バンッ、ババンッ。
畳を打つ音が響き渡る。その度に1枚ないし数枚の札が宙を舞っていく。それは札が読まれてから刹那の瞬間の出来事。
(17枚差。やっぱり千早ちゃんは強い。詩暢さんっていう目標が千早ちゃんをより一層強くしてる。でも私だって、専任読手を目指してるんです。そのためにはA級選手にならなくっちゃ)
と意気込んだものの。
「「ありがとうございました」」
結局その後1枚も取れないまま私は負けてしまった。やっぱりすぐには強くなれませんよね。う~ん。
「かなちゃん、かなちゃん。枚数差はあったけど今の取り結構良いのがあったよ。こうスッと取るようなやつ。かなちゃんは元から札の扱いが丁寧だからそういう取りも自然と出来るんだね」
「本当ですかっ?そう言ってもらえると嬉しいです。でも千早ちゃんだって札際に厳しい取りが出来てきてますよ。練習の成果が出てるんじゃないですか」
「まだまだ詩暢ちゃんのようにはいかないけどね」
そう言ってブンッブンッと素振りをして見せる千早ちゃんはとてもとても綺麗だった。
千早ちゃんは私の憧れの人だ。スラっとしていて背が高くてモデルさんみたい。顔だって美人でかるたさえ絡まなければきっと学校で一番モテるのに。
それに比べて私は背も低いうえに胸ばっかり育っちゃってとってもアンバランスだ。顔だってそんなに良くないから千早ちゃんの隣に並ぶのは気が引けちゃう時だってある。
私は千早ちゃんが好き。いつまでも千早ちゃんの隣にいたい…。
「次は~大江さんが読手かな」
真島部長の声にハッとして慌てて準備をする。
「なにわづに~さくやこのはな~ふゆごもり~」
私の声が部室に響き渡る。ううん、まだまだこんな声じゃ響き渡るなんて言えるレベルじゃない。もっとお腹に力を入れて声を張らないと。授業が終わってから急いで部室に来てもそう何試合も出来るわけじゃない。
うかうかしてたらあっという間に時間が過ぎてしまう。札を取る方も、札を読むほうも意識をしっかりと持って取り組まないと。
「よしっ!今日はここまで」
真島部長の声を合図にみな口々にお疲れさまでしたと言い合って片付けに入る。ふぅー。今日もハードな練習だった。
「ねぇねぇかなちゃん」
私が札を片付けていると千早ちゃんが声を掛けてきた。なんだろう?
「もし時間あるならさ、少しだけ素振りしてかない?身体に良い感触が残ってるうちに反復した方が絶対身になるよ」
千早ちゃんは少々かるた馬鹿なところがある。しかも自分だけじゃなくて相手にもこうやって真剣に接してくるところなんて特に。でも私はそんなところも好きだ。かるたをしてる千早ちゃんが…。
とは言ったものの、困った。どうしよう。せっかくの千早ちゃんからのお誘いだけど今日は呉服屋の店番をしないといけない日だ。遅くなるとお母さん結構厳しいからな。
迷っているのが表情に出たのか千早ちゃんは10分だけ、と猛烈にアピールしてる。真島部長の顔には時間ヤバいからほどほどにしとけよって部長らしい言葉がくっきりと出てたけど、私も10分だけならと誘いに乗ることにした。
「じゃあ10分だけ。それ以上は家の手伝いがありますから」
そんなこんなで部室には千早ちゃんと二人きり。私としてはちょっぴりロマンチックな展開を期待しちゃったり…。
バンッ。バンッ。畳を叩く。繰り返し、繰り返し。こうやって毎日練習して私たちは強くなってきた。
千早ちゃんは真剣そのもので、私の手を取ると素振りの型を繰り返し反復させるように動かしていく。
「こんな感じでもっと鋭く。札まで真っすぐに。こう、こう、こう」
(う~ん。やっぱり千早ちゃんとかるたの練習でロマンチックなことなんか起こりませんよね)
ちょっと残念だけど仕方ない。それに私だって瑞沢高校のかるた部部員。練習しなくちゃ。そんな感じで入念に素振りをしていたんだけど、突然千早ちゃんは私の後ろに回るとじっと私のことを見つめだした。
(あれ?これってひょっとする…?)
「ちゃんと筋トレ続けてる成果が出てるね。腰の位置が前よりも安定してきたよ」
「わわわっ、千早ちゃんっ!?」
急に腰のあたりを抱きかかえられてビックリしちゃった。
傍から見る分にはロマンチックといえばロマンチックかもしれないけど、これは…どうだろう。
やっぱりかるたの練習…だよね。はぁ。
色気のない居残り練習も終わり家に帰ると実家の稼業である呉服屋の手伝いが待っている。それを片付けてからがようやく自由時間だ。
といってもここ最近は専ら著名な読手さんの録音テープを聞いて勉強をしている。もちろん読手になるための勉強だ。千早ちゃんのこと言えないくらい私もかるた馬鹿になってきてるのかもしれない。
「はぁ。どうやったらこんなにイメージが鮮やかに広がるんでしょうか…」
聞く度に自分の読みとの違いを痛感してため息が出てしまう。感情豊かだったり逆に無機質だったり読手さんによってその個性は大きく違う。私は山城さんのような多彩な声の響きを持つ人を好むけど、それは別にしたって専任読手ともなれば流石にみなさんお上手だ。選手に全力で試合をしてもらいたいという読手としてのプライドがひしひしと伝わってくる。
(その前にA級選手にならないといけないんですけどね…)
問題は山積みの上にどれも一筋縄ではいきそうにない。私は少し休憩しようと札を片手に布団に寝転んだ。そもそも読手になりたいという夢は千早ちゃんの傍にいたいという私の願いが原動力になっている。
「詩暢さんか…」
私はある人の名前を口にした。千早ちゃんの心の中にはいつもその人がいて、千早ちゃんのことを独り占めにしている。同い年の高校生にして現クイーン、若宮詩暢。かるたクイーンを目指す千早ちゃんのライバルで友達で…、たぶん想い人。そして詩暢さんもきっと千早ちゃんのことを強く想ってる。
札の中からお目当ての札を探し出し私はその歌を口にした。
「しのぶれど~色に出でにけり~わが恋(こひ)は~ ものや思ふと~人の問ふまで~」
詠んだのは三十六歌仙の一人平兼盛。しのぶで始まることから当然詩暢さんの得意札だ。
秘めていても隠し切れない恋の歌。私には千早ちゃんと詩暢さんがこの歌に重なって見えてしまう。二人は互いを認め合っていてかるたがしたくてしたくてたまらない。みんなに公言はしてなくても二人を知ってる人なら誰だって気付いちゃうくらいその想いは顔に出ていて…。
きっと二人はいつか浦安の間でクイーンの座を巡って戦うことになる。かるたで繋がっているのは私も同じだけど、二人の間に割って入ることなんか私には到底できっこない。私にできるのは二人のことをただ眺めることだけ。私を置いてきぼりにして二人は富士の高嶺に行ってしまう。
「私にもっとかるたの才能があれば…、もっと早くからかるたをやっていれば…」
千早ちゃんのすぐ隣を一緒に歩くことが出来たのに。天井に向かっておもむろに伸ばしてみた手は、何も掴めないまま虚しく空を切った。
「私は千早ちゃんの役には立てないんでしょうか?」
練習相手にもなってあげられなければ、強い人特有の悩みとかだって理解してあげられない。私は何の役にも立てやしない。そう思うと悔しくて仕方がないと同時に詩暢さんへの嫉妬が私の身を焦がした。枕を抱きかかえて横になろうとしたものの、こんな時にだって私の胸は自己主張して邪魔ばっかりしてくる。
「千早ちゃんは私が想っていることなんてきっと気付いていないんでしょうね」
また私は札の束の中から求める1枚を探し出し読み上げた。
「かくとだに~えやはいぶきの~さしも草 さしも知らじな~もゆる思ひを~」
百人一首には恋の歌がたくさんある。これだってそうだ。私の今にぴったりな片思いの歌。
「千早ちゃん、好きです」
そう面と向かって言えればいいのに。もし直接言えないならせめて想いを歌にのせて。
どの歌がいいかなんて悩んだりしない。ずっと前から決まってる。
「ちはやぶる~神代もきかず~龍田川 からくれなゐに~水くくるとは~」
声に出したのは私が最初に千早ちゃんに説明してあげた思い出の歌。私の解釈では激しい激しい恋の歌。千早ちゃんの得意札だから当然大切にしてるだろうけど、どうか願わくば、私と同じように大切に想っていて欲しい。
だってこの歌は私と千早ちゃんを繋いでくれた大切な歌だから…。大好きですよ、千早ちゃん。
ちはやふるの3期がスタートしましたね。みなさんはもうご覧になられたでしょうか?今回はそんなちはやふるを題材にした百合ものとなっております。せめてにぎやかし程度にでもなれればと思い投稿してみました。
短めですので今回は以上です。それでは~。