「ちぎりきな~」
バンッ。
「あーっ!」
ついしまった、という顔を浮かべてしまう。今のはかなちゃんの取りだ。
(よしっ!千早ちゃん、『ちは』を気にして反応が遅かった。じゃあ送るのは)
スッと手を上げてかなちゃんが送ってきたのは…。
「うっ」
やっぱり私の得意札、『ちはや』の札だ。う~ん困った。さっきはこの札を気にし過ぎていたから少し気を付けないと。
(『ちはや』の札、千早ちゃんはあえてマークを甘くするかもしれない。すぐに読まれたらチャンスかも…。千早ちゃんからこの札を抜けたら!)
「末(すゑ)の松山~波越さじとは~」
狙いはもちろん右下段。原田先生の攻めがるたをやるだけだ。行くよかなちゃん、ここからだよ。前の歌が終り、グググッと姿勢を整え飛び出す準備をする。来い、右下段。
「ちはやぶる~」
(『ち』が連続で?)
(ほんとに来たっ!)
バッと飛び出したかなちゃんの右手は見事に『ちはや』に触れて、そして気付いた時には…。
━━━かなちゃんが私の胸に飛び込んできていた━━━
「ハッ!かなちゃん大丈夫?」
「いたたた。ごめんなさい。勢い余って飛び込んじゃいました」
思わず呆然としていた私はかなちゃんを助け起こしながら怪我をしていないか確認する。もし突き指でもしてたら大変だ。他のみんなもそれを気にして一時中断となる。
「すげーな、かなちゃん。綾瀬から『ちはや』抜くなんて」
「うん、凄いよかなちゃん」
怪我がないとわかってホッとした肉まんくんと机くんがかなちゃんに賞賛を送る。私だってビックリした。かなちゃんのこんな飛び出し、初めて見た気がする。
「それにしてもよかったぁ、怪我してなくて」
「せっかくこの前千早ちゃんに綺麗な取りだって褒められたばっかりだったのに…」
「そんなことないよ、気迫漲る良い取りだったよ。原田先生ならきっと声出しておおっ!とか言ってたよ」
シュンとするかなちゃんを励ましつつ、私たちは試合を再開した。その後もう1試合して今日の部活は終了。正直全然物足りない。もっとかるたがやりたくて仕方がない。
「また明日頑張りましょう千早ちゃん、ね?」
「うん…」
翌日。今日は部室に一番乗りかと思って駆けていくと中から歌が聞こえてきた。隙間から中を覗くと…。
(かなちゃん?一人で練習してるのかな?あれ、違う。あー読手の練習か)
邪魔しちゃ悪いし次の歌が終わったら入ろう。じっとしてれば大丈夫かな?としゃがんでいると前の歌が終わりかなちゃんが次の札を持つのが見えた。
息を吸い、そして止める。その後僅かな間を置いて…。
「ちはやぶる~神代もきかず~龍田川~ からくれないに~水くくるとは~」
その瞬間私の中でパァッて紅に染まった龍田川のイメージが浮かび、読み終わった後もじんわりと余韻を残し…やがて消えていった。大会やテープで色んな読手さんのちはやぶるを聞いたけど、それに劣らないとても色鮮やかな読みだ。
「かなちゃんっ!」
嬉しくなった私は、余韻が消えると同時に部室に飛び込みかなちゃんの手を取ってはしゃいだ。
「すごい。すごいよ、かなちゃん。今の『ちはや』の読みすごく綺麗だった。専任読手さんにだって負けないくらいパァッて景色が浮かんだよ。いつの間にそんなに上手くなったの?」
「そ、そうでしたか?自分じゃよくわからなくて…。でも千早ちゃんにそう言ってもらえたら私も嬉しいです」
かなちゃんと一緒になってピョンピョン跳ねてると他のみんなもやってきた。
私はみんなにかなちゃんを自慢したくてついはしゃいでしまう。かなちゃんがねーとか、かなちゃんの読んだ『ちはや』が~とか。
その間中かなちゃんは恥ずかしそうに照れて少し俯いていた。
(私、やっぱりかなちゃんのことが好きだ。だって言葉が止まらないんだよ。次から次へと言葉が溢れてくる)
「かなちゃんが読手を目指しているのは聞いてたけど本気だったんだね」
「たしかに読手やるとわかることもあるって聞くもんな」
結局みんなの声に押されてみんなの前で何首か読むことになったかなちゃん。でも…。
「普通…だな」
「俺はいくつか良い読みはあったと思うけど」
「あ、ずりーぞ真島。自分だけ良い顔しやがって」
肉まんくんが太一に突っかかる中、机くんはなにやら思案中だ。何かに気付いたみたいだ。こういうときの机くんは頼りになる。
「わかった。得意札だよ。かなちゃんは僕たちの誰かの得意札のとき急に上手くなるんだ。試合で読んでる時は気付かなかったけどこうして聞くのに集中してるとよく分かるよ」
「なるほどなー。言われてみればたしかに」
「千早がさっき褒めてたのは『ちはや』だったよな?」
うんうんと大きく頷き、ついでにもっと上手かったことを必死にアピールしておく。かなちゃんを大々的に宣伝した手前、あまり評判が良くないとかなちゃんに申し訳なくなってしまう。
「ねぇかなちゃん。『ちはや』を読んでくれない?さっきの読みだったらきっとみんな驚くよ」
「わ、わかりました…」
そう言ってコホンと小さく咳払いを一つ。あ、まずい。ちょっとかなちゃん緊張しちゃってる。余計な事言わなきゃよかったかも。
(お願い、かなちゃん頑張って!)
札を手に取り用意を整えたかなちゃんが顔を上げた。そのまま歌うのかと思いきやかなちゃんは私を真っすぐに見つめる。
(かなちゃん?)
そして…。
「ちはやぶる~神代もきかず~龍田川~ からくれないに~水くくるとは~」
「「うぉおおおおおお」」
一同が歓声を上げるなか、私の時間だけが止まっていた。
(今の読み、さっきよりもずっと良かった。でもそれだけじゃない…。かなちゃん)
歌に乗ってかなちゃんの想いみたいなものが私に流れ込んで来る。パァッと広がる龍田川のイメージを脳裏に浮かべながら、私はかなちゃんに初めて歌の意味を教わったときのことを思い出していた。
━━━わたしはこれを激しい恋の歌だと思っています━━━
激しい恋の歌。かなちゃんはたしかにそう言っていた。そして私が感じたのは…。
「━はやっ。おい千早っ!どうしたんだ急に固まって。どうかしたのか?」
太一の声に我に返り、何でもないと言っておく。その横では。
「すげーじゃん。たしかに綾瀬が驚くのも無理ねーよ。これならすぐにでも読手になれそーじゃん」
「うん、僕もそう思う。ずば抜けて感じがいい綾瀬も驚くくらいなんだから自慢できるんじゃないかな」
肉まんくんと机くんがかなちゃんを褒めていた。私も慌ててその輪に加わり一緒にかなちゃんを褒める。私は頭を一度切り替えようと声を張り上げた。
「さっ練習しよ。練習ー。今日も頑張るぞー」
練習が終わった後の帰り道、そこには千早と奏の姿はなく男3人で歩いていた。
「なぁやっぱかなちゃんの読みさ。『ちはや』の札だけずば抜けてたよな」
同意を求める肉まんくんに机くんも
「それ、僕も気になったんだよね」
と賛同する。そのまま二人はその話で盛り上がるが太一だけは小さく、まぁなと言ったきり下を向いて黙り込んだ。
(わかってるよ俺だって。もう割り込めるような場所はないってことくらい。そんな俺が二人の事とやかく言うなんてやっぱダメだろ。それにしても…千早のやつ一体どうするんだろうな…)
「真島、お前さぁ」
「ん?なんだよ西田」
「いや、やっぱいい」
「なんだよ気になるだろ?」
「…。一つ提案があるんだけど。よかったら少し遊んでいかない?」
「お~。いーねー机くん、わかってんじゃん。そうだ、カラオケとかどうよ?」
「ったく。あんま大きい音は耳に悪いから、音量控えめな」
太一の反応に不思議そうな顔をする二人。まさか太一が賛同するとは思っていなかったようだ。だがそれもほんの少しの間だけで、すぐに歓声を上げ始めた。
「よぉし、行くかー」
「「おー」」
そんな男子たちの結束などまるで知らない千早と奏はまだ校舎の廊下にいた。
もうすでに人の姿はほとんどなく、時折荷物を抱えてパタパタと駆けていく生徒がいるくらいだ。
「ねぇかなちゃん。さっき言えなかったんだけどさ、もしかしてかなちゃんは私のために読手さんになろうとしてくれてるの?」
前から聞こう聞こうとは思っていたけど口に出来なかった言葉。でも今日は喉に引っかかっていた小骨がようやく抜けたみたいに、スラスラと聞くことが出来た。そう思った理由は直接的な言葉なんかじゃなくて、曖昧で抽象的な、何か。でも信じられる…そんな何か。
「千早ちゃん?どうしたんですか急に」
「上手く言えないんだけどね。2回目にかなちゃんの『ちはや』を聞いたときに、私思い出したんだ。かなちゃんが初めて教えてくれた歌の大切な意味。ちはやぶるの歌は激しい恋の歌だってこと」
自分で言ってても伝わるか不安なくらい言葉選びが下手で、照れ隠しに頬をポリポリと掻く。
「千早ちゃん…もしかして…」
かなちゃんはじりじりと後ろに下がっていく。そんなことありえないって表情をしながら。
「歌ってすごいね。文字だけでもすごいのに、声に出すと想いも伝わっちゃうんだね」
「あっ、うそ…。そんな、私…」
言うなりダッと後ろへ駆け出したかなちゃんの袖を掴んで引き留めた。
「待って!待ってよかなちゃんっ!かなちゃんはきっと誤解してるよ」
「いいんです。千早ちゃんには詩暢さんがいます。現クイーンで千早ちゃんと全力でかるたが出来る詩暢さんが。詩暢さんだってきっと千早ちゃんのこと」
クリッとした目にはもう大粒の涙が溜まっていて今にも零れてしまいそうだった。そんなかなちゃんを見て私は居ても立っても居られず、気付いた時にはギュッと抱き締めていた。
「たしかにかなちゃんが言うように詩暢ちゃんは大切な人だよ。かるたの競技者としてクイーンの詩暢ちゃんは目標だし、個人的にも詩暢ちゃんとは仲良くしたいと思ってる。でも私が傍にいて欲しいのはかなちゃんだよ。小っちゃくて頑張り屋さんのかなちゃんなんだよ」
「本当…ですか?」
私の言葉に弾かれたように顔を上げたかなちゃんのほっぺには溢れた涙が幾筋もの線を描いていて、その瞳が私に尋ねていた。信じていいの?と。私はそれに応えるようにかなちゃんを抱き締めたままそっと囁いた。
「本当だよ。ぜんぶ…本当」
「私、私かるた…弱いから。だから、詩暢さんに勝てないんじゃないかって。千早ちゃんの一番になれないんじゃないかって、勝手に…そう…思ってて」
もう止められなくなった涙が後から後から溢れてきて、かなちゃんの制服や床に小さな痕を残していく。泣きじゃくる嗚咽でところどころ詰まりながら、かなちゃんは素直な気持ちを口にしてくれた。
「ごめんね。私かるた馬鹿だから、かなちゃんには寂しい想い一杯させちゃったね」
少しでもいいから泣き止んで欲しくて、よしよしってかなちゃんの頭を優しく撫でた。私の制服にもかなちゃんの涙がじわりじわりと滲んで染み込んでいく。
「千早ちゃんっ!私千早ちゃんの傍にいたいです。読手を目指してるのだって、せめてクイーンを目指す千早ちゃんの傍にって。そのために…私」
「うん、うん。ちゃんと伝わったよ。かなちゃんの気持ち…歌が伝えてくれたよ」
かなちゃんが泣き止むまで私はそうしていた。夕日に照らされて、私とかなちゃんの重なった影が廊下に伸びている。
「かなちゃん、そのままでいいから聞いて欲しいんだ。私ね、クイーンになるよ。詩暢ちゃんを倒してクイーンになる。ずっとずっとかるたを続けて最強のクイーンになるよ。そしたらいつかね…かなちゃんに読手をしてもらうよ。私と詩暢ちゃんのクイーン戦、あの浦安の間で」
「千早ちゃん…」
「詩暢ちゃんが待ってるんだ。クイーンとして、挑戦者の私を。随分長い間独りぼっちで待ってた。私は競技者としてそれに応えたい。一人のかるた好きとして、詩暢ちゃんと全力で戦いたい。
私ね、かるたのことになると欲張りだから。しのぶれどもおおえやまもどっちも取りたいんだ。どっちか一枚じゃなくてどっちも」
「それって」
「うん。詩暢ちゃんのしのぶれど。かなちゃんのおおえやま。どっちも私には大切なものだから。クイーンの座と、かなちゃん。両方を掴むよ。そのためにたくさん練習してきたもん」
詩暢ちゃんとはかるたの選手としていつまでも競い合いたい。そしてかなちゃんとは…大切なパートナーとしてずっと傍にいて欲しい。私はかなちゃんみたいに読むの上手くないから、せめて札に例えて素直な気持ちを表現した。かなちゃんは受け取ってくれるかな?
「いいんですか、私で?私、詩暢ちゃんみたいに強くないですよ?千早ちゃんみたいにカッコよくないですよ?」
「そのままのかなちゃんが私はいいな。だからかなちゃんは私の好きなかなちゃんでいてよ」
「私も、千早ちゃんにちゃんと言いたいことがあるんです。聞いて…くれませんか?」
「うん、聞かせて」
想いはもう伝わってる。だから大丈夫。怖がらないで口にしていいんだよ。
「好きです千早ちゃんのことっ!だから一緒にいて下さい」
「私も…好きだよかなちゃん。かなちゃんのことが大好きだよ」
ちっちゃなかなちゃんを抱き上げてくるりくるりと廊下を回る。ダンスしてるみたいにくるりくるりと。いままでごめんね。今日からはずっと一緒だよ。それと…これからよろしくね。
再び抱き合った私たちの後ろで夕日が空を真っ赤に染め上げていく。
「ねぇかなちゃんっ!空見てよ。真っ赤だよ~」
「ほんとですねっ。あっ千早ちゃんこれって」
私たちは同じ光景を思い浮かべた。真紅に染まった龍田川を。
想いの通じ合った二人は顔を見合わせて笑いそして口にした。二人の大切な歌の最初の言葉を…。
「「━━━ちはやぶる━━━」」
え~、短いので前後編続けて投稿しました。
読んでいただきありがとうございます。前編の後書きはあっさり目でしたのでこちらは少々長めにしたいかな、と。
今回はちはやふるということで百人一首が登場するんですが…さぁ困った。読み上げるとこどうしよう?最初は読みをもう少し忠実に再現しようかとも思ったのですが…
「ちはやぶるぅ~ かみよも~きかずぅ~ たつたぁがわぁ~」
簡略化してもこれだったので諦めました。読みにくいしまったく音が伝わらないのでやっぱり無理だな…と。
あと、詩暢ちゃんパートも作って前編中編後編にしようかとも思ったのですが、京都弁に恐れをなして逃げ出しました。詩暢ちゃんごめんなさい。
というわけで色々自分には足りないな~というのを痛感した次第です。もう一つ書いている方に何か一つでも活かせたらなぁと思います。
長々と失礼いたしました。以上です。