無詠唱が基本の現代であえて長ったらしい呪文を唱えてみる 作:アサヒbb8
ぜひ楽しんで下さい!
「誰が弱いって?」
「なっ! お前、なんで生きてるんだ!」
殺したと思いこんでいた人げんが急に後ろに現れ、動揺を隠せない成明。
「何でって、そもそも何もされて無いし......あぁ、もしかしてだけど、下のやつを俺だと思ってたのか? 悪いことをしたな。次からは偽物って書いとくよ」
そう大真面目な顔で言いつつ、電気ランタンの電源を入れる。魔道具や小物が散らばっている草地が、白い光で照らされた。
ちなみにだが、矢月も案外スキルが高い。榊や成明とはベクトルが違う煽り方だ。
そしてそれを受けた成明は、怒りと恥ずかしさで顔を爆発せんばかりに赤くしている。
「い、いや...気づいてたぜ...とうぜんだ」
成明は最大限に強がって見せながら、ちらりとマンティコアがいる辺りを見やる。そこには矢月の死体らしきものは無かった。なぜか代わりに、白と黒が一頭ずつ計二頭の大きな獣が戦っている。
「くっ。てめえなんでここが分かった?」
「え、隠れてたの? むしろワザと位置バラして罠張ってるのかと思った。警戒して損したぁ」
そう言う矢月は明らかな棒読み口調。
「成明! お前自分が何をしているのか分かっているのか!」
ここで、矢月の隣に立っていた文明が怒鳴り声を上げた。その顔は成明と違い、純粋に怒りのみで真っ赤に染まっている。
「一条さんに連れられて来てみたら......お前、許される事ではないぞ!」
「はあぁ⁉︎ 許しを請うのはてめえだクソジジイ! 俺は力を手に入れた! 最強になったんだよ! お前らこそ俺に許され無いほどの仕打ちをしてきたんだ! 復讐してやる!」
「そんなものお前の力では無い! それに、村の人達も私もお前のためを思って叱ってきたんだ...」
「んんんんなわけねええだろおおおがぁ! お前たちは俺が、力のあるお俺が疎ましかっただけだああ!」
苛烈な親子喧嘩が始まった。文明はまだ冷静に叱っている感じがあるが、成明はもはやヒステリーを起こしている。
2人は矢月の存在も忘れて、なおも怒鳴り合いを続ける。
「疎ましく思った事などあるものか! お前は母さんと私の大事な宝だ!」
「宝だああぁ⁉︎ だったらもっと大事に扱えよ! 俺様という存在を、もっと丁寧にいいぃ!」
「甘ったれるな成明! いいか、お前はこれから罪を償うんだ。時間がかかってもいいい。それから一緒にやり直そう! 亡くなった母さんに胸を張れるように!」
「お母さんいませんけどおぉ? ていうか今十分胸張れるしさあぁ!」
「成明! 父さんの話を聞け!」
「だああぁれが父さんだクソジジイ!」
「なりあきいいいい!」
「は〜いオッケーで〜す」
「「......へっ?」」
あまりに唐突な矢月の介入に、2人は思わずへんな声を上げた。
そのシンクロ率たるや、腐っても親子だと感じさせる。
2人は動揺から立ち直ると、今度は矛先を矢月に向けた。
「てめえまだいたのか! 大人しく
「一条さん、今大事な話をしているんです! 邪魔しないで下さい!」
「いや分かりますけど後にしてください。こっちも予定がありますからっと」
矢月は話し終わると同時に右手で刀印を結び、成明の足元に向けた。
その瞬間、
「ぐあぁ!」
成明は地面に叩きつけられ、そのまま吸いつけられているように身動きが取れなくなった。見ると、地面には奇妙な文字や記号が複雑な模様を無し、強い光を放っている。
2人が怒鳴りあっているうちに、矢月はこの捕獲用の結界を構築していたのだ。“オッケーです” というのは、結界の準備が整ったからもういい、とそういう事だ。
矢月にとって、親子喧嘩をされるのは時間の無駄でしか無い。文明を連れてきたのは、犯行現場を目撃させるただそれだけの為だ。
ただ、我が子を叱る親の姿に懐かしさを感じない事も無かったが。
「このクソガキがぁ。俺様にこんなことして、ただで済むと思うなよ」
這いつくばったまま憎々しげに矢月を見上げ、じりじりと懸命に腕を伸ばし始めた。
その先にあるのは...魔法陣を刻まれた掛け時計ほどの石版。
矢月はそれに気づいていない様子で、手に持った札に何か書き込んでいる。
成明の手が、石版に届いた。
小汚い顔が、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「はっはぁ! ぬかったな半人前!」
「はっ! 成明何を!」
気づいた文明が慌てて声を上げる。
「出でよヤクルス! あのクソガキを裸にひん
何も......起きない。
「あぁ、無駄だぞ。時間かけて作った結界だからな、お前ごときにどうこう出来る代物じゃない」
札を書き終えた矢月が顔を上げる。
「クソガキ...地獄に落ちろ...」
「すまん、今から地獄見るのお前だわ」
憎悪をぶつける成明に、矢月の表情は1ミクロンも歪まない。
「じゃあ聞くぞ。お前に魔獣召喚用の魔道具を渡したのは誰だ?」
「はぁ? 一丁前に尋問か? 調子乗ってんじゃねえぞ!」
尚も強がる成明に、矢月は小さくため息をつき、文明を振り返る。
「すみません文明さん。時間も無いので少し手荒にやります」
「え? それはどういう...」
文明が言い切らないうちに、矢月は成明に向き直り、左手の中指を右手の人差し指で突いた。
その瞬間、
「いっ、がああああああああああああぁ!!!!」
成明が猛烈な叫び声を上げた。
「いっ! 一条さん何を⁉︎」
この質問の回答の代わりに、矢月は成明に話しかける。
「今、指を折った......痛みをお前に与えた。だが痛みだけだ。実際には折れていない...」
言いながら、矢月は陰惨な笑みを浮かべ成明を見下ろす。
「つまり、拷問の証拠は残らない。いくら痛めつけても......死なない」
「ひ、ひぃ!」
成明は痛みに耐えながらも、何とか話は聞こえていたようだ。
その顔は、恐怖の一色に染まっている。
「さあて、次は爪でも剥ごうか......」
「まっ!待ってくれ! 話す話すからやめてくれ!」
恥も外聞もなく、成明は即座に矢月に泣きついた。
「はあぁ...」
矢月は大きくため息をついた。
「なっさけ無い...。まあいい、話せ」
「俺に魔道具をくれたのは背の高い男だ。顔は隠してたからほとんど分からなかった......」
「他には?」
感情を読み嘘を言っていない事を確認した矢月は、静かに続きを促す。
「後は......あ、緑色の目をしてた! それと、お前たち生徒を呼び寄せる為に、ほどほどに暴れろって言われた! 今思い出せるのは、それくらいだ」
「生徒じゃなく学生な?」
ふむふむ、と矢月は顎に手を当てる。
これ以上は情報を引き出せそうには無い。
「じゃあお前はもう用済みだ。寝てていいぞ」
矢月はそう言い、持っていた札を離した。
札はするりと手から抜け落ち、成明に向かってふよふよと漂って行く。そしてそのまま成明の額に張り付いた。
その瞬間、成明は小さく唸り声を上げ、すぐに動かなくなった。
息はある事を確認した文明は、ほっと胸を撫で下ろす。その横で矢月は、眉間をつつきながら考えにふけり始めた。
( 成明を使って俺たちを呼び寄せた......と言うことは、黒幕の目的は学生。もしそれが、院生のサポートが無くなったチームがある事まで考慮されていたのだとすると......確実にそんなチームを引っ張り出す為には、このような小規模犯罪を複数箇所で誘発させる必要がある。つまり......まずいな )
何かに気づいた矢月は、自分の式神へと意識を集中しかけ......やめた。
「まあそりゃ......
そういって顔を上げた矢月の目がとらえたのは、成明が残した魔道具。
その3つ全てが、光を放ち始めた。
次回、柚子葉メインです。本格戦闘開始です!