見捨てられた最強の剣聖、美少女になってしまったので正体隠して姫ちゃんを目指す。……なのにどうして女の子ばかり寄ってくるの?   作:かえねこ

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お風呂回

 あの日以来、わたしは少しだけ良い生活を手に入れた。

 古臭い格安宿なんかじゃなく、共用ではあるけど小さな露店のお風呂がついている、割と新しめの格安宿だ。

 

 格安と侮るなかれ。最近建てられたものだから入り口から客室、もちろん露店のお風呂までとても綺麗で過ごしやすい。

 さらに、開店したばかりだから客集めということでしばらくの間とてもお安い。

 

 いわゆる割引期間……それが終わるまでということ、宿代は全て白髪パーティが出してくれる契約だ。

 Dランクの冒険者であれば懐もそこまで痛むものではない。あれがDランクだなんて認めたくはないけれど……。

 

 

 けれどもちろん感謝はしている。

 いつまでもあんな古臭い宿にいたら、姫ちゃんとしてどうかと思っていたし。

 

 

「ふぁ~……。いきかえる~……」

 

 

 そんなこんなでわたしは今、絶賛お風呂でくつろぎ中。

 毎日身体は拭いていたけど、やっぱりお風呂は全然違う。

 

 初日以来あんまり見込みのありそうなパーティにあたらないせいで疲労した身体に、あったかいお湯がじーんと染み込んでいく。

 もっと簡単に見つけられると思っていたけど……あんまりないんだよな、男しかいないパーティって。

 おかげで女交じりのパーティに一日だけ入って、男どもがこっちに夢中になったせいで不機嫌になる女と一緒にパーティの空気最悪になりながらダンジョンを出ることが大多数だ。

 

 

「だからって、あいつらは使えないしな……」

 

 

 白髪パーティは大体何でも言うことを聞いてくれる……普段は一番姫扱いしてくれてはいるが、かといってちょっと強い魔物から姫ちゃん一人守る覚悟ゼロなのでパーティを組むという点では一番あり得ない。

 

 あーあ。

 もう女混じっててもいいから……男どもとトラブルにならない、例えば同性でありながらわたしに夢中になってくれるような子のいるパーティが都合よく空いてないかな……。

 

 

「……って、それはわたしが男を好きになるようなものか。ないよな、ないない……」

 

 

 湯舟に頭を半分沈めてぶくぶく。

 身体は少女でもそういうことは考えられない。どんなに姫ちゃんとしての演技を重ねても、わたしはやっぱり変わらず女の子が好きなわけだし――

 

 

 

「失礼します」

「っ!!」

 

 

 

 知らない声と同時に、お風呂の戸を叩く音。

 急いで体制を整える。たとえ女の子相手でもだらしない姿を見せるわけには行けない。

 

 

「ど、どうぞ」

 

 

 返事をすると、ほどなくして誰かが入ってくる音。

 小柄な子なのか、ゆっくりとぺたぺたと足音を立てながら近付いてくる。

 

 ……すぐ横で、お湯を掬い身体を流す音。

 

 

「ん……」

 

 

 なんでそんな色っぽい声を出してしまうのか。

 声の感じ的にも、今横にいる子は間違いなく自分よりも若い少女。

 

 そんな年頃の少女が男のわたしの前ではしたな――いや女なんですけど――ああもう、ややこしい。

 わたしに出来ることと言えば、冷静さを装いながら不自然にならない程度に必死に月を見上げること。

 

 さすがに気まずいからと誰も訪れず貸し切れそうな深夜の時間帯に利用していたから、実際に人に会うのは初めてだった。

 どうしてこの子はこんな時間に入ってくるのかなんて理不尽なことを考える。

 

 

「となり、失礼します」

 

  

 ちゃぷん、と音を立てて狭い湯舟の中に小さな身体が入ってくる。

 ここでわたしはしまったと気付く。そもそもお風呂に入ってきた時点で交代するように出ていけばよかったんじゃないかと……。

 

 しかしもう、時すでに遅し。

 湯舟の中にまで入ってこられては、すぐに出てしまったら気を使わせてしまうかもしれない。

 

 

(だからといって気まずすぎる……!)

 

 

 もともとこの姿では女の子とうまく話したことはないのだ。

 受付嬢や店での挨拶を除けば、そもそも女の子には睨まれまくったことしか記憶にない。

 

 姫ちゃんであることの難点。

 他の女の子とは……悲しいかな。大体敵同士なのだ。

 

 だからとにかく、今は気まずい。

 わたしは色々と目立っている。

 もしかしたらわたしをよく思っていない子かもしれないし、そもそも普通に話しかけられてもここはお風呂で、わたしは姿は少女でも男で冷静でいられるわけがなくて――

 

 

「……あの、」

 

 

 はわあ! 普通に話しかけてきたあ!

 あまりに不意打ちなもので心臓が飛び出そうになるくらいドキッとする。でも声は抑える。だめだ、冷静になれ、わたし……。

 

 

「な、なにかしら?」

 

 

 努めて明るく冷静に、しかし決して隣を見ないように視線を月へ張り付かせたままわたしは答えた。

 少し震えてしまった気がしなくもないけど、変な声を出さなかっただけ自分を褒めてやりたい。

 

 次に少女からどんな台詞が来てもいいように、深呼吸を整える。心の中で。

 すうー、はあー。

 

 

「大丈夫ですか? 顔が、真っ赤みたいなんですけど……」

 

 

 あ、だめだ。身体に出ていた。

 

 

「なななな、なんのことかしら」

「もしかして、もしかするんですが」

 

「たまに赤くなるのよ」

「そ、それならいいんですけど……」

 

 

 って、ちょっとまて!!

 

 直後、わたしは自分の右拳で自分をぶん殴っていた。心の中で。 

 なんで今言い訳したんだろう、そうなの調子が悪いのって言って風呂を出る絶好のチャンスだったじゃないか……。

 

 どうやら変なプライドが邪魔して強がったらしい。

 でもなんだよ、たまに赤くなるって。

 

 

「……」

「……」

 

 

 そして訪れる沈黙。

 

 ああ、やってしまった。更に気まずくなってしまった。

 この状況を打破するには……だめだ。

 また何かで話しかけてくれた時に、なんとかして自然な流れで湯舟を出ないと……。

 

 

「……あの、」

「な、ににかしら!」

 

 

 来た! 噛んだ!

 動揺しまくりじゃないかわたし!

 

 魔女さん曰く、『姫たるもの他の女に常に余裕を持って接すること』――――――。

 ごめんなさい、こんな状況じゃまだ無理です。

 

 そんな私の気持ちをよそに、少女は続ける。

 

 

「どうしてさっきから月を……?」

 

 

 ああ、そこかあ……。

 どうしよう、なんて答えれば自然な流れで湯舟を出ることができるだろう。

 

 必死で脳をフル回転させて解決策を導き出そうとする。

 ……する、のだが。

 

 

「た、単純に月が綺麗だと思って! あは……」

 

 

 どうしてもうまい流し方が見つからなくて、結局普通に答えてしまった。

 いやでも今のは仕方ないだろ。それ以外に答えようがないんだから。

 

 だがしかし同時に、今のでこのやり取りと葛藤がとても馬鹿みたいなことに思るようになった。

 疲れを取りに来てるのに、なんでこんな疲れなくちゃいけないんだ。普通に出ちゃえばいいや、と。

 

 あれだけしていた緊張が嘘みたいに溶けて、わたしは湯舟から立ち上がり自然とそれを口にする。

 

 

「……ごめんなさい。やっぱりあなたの言う通り疲れてるみたいで――」

「あの、もしかしてそれって……そういうことなんですよね」

 

 

「……え?」

 

 

 しかし、予想外の事が起きる。

 少女が自分の台詞に言葉を被せてきただけじゃなく――あろうことか湯舟を出て、私の目の前にたちはだかったのだ。

 

 

 

 ……生まれたままの姿で。

 

 

 

 

「……顔を真っ赤にさせて、変だなと思ったんです。でももう大丈夫です。もう――」

 

 

 

 なんだかよく分からないことを言いながら、少女は全裸で腕を広げる。

 少女は思っていた通り、わたしより一回りも小柄な体躯をしていた。

  

 

 

 水の滴る髪は一本一本が繊細な糸のように細い、ブロンドのショートヘアー。

 天使のように白い肌は華奢な身体についた水滴を弾くように、ぴんと張っている。

 小ぶりな胸はしかし、しっかりとその存在を主張しているところがどこか可愛らしく。

 右に蒼、左に碧色に輝く瞳は月明かりに照らされて、まるで宝石のようで。

 

 

 

 少し強めに触ってしまえば壊れてしまいそうなか弱い少女が、そこにいた。

 そんな華奢な両腕をめいっぱいに広げて、まるでわたしに抱き着くかのように段々と近く――

 

 

 

(……って、なにしてるの!?)

 

 

 死にかけていた理性を寸でのところで繋ぎ止めて、正気を取り戻したわたしは大慌てで少女の脇を潜り抜ける。

 すれ違いざま、なんでこいつはわたしを抱かないんだろうと不思議そうに、きょとんとした目と目が合った。

 

 

(まずい。こいつは……)

 

 

 こいつは、痴女だ。

 ぶっぶー、ぶっぶー……。

 

 わたしの理性が警鐘を鳴らしている。

 姫ちゃんとなるべく矯正された本能が、早く逃げろと脳に叫ぶ。

 

 

「た、体調不良だからぁ!」

 

 

 意味の分からない捨て台詞を吐いて、私は大理石の床が滑るのも気にせずお風呂場を駆け去る。

 何が起きてどうしてそうなったのかは分からないが、とにかく逃げるべきだ。

 本能レベルでそう思えるなんてぜったいろくなことにならない!

 

 

 

「恥ずかしがり屋さんなんですね……」

 

 

 

 ……去り際、何か聞こえたような気がしたけど気にしないようにする。

 

 

 

 ――こうして、その後は追ってくる気配もなく。

 どんな魔物にも男にも怯まなかったわたしは……初めて。

 翌日を、一睡もできないまま迎えたのであった。 

 

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