五十鈴生誕祭 リボン合同短編集 作:五十鈴合同
片翼の翼。
未熟だったと言う言葉はきっと言い訳なのだろう。
私は言うまでも無く凡人で、同期の背中をいつも見ていた。
翼を広げ、海という大空に艦娘と羽ばたく姿を羨むことが無くなったのはいつだったか。
飛び立った者の名前はよく耳に届いた。
何かの間違いとしか思えなかった私もまた提督として鎮守府に着任したのだから、当たり前のように戦果を誰があげた……なんて、嫌でも聞こえる。
耳を塞いだ、目を瞑った。
名を上げていく彼らのような翼は、私には無かったから。
初期艦の艦娘が献身的に支えようとしてくれたのすら煩わしいと感じ始めた時だった。
「五十鈴です、水雷戦隊の指揮ならお任せ。全力で提督を勝利に導くわ、よろしくね」
自信に満ちた笑顔と勝気な瞳を示して彼女は姿を現した。
特徴的なツインテールを白いリボンで結わえ、胸を張り。
なるほどと思った。
私にはうってつけの存在、艦娘だったのだろう。
現代において尚、名前を歴史に刻み伝わり続ける高名な軍人。
そんな存在をかつて輩出してきた彼女だ、私のような凡人にですらもしかしたら翼を授けてくれるのかも知れない。
思い出すのも恥ずかしいが、当時の私は真の意味で未熟だった。
拙い指揮で何度艦娘を危険に晒しただろうか。
卑屈な心で何人の艦娘を失望させただろうか。
それでも。
それでもそんな私の下で五十鈴は戦果をあげ続けた。
「五十鈴に任せて」
彼女はそれだけを言った。
どんな指示にも、どんな指揮でも、彼女は只管に応え続けてくれた。
その姿を見て、やはりかの軍人たちは良い
これなら私も、彼らのようにこの海を征くことができると思った。
彼女、五十鈴こそが私の翼だと。
いつからか返事を私の目を見てしていない五十鈴に気づかないまま。
自分が何もしていないということに気づかないまま私の名前は上がる。
気分が良かった。
同期からは信じていたぞ、なんて温かい笑顔と一緒に迎えられた。
その頃の自分を思い出すのは恥ずかしいじゃ済まない。
もしも過去に行くことが出来るなら、全力で助走をつけて殴り飛ばしたいとすら思っている。
それでも思い出すのであれば。
それでも当時の自分を形容する言葉があるのであれば。
勘違い野郎。
そんな言葉がお似合いだろう。
五十鈴は常に戦果をあげた。
そんな五十鈴に多くの艦娘が付き従った。いや、慕ったというべきか。
五十鈴に向ける親しみの視線が、自分に向けられているなんて思っていた。
執務室のイスに鼻を伸ばして座っていた。
彼女こそが私の翼。
いや、私が翼を授けているとすら思っていたかも知れない。
それほどに私は慢心だろう、勘違いしていたのだ。
空っぽの実績を五十鈴で埋めて、色のない勲章に満足していた。
だからだろう。
「バカね、誰もアンタを認めてなんかいないわよ」
久しぶりに向けられたのは視線ではなく冷水。
少し大きい作戦成功の祝賀会。
調子に乗って話す私に五十鈴はそういった。
「機嫌を損ねて悪かったわね、だけど言葉を取り消す気は無いわ」
動揺して、何を言われたのかわからないまま顔に集まる熱を感じて。
言葉を詰まらせる私に毅然と五十鈴は言葉を続ける。
「むしろそのままで居て? 大丈夫、安心しなさいな、そう。全部五十鈴にお任せ」
そんな五十鈴を嗜める艦娘は居なかった。
誰もそうじゃないと言わなかった。
ある者は何も言わずただ無機質な視線を私に向けて。
ある者は痛快愉快と笑いそうになっているのを堪えているのか肩を震わせて。
そんな、光景。
誰も、私をその時必要としていなかった。
何事も無かったかのように続けられる祝賀会。
初期艦の艦娘ですら、一瞬悲しげな瞳を私に投げた後、談笑へと参加していた。
動けなくなった。
何も言えなかった。
ただただその場に、座っていた。
まるで必要とされていないということを、重石のように実感しながら。
それからどれほどの時間が経っただろうか。
唯一後になって褒められるとすれば、自分が腐りきる前だったということ。
祝賀会から、私は荒れた。
無論八つ当たりだなんだとしたわけではない。
ただ、荒れたという言葉が一番似合っていた。
提督になってからするには遅すぎる勉強を始めた。
的外れ過ぎる作戦を立案した。
恥ずかしい。
その感情は確かにあった。
だがそれ以上に悔しかった。
的外れな作戦を立案する度に、誰かを危険に晒す指示を出してしまった度に私は無言の叱責を受けた。
あるいは失望とも言える視線だろうか? ただ間違いないのは黙って座っていればいいのにといった空気を感じていると思った。
それでも悔しさに後押しされて。
私は只管に艦娘たちに介入し続けた。
滑稽だっただろう。
全てをかなぐり捨てて同期に教えを請うた。
どうすれば艦娘を上手く運用できる?
どうすれば良い関係を築くことが出来る?
呆れた顔だったり、驚きの顔だったりを向けられた後、揃って笑顔で教えてくれた彼らには今でも、これからも頭が上がらないだろう。
ただ当時不思議と思ったのは。
「上官の命令には従うものでしょう?」
一度も拙い命令、指揮を拒否されなかったこと。
もう捨てる恥など無いと五十鈴に聞けばそんな答え。
そして他の者に聞いても同じような答えが返ってきた。
首を傾げた私だが、後になってわかった。
私はこの時ようやく翼にならぬ羽を手にしていたのだと。
転機。
一言で言ってしまえばそんな機会。
それは突然にやってきた。
「追撃戦は五十鈴の十八番よ!」
いつものように。
そう、いつものように五十鈴の、水雷戦隊の本分とも言える夜戦に突入しようと気炎をあげる声。
だがいつもと同じではない感覚があった。
危険。
このまま夜戦に突入させてはならないと直感が告げた。
「ダメだっ! 追撃は許可できないっ!!」
「っ!? 何で!? ここを逃したら!!」
確かに絶好のチャンスだった。
艦隊はほぼ無傷で、相手の多くは中破以上の損傷が確認できて。
このまま五十鈴に任せれば、いつもどおり敵艦隊を撃滅出来るだろう。
それでも。
「提督命令だっ! 帰還せよっ!!」
「呆れたわ! いい加減目を覚ましなさいっ! ここは……行くところなのよっ!!」
「五十鈴っ!!」
切られた無線。
伝わるノイズが絶望の音色に聞こえた。
私がちゃんとしていれば、最初から、ちゃんと提督であれば。
確かに。
確かにあの時五十鈴たちに任せた海域はずっと突破できずに手をこまねいた場所。
何度も出撃してはあと一歩及ばずに帰投する。
千載一遇の好機と言っても良いはずで、五十鈴がそういうのもわかる。
だが、それほど突破が困難な海域で、絶好の好機がこうも都合よく手に入るのだろうか。
夜戦に突入した艦隊。
それと同時に。
「敵……援軍っ!?」
五十鈴艦隊の背後に敵の艦隊が姿を現した。
包囲された艦隊。
絶好の好機は絶体絶命の危機へと早変わり。
心底。
その時心底私は自分に失望した。
同期の提督が行う命令であればきっと素直に退いたのだろう。
最初から彼女たちの期待に応えられる自分であれば聞いてくれたのだろう。
「頼む……頼む、から……!!」
帰ってきてくれ。
私はまだお前達の提督として胸を張れない。
お前達の力に翼を付けて大海を飛ばせてやれていないのだ。
もしも、もしも帰ってきてくれたのなら。
提督と艦娘。
それは対の翼。
そんなことを理解できたあの日のこと。
今、思い出せば苦笑いが自然と浮かんでしまう。
結局の所。
理解できたのはボロボロになった五十鈴の姿を見てだった。
特徴的なツインテールが解けて広がる髪の上に横たわる彼女の姿。
無事ではない、酷い損傷をしながらも命を繋げて帰ってきてくれたことに喜びながら、涙しながら。
大の大人、男がみっともないと笑われながら。
修復が完了した出撃艦隊の前で完璧な土下座を敢行した後。
――バカね……謝るのは私の方なのに。
なんて言葉で頭を上げた後。
ようやく私達は翼を揃えることができたのだった。
ドラマティックでもなんでも無く。
ただただ情けない自分がようやく普通になっただけのこと。
「あれから……長かったな」
やっぱり、笑ってしまう。
随分と昔のことだと言うのに、今も尚鮮明に思い出せる。
「何がかしら?」
「何、私も随分と提督らしくなったものだと思ってね」
背後から聞こえる優しい声。
見なくてもわかる、きっと彼女は笑ってる。
わかるくらいには、長い付き合いで長い時間を共に過ごした。
関係が変わっても、髪型が変わっても。
変わらないものはやっぱりあるものだ。
「……たまには、ツインテールに戻したらどうだ?」
「あなたが同じものをもう一つ買ってくれたら考えるわ」
振り向けばやっぱり笑っている彼女。
何を言うのかと思えばそんなこと。
「後何個買えば良いのやら」
「あら? あなたは一つ括りの五十鈴はお嫌い?」
贈っても贈っても。
きっと彼女は一つ括り。
「嫌いじゃないさ」
「……バカね、そこは素直に言いなさいな」
あぁ、そうだな五十鈴。
私達は片翼の鳥、二人揃ってようやく羽ばたける。
「好きだぞ」
「……もう」
私は凡人だ。
かつてキミが羽ばたかせた人たちのようにはきっとなれないから。
一つは髪を、一つは絆を。
解けないようにリボンを贈ろう。
キミが望むように、これからも。