次々と新しい案は出るのに続かないな……
ここは東京都の、日比谷駅から歩いて10分程度の場所に位置する建物である。今日ここでは、とある大会が開催されていた。
「ツモ、6000オール。」
「ロン、18000だ。」
ここでブザーがけたたましく鳴り響く。
『おおーっと!ここで試合終了だーっ!南場西家の居村選手、トビです!このDブロックを一位抜けして決勝に駒を進めたのは、長野県一位代表である須賀京太郎だーーーーっっ!!』
麻雀、それは賭博で多く用いられる遊びである。しかしこの世界線では違う。
麻雀というのは世界的に最も有名なボードゲームとして認識されており、プロやアマの全国大会は当然のように、小・中・高生の全国大会も頻繁に開催されていた。
『さぁ、遂に各A〜Dブロックの制覇者が決まりました!決勝戦が始まる前にその注目の四人の選手を改めて紹介しましょう!』
実況の声が更に観客のボルケージを引き上げる。
観客は、あの人が優勝するんじゃないか?いいや、この人だろ?という予想大会が既に始まっていた。
大スクリーンに投影された映像は、先ほどのDブロックの試合から、茶髪の少しハメを外した格好している少年の画像に変わる。
『まずAブロック代表は、静岡県一位代表の蜂谷堂万だーっ!今までの試合では全て鳴いて和了してしいます!更に、それまでの試合で聴牌しなかった試合は無い!鳴きを極めた選手と言えましょう!』
そうして、また画面が入れ替わる。
『おおっと!これはBブロック代表、福井県一位通過の山形健二選手だーーっ!この選手の凄いところは何と言っても安定感だ!この大会では満貫以上は振り込んでません!決勝戦でも安定感のある麻雀をしてくれるのでしょうか⁉︎』
またもや画面が切り替わる。
観客席の様子は、応援する人も居れば、食い入るように画面を見る人もいる。
『Cブロック代表!岩手県三位通過の仲村岳選手だーっ!彼はとにかく異常!今までの試合で一回も振り込んでいません!更に、今大会での役満回数が一番多い選手でもあります!決勝戦でもその異常性を発揮してくれるのか⁉︎』
更に画面が切り替わり、金髪の少年の姿が映る。今まで紹介された選手は制服だったのに対し、彼だけは私服なので観客席でもとても目立ちしている。
『最後にDブロック代表!長野県一位代表、この決勝戦を戦う中で最小のの中学1年である須賀京太郎だーっ!他の選手が全員中学3年の中での試合だ!しかし、そんな彼にも注目すべき点が複数あります!
その中で際立って目立っているのは!何と言っても !』
少し溜めて、実況はこう叫んだ。
『これまでの全ての戦いは、全て跳満でしか和了していません!!』
須賀京太郎は現在中学一年生の13歳であり、麻雀と触れ合って今年で8年目である。
彼がこの全国中学麻雀大会の個人戦に出たのは理由がある。
優勝したいとか、トップになるとかではない。
それは、麻雀を辞める為だ。
引退とも言う。
元々京太郎は麻雀が大好きというわけではない。親に押し付けられて始めたものだった。
5歳の時、麻雀が大好物の京太郎の両親に麻雀教室に通わされた。
曰く、「最近の子なら麻雀くらい普通に出来て当たり前。」らしい。
最初の頃は確かに楽しかった。
役満を出した時はテンションが上がったし、トップ率50%という奇跡的な数字を出して、とても喜んだ事もある。
しかし、最近ではそれが当たり前になった。それに気づいたのは今年行われた夏季麻雀合宿である。
そこで、五年間行っていた麻雀教室の同期以外にも沢山の麻雀をする中学生にあった。知らない人とやるのは楽しかった、はずである。しかし、それは昔の話だと京太郎は気づいた。
誰とやっても、勝ってしまうのである。その合宿でのトップ率は100%、半荘回数は56回である。
そんな日常に京太郎は飽きると同時に、嫌気が差したのだ。麻雀を楽しむという心はもう自分の中に無いと思った。
そして、麻雀を辞めたいと言う話を両親に持ち出した。
理由を聞かれても京太郎は答えなかった。
その理由はちっぽけなプライドだ。そんな、誰とやっても勝つから辞めるなんていう、傲慢を理由にしたくなかったからである。
そして、京太郎の父親はこう言った。
「なら、中学生最強になってこい。それでから辞めるんだな。」
それを聞いた京太郎が行動を起こし、そして今に至る。
もう試合は始まっている。なのに京太郎は過去を思い出すほどの余裕があった。いいや、最後だから余裕があるのかもしれない。
東場二局、親は京太郎。
一局目は京太郎が5巡目でメンゼンで聴牌、7巡目でBブロックを勝ち抜いた山田の捨て牌を見事に跳満で撃ち抜いた。
つまり京太郎は12000点持ち点を増やしたということである。
そうして、二局目。
今度は一巡目でAブロックから勝ってきた蜂谷が鳴きを入れる。萬子の7をポンだった。その影響で京太郎の順番が飛ばされた。
三巡目にまたもや蜂谷は鳴きを入れる。今度はチーだ。索子の3.4.5である。
これを京太郎は、蜂谷はタンヤオで京太郎の親を流そうとしていると見た。
そして、京太郎が動く。
6巡目、ここまで来たら誰か一人は聴牌していると見た方が良い、と教わる局面でもある。
それは京太郎も例外でなかった。
「カン」
それは蜂谷の声だった。加カンである。
蜂谷はリンシャン牌を取ろうとする。まるで勝利を確信するかのように右手が伸びる。嶺上開花を警戒する他の対局者。しかし、京太郎は違った。
「ロン」
更に続けてこう言った。
「チャンカンに役牌2役にドラ3の親っパネだ。」
これで決勝2回目の跳満である。この跳満で京太郎は30000点稼いだ。
この決勝は、全国の中学最強を決める聖戦との事で半荘3回を予定している。なので初期の持ち点もそれに乗じて、通常の25000点から50000点に上がっている。
よって、現在の四人の点数は、
蜂谷堂万 32000
山田健二 38000
仲村岳 50000
須賀京太郎 80000
である。
まだ半荘一回目の東場二局目という状況であるのに、この点差である。
蜂谷は、もし京太郎の役満を振り込めばやられる、つまり京太郎の【射程圏内】に入っていた。
しかし、誰もがそれはないだろうと思っていた。
その原因は今までの京太郎のプレイングである。
今まで県予選から全国予選、そして全国でも跳満のみで和了してきた京太郎は様々な考察をされてきた。
偶然と言ってる人や、手を抜いていると主張する人、跳満しか上がれないかもしれないとオカルト的主張をする人まで現れた始末だ。
しかし、実際は全く違う。
その理由は幼い京太郎の思い出に起因するものである。
それは、まだ麻雀を始めて一年、6歳になり京太郎が小学生になった頃だ。
その時、京太郎の通う麻雀教室にとある老師が来た。
その人は、もう90歳を超えており、ちょうど30年前はプロだったという。
京太郎は果敢にその老師に挑んだ。時には条件を変えて、三麻でも対戦をした。
しかし、毎回京太郎は跳満だけで相手にされるのだ。
何度やっても跳満が直撃、点数棒が減るのである。
そうしてそれから老師との対局では何の進歩もなく半年ばかりの月日が過ぎたある月の日曜日、京太郎は朝から麻雀教室に向かっていた。
しかし、毎日朝早く来ていた老師は今日は来ていなかった。それだけではなく、それから一週間ずっと京太郎は待ち続けたのだが、現れる気配は一切なかった。
京太郎は教室の先生を鋭く問いただした。
テレビで聴いたことのある台詞も引用して、〈先生が老師の現状を知っているのなら、毎日老師と打牌していた自分にも知る権利はある〉と小学生に入ったばかりの子供が言うにはすこし難しい言葉も飛び出した。
それが決め手だったのか、教室の先生も観念して、こう言った。
「老師は、…綺麗なお星様に成ったんだよ」
この言葉の裏に素早く気づいた京太郎は、泣くことを我慢しつつ無言で教室を出た。
そうしてそれから年を重ねた京太郎は、自分が老師を尊敬している事に気づいた。
しかしそれは今まで、いいや、きっとこの勝負で勝つまでなのだろう。
これまで跳満のみで和了し続けた理由は、尊敬する老師に別れを告げるためである。
麻雀を楽しめない自分は、もう麻雀をすべきではない。そして、その終わりは、尊敬する老師が得意とする、と言うより自分にしてきた跳満で和了するべきである。
そして、最後は盛大に飾る。
今までの跳満を吹っ飛ばす様な勢いの役で、跳満ごと麻雀の事を記憶から吹っ飛ばす。
そう思った県予選前日は既に一ヶ月以上程前の事だ。
そうして、これまで打ってきて、もう目標は目の前である。
東場の二局目一本場
自動卓の配牌を確認する京太郎。
しかし、そこには達観した顔があった。
麻雀への別れを感じつつも、その運命も感じ、妙な矛盾を生じた感情を押しとどめる。
その光景に、蜂谷を始めに、山田、そして仲村も怪訝そうな顔をしている。
「早く山から牌を引けよ」
蜂谷は我慢ならないとばかりに、京太郎を急かす。実際に、京太郎が打牌しないと始まらないのだ。
「ああ、悪いな」
京太郎はヒシヒシと、これで自分の麻雀人生は終わるのかと感じていた。
きっと、もうやることも無いと思われる。
自分の現在の手牌を流しながら見つつ、軽く溜息をつく
「まさか、これは予想出来なかったな。」
その言葉に対局中の三人は勿論、映し出されたスクリーンでその対局の様子を眺める観客も顔を不思議そうにした。
京太郎は14枚目の牌を、京太郎はゆっくりと引く。
その光景を、蜂谷は不覚にも神々しいとも思ってしまった。
そして、その境地に至ってみたいとも思った。
神様でも、空気を読めるんだな。
それとも、牌達が俺の覚悟に応えてくれたのか?
京太郎はそう思った。
引いた牌は分かっていた。見たわけでも、牌の表面を指で擦って感覚で分かった訳でもない。
ただ、これだ、と感じただけである。
迷いなく京太郎はその牌を麻雀卓の角に叩きつけ、表にする。
そして、同時に手牌もオープンした。
手牌は、
白3枚
中3枚
北3枚
東3枚
西2枚
「天和、字一色、四暗刻、計トリプル役満で48000オール」
これは、須賀京太郎が麻雀を辞める原因となった中学一年のできごとである。
一旦ここで須賀京太郎の麻雀は幕を閉じる。
しかし、高校入学を境にまた、麻雀会へ踏み込む事をまだ本人も周りも知らない。
…なんか、もう燃え尽きた。
次回の投稿は作者の私事により、遅れる可能性大です。