り出しそうな、なんかそんな感じの固茹で卵ぽい雰囲気だ。まあ俺はとある事情で永久禁酒状態で今は昼だが、そんなことは些細なことで重要ではない。

 

「そうだ、野良になろう……って」

 

 そう、さながら京都にでも行くかのように……

 

 俺がそう宣言した瞬間、まるで世界が凍りついたかのように、パーティーメンバーたちが再び固まった。そんな、まさかこの俺も「入門者」だったとは。これにはDIOもジョータローもビックリ。今まで気づけなかったが、まさか俺が時を操る能力者だったとはヌアァ──ビンタッ!! 

 

 猛烈な衝撃が俺の頬を貫いた。さながら戦闘機に突っ込まれたかのような、あるいは大魔法クラスの魔力を手のひらサイズに圧縮して放ったような、そんな想像を絶する衝撃だ。勢いのあまり首がねじ切れそうになったが、俺は持ち前のタフネスさでなんとか耐え抜いた。

 

「ふっっっっざけんじゃないわよッ!」

 

 間髪入れずベアトリースの怒号。その光り輝く右手には、これまで感じたこともない膨大な魔力が篭っている。さながらシャイニング・ゴッド・フィンガー。並みの男なら既にゴー・トゥー・HELLしているレベルの衝撃だったのだろう。だが、俺とて伊達に一度あの世を見てはいない。地獄から舞い戻りし男とはまさに俺のこと。この程度の衝撃、耐え抜いてみせることなど造作もない。

 

「なに? なんなのそのふざけた理由! “ふと思った”とか馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ! このアホ! スットコドッコイ! ああもうホントコイツ無駄に堅いんだから……」

 

 涙目で手のひらをさすりながら、ベアトリースが言う。

 

「お、落ち着いて下さいベアトさん! 流石にもっとちゃんとした理由があるはずです。ね、そうでしょう? そうですよね? お願いだからそうですって言って」

 

 懇願するような瞳でセーラ。やめろその視線は俺に効く。だが、そんな瞳をされても出てくるものは何もない。俺はこのパーティーをやめて野良になる。それこそが真実で真実はいつも一つだ。

 

「そ・う・で・す・よ・ね?」

「……モチロンだ、当然ちゃんとした理由が他に存在する。そう、そうだな……俺はある時、ふとこう思ったんだ──」

 

 そう言って俺はアンニョイな雰囲気を醸し出し「それはもういいです」あ、はい。

 

「俺はふと思った──あれ、このパーティーもしかして、世界を救うとかなんかそんな感じの、勇者的なパーティーなんじゃね? て……」

 

 刹那の静寂ののち、稲妻のような衝撃がパーティーメンバーに走る。具体的に言うなれば、ギクゥッとでも言いたげな効果音が鳴り響きそうな衝撃だ。 

 

「ギクゥッ!」

 

 だからといってわざわざ言う必要ないぞアリシア。

 

「……そう」

 

 だがノリが良いのは嫌いじゃないアリシア。どこぞの魔法使いさんも見習って欲しいものだなアリシア。

 

 さて、まさかの衝撃的事実により、あれだけ威圧感マシマシだったパーティーたちが、ちょいとばかし気まずそうな雰囲気へと変貌していった。さもありなん。まさかこのパーティーが伝説の勇者パーティーだったとは、かの名将リハク殿の目をもってしてでも、見抜けなかっただろう。

 

 だが、真の男である俺は気づいてしまった。気づいてしまったのだ。というか、ぶっちゃけどんな鈍感節穴野郎でも、俺と同じ立場に立たされたなら気づいていただろう。それくらい、状況証拠的なアレやコレやが揃っていた。

 

 曰く付きの名剣を偶然という名の必然みたいな感じで入手してみたり。

 

 太古に封印された大魔法を習得しに行ってみたり。

 

 聖地巡礼と称して各地の精霊から祝福を得に行ってみたり。

 

 都合よく伝説の勇者パーティーの装備を手に入れてみたり。

 

 これ見よがしにそれを着てみたり。

 

 そういったとき決まって俺の分は無かったり。

 

 各地のお偉いさんがやけにフレンドリーだったり。

 

 各地の悪いヤツらに因縁をつけて退治に行ってみたり。

 

 唐突に世界の果てにある曰く付きの荒野に行こうとか言い出してみたり。

 

 なんか進むに連れてパーティーメンバーたちが意味深にピリピリしだして、クライマックス感を醸し出してみたり。

 

 これだけあれば気づくなって方が無理があるだろう。

 

 そんなわけで俺は、既に彼女たちの真の正体もマルッと見事に見抜いていた。

 

 ベアトリースはかの有名な「大魔道士」の弟子にして「賢者」

 

 シャルロットは失踪していた亡国の第一王女にして「姫騎士」

 

 セーラはキルステン教の「聖女」にして天使。

 

 そしてアリシアは、何を隠そう“あの”伝説の「勇者」の子孫にして生まれ変わりときたもんだ! どうだ凄いぜフルコンボ! 俺のパーティーメンバーの正体がスゴくてヤバい! 

 

「……そりゃあ、みんな矢鱈と高スペック女子なわけだよ」

 

 視線を逸し呟く。

 

 こして改めて考えてみると、俺以外のメンツのスペックがハイレベル過ぎてヤバい。みんな高貴な生まれか立派な血筋の持ち主ばかりだし、我と彼のカタログスペックの隔たりが、マリアナ海溝レベルで深刻だ。 

 

 俺は辺境も辺境のしがない山村出身で、両親も至って平凡な普通の猟師だった。物心がつく頃から狩りか木こりか筋肉を鍛えることばかりをしてきたが、言わば、どこにでもいる普通の少年というヤツだった。その後、一六の時に一念発起して村を出るが、特に何かを成すワケでもなく、ただひたすら斧をブン回してきた中年……じゃない中堅冒険者──それが俺の正体である。

 

 確かに俺は、自他ともに認めるタフでナイスなガイズだが、だからといって、彼女たちのようなビッグネームと肩を並べられるほど、真の男として成熟できているワケでもない。それが発覚してしまった以上、もはや彼女たちとパーティーを組み続けることはできない。

 

「なあ、セーラ」

「は、はい」

「そんな何者でもない俺が、おまえたちと一緒にこのまま冒険を続けられると思うか?」

「そ、それは……」

 

 言いよどむセーラ。

 

 良いさ分かってる。たとえ聖女さまでも、言いづらいことくらいあるもんな。俺と彼女たちでは、傍から見ても全く相応しくない。さながら月とスッポン。いや、ビジュアル的に美女と野獣か……道理で、行く先々で俺だけ不審者を見るような目つきで見られるわけだ。

 

「何せ、俺に付けられた肩書きといえば──」

「村人A、木こり、田舎者、蛮族、荒くれ者、野人、なんか臭そう、なんで斧使ってんの? あとそれから……」

「ヌォオオオオオオオオオ」

 

 抉るようなアリシアの言葉。流石は選ばれし勇者殿。的確にヒトの急所を突く。クリーンヒット、ハットトリック、ナイストライだ。

 

 そう、俺は肩書きときたら、未だド田舎村出身アラサー冒険者の域を出ていない。英雄クラスの彼女たちと比べると、見劣りするってレベルじゃねー。

 

「ちょっと、経歴詐称は良くないわ。アラサーって言っても正確には3ピー歳じゃ──」

「どわぁあああ、やめろ! 四捨五入すれば30なんだから問題ないだろう! これだから計算に煩い魔法使いは困りますね」

 

 複雑な年頃であるとなぜ察せられないのか。ボブは訝しんだ。 

 

「だが、我々はこれまで一度も、貴公のことを肩書きなどで判断したことはないぞ。これまでそうやって共に冒険をしてきて、これからもそうしていく……そういったワケにはいかないのか?」

 

 問いかけるシャルロット。

 

「……あぁ」

 

 俺は絞り出すように呟いた。

 

「この先、これまでと同じように冒険を続けられるのであればな……」

 

 パーティーメンバーが息を飲んだ。その反応を見て、俺は確信を得た。なるほどやはりそうだったのか。

 

 この世界に「勇者」がいて、アリシアがその「勇者」で、このパーティーが「勇者パーティー」ならば、当然の如く「あの存在」もこの世界に存在しているはずだ。

 

「なるほどつまりは『魔王』というわけだ……」

 

 魔物たちの王、暗黒の支配者、闇の覇王──様々な肩書きで語られるあの伝説的なヴィランが、この世界にも存在しているのである。

 

 コーラ=ゲップならぬ勇者=魔王。なんという名推理かQED。これにはホームズもおったまげ。

 

「そう、気づいてしまったのね……そうよ、実は私たちは──」

 

 ベアトリースが何か言おうとしたが、俺はそっと手を上げ静止した。

 

 みなまで言うな分かっている。真のタフガイならば、言わずもがな全てを理解できてしまうものだ。だからお前はもう何も言わなくていい。

 

 俺は別に、今まで秘密にされていて傷ついたとか、俺だけ仲間はずれだったのかよとか、信頼を裏切られたとか、信じているならば打ち明けるべきだったとか、この嘘つきの泥棒猫めとか、そんなお決まりの台詞を言って彼女たちを批難したいわけじゃない。

 

 こんなこと、よくある話さ。ヒーローが仲間内に正体を隠して秘密にするってのは、この世界ではあんまり聞かない話かもしれないが、俺が前にいた世界じゃごくありふれた展開の一つだった。

 

 だから、断じて俺は、洋ドラのヒロインみたいにヒステリーを起こしてパーティーをやめると言い出したわけではない。断じて。

 

「じゃ、じゃあ!」

「でも、だがらこそダメなんだ……」

 

 俺はそうきっぱりと言った。

 

「このままでは俺は後世に、勇者パーティー魔王を討伐す、その内訳は、勇者、聖女、姫騎士、賢者、村人Aの「村人A」として名を残すことになってしまう。それだけは、絶対に避けなければならない、絶対にだ!」

 

 せめて名を残すなら、村人Aではなく、町民Aくらいにはカブれてからだ。可能ならば都会民Aがいいが、最高なのは真の男Aで、なんなら真のタフガイAでもいい。しかし、俺はまだその領域にまで達していない。俺はまだまだ未熟なマンモーニなのだ。

 

 だから、これ以上俺はお前たちと共に歩むことはできない。

 

「あっっっっきれた!!」

 

 俺の悲痛な気持ちとは裏腹に、ベアトリースは憤懣やるかたない様子で咆哮した。

 

「なに? 何なのそれ? あーだこーだ長ったらしく言い訳じみたことを言ったかと思えば、結局のところ、ただ名声が気になるだけだって言うの? 今は世界が滅びるか滅びないかの瀬戸際だっていうのに、アンタは自分の名が後世にどう伝わるか、そればっかりが気になるって言うんだ!」

 

 咆哮と共に強烈な魔力。あわやまたビンタが飛んでくると身構えたが、そんなことはなかった。代わりにベアトリースは涙目になっていた。滅多に見せない表情で瞳を麗していた。咄嗟に目を拭って彼女は続ける。 

 

「アンタには感じ取れないだろうけどね、今、世界は「闇」に覆われようとしていて、今にも崩壊寸前なの。この荒野の先にいる復活した「闇の帝王」が……って、いちいち一から説明するのも面倒くさいのよ! 兎に角! 今更パーティーを抜けるだなんて、私は断固として反対よ!」

 

 そうは言ったものの、真の男たるもの二言はないわけで、今更引き止められても、はいそうですかと止まるワケにはいかない。

 

 何度も言うが、俺はこの勇者パーティーをやめて野良になる。これは決定事項なのだ。

 

「……そうか、決意は固いようだな」

「シャル!? あなたまさか、裏切るつもり?」

「いやそうではない。だが、考えてもみろベアト。あの彼が、あの、体だけでなく意思までも無駄に堅いあの彼が、我々の言うことを素直に聞いたことが、これまで一度でもあったか?」

 

 ほとんどあった。

 

「……そう、多くの場合、彼は我々の言うことをよく聞き入れてくれた。そんな彼が、ここまで頑なに「やめる」と言うのであれば、私は快く送り出すべきだと思う。たとえ、こんな状況下であっても、そうすべきだ。それが、これまで我々についてきてくれた、彼に対するせめてもの礼儀だ」

「そ、それは……」

「それに、"ヤツ"の討伐に彼が必要なのかというと、必ずしもそうではない。それくらい、ベアトにだって理解できているはずだ。いやむしろ、いない方が()()()()()とまで言える……そうではないか? ベアトリース」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 さっきまでの勢いを完全に削がれ、段々と俯いていくベアトリース。そして、そのまま暫く間があったのち、ぼそぼそと呟いた。

 

「わかった、わかったわよ。もう私はアンタのことを引き止めやしないし、説得もしない。どこへなりとも、好きにすればいいわ」

 

 それから顔を上げて笑みを浮かべる。

 

「そして、どこか私たちの預かり知らぬ土地で、一人ぼっち寂しく彷徨い歩き、このベアトリース様の有り難みを噛み締めながら、孤独に野垂れ死ぬといいのよ」

 

 その物騒な物言いに反して、ベアトリースが浮かべた笑顔はあまりにも清々しいものだったので、思わず俺は「望むところだ」とニヒルに返してしまった。

 

「フン、相変わらず人の気も知らないで……でもまあ、それがアンタらしいちゃアンタらしいのかもね」

 

 ハハハ、こやつめ言いおるわ。

 

「ほ、本当に、本当にこれでお別れなんですか?」

 

 今度は涙を浮かべてセーラ。いつものように、無自覚のまま俺の弱いところへ的確にボディブローを抉り込んでくる。だが、今回ばかりはああ本当だ。

 

 しかし心配めされるな。昔、涙の数だけ強くなれるよと歌ったタフな女性がいたが、実はこれは真実だ。その歌の通り、涙を流すたびに俺は心身ともにマッチョな男になれた。シュワちゃんも涙を流す理由を知った。だから、セーラもその涙の数だけ強くマッチョになれるはずだ。アスファルトに咲く花のように。

 

「クス……相変わらず変な人ですね」

 

 よせやい照れるだろう。褒め言葉だ。

 

「私は……」

 

 誰かがそう呟いた。それがあまりにも小さな声だったので、一瞬誰だか分からなかったが、デビルイヤーは地獄耳を持つ俺には直ぐに判別することができた。アリシアだ。

 

 起伏がなく、感情の籠らない声はどこか無機質に感じられ、機械のような印象を抱かせた。だが俺は知っている。無感情に見えるのは上辺だけで、彼女ほど内側に熱い魂を持った人物はいないと。

 

「あなたに出会えて良かった。駆け出しの時、右も左も分からなかった私に、手を貸してくれたのはあなただけだった。あなたとの冒険はとても楽しかった。偶にヘンなことをいうヒトだったけど、どんなに辛い夜も、どんなに苦しい朝も、あなたとなら乗り越えられた。どんなに手強い相手でも、あなたとなら打ち倒すことができた。あなたと冒険ができて本当に良かった。だから、最後にあなたの口から本当の心を聞きたい──」

 

 本当に私たちのパーティーを抜けちゃうの? 

 

 だがここまで饒舌になるとは予想外だ。何この子、かつてない程にめっちゃ喋るじゃん。

 

「……そうだな」

 

 問われて俺は目を瞑り振り返る。アリシアたちと共に駆け抜けた、あの初々しくも楽しかった冒険の日々を……。

 

 確かに辛いこと、痛いこと、苦しいことも沢山あった。主に肉壁として戦った日々とかがそうだが、それ以上に、楽しいことや嬉しいことがいっぱいあった。たった二人から始まった冒険は、ぶつかり合ったり、いがみ合いながらも、一人また一人と増えていき、最終的には五人のナイスガイズにまでなった。

 

 みんなと共に過ごした冒険の日々を、俺は一生忘れないだろう。北の街で見た、満天の星空に輝くオーロラ。砂漠の先で見た、古代遺跡の残滓。空飛ぶ浮島で見た、あの夕日の美しさ。海の都で見た、水平線より昇る朝日の眩しさ。それらも、俺は一生忘れないだろう。忘れられるはずがない。

 

 でも、だからこそ。

 

「ああ、おれ勇者パーティーやめて野良になるわ」

 

 潔くキッパリと、俺はそう言い切った。

 

 斯くして──俺は勇者パーティーをやめて野良になった。

 

 久しぶりに野良になった俺は、野良らしくハードボイルドにこの場を去るため、振り返ることなく西の荒野へと姿を消した。なぜ西だったのかというと、ちょうど足が向いた先がそっち方面だったからだ。

 

 こうして俺は荒野を彷徨い歩き、程なくして、古めかしい遺跡のような場所にたどり着く。そしてそこで出会ったなんか闇ぽい変なヤツと死闘を繰り広げ、辛くも打ち倒し、勝利の雄叫びをウホウホすると、さらなる新天地へを目指して歩を進めていった。

 

 願わくば、彼女たちに負けないくらいのスンゴイ肩書き目指して……。

 

 

 

 

 




じんぶつしょうかい!

しゅじんこう:冒険者、名前を呼んでもらえない。

  アリシア:無口系勇者、つよい。

   セーラ:癒やし系聖女、かわいい。

シャルロット:まじめ系騎士、まじめ。

ベアトリース:ツンデレ系賢者、うるさい。

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