抉り食らうは蛇の顎   作:我は蛇なりや

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 黄昏の館。冒険者のホームである為、ここには大きな鍛錬場も準備されていた。

 常ならば熱心な者が来る程度の場所であるのだが、今日は少々毛色が違う。

 

「一応、実力は把握しておかないといけないからね」

 

 フィンの言葉に、アクタはただぼんやりと反応を返す事もない。

 そう、今回この場で行われるのは新しく入団した彼の実力を正確に測る為。経緯が経緯である為に、遠征直後の疲労を押してこうして集まっていた。

 

「それじゃあ、どうしようか。僕が相手をしてもいいけれど、立候補者はいるかな?」

 

 問いかけるフィンに対して、最初に前に出たのは、

 

「俺がやる」

 

 狼人のベート・ローガだった。戦闘スタイルは徒手空拳。主に蹴りを用いる彼は、成る程素手であるアクタを試すには十分だろう。

 何よりレベル5。粗暴な見た目に反して、彼は確り手加減の出来る男だ。

 

「それじゃあ、任せるよベート。命までは取らないように」

「…………ああ」

「アクタも。余力を残す真似はしないように頼むよ。君の実力を測るためにやるんだ。全身全霊で挑むように」

「…………了解」

 

 似たような返答の後、二人から離れる様にして観戦者一同は距離を取った。

 睨み合う、というには一方的にベートが睨んでいるこの状況。アクタは一切の気負いをすることもなく無表情で目の前の敵を見据えている。

 既に外套は脱いで袴のみの格好。上半身が露になった際には、周囲からざわめきが出たのは余談だ。

 

「それじゃあ、二人とも準備はいいかな?……………………始め!」

「終わらせてやるよ!」

 

 フィンの合図と同時に、ベートは消えた。

 彼の強みは、その速度。その一転に限れば、彼よりもレベルが上であるフィンたちにも劣らないどころか勝る事だろう。

 風を巻き、風を切り裂いて、気づいた時にはアクタの目の前に彼の姿はあった。

 殺しはしない。だが、この一撃で決める。その気概で放たれた跳び回し蹴りは、足の甲が確実にアクタの顔面を捉える軌道であった。

 だが、

 

「躱したッ!?」

 

 その蹴りは空を切る。

 アクタの上体は後方へと大きく反っていたのだ。これにより蹴りは空を切り、ベートは隙を晒すことになってしまう。

 蹴りの勢いで空中一回転するベートの脇腹。そこに蛇が食らいつく。

 

「…………む」

 

 だが、牙であるその指先が食い込むことは無い。まるで鉄板でも食らいついたかのような手ごたえに、すぐさまアクタはその場を離れていた。

 左手を一瞬確認し、掴む形から拳へと切り替える。

 彼を製造した組織では、この暗殺拳を“蛇”と呼称していたがアクタは単なる暗殺機械ではない。

 彼は、殺戮機械(キリングマシーン)。その身に刻まれているのは何も“蛇”だけではないのだ。

 その一つ。八方角の極みにまでその拳を届かせるという意味より研鑽され、今日にまで伝えられてきた中国武術の一種、八極拳。

 最小の動きから最大の破壊力を叩き出すことを可能とし、何より見せ技が一切ない。

 純粋に対象を破壊することに特化しており、何より間合いがかなり近くなる。

 

「…………」

 

 対してベートもまた警戒していた。

 蹴りはレベル1ではまず間違いなく反応も許さずに蹴り飛ばせるものであったのだ。事実、彼もあの一撃で決めようと思っていた。

 だが、今も目の前でアクタは構え立っている。それどころか、反撃すらも許してしまった。

 ベートは弱者が嫌いだ。特に、己の力量すらも真面に測れずに死地に立つような者は、唾棄するほどに大嫌いだった。

 だからこそ、今回も立候補して目の前の男を見極めたかったのだ。

 恩恵すらも受けずにレベル2相当のミノタウロスを素手で殺すその実力のほどを。

 

「チッ!行くぜ…………?」

 

 再び仕掛けるベート。

 今度は一撃で決めたりはしない。何度もステップを細かく刻んでかく乱するように動き回り、何度目かのフェイントから踏み込んで、ソバットを叩き込んだ。

 対するアクタ、これを右側へと動くことで回避。同時に力強く踏み込むと、何のためらいもなく左拳を前へと突き出していた。

 真っ直ぐ故に速度もかなりのものだが、素直に当たるほどベートは弱くは無い。蹴り足を引き戻すと、脛を使って拳を受け止める。

 衝撃が、辺りに木霊した。何より、アクタの踏み込みによって床の一部がものの見事に粉砕されている有様からその破壊力を如実に表していた。

 だが、

 

「…………」

 

 ぶしゅり、とアクタの拳から血が流れる。

 ベートのブーツは、フロスヴィルドと呼ばれるメタルブーツだ。そんなものを加減なしで素手で殴ればレベル差も相まって、殴った方が壊れるのは当たり前の事。

 しかし、彼の表情は無のまま動かない。すぐさま潰れた拳を開くと、痛みを感じていないのかガッチリとベートのくるぶしを鷲掴むではないか。

 そうして、左腕を引き込みながら右半身を前へと滑り込ませていく。

 

「…………ッ」

 

 放つは背中の一撃。鉄山靠とも呼ばれるこれは、習熟すれば鉄筋コンクリートにすら穴を開ける事が可能となり数人がかりでも叩き潰せる。

 ベートとの膂力差によって、彼の姿勢を崩せずむしろアクタの体が引き寄せられるような状態であったが密着状態でも破壊力を発揮できるのが八極拳だ。

 

「ぐっ…………!」

 

 人は、知らない動きには反応も対応もできない。一例としては、鉄棒の逆上がりを見たこともない人にそれを見せると、いつの間にか降りていたように見えるらしい。

 ベートは徒手空拳だが、その実態は技術ではなく狼人特有の野生の動きに蹴りを合わせたもの。レベル差による絶対神話のあるこの世界においては珍しくもない光景だ。

 だからこそ、彼らの技術は一を極めんとする者に劣ってしまう。

 図らずも、アクタはソレだ。才能があり、尚且つ技術を植え付けられてきた。格闘技という一を極めんとしてきた。

 レベル差を無視して、ベートの体が後方へと飛んだ。たかだか数メドルという距離であったが、それでも確かに一撃入れたのだ。

 これには観戦者たちも驚き目を開く。

 そんな中で、フィンはある事に気が付いた。

 

「…………成る程、彼の専門は“ヒト”みたいだね」

「どういうことだ、フィン?」

 

 彼の独り言に反応したハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴが問う。

 彼女だけでなく、周りの視線もその言葉の真意を問いかけてきていた。

 

「そうだね。僕ら冒険者が基本をモンスター、そして対人戦は二の次においているのは分かるだろう?」

「ああ。そうそう、冒険者同士で本気の戦闘は行わないな」

「けど、彼は違うんだ。アクタの技は人との戦闘に主眼を置いて確実に人体を破壊する事に特化してる。多分モンスターとも戦えるけれども、本領発揮できるのは“ヒト”が相手の時だろうね」

 

 フィンの予想は、ほぼ正解だ。

 そもそも格闘技自体が対人を主眼にしたものであり、体の動かし方は学べても他の生物には効果が薄い場合が多い。極め技などその最たるものだろう。

 今も、ベートは確実に一撃を入れてくるアクタの攻撃をどうにか捌くことで手一杯。というか、一撃捌いたところに、既に二撃目が叩き込まれており対処が間に合っていないように見えた。

 反射神経などは関係ない。いわば知っているか、知らないかの違いだ。

 今のアクタは、ベートの知らない攻撃ばかりを繰り出している。攻撃の軌道は直線的なものが多いが、出が分からないようになっており何より、合間合間で“蛇”を混ぜる事により、さらに複雑怪奇な有様。

 いくつものジグザグとした軌道の中に、それらすべてを断ち切る様な真っ直ぐが走り反撃のタイミングを潰す。

 何より、

 

(当たらねぇ…………!)

 

 先程から、ベートの蹴りは空を切りまくっていた。

 いや、蹴りだけではない拳なども含めてその尽くが空を切ってばかり。

 不可解なのは、攻撃をする前からすでに回避モーションを取られている事か。軌道修正しようとも、それすらも当たらない。

 これに関しては、フィンたちでもわからない事だ。

 聴勁と呼ばれる技法と、直観の合わせ技が彼の躱せる理由。

 拳の触れている場所から相手の動きを察知すると同時に、体が動くに任せて余分な思考を間に挟まないのだ。その動きには一切の淀みがなく、繋ぎによる不自然な挙動が含まれない事でより一層相手にやりづらさを与え続けている。

 とはいえ、ベートもレベル5にまで駆けのぼった実力者であることは変わりがない。

 徐々に徐々に対応し始めており、一度見た攻撃ならばカウンターを合わせられる程度にはなって来ていた。

 だが、これは間に横たわるレベル差の為。仮にこの開きが一つ程度に収まる、若しくは同格であったならば初手でベートは沈んでいる。

 何より、ベート自身の体はミノタウロスよりも頑強。装備も整っている分、アクタの手や体には自然とダメージが蓄積しており、血塗れだった。

 ただ、そんな指先一つ動かすだけでも激痛をもたらすであろう状態でも彼の表情は、やはり変わらない。

 機械的に、凪いだ目はベートを捉え続けており痛みで自棄になる事もなく淡々と拳を振るい続けていた。

 

「―――――そこまで!」

 

 結局、フィンが止めるまで近距離での格闘戦は続いた。

 序盤はアクタが押し、中盤からはベートが盛り返すものの最後は互角の域を出ないそんなレベル。

 無論、最初から油断なくベートが攻め立てていればアクタに勝ち目は無かっただろう。この手合わせはあくまでも相手に殺す気が無く、内心で油断していたところを上手く衝けたに過ぎない。

 次は無いだろう。

 何より、押していたアクタは自分の血で真っ赤。両手は完全につぶれ、肉が裂けておりその隙間からは骨が覗き、拳も折れた骨が皮膚を突き破った痛々しい有様。

 間に挟まれた蹴りなどにより足首も折れており、鉄山靠に用いた背中も骨にヒビが入っていた。

 正に満身創痍。その場に立っているだけでも奇跡と言う外ないほどに彼はボロボロだった。

 

「痛くはないか?」

「…………」

 

 ポーション片手に歩み寄て来たリヴェリアを一瞥し、アクタは小さく頷いた。

 一つ補足をすると、彼は無痛症ではない。ただ、痛みという状態に対して鈍いだけ。組織によって彼の感覚の一部はほぼ完全に破壊されており、それによって痛みを感じにくくなっていた。

 今の状態も常人ならば気絶するかもしれないが、彼は擦り傷が若干ヒリヒリしている程度の痛みしか感じてはいなかった。

 傷にポーションが掛けられ、見る見るうちに傷が再生されていく。

 少なくとも、見た目は治ったその状態。上から包帯を巻かれて、あとは時間が解決する事だろう。

 

「あまり無理はするな。いくらポーションで治せると言えども、完全に破壊されればそれまでだからな」

「…………」

「痛みに強いことはわかった。だが、それが無茶の通る理由にはならない。分かるか?」

 

 リヴェリアに握られる両手を見ながら、アクタはぼんやりとしていた。

 彼は知らない。彼自身が組織に居た時には、“治療”ではなく“修理”であったから。

 無理矢理治癒能力を引き上げる軟膏を塗られ、深い切り傷は麻酔無しで縫い合わされる。骨折は骨の位置を正される程度で完治する前に、再び鍛錬でへし折れることも少なくは無かった。

 そんな自分の手が今まさに誰かに優しく握られているという不思議。痛覚に続いて、温感の鈍った彼だが触覚は戦闘でも使うからと薬剤で残してあるのだが、ほのかな温かさと軟らかさを伝えてくる。

 彼の初めての経験だった。この出会いがあと数年早ければ、何かが変わっていたかもしれない。

 しかし、それは後の祭り。アクタの中に芽生えかけていた小さな種子は、暗い虚の底の底へと落ちて消えるのだった。

 

 リヴェリアもまた、目の前の少年は測りかねている。

 技量は間違いなくオラリオでもトップクラス。レベル差を無視するソレに危機感を覚えるほどのものだった。

 だが、終わってみれば満身創痍であったのはアクタ一人。相手であったベートには、わずかな痛痒を与えるのみで大したダメージは無い。

 何より、自壊すらも厭わない捨て身ぶり。見ている方が目を背けたくなるほどの惨状であったにもかかわらず、本人が無表情無反応無感動であるのだから気味が悪い。

 かと思えば、今も治療に際して握った自身の手を離さない、まるで迷子の子供のような反応を示す。

 リヴェリアはそんな彼に、幼い少年の影を見た。

 

 さて、注目の一戦が終わりアクタへの視線が変わったころ、一人の金髪の妖精が彼へと熱い視線を送っていた。

 彼女、アイズ・ヴァレンシュタインは力を追い求める。ただ只管に、我武者羅に、前へ前へと進むことを求めており、その為ならば全てを投げ出しかねない危うさを持ち合わせていた。

 そんな彼女の出会う、レベル差を無視する強者。

 知りたいと思う。聞きたいと思う。その強さの秘訣を。

 

 

 例えそれが壊れた末路であろうとも。

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