抉り食らうは蛇の顎 作:我は蛇なりや
高レベルの冒険者にとって、ミノタウロスは然程苦労する相手ではない。それもレベル5ともなれば、猶更だろう。
だが、裏を返せばその高みに至れていない者にとっては、強敵と言える。
それも神からの恩恵を受けていない者にとっては猶更。
「…………」
血塗れだった右手が完治し彼、アクタはジッと己の右手を見つめていた。
「良かった!綺麗に治ったみたいだね」
「…………ああ」
「それで、アクタはどこかのファミリアに所属してるの?」
「…………いや。ファミリアとは何だ?」
「ふぇ?」
本体に合流し、ポーションを融通してもらったティオナは思わぬ言葉に首を傾げた。
それは、周りで聞き耳を立てていたロキ・ファミリアの団員達も同じくだ。
「少し、良いかな」
「フィン!」
声を掛けたのは、金髪の小人族。槍を手に持ち、大らかな表情だが纏う雰囲気は強者のソレ。
「僕は、フィン・ディムナ。この団の団長をしているんだ」
「…………アクタ」
「それじゃあ、アクタ。一つ質問だよ。君は、オラリオ、バベル、神々、冒険者、レベル、恩恵、この言葉に聞き覚えはあるかな?」
フィンが聞くのは、冒険者にとっては一般常識な言葉だった。それこそ、子供でも知っているようなそんな基礎的な質問だ。
果たして、
「…………いや、ないな」
アクタは当てはまらない。
彼は世界を跨いでしまっているのだから。ついでに、一般常識は最低限で倫理観には重大な欠落がある。人としては欠陥品だ。
「そう、か…………」
うずく親指を気にしながらも、フィンは彼の返答を頭の中で吟味する。
間違いなく、厄種となる。
ダンジョンの入口は、ギルドが管理しており彼らの目を掻い潜ってダンジョンに潜ることは難しいのだ。
何より、それら基礎知識が無いというのにアクタはレベル2相当のミノタウロスを素手で殺してしまった。破格というには些か異常すぎるだろう。
「とりあえず、君には僕らについてきてもらう。地上に出よう」
「…………地上?」
「ここは、オラリオの地下にある迷宮だからね。とりあえず、詳しい話は戻ってから。ここでは落ち着いて話も出来ないから。それと、」
言って、フィンが手渡すのは黒い外套だった。
「その格好じゃ注目を集めすぎるからね。せめて羽織ってもらわないと」
「…………」
受け取った外套を一瞥し、アクタは素直にそれを羽織る。
170弱の身長である彼の足首近くまで覆い隠す黒一色のソレ。少なとも、その下がどうなっているかは傍から見れば分からない。
というか、彼はかなり筋肉質であるくせにその体は極限にまで絞られている。まるで叩いて叩いて叩いて鍛え上げられた鋼のような肉体だ。
冒険者であるフィンから見ても、その肉体の鍛え方は凄まじいの一言。だからこそ、上半身裸のままで連れて行くわけにはいかないのだ。
「ティオナ。彼を頼むよ」
「まっかせといて!フィン!」
嬉々として手を上げたティオナ。快活な彼女と、無表情で静かなアクタ。
対照的な二人であるが、その相性は悪くは無いらしい。
そうして、同行者を増やした一団は地上を目指すのだった。
*
迷宮都市オラリオ。地下に広がる迷宮の恩恵を受けて発展したこの街は、多種多様な種族と同時に多くの神が入り乱れる混沌の魔窟のような場所となっている。
「…………」
“ヒト”をこれほど多く見たことが無いアクタは、無表情は変わらないが周囲を見渡していた。
別段何かを成したい訳ではない。しかし、物珍しい事には変わりが無いのだ。
何せ彼はYAMA育ち。世情に疎く、常識が希薄で、対人関係の能力など一片たりとも育ってはいない。そんな状態で発展している街の中に放り込まれたのだ。内心では若干の困惑があった。
「ほら、行こう?ね?」
立ち止まってしまったアクタの手を取るのは、世話係を任命されたティオナだった。
本来ならばファミリアの幹部の一人である彼女は、道中で手に入れた魔石の換金や依頼された物品の納品などを任される所なのだが、今回は客人の相手をするために一足先に他の面々とファミリアの本拠地であるホームに戻る事になっていた。
大通りを行く一団。トリックスターの旗印はそこにあるだけでも周囲からの視線を集める効果があった。
「驚いた?アタシ達って結構有名人なんだよ?」
「…………」
「それでね―――――」
ティオナに手を引かれて、一方的に話しかけられるアクタはしかし一言も発してはいなかった。一方的に彼女が話しかけて反応を見るまでもなくコロコロと次から次へと話を変えているからだ。
彼が見るのは、そんな彼女の表情。前を行かれているため、横顔しか見る事は出来ないのだが実に楽し気な様子なのは十分に確認することが出来た。
それは彼には無いものだ。何せ彼は“成長”ではなく“製造”された暗殺者であるから。感情その他諸々は既に彼の中には有りはしない。
羨ましいとは思わない。そもそも、それらを思うような感情の土壌が彼には無い。
羨ましい、羨望という感情は言ってしまえば欲の発露だ。そして、欲とは“ヒト”が生きるための原動力でもある。
例えば、このオラリオは言ってしまえば欲の坩堝。誰しもが一攫千金、一発逆転を掛けて街を訪れ、己の目的を果たすために日夜を駆ける。
アクタにはそれが無い。教えられてこなかった。ミノタウロスに挑んだのも、最初に相手が襲ってきたため抵抗を余儀なくされたから。逃げる選択肢は最初からなかった。
そもそも彼には逃げる選択肢がない。彼にあるのは、殺るか殺られるかの二択のみ。逃げる、生き残るといった選択肢は端から存在していない。
だって、彼は兵器だから。いわゆるところの
「―――――ほら!着いたよ、アクタ!」
ただただ、歩くという行為を続けていればいつの間にか目の前に聳えるのは尖塔を複数持った大きな大きな館であった。
「ここが、アタシ達のホームだよ。黄昏の館って言うんだけど」
「…………」
「じゃ、入ろう―――――」
か、とティオナが続ける前に扉が重々しい音を立てて開いていく。
そして、
「ひゃっほーーーーっ!おっかえりーーーーー!」
飛び出してくるのは、赤毛の女性?である。疑問形であるのは、ごく一部が迷宮に存在する大荒野並みに平坦である為。
「ただいま、ロキ」
「おーう、フィン!お疲れさまやな!」
「まあ、ね。少し話があるんだ」
「えー?ウチ、これからレフィーヤやアイズたんとキャッキャウフフせなあかんのやけど」
「正直、これは幹部だけで話し合うには大きなものだからね。ロキの意見も聞きたい」
今まさに、エロ親父のように女性陣へと飛び掛からんとしていたロキだったが、間に入ったフィンの思ったよりも切迫した様子に眉を顰めた。
彼女は、自身の眷属を本当の家族のように愛して信頼している。その中でも団長であるフィンとは長い付き合いだ。その実力諸々含めて、よく知っていた。
そのうえで、彼が持て余す問題とはいったい何なのか。
「とりあえず、ウチの部屋行こか。リヴェリアとガレスも来てくれや」
*
空の酒瓶やら、服やら何かの食べかすやらが転がる部屋。黄昏の館の主であるロキの私室は随分とゴチャゴチャしていた。
「んじゃ、改めて。ウチはロキ。このファミリアの主神やっとる。よろしゅうな」
「…………アクタ」
「フィンにあらましは聞いた。けど、改めてその口から聞かせてもろうてエエか?」
「…………」
対面するようにソファに腰掛けるアクタとロキ。そして、ロキの背後に二人フィンと肺エルフの女性が並び、アクタの後ろをドワーフの男性が固める構図だ。
この状況で、ロキは目の前の少年を見極めんとその目を細めていた。元から細いのに。
天界に居た頃は、トリックスターと呼ばれた彼女だ。悪だくみをさせれば右に出る者は居ないし、観察眼と知能に関してはかなりのもの。
その上で、目の前の少年はあった事の無いタイプ。類似した者は居たが、彼はそのどれもに近いだけで当てはまらない。
相手の内心など知らないアクタは、上手く回らない口を動かして、たどたどしくも自分の境遇を語っていった。
「歪み、なぁ…………」
「…………」
「ロキ。この話を信じるのか?」
「せやかて、リヴェリア。このボンは嘘ついとるわけやない。
「それじゃあ、彼は違う世界から来た、という事になるね」
「せやなぁ…………アカン、他の
神々が下界に降りてきたのは暇つぶしの為だ。だからこそ、
その点からいえば、厄種も良いところだろう。異世界からの来訪者など、何が起きるか分かったものではない。
「どうしたもんか…………もう、
「思考を放棄するんじゃない。仮に引き入れたとして、厄介が大挙して押し寄せてくるのは目に見えているだろう?」
「言うてもなぁ…………放り出しても、それはそれで厄介や。恩恵無しでレベル2相当のミノタウロスを素手でぶっ倒すとか普通無理な事やぞ」
「ここは、彼本人の意見を聞くべきじゃないかな?」
「まあ、そらぁな…………で、アクタはどないする?」
水を向けられ、室内の視線がアクタへと集まる。
「…………」
彼は考える。
元の世界に帰る方法など皆目見当がつかない。いや、仮に帰れたとしても組織に使い潰されるのが関の山だ。かといって、この世界でやりたい事など有りはしない。
ただ一つ、分かる事は今の自分がここにいる事が彼らにとって都合が悪いという事だけ。
「…………街を出る」
「はぁ?」
「…………俺がこの世界の住人じゃないのは、分かった。ならば、面倒は避けるべきだろう」
お前たちも、とは続けなかった。今まさに面倒ごとの種を持ち込んだのは彼であるからだ。
アクタの言葉を、ロキは素直にウンとは頷けない。
嘘ではない事はわかる。だが同時に、本当の、本心の言葉は述べていないと分かった為だった。
空虚。状況を見て言葉を発しているが、そこには一切の自分の気持ちが無い。
それ即ち、何色でもあり、何色でもない。無色であり、透明であり、白であり、黒であり、灰である。
そこに確かに“在る”。確かに“居る”のに何も“無い”。矛盾をはらんでいるような。
「面白い、けど面倒なやっちゃなぁ…………少なくとも、“何もない”ボンを外へ放り出すほど、ウチも畜生やない。中身を埋めてみようとは、思わんか?」
「…………」
「そら、ただ飯食らいは許されへん。けども、迷う子供を導くのも
「つまり、アクタをファミリアに引き入れると?」
「しゃあないやろ。あの色情魔に取られんのも癪やし。何より、もしも厄介なところに取られるとウチ等にも容赦なく敵対してくるタイプやないか?なあ、アクタ」
「…………」
ロキの問いに、黙して語らずのアクタ。だが、その反応そのものが答えていると言っても過言ではない。
事実、アクタは命じられば恩も何もかもを投げ捨てて彼らへとその拳を向けるだろう。そこに勝てる勝てないの要素は加味されない。
こうして、彼は一旦のところロキ・ファミリアへと籍を置くこととなる。
~ステイタス~
無名(自称『塵芥』/他称『アクタ』)
レベル1
力 I0
耐久 I0
器用 I0
敏捷 I0
魔力 I0
スキル
【】
【】